彼女の家はそう遠くないから

暇になったりすると、彼女は良く遊びに来る。


それは時に厄介な宿題をやりに来ていたり、自分に教えに来ていたり

そして時にはただ漫画を読む為とか、ボーっとする為とか


理由はあったりなかったりして、特にどちらでも構わないらしい。


「ツナの家ってなんか落ち着くんだよねー」なんて、彼女は笑う。


要は我が家に来る事が出来れば良いらしい。


そう言えば、よく自分の家は居心地が良いと言われるな、とか思い出す。


自分にしてみれば慣れた空間なのだけれど、
雰囲気が心地良いらしいのだ。


その結果なのか、いつの間にか居候も増えているし。


彼女もまあ、その口なのだろう。


余計な期待は、しない事にする。



「・・・ねえ、

「うん?」

「なんか・・・元気、ない?」


その日も当然の様に我が家に来て、自分の部屋にいた
けれどもベッドに腰を降ろしたまま、何をするでもなくぼんやりしていて。


そういう日も、今までなかったワケではないのだけれども、
それにしても、今日は様子が可笑しくて。


思わず尋ねたら、はほんの少し困った様子だった。


「俺で聞けることなら、聞くよ?話。
 ッて言っても、気の利いた答えなんか言えないだろうけど」


でも、話を聞く位なら出来るから。

もし、話して楽になる事なのだとしたら、話して欲しい。


言うと、彼女は逡巡した後に、口を開いた。


「あのさ、ツナ」

「ん?」

「失敗ばっかりで、どうにもならなくなる事って、ある?」

「え?」


彼女の思いがけない言葉に、思わず問い返す。

見つめた彼女は、苦笑していた。

普段気の強い彼女からは想像もできないような、頼りない笑みだった。



「ある、よ、そりゃ。
 特にホラ、俺なんかダメツナとか言われちゃう位だし」

「そっか」

「何か、上手くいかない事があったんだ?」

「ちょっとだけね、」

「周りに怒られたとか?」

「んーん、寧ろ大丈夫だよって笑われた」


彼女は、答える。


は足を床に投げ出して、天井を仰いでいた。



「大丈夫って言ってくれたのに、それが逆にキツイんだ。
 大丈夫じゃないだろう事は分かってるから、逆に申し訳なくなる。」

「不甲斐なく・・・なるよね、そういう時。」

「・・・・・うん。」



彼女は静かに、頷いた。


フと、はおもむろに立ち上がって、ツナの背後に立つ。

何だろう、と小首を傾げれば、
彼女は自分の後ろで背中合わせになるように腰掛けて
トンっと、自分の方に体を預けてきた。


一瞬驚いて前のめりになるも、最近の特訓の甲斐あってか、
彼女の重みくらいなら、自分だって支えられる。


むしろ、その重みと伝わる熱が、心地良い。


「何で、こうなっちゃうんだろうね。
 頑張ってるつもりなのに、カラ回ってばっかりでさ。
 いつもはそれで上手く行くはずの方法も、唐突に悪化させる方法に変わっちゃう。」


普段は、それでも自分でどうにか出来たはずなのに。

何でだろう、急に上手くいかなくなってしまう。

もどかしくて足掻けば足掻くほど、深みに嵌っていくみたいで。

周りに迷惑掛けていることくらい分かってるのに
笑みを返されると、逆に突き落とされる。


スランプ何て言うけれど、それにしても苦しくて。


自分の体が感覚を失っていくような気さえしてしまう。


ツナは静かに聴いていた。


そして、そっと口を開いた。


「多分さ、、頑張りすぎなんだよ」

「・・・・・・。」

「神様が、ちょっとだけ休んで良いよって、言ってくれてるんじゃないかな」

「でも、何で今一番頑張らなくちゃいけない所で、そんな風になるかな・・・」

「もしかしたら、その後もっと頑張り所があるのかも。
 その時にに頑張って欲しいから、今は休んでて欲しいんだよ」

「でも・・・・・。」

「それに、ホラ、周りに迷惑って言ってもさ、
 いつも俺が失敗した時に、そんなすごく迷惑だなんて・・・・
 思って、る・・・・?」


聞きながら、思われてたらどうしよう、何て思ってしまって。

結局尻すぼみになってしまったけれども。

は少し間を置いてから、ゆるゆると、首を横に振った。

こっちも少しだけ、安堵の息を吐いて。


「しょうがないなあって、思ってる。
 やっちまったもんはしょうがないかって・・・」

「うん、ならきっと、周りもそんな位にしか思ってないよ。
 結構人って楽観してたりするから、が思ってるみたいに、
 ものすごく迷惑だなんて、思われてないと思うよ」

「そう、だと良いな」

「そうだよ、だって俺だって、もしが失敗したとしても
 あのにも失敗する事があるんだ、位にしか思わないし」

「それ、どういう意味よ」

「え、あ、そのまんまって言うか・・・・」


だって、割と彼女、ソツなく事をこなしてしまうから。

だからきっと、珍しい事があるもんだと思って、割とそれだけだと思う。

後は、じゃあそこをどうするかって言う話になるだけで。


本人が思いつめるほど、人なんてきっと、気にしない。


「だから、さ」

「ん?」

「泣いても、大丈夫だよ。」


微かに震えている彼女の背中に気付いて、言う。

は僅かに、肩を揺らしたけれども。


「俺、そっち向かないから。
 だから、泣いて良いよ、。」


だってさ、この家、にとって落ち着くんでしょ?


だったら、そんな気ぃ張り詰めないでさ


ここでは、泣いても良いから。


「帰る時に、また元気になってれば良いからさ」


今は、泣いて良いよ。

君の泣き顔は、見ないから。


背中合わせの彼女は、小さく「ありがと」と言葉を紡いで。


彼女の預けてくる体の重みと一緒に、
彼女の心の重みも預けて欲しい、なんて


そんな、格好良い事を言える立場じゃないんだけれど。


「やっぱり、落ち着く。ツナの所」

「え?」

「・・・・・聞こえなかったなら、良い」

「き、聞こえた・・・・。」

「・・・・・・・・。」

「ご、ごめん、なんか」


聞こえてしまった事が逆に申し訳なくて謝ったら
少しの間の後に、彼女は小さく笑った。


何で謝るかなあ、なんて


少し震える声で言いながら。


「もう少しだけ、背中貸して貰って良い・・・・?」

「良いよ。気の済むまで付き合うから。」


だから、早く元気になってくれたら良いな。


背中合わせの彼女と、今度は微笑を合わせられたら、良いな。








背中合わせの秘密
ここが落ち着くって言うのなら、いつまでも、居てくれて良いからさ。






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