放課後の教室。

夕日の差し込む朱色のそこには、自分たち以外の人間は居なくて。

いつもの様な喧騒から考えると別世界のようで、
なんだかもの悲しい様な気分になる。


一つだけ響く、ペンを走らせる音。


目の前に居る山本武が、日誌を書き込む音。


今日は自分たちは日直で、いつもなら部活だ何だで早々に帰ってしまうコイツだけど
なんでも、今日はグラウンド整備があるだかのせいで、部活がないんだとか。


そんな訳で、珍しく2人揃って放課後の仕事を済ませて、
こうして日誌を書き込んでいる。


あとは、山本が最期のコメントを一言書くだけだ。


この感想だって、大抵の奴が「面倒だった」とか「眠かった」とか
大分適当な事色々書くだけで、山本も、そんな奴等の中ではマトモなもんだったけれども
基本的な所は例に漏れていないようだった。


「なーー。」

「んー?」

「お前ってさー。」

「うんー。」

「誰かと付き合ったりしねーの?」

「しないよ。」


唐突な質問にむせっ返りそうになるのを堪えて、平静装いなんとか回避。


山本は頬杖なんか付いて、心底不思議そうだ。


「・・・なんで?」


「何でって・・・メンドイじゃん。」


「そーか?」


「そーよ。」


答えて、そこで会話が途切れてしまう。

沈黙が占める教室は、テスト中みたいに息苦しくて。

仕方ないから、少しの間の後に、会話を続ける事にした。



「一日に何十通と来るメールがメンドイ。」


「あー・・」


「毎日の様に電話が来るのがメンドイ。」


「ああ・・・」


「ッて言うか何よりも、
 相手の行動一つ一つにドギマギする自分がメンドイ。」


「・・・なァ、お前それ、本当に好きなのか・・・?」


「好きには好きなのよ。ただ一々面倒くさいの。」


「好きな奴はいねーの?」


「今は特に。」


それよりも、友達との時間とか自分の為の時間とか
そういう方を優先させたい。

言ったら、ふーん?と、分かったんだか分かってないんだか分からない答え。


日誌の記入が終わったのか、最期のコメントの下に『山本武』と、
自分の名前を入れて。


パタリと、閉じる。



「なー、じゃあさ。」


「んー?」


「俺と付き合わね?」


「・・・買い物に、とか。そんなオチ?」


「んなワケねーって。」



面白い事言うのな、


言って山本は笑うけれども、こっちは笑えたもんじゃない。


そう言うわけじゃないなら、まあ、そういう意味なんだろうけど。



「・・・私、山本と言葉のキャッチボールが出来てないのかしら・・・」


「俺はいつでもホームランだからな!」


「キャッチボールだと言ってるのに
 バットを持っている時点で可笑しいと気付こう山本武。」


何よその最初から会話を成り立たせるつもりが無いの溢れる感。

せめて明後日の方向に飛んで行っても良いから手で投げ返そうよ。


「・・じゃなくて、私は誰とも付き合うつもりないって。」


「なんで?」

「なんでって・・・」


え、何、振り出しに戻るの?この会話。


「だってさ、オレ、その条件クリアしてると思わねえ?」

「・・は?」

「メールとか電話なんて、学校で会ってるから必要ねーし。」

「・・・まあ、確かに。」


今だって、メアドは知ってても、やり取りと言えばそんなにたくさんあるワケじゃない。


けれども、それなら最期の条件は?


そんな感情的なもの、どうクリアしろと言うのか―・・・


「まあ、それはさ、」


言って山本は手を伸ばし、くしゃりと、大きな手で髪を撫でた。


そうして夕日に照らされた笑みに、思わず跳ねた心臓は、
自分ではコントロールの利かない感情で、やはりどうにも煩わしかった。


「俺も同じだから、おあいこって事で。」

「・・結論になってないじゃないの・・・」



そう言って苦笑はして見せたのだけれど、
さっきから、どうにも心臓が暴れまわって鬱陶しい。


『あおいこ』だって?


冗談じゃない。


この制御の利かない感情が、目の前の彼と同じだとは、


とてもじゃないけど、信じられない。


「真面目に、好きだからよ。」


真っ直ぐなその視線に耐えかねて、最終的に視線を逸らした。

山本の手から、書き終えたばかりの日誌を取り上げて、立ち上がる。


「・・・・まあ、心に留めておきましょう。」

「なあ、

「・・・何よ。」

「一緒に、帰ろうぜ」

「・・・・・とりあえず、先生に日誌出しに行ってからね。」


諦めたようにそう、言った。





君さえも、 と呼ぶには煩わしい
それでも、もう少し待ってくれたなら、気持ちに正直にはなれるかも





[bgm by, 遠来未来]

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