ヒバードが、空を飛ぶ

五月の高く晴れ渡る空

世界は深く色づく季節なのに、心は何処か気だるくなる季節

五月病なんてガラでもないんだけれど、
世間様の雰囲気と言うのは、やっぱり影響力のあるもので
気付けば自分の思考も、ちょっとばかり重たくなっている


それはいけないだろうと頭を振るけども、
やっぱり見上げた空は遠くて、


ヒバードのふわふわの黄色い毛が、空の蒼に映えて
反する色同士に、ほんの少し眩暈を覚える


人は地面に居る生き物

それは分かっているけれど

やっぱり、空を飛ぶ鳥を見ていると
思ってしまうのが人の心理と言うもので――


「どうして、人間は飛べないんだろうねぇ」


肩に留まったヒバードを撫でながら、一人ぼやく

地面よりは空に近い屋上も、空飛ぶ鳥には敵わなくて
空は何処までも遠い存在

果てしない空は、いっそその鮮やかなブルーで
世界を飲み込んでいるようにだって見えるのに

近い様で遠い、ちょっと憎たらしい相手だ


手すりに手を掛けて、もう一度、同じ問いかけ

ヒバードは、小首を傾げて見せて愛らしい


「また、馬鹿な事やってるね、


そんな姿に和んでいたら、思いがけず背後から声が聞こえて

今現在、授業の真っ只中なワケだけれども
それでもこの屋上に堂々とやってくる奴なんて、一人しか心当たりがない


「またで悪かったですね、またで」


どうせいつも、馬鹿な事やってるわよ、とか
返してやったら「自覚はあったんだ」とか。

余計にムカッ腹の立つ答えを貰ってしまってどうしようもない。


「もー・・・何の用さ、雲雀」

「別に、君には用なんてないよ。
 此処は僕の特等席だからね」

「ああ、お昼寝・・・」

「君は煩いからどっか行っていいよ」

「いや行きませんよ、私先客ね。」


特等席だかなんだか知らないけれど
やっぱり其処は、最初に来てた人優先でしょう

たとえ煩かろうと、だ。


「それはともかく、雲雀はどうしてだと思う?」

「・・・何が」

「どうして人は空を飛べないのかなーって。」

「地面を歩ける足があるからでしょ」

「・・・まあ、そう――なんだけどさ」


雲雀の言う事は間違っていない

人は、地面を歩く為の足があるから、
そしてその必要がないから、羽はないし空も飛べない


それでもやっぱり、空飛ぶ鳥が羨ましいわけで、


嵐の夜や、疲れて止まり木もない日、仲間とはぐれたり


鳥だって、そりゃ大変なはずだ


それでも、よそ様の芝生は青く見えるものなのだ


雲雀は、溜め息をつく。


「だから君は馬鹿なんだよ」と、そう言って。

確かに自分でも思わないわけではないけれど、

流石に、そんなに馬鹿馬鹿言われたら、ちょっと傷付く


「良いんじゃないの」

「ん?」

「僕は空を飛ばないんだから。」

「・・・・・はい?」


え、何、どういう事?と問いかければ
そういう事でしょ、とのお答えで

だから、あんまりよく分かんないってば。


雲雀は、少し面倒くさそうに、自分を見やった


「別に他のどの草食動物が空を飛ぼうと関係ないよ」

「雲雀的草食動物だとアレだよね、空飛んだら
 アーイキャーンフラーイだよね?」


それはちょっと困るんじゃないかなーとか
思ってしまうわけだけれども。

他の草食動物なんて知らないよ、らしい。

相変わらずの女王様で困ったものだ。


「それでも僕は飛ばないからね。
 良いんじゃないの、君はその隣で歩いてれば。」

「・・・・・・。」

「飛ぶ必要なんて、ないでしょ」

「・・・・うん、まあ。」


雲雀の言う事は間違っていない

人は、地面を歩く為の足があるから、
そしてその必要がないから、羽はないし空も飛べない


その必要は、ないのだ


「ってアレ?それって微妙に永久奴隷宣言――・・・」

「さあね、僕は寝るよ。
 君は煩いから何処かに行ってくれる?」

「だから私先客だってば!」


それなら雲雀が場所変えなさい!とか、言いたいんだけれども
どうせ答えはアレだ。

「僕はいつでも好きな場所で寝るよ」だ。


答えが分かっているのだから、一々言ってなんかやるもんか


もう馬鹿とは言わせないぞ、とか。

堅い決意を結んでみたり


「・・・何馬鹿ヅラしてるの。」


早速打ち砕かれてみたり。


五月の高く晴れ渡る空


世界は深く色づく季節なのに、心は何処か気だるくなる季節


五月病なんてガラでもないんだけれど、
世間様の雰囲気と言うのは、やっぱり影響力のあるもので
気付けば自分の思考も、ちょっとばかり重たくなって


空飛ぶ鳥に、思いを馳せてもみるけれど


どうせ自分は、この人の隣を歩くしか出来なくて


羽の自由はないけれど、満たされる思いは、確かに在った






空飛ぶに、思いを馳せても
貴方の隣を歩く私に、自由の為の羽は要らない




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