貴女は抱きしめるように優しく頭を撫でて微笑む。

口惜しいほどに、その厚意を好む自分がいて。


けれども、こんな性格だから素直に返せるわけでもなくて。


思わず振り払ってしまうけれども、それでも消えない貴女の笑顔。


そんな一つの表情にどうしようもなく安堵する自分が
相当な我がままである事なんか、とうに自覚済みで。


ああ全く、こんなややこしい感情など、いっそ無ければ楽なのに。



「ジェイどうしたの?
 扉の前でボーっとして。」


入りなよ、と小首を傾げてが言う。

その声にようやくハッと気付いて、ジェイは家の敷居を跨いだ。

外気から閉ざされた部屋の中は、優しい温もりが溢れていて
ああ帰って来たな、と実感させる。


扉を入ってすぐの2段ベッドとハンモックの上には
モフモフの3人が、既に寝息を立てていた。


「今日は遅かったね。
 ピッポ君達には、先に寝ててもらったよ?」

「ええ、構いません。
 さんも、そろそろ休んだらどうですか?」


「んー・・・これからジェイのご飯温め直して、
 一緒にご飯食べて後片付けしたら、休むよ」


「待ってたんですか?」


「一応ね。」


一人で食事じゃ寂しいでしょ?とからかう様にクスクス微笑う。

喧嘩売ってます?と、半眼で返しては見るけれども
確実に顔が赤くなってるだろうことは明確で、


絶対、彼女が笑う要因を作ってるんだ、まったく・・・


「最近少し忙しいんだ?」

「どうしたんです?急に。」

「ちょっと疲れた顔してる。」


言ったがジェイの頬に手を伸ばして、目の下を少し擦る。

隈が出来てるよ、と苦笑した彼女の顔が
思うよりもずっと近くにあって、思わず驚いて身を引いた。


目の前の彼女は、むしろその行動に驚いたようで、
唐突に行き場を失くした手の平が、空気を掴んで固まっている。


「あ・・・」


すみません、と、僅かに視線を外して謝る。

彼女はまだ少し驚いた顔をしながらも頬を掻いて。


「あ、いや。別に良いんだけどさ」


言うと、少し間が空いた。

微妙な沈黙が部屋に下りて、キュッポ達の寝息が聞こえる。


ポッポの間の抜けた寝言が聞こえて、何だか場に不釣合いな気がした。


「ねえジェイ。
 一つだけ聞きたいんだけどさ。」


「な、何です?」


「私の事、嫌い?」


心底不思議そうに、首を傾げる。

その真っ直ぐな視線に掴まって、一瞬息に詰まった。


だって、嫌いって・・・



「何でわざわざ・・・嫌いな人を
 家に置いておかなくちゃならないんですか・・・」


「うん、まあそりゃそうだね」


言ってカラカラ笑う彼女がいて。


「うん、嫌いじゃないなら別にいいのよ。
 ごめんごめん、変な事聞いて。」


そう言った彼女は、本当に何の気なさそうだ。

けれども、そんな彼女があんな質問をして来たってことは
それだけ彼女が、此方の態度を不安に思ったという事で・・・


ごめんは一体、どっちなんだろう・・・



さんこそ、どうなんですか」

「ん?何が?」

「僕はこんな性格だから・・・
 むしろ嫌うべきは貴女の方なんじゃないんですか?」



彼女が笑うたびに思う疑問は、思うよりもずっと奥のほうに根付いていて
けれども、口に出したらすごい卑屈だった。


心の暗い所にあった感情だから、
表に出してきたら、ジメジメしてて凄く陰気だ。


は呆けた顔をしていた。


何言ってんの?とでも言わんばかりな勢いで。


「ジェイがそんな性格だなんてすごく今更でしょ?」


・・・いや、そうなんだけど。

そんなスッパリ言われると流石にちょっと傷付く。


けれどもヤッパリで、
いつもの笑いを浮かべながら手を振っていた。


「そんなジェイの性格知ってて、こっちも一緒に居るんだからさ。
 それって、そんなに気にすることでもないんじゃない?」


「知ってたって、傷付くのは貴女でしょう?」


言い訳がましくて言いたくも無いけれども
不器用なのは、自分だって知っている。


「貴女が優しいのは知ってますけど・・・
 僕は、貴女の優しさも、素直に受取る事ができない・・・」


こんな心のトゲトゲした部分なんて、失くなってしまえば良いのにと思う。

そうすれば、素直にその手をとることも出来るんだろうか。


は難しい顔で唸った。


そして、少し乱暴に頭を掻いて、言葉を捜すようにして
ゆっくりと音を紡ぐ。



「私も、あんま気にして生活してるわけじゃないから
 どう言って良いかわかんないけどさ。
 ジェイがそう言う優しさとか受取れないのって単に受けなれてないからでしょ?」


その言葉に、今度は此方が驚いた。

確かにその通りなのかもしれない。


こうして誰かに優しくしてもらったのなんて、物心が付いて
暫く経ってからの事で。


でも、そうやって実際誰かに指摘されると
やっぱりそうなんだろうかと、酷く疑問になる。


トラウマなんて、何だか少し馬鹿みたいにも思えるのだけれども
それでもやっぱり、そういう言葉でしか当てはまらない事もあって。


自分にも、過去の事は其れに当てはまるんだろう。多分。


は微笑った。

いつもの笑みが、人工的な光の元に照らされて。


少し、勿体ない。


陽の光の下であったなら、其れはきっと、本当に


綺麗な微笑みに見えたに違いないのに―・・・



「慣れてないんだったらさ、私で練習してけばいいじゃん?
 私はホラ、あんま難しく考えるのとか苦手だし、
 たまにジェイが『嫌いじゃない』って言ってくれれば
 それだけで安心しちゃうしさ。」


練習するには良いと思うんだけど。


言ってる自分が、結局はよく分からなくなったらしい。


頭を掻いて「だから・・・あれ?」とか言ってる。


本当に、決めるところも決めないで・・・



「練習なんかじゃないですよ」


「うん?」


「・・・時間は掛かるかもしれませんが
 貴女の優しさに、慣れていってみます。」



言って苦笑したら、随分と間の抜けた顔が返って来て。

「その顔、馬鹿みたいに見えますよ」と笑って言ったら
彼女はハッとして意識をこっちの世界に引きずってきた。


そして、彼女も苦笑する。


「ゆっくりと・・・ね。」

「そんなにお待たせしないと思いますけど」

「どうかなー?
 おばあさんになるまで慣れてくれなかったりして」

「それまで一緒に居てくれるんですか?」

「あはは・・・ジェイが嫌いになってなければね」


それは一種、永遠を誓う約束のようで―・・・


とにかくご飯にしようか。


そう言ったが踵を返してキッチンへと向かうのを
その手を握って制した。


「嫌いになんて、なりませんよ。」

「ん?」

「好きですよ、さん」


言われたは、多少驚いてはいたけれども

すぐに、安堵と喜びとが綯い交ぜになった笑みで頷いた。


「それも、凄く今更だけどね、」


ありがとう。


言ったは少し泣きそうになりながら、
ゆっくりと、ジェイの肩に顔を埋めた。







ブーゲンビリアに恋をして
ブーゲンビリア に恋をして
永遠なんて無責任だけれども、其れ程までに貴女を愛した。





花言葉:情熱(全般)・魅力(全般)・あなたは魅力に満ちている(濃桃)・魅力いっぱい(白)

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