任務に向かう最中の汽車の中は、どうにも暇だ。

高速に過ぎていく窓の景色を眺めても、
やがて木ばかりが立ち並ぶ、視界が悪い辺りに差し掛かれば
やはりそれも暇な行為でしかなくなってくる。

それにこの辺りは、先日もラビとペア任務の時に通った場所だ。

同じ景色ばかりが続くこの場所も、2回目ともなれば
イマイチ新鮮味にかけて、より一層、退屈さも増すばかり。

欠伸を一つ噛み殺して、
相席に座る今日のパートナーをチラリと盗み見る。

カイルは、特に暇をしているわけでも無く、延々続く木の光景を
頬杖を付きながら見つめていた。


「き、今日の任務、簡単だと良いね」


沈黙が長く続きすぎて、口を開くのも躊躇われる空気の中、
多少の勇気を振り絞り、声を掛ける。

カイルはチラリと此方を視線だけで見やって、
やがてまた、並木の方へと視線は戻された。


「関係ないな。アクマがいれば、破壊するだけだ。」


「そうかなぁ、やっぱり簡単な方が良いけどなぁ」


「簡単だろうと難しかろうと、来るものは来るのだ、仕方なかろう」


「そりゃまあ、そうなんだけど」


何て言うの?
ほら、気持ちの問題って言うかさ?


沈黙が、再び2人の間を占める。


会話が・・・会話が続かない・・・


どうしてくれよう、このツンめ。


こりゃ、本でも持ってきた方が正解だったかな、とか。
吐きそうになる溜め息を押し殺してはみる。


ともあれ、今手元に暇を潰せる本は無いのだ。


仕方ないから、コソリコソリとカイルを盗み見てみる。


うわー、睫毛長いなーとか、さり気無く唇色っぽいんだよね、とか。


あれ、なんか自分、ちょっと変態チックになってないか、みたいな。


それでも、中々まじまじと人を観察する機会なんて滅多に無いもので、
ジっとその横顔を見つめていたら、呆れた様に溜め息を吐かれた。


「何なんださっきから。」

「あ、バレてた。」

「それだけ直視していればバレるも何もなかろう」

「んー、割と頑張って盗み見てたんだけど」

「ツメが甘いな」

「カイル、勘が良いからなぁ」


そういう問題か?とカイル。

何処と無く違う気はしなくも無いけれど、
とりあえずはそんな問題で良いんじゃないかなーとか。

思わなくも、ない。


「カイルってさ、やっぱり美人さんだよね」

「なっ!!?」

「だってほら、髪の毛とかサラサラだし」


ケロリと言ってのける陵桜に、カイルが言葉を詰まらせる。

当の本人は気にした様子も無くニコニコしているばかりで




―― カイルの髪は本当にキレイだと思う




その青を見ていると、何かを彷彿とさせる


その『何か』は、問われるとイマイチ言葉に詰まってしまうのだけど



水彩の淡い青 ―― 違うな



クレヨンとか、不透明な塗り潰す色は似合わない



空 ―― とか。



近いけれども、やっぱり何かが違うのだ




「・・・・・・あ。」


「・・・なんだ」


「何となく分かったかも」


「は?」


「カイルの髪、水っぽい。」


「・・・・・・・・・・は?」



少し、間



「え、あ、あれ?ゴメン、ちょっと今のなし!
 言い回し間違った、忘れて!!」



カイルの髪が水っぽいって、それじゃあなんか
カイルの髪の毛が瑞々しいみたいだ、それは違う


確かにお肌とか瑞々しいけども、
言いたい事とは意味合いが違う


って言うか髪の毛が瑞々しいって何だソレ



アワアワと手を上下させながら訂正する陵桜に
カイルは「分かったから落ち着け鬱陶しい」と僅かに
呆れたような声音で返す。



そう言われてしまっては、此方も落ち着かないとか、と
一つ呼吸を置いてから、改めて陵桜はカイルに向かった



「え、えぇとだからね、カイルの髪の色見てると
 なんか、水を思い出すなぁって」


「・・・・言い直した挙句に何を言うかと思えば」




くだらん、と、カイルは再びそっぽを向いてしまう。


えー、そうかなぁと陵桜。


また、話はそこで終わってしまうかと思ったが、
どうやら、珍しく続けてくれるらしい。

窓の外を見ながら、カイルは口を開く。



「そもそも、水に色など無いだろう。
 あるのはただ――透明で空虚な、朧な存在だけだ」



そう、あくまでもただ素っ気無く言い切ったカイルを
陵桜は、静かに見つめる。


そして、ニコリと笑って「そうでもないんじゃない?」と返すと
怪訝そうな顔で、カイルが少しだけ此方を見た。



「んー、そろそろかな」



そんなカイルの視線を気にも留めずに、陵桜は
グッと身を乗り出して窓の外を見やる。


何をしている?と言うカイルの問いにも答えずに
自ら振った話を続けようとしない。


何なんだ一体・・・と少し不機嫌になって、
目の前の黒髪を見つめれば、陵桜は突然「あっ此処!!」と大声を上げた。



流石に、こうも話を不自然に切られて、
窓の外の光景に大声を上げられては、気にもなるわけで


カイルは、不機嫌なのを隠そうともせずに窓の外を見やる。






瞬間、広がる青に目を奪われた






いつの間に開けたのだろう、木ばかりの空間がなくなり
車窓から見えたのは――



「空が・・・落ちてる・・・」



思わず、呟いたカイルに、陵桜はニコリと笑んだ。



見えたのは、巨大な湖だった。



この汽車の中からでも、
息を呑むほどに澄んでいるのが分かる。


そのぽっかりと開いた水の穴は、
ただ静かに空を映してキラキラと輝いていて


それがまるで、地面に落ちた空の穴の様に見えるのだ。



「この間のラビとの任務の時にね、気付いたんだ」



こっちの方はあんまり汽車で移動しないでしょ?と陵桜

だから今まで気付かなかったのだ、と言い足して。



それから、「ね?」と首を傾げる陵桜に
何のことだ、と改めて視線を向ける。




「水は透明だけど・・・でも、こんなに綺麗な青だよ」



そう、ふわりとした笑みを向けられて。

何だ、まだ会話は続いていたのか、とか思いながら。

改めて、窓の外を見る。

地面に落ちた空は、頼りなく小波に揺れていて



―― 確かに、綺麗だった。



その時、車内に流れるアナウンス。

告げられた場所は、目的の駅で、
「あ、何だこの近くだったんだ」と陵桜は今気付いたかのように言う。


駅からこんなに近い場所なら、帰りに寄れるかな?とか何とか。
「無駄な寄り道はしないぞ、」と告げると、大ブーイングを喰らった。


何なんだ、一体・・・。


思わなくも無いけれど。



汽車が、耳障りな音を立てて停まる。

これからまた、しばし忙しい時間になる。

確かに最初、仕方ないとは言ったけれども――


簡単だと良いとか、今になっては思うかもしれない。


まだ空が青い内に、またあの湖は見てみたい。


汽車から降りるその時に、先を歩いていた陵桜が
クルリとこちらを振り向いた。



「ねえ、カイル」


「?」


「カイルは誰を映して、そんなに綺麗な青になったのかな」



今度教えてね。と陵桜。

一瞬何の事か分からずに、けれども次の瞬間、頬を熱が打った。



「な、にを言って・・・!!」


「ほらーカイル、降りないと汽車出ちゃうよー?」



からからと、陵桜は笑っている。

クっと唇を噛んで汽車を降りれば、見計らったように
すぐ背後で扉が閉まって、本当に危うい所だったのだと知れる。




―― けれども、これではどうにも悔しいわけで



「〜〜〜一つ、言わせろ」


「ん?」


「お前の目も、片方青いだろう」



忘れては居ないだろうな?とカイル。

陵桜は少し考えた後に、「惜しいなーカイル」とか何とか。



「私が映したのは、どっちかって言うと赤い方。」



あとは秘密、と笑って見せた彼女の意味が理解できないまま

どうにも、彼女には負け越ししてしまうらしい。




色の
透明だったハズの私、染め上げたのは何処の誰?



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