しとしとと、雨が降る。


幾ら梅雨の時期とは言えど、
一週間も雨続きでは、流石に憂鬱だ。

天井を打ちつける音は、連なり連なり雑音になって。


世界は灰色の重たい色彩。


狂気と静寂とが同居する、不思議な季節。


この季節の世界は、ちょっとしたアナザーワールドみたいだ。


窓から身を乗り出して耳を澄ませば、
何処か水溜りに水が落ちるのか、微かに水を打つ高い音がした。



「あー・・・暇だねえ・・・」



グっと伸びをして、が言う。


カイトも苦笑しながら頷いて、窓をそっと閉めた。


閉ざされた空間に、雨音が鈍く響いている。



「この時期はやだねえ、ジメジメするし。
 あー。カビでも生えてきそう。」


「あ、そういえばカビキラーが切れてましたね。」


いざと言うときの為に買ってこないとですね、なんて。


言いながら隣に腰を降ろすカイトを、
それどういう意味よ、と睨み据えて。


カイトは笑うだけで、大まかの所を誤魔化した。


コノヤロウ。




外で、雑音が響いている。



静寂した空間に、
静寂でありながらも静寂になりきれない狂気。


他の音など掻き消してしまう、一種強制的な静寂だ。


「・・・・本当に、やだね、この時期は」


は、もう一度だけ呟くように言うと
隣にいるカイトにそっと寄り添う。


首を傾げる彼に、は少しふて腐れたように
むくれた様な表情をした。


「梅雨の時期って、無駄に寂しくならない?」

「そうですか?」

「うん、何か
 一人で違う世界に紛れ込んだみたいでさ。」


音を遮る雑音が作り出す、強制的な静寂。


それでいて、水を打つ音は、馬鹿みたいに大きく聞こえて。


雑音に紛れる、可笑しくなりそうなほどの蛙の合唱。


全ての音が混ざり合って、何だか意識が持って行かれそうになる。


世界は色が無く、昼間なのに夕闇の様に暗くて

空を見上げても、重たい雲しか見えなくて。


みんな雨が憂鬱なのか、外に出ている人間も少ないから
家の中は、人とも世界とも遮断される。



一種完全な、アナザーワールド。



時々、窓から見える色とりどりの傘の花を見ると、
少しだけ、安心する。



「別にいつもってワケでもないけどさ、
 時々フっと寂しくなったりね。」


いやあ、私ってばチキンだねえー、


あはは、と、乾いた笑いでは笑って。


カイトは自分に寄り添うその身体を、軽く引き寄せた。


自分より低い位置にある頭に、そっと頬を寄せて
存在を確かめるように、引き寄せる手に少しだけ力を込めた。


は少し驚いたようであったが、静かに瞳を伏せって。


伝わる確かな熱に、意識を委ねる。



「・・・それでも、ね」

「はい?」


「カイトが来てから、少しは平気になったんだよ?」



フっと、カイトがほんの少し笑う気配がした。


何よ、と


今度こそふて腐れた声を出したら、
「いいえ、何でもありません」と、やっぱり笑みを含む声音で。


コチラはコチラで、カイトの反応にむくれるのに
アチラはアチラで、自分の反応に笑っているのだから、
何とも手に負えない悪循環だ。


暫くそなサイクルを繰り返した後に、カイトは「はい、」と
小さく呟くように言って


「それでも、まだ寂しかったら、言ってください、マスター」


「・・・・・・。」


「自己満足に近いけれど、その時には、側に居たいんです。」



自分に出来ることなんて少ないけれど

もし貴方が寂しい時には、こうやって

また、抱きしめさせて欲しいんです、と


言うカイトをチラリと見上げれば、
柔らかい微笑を浮かべる彼が居て


一体何処までが本気なのやら、計れない。


計れなくても、多分本気なのだろうから、
生憎な事に、答えられる言葉なんて、一つしか持ち合わせていなくって。


恥ずかしい事言うなぁ、と小さく呟いてから
甘えるように、カイトの服の裾を掴む。



「自己満足なわけ、ないでしょ」

「え?」

「だから、言ってるじゃない。
 カイトが来てから、少しは平気になったんだって」

「・・・・・・・。」

「カイトがいなくちゃ、怖いんだってば、やっぱり。」



だから、まあその時には
いつでも抱きしめてくれて良いわよ、なんて


ボソボソと言ったその言葉に、
カイトは少し呆けたようだったけれど


引き寄せる腕の力は一層に強くなり
それが、無言で頷いてくれているらしかった。



チラリと、仄暗い窓が室内の電気を反射して

自分とカイトを映し出す。



窓に映るカイトは、晴れた日の空みたいで



カイトの温もりに、いつだって救われている


曇りばかりの梅雨の時期


だからこそ恋しい、空色の君


―― 例え季節が巡っても、その温もりに抱かれていたい








雨音アナザーワールド
この腕の中でだけ、現実に戻れるような気がする。





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