初雪が降ったから、外に出ましょうと


唐突に誘ってきた青いアイツに
寒いからヤダ、面倒だ、折角の休日位寝かせやがれと
散々駄々を捏ねたのは自分で


それだと言うのに、目の前に広がる、
白く染まった近くの公園は、一体なんだろう



―― 折角の休日、返しやがれ。



冷たい白にはしゃぎながら
マスターマスター!とか手を振り呼んでいるヤツを睨む。


外行きの、一般的なコートには、
はしゃいで回っていたから、うっすらと雪がくっついている。


実際は多分、彼にはきっと罪とかなくて、
要するに自分が彼に対して甘々な対応をしているという事なんだろう。


何だろう、少しむかつくこの気持ち。


今日の夕飯、キムチ鍋に決定で。


別にカイトが辛い物苦手だからとか、そんな他意はない。


寒いから食べたくなっただけだ。いや、本当に。



「マースーター!もう、聞いてますか?」


しばらく自分を呼ぶカイトを放っておいたら
痺れを切らしたらしいカイトは、自分からヒョイっと
自らを視界に入れさせた。


完全に意識をキムチ鍋に持っていかれていた自分は
必要以上に驚いたわけで


足元には少なくとも、
地面が綺麗に隠れるくらいの雪が積もっているわけで


下手をすると氷より滑りやすかったりする雪に
実用向きと言うよりはおしゃれ重視のブーツはつるんと滑って


おっと危ない、とか言って
軽々と転びそうになった体を支えるカイトが憎たらしい。


「な、なんで不機嫌そうなんです?」

「べっつに。」


かなり自己中心的な理由でムスくれて返事を返せば
カイトは困ったような顔をする。


流石に申し訳ない気がしないわけでもない。


自分にも一応、それくらいの良心的なものは残ってる・・・と、思う。


溜息を吐いて、自分よりも高い位置にある青い髪を撫でてやる。


冬の空気に触れて、ひやりとした感触だった。


「・・・・寒くないの?」

「あ、俺は平気で――あっスミマセン!
 マスター寒かったですか!?」


だから不機嫌だったんですね!と
一人納得しているカイトはちょっとスルーの方向で。


もう一つ吐いた溜息に、カイトがひょいっと
自分の手の平を取り上げる。


カイトの手も冷たいが、自分の手も十分に冷たいらしい。


2人の手の平に、さほど温度差はなかった。


「なに?」


問いかければ、カイトはニッコリと笑う。


「わがまま聞いてくれて、ありがとうございました。
 そろそろ帰りましょうか」

「え、もういいの?」

「はい。」


それに、と言って顔を持ち上げて


つられるように、空を見上げる。


重たい雲が覆っていて、日差しはない。


少し位陽が照っていれば、温かさもあるだろうに
雲はまだまだ降り積もる雪を示している。


それはまあ、しょうがないとして
諦めきれないのは、この寒さなのだけれど。



「まだもう少し、雪が降りますよね。
 マスターに風邪引かれたら大変ですから。」



だったら家でぬくぬくさせて欲しかったなーとか
思う心情はどうしよう。


けれどもカイトは、何となくそれを分かったような様子で
ちょっと困ったような笑みを向けてくる。


「すみません、雪を見るのは初めてだったから・・・」

「あ・・・・・・」

「データは記録されてるんですけど、
 本物見たら、どうしても触ってみたくて」


そう言えば、KAITOを買ってまだ一年と経ってないのだ。

彼にとってこれが初めて触れる雪なワケで


見た目が下手に人間臭いから、
どうしても忘れてしまうところではあるのだけれど。



「そっか。満足はした?」

「はい!マスターと一緒でしたし、満足です。」



マスターの所に来てから、
たくさんの『初めて』があって、楽しいです



そんな事を、サラリと言って笑うカイトに
計らずとも赤くなる顔が憎らしくて仕方ない。



カイトはニッコリ笑みを向けて
それから、手に取ったままの自分の手をそっと握ると
自分の手と一緒に、コートのポケットの中に突っ込んだ。


「え、な、なに・・・・」

「こうすれば、暖かいでしょう?」

「アノデスネー、これは一般的に恋人同士がするような
 手の繋ぎ方なので・・・・」

「・・・・・駄目なんですか?」

「・・・・・・ちょっと恥ずかしいカナーとか――ああっ分かったよ!
 いいよそのままでくっそ」



だからそんな目で見るんじゃない!とか


言う自分になんかデジャヴ。


朝家を出るときも、同じような会話で出てきたような気がする。


やっぱり自分が彼に対して
甘々な対応をしているという事なんだろう。



―― やっぱりなんだか、むかつくわけで。




「カイト!」

「はい?」

「スーパー寄って帰るよ!」

「はい?・・・あ、夕飯の買い物ですか?」

「そう、白菜買ってくの、」


白菜?ときょとん顔のカイト。

鍋でも作るんですか?と首を傾げる彼に
意地の悪い笑みを向ける。


キムチ鍋をねーと言ってやれば、
盛大なブーイングが待っていた。


聞こえないキコエナイ。


ちょっとした仕返しだもん。


憂さ晴らしだもん。


絶対に今日はキムチ鍋の方向で。



見上げたカイトは、涙目だ。



「私の所に来てから、初めてがたくさんで楽しいんでしょう?」

「それとこれとは話が別ですよぅ・・・・」



肩を落として歩くカイト


思わず、声を上げて笑ったら
カイトは少し、ホっとしたような笑みを向けた。


「やっとちゃんと笑ってくれた。」

「は?」

「何でもないです、
 雪が降る前に買い物済ませましょうね、マスター」


体、冷やしちゃ駄目ですよ、と近くで微笑むカイトに


悔しいけれども、ときめいた。


空を見上げる。


2回目の雪は、まだ降り出さない


こんな時は、天気に自分の心模様を重ねた方が良いのだろうか


けれども残念なことに、天気と自分の心情はそぐわない。





―― 降り積もるのだ、深深と





彼への想いが、雪のように


けれどもそれは、雪のように冷たくなくて



いつまで経っても、溶けなくて



積もりすぎて、胸は少し重たくて、苦しかった。



ポケットの中、弱い力で握り返す。


カイトは少し驚いたように自分を見下ろして


やがて力強く、その弱い力で触れた手を、握ってくれた。



「夜になったら、降りだしますかね、雪。」


「うん、かもね」



雪が

この苦しくて、けれども
どうしようもなく愛おしいこの感情を、覆い隠してしまえば良いのに



続けそうになった言葉は、
白い息になって、重たい雲の覆う空へと、溶けていった






雪 色 ア ン チ テ ー ゼ

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