犬とか、猫とか


時々、弱いものを壊したくなる衝動に駆られる。


自分は弱いから

自分より弱い立場にあるものを、壊したくなる。


けれども、フと


自分と犬や猫の立場が一体どう違うのか、考える。


自分と彼らは、ある意味似ていた。


そう思えば、思考は行動に規制を掛けて


人は此れを、理性と呼ぶ。


其れは何とも煩わしい箍であり、
けれども、決して抜いてはいけない箍であり


そして、危うい箍だった


嗚呼、だってほら


理性なんてこんなに簡単に切れてしまう。


何が切っ掛けで切れるのかなんて、分かったものじゃない。



「何か、さ・・・・今日ね、」


「はい?」


「今日、なんか・・・・・告白された」


「・・・・・・・え?」



会話の切り出しは、そんなものだったと思う。


その辺りから、もう頭の中はぼんやりとしていた。


思い出そうとすると、
所々抜け落ちていたり、前後が入れ替わっていたり


記憶なんて、信頼出来たものじゃない。


ただ、戸惑うような声が、遠くの意識で聞こえてくる。


水の中を漂っている時と、良く似ていた。


微かにかいつまんだ彼女の話は、私にその気は無くて、とか、
それでも好きな奴が居ないなら、試しに付き合ってみて何て言われて、とか。


確か、そんな感じだったように思う。



「マスター、」


呟いた声は、普段聞き慣れた自分の声にしては
ほんの少しの違和感があって


彼女も其れに気づいたのか、ハっとした様に顔を上げて


頭の芯が、ジンと痺れていた。


「俺以外のものに・・・・・なるんですか?」

「・・・・・え?」


そこで、思考は一度、暗転した。






次に気付いた時には、自分は紅い空間に居て


此処は何処だろう


見慣れた空間の様に思うけれど、
それにしては、この部屋は随分と紅い。


それに、随分と物が散乱している。


朝片付けたばかりの洋服とか、
折角咲いた花も床に転がって

ああ、この花はもう、駄目だな

あっちには、マスターの腕

向こうには、左足

そっぽを向いて、右足もある


あそこにあるのは、嗚呼、身体だ。


マスターの華奢な身体。



自分の手は、紅い


この部屋の中にあるものは、みんな紅い。


見慣れた空間の様に思うけれども、
ここは紅い部屋だった。


嗚呼そうか、此処は、此処に在るものは
きっと皆紅くなるのか


そういう部屋なんだ、きっと


だから自分も、こんな風に紅くなっているんだ


まだ少し、頭の中がぼんやりとする。


腕の中にある、まだ温かいマスターの頭。


しっかりと、重い頭。


この部屋で、一番綺麗な紅


流石だな、と思う。


流石マスターだな、と。


「俺の・・・自慢のマスターですから」


だから貴女が大好きでした


俺の自慢のマスターだから


全てが紅い部屋の中、一番貴女が綺麗だった。


「マスター?」


―― 微笑んでくれると思ったのに、反応が無い。


首を傾げて、頭を顔の高さまで持ち上げる。


さっきまで落ちていた紅い雫は、もう出て来ない。


手がヌルリと滑って、頭はゴロリと、床に転がる。


「ああっすみません、マスター」


慌てて床に手を付いて


見開いた目が、濁って天井を見上げている。


紅い部屋を見つめる、虚ろな目。



「マスター、マスター?」



耳元で声を掛けて、ただじっと、返事を待った。


紅い部屋が、紅の温もりが


しんと冷えて腐り落ちても


きっと返る返事を、じっと―――














はろーはろー、こえますか?
可笑しいな、返事がいつまでも聞こえない


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