辺りは、ゆっくりと闇が落ちていた。

それは穏やかで、まだ何処となく不完全な闇だった。

意識せずとも、季節は変わる。

自分の手に触れるだけの範囲の世界で、
太陽の稼働時間は、確実に短くなっていた。


ノックの音を響かせて、カイトが彼女の部屋に入ると
甘い花の香りを含む風が、ヒュっと鋭く過ぎ去った。

同時に、目の前に飛んできた白い物体を、
ほぼ反射のみでキャッチする。

自分でも「お見事」と褒めてやりたい位、綺麗なキャッチだった。


少し冷えたそれを見下ろすと、見慣れた五線譜が目に映る。

まだ不完全な楽譜は、自分のマスターの新曲のようだった。


冷たい風の通り道になった部屋は、
秋といえども流石に寒い。


「まったく・・・風邪引きますよ?」


苦笑しながら、開きっぱなしの窓を閉めて、
カーテンも下ろす。


外の雑音が消えた室内には、彼女の静かな寝息が響いていた。


そっと触れた頬は、すっかりと冷たくなっていて
やれやれと息を吐く。


ベッドから剥ぎ取った毛布を、
五線譜を枕に眠る彼女の肩に掛けた。



「いつもお疲れ様です、マスター」



何か、温かいものでも入れてきますね。



そう、呟きながら冷たい頬にキスを落として


扉の取っ手に手を掛ける。


フと、何となく振り返った先にいる、眠っている彼女


その冷たかったはずの頬に朱が差していて


もしかしたら起きていたかな、とは
思ったけれど。


カイトは小さく笑っただけで、
部屋の扉を静かに閉めた。




眠り姫如何様
「気付かないフリしてあげる」そんな声が聞こえた気がした。







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