困らせる気があるわけじゃない。


それでもイラつく気持ちを抑えられるワケでもなくて、
目の前の彼女は、結果的には困り顔だ。


ああ、どうしようかな


困らせる気があるわけじゃない。


困らせるのは――嫌だ。



「あのー、カイト?」

「はい?」

「何・・・怒ってる?」

「・・・・今の、誰ですか・・・・」


恐る恐ると聞いてきたマスターに、
やっぱりムスっとした顔でカイトは答える。


今の?と首を傾げたは、暫くの後に、ああ、と手を打って。


「同じ学校の奴だよ、友達」


それがどうしたの?と、は怪訝そうで。


―― 今の・・・あの、男。


たまたま出掛け先で出会ったのは、彼女曰く『友達』


本当に、そうかな。


少なくとも、向こうは明らかに―――



「ねえ、マスター」

「ん?」

「男友達って、あんな風に名前で呼ぶものですか?」

「呼ぶものですかって・・・・だって、苗字じゃなんか余所余所しいじゃない。」

「他の人は皆、あだ名で呼ぶじゃないですか」


他の友人や、男友達に会った事がないわけじゃない。


けれども別に、彼らに対してこんな風に苛立った事もなくて

それは多分、本当に彼らとマスターとの間にあるものが
単に友人関係でしかなくて、呼び合う名前に感じる親しみが、
寧ろ心地良いものであったから。


そう言われてもねえ・・・と、マスターは困り顔で。


さっきから、困り顔しか見てないな。


思うけれども、やっぱり自分では、この感情をどうしようも出来ないのだ。



「あ、そうだ。昨日ダッツが安くなってて買ってきたんだよね。
 期間限定マンゴー味」


そろそろ3時になるし、食べようよ、と。


マスターは立ち上がって部屋を出て行く。


声を掛けようかと思うも、余りに素早い動きで、
引き止める間もなかった。


・・・・もしかして、逃走された?


それは、切ない・・・・


溜め息を吐いて、マスターのベッドにぼふんとダイブする。


同時に薫る甘い匂いは、もう慣れたマスターのもの。


あの男より、自分はこんなに側にいて、いつも一緒にいるのに・・・


こんなに距離が遠く感じる、これは、なんだろう


何でこんなに、遠く感じるのだろう


―― あー、そう言えば、この間の課題どうした?

―― めんどくせー・・・なあ、ー今度授業エスケープして遊び行かね?

―― おおっと、流石は・・・真面目すぎる・・・・


カラカラと笑う青年。


会話を思い出して、また苛々とする。


高い天井が、いつもより遠く感じた。


どうしよう、どうしようかな。


自分達をこんなに隔てているのは、何だろう。


人間と、ボーカロイド?


違う


きっともっと、単純な所にある――・・・



「・・・・・、さん・・・・・」


「はい?」


・・・・・・・・。



呟くような声に、思いがけず返って来た声。


暫く放心した後に、ガバァっと起き上がれば、両手にアイスを持つ、マスターの姿。



「ママママママスタアアァ!!?聞こえてました!?
 っていうか、あれ!!?聞こえてましたよね今の!!?」


「う、うん・・・・」


「す、すみませ・・・っ」


「あー・・・いや、良いんだけど」



特に何を考えていたわけでもなく呼んでしまった彼女の名前に
寧ろ驚いたのはこっちの方で。


しかも本人に聞かれていたとか・・・・


本当に、勘弁して欲しい。



慌てて手を振って謝る。


顔が、熱い。


はいっとマスターから渡されたアイスは、いつも以上に冷たく感じた。



「ねー、カイト」


「は、はい・・・」


「もう一回、呼んで。」


「・・・・・・・はい?」


隣に腰掛けたマスターを、グルンっと勢いよく見る。


咄嗟に首がグキ!とか、良い音を立てた。


「・・・・だいじょうぶ?」

「・・・・です。」


アイスを取り落としそうになりながら、あんまり大丈夫じゃない首を押さえて。



「あ、の・・・・・・」


「・・・・・。」


「・・・・・・・・さん」


「もう一回。」


さん・・・・・」


「・・・・・・・。」


「・・・・・・・・・・・・



最後の方は、尻すぼみになりながら。


じっと見つめる視線に耐えかねて、下加減気味の自分の視線。


けれども、その表情は、確かに彼女の表情を捉えて。



「・・・・うん、そっちの方が良いな」



そう言って、彼女は今日ようやくの笑みを見せてくれて


その微笑に思わず高鳴った胸は、


今日一日のイライラの正体を、何とも正直に物語っていた。









その微笑みをして
ほんの些細な事が、遮る壁をぶち壊したりして。







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