思えば彼とはすれ違う事の方が多かったように思う。


別に推し量ってそうなった訳ではない。


たまたま、と言うのがごく自然な理由だ。


それは十二分に分かっているが、改めてそれを意識した時
なんとなく胸に湧き上がる気まずい気持ちにとても合点がいった。


別に彼も怒ってはいないだろう。


そもそも彼は、何を考えているのか分からない存在だ。


―― VOCALOID


正確に言うと、彼はそれとは少し違うらしいのだが、
まあ世間的にはそうと分類される彼。


見た目はどう見ても生身の青年でありながら、
中身はアンドロイドだなんて、私には彼の思考を想像する事すら出来ない。



だって、要するにロボットだし・・・



「あの、主殿・・・」


「はい?」


「拙者、何か主殿の気にそぐわぬ事でも・・・?」


非常に気まずそうに、彼が言う。

家事も大筋終わらせて、さて休憩でもしようかと
リビングに入り一息を吐く。

いつになく静かなリビングに、何とはなしに
時間を持て余して意識するともなく彼を凝視していたら
流石に少々気になったらしい。


「いや、よく考えたら
 がくぽと二人なんて珍しいなーって。」


ミクとリンレンは三人で買い物に、
MEIKOはたまには昼酒でも決め込んでくると出掛けていった。

KAITOは今日の夕飯当番で、買出しに。

実質的に、家に残ったのは久しぶりに予定もない自分と、
神威がくぽ――彼だけだった。


季節は冬。

日の沈みは早く、暖冬とはいえ晴れ間の覗く日も少ない。

寒々しい季節に、普段は視界がやけにカラフルな我が家だが、
流石に目に入る色が紫一色だと、少々寂しい気もするな、と
居心地悪そうながくぽを見ながら思う。


「主殿は、何処かへ出掛ける予定などは御座らんのか?」

「何よー私に家にいて欲しくないって言うのー?」

「・・・主殿は捻くれておるな・・・」

「あらぁ、今更よそんなのー」


フゥっと呆れた様に言うがくぽに、ケラケラと笑って返す。

やれやれ、とがくぽは息を吐く。


普段賑やかな我が家で、そう言えば比較的新参者のがくぽと
二人でゆっくり言葉を交わすというのは、これが初めてであったかもしれない。

それでなくとも忙しかったここ最近に、
日常的に会話を交わす人数が多くなれば、それは確かに
一人一人の会話の密度は薄くなっても致し方ないと言えばそうだが・・・



思えば彼とはすれ違う事の方が多かったように思う。


別に推し量ってそうなった訳ではない。


たまたま、と言うのがごく自然な理由だ。



しかしがくぽには、申し訳ない事をしてしまったかもしれない。


ソファに腰掛けて、横に置いてあるクッションを抱えると、
がくぽは足元に正座をする。

横に座れば良いじゃない、と困ったように笑うと、
こっちの方が慣れておるのだ、との事で。


喋り方が一応武士風な彼は、立ち居振る舞いも
堂々たる日本男児らしい――事が見受けられることも
少なからずあるので、数少ない男性VOCALOIDという事もあり
時折見惚れる様な事もある。

彼はKAITOとはまた違った男性らしさなのだなぁ、と
改めて観察しての発見である。


フと、がくぽがジリジリと此方ににじり寄る。


「何?」

「主殿、少し失礼しても?」

「はい?」


尋ねると、がくぽは人の膝に徐に頭を預けた。

両膝にずっしりとした重みと温みが掛かる。


「どうしたの?」

「今日は、主殿は拙者だけのもので御座ろう?」

「まぁ、他には誰もいないけど・・・」

「今の内に堪能しておいても、罰は当たらぬよ」

「・・・ねえ、がくぽさ」


やっぱり、マスター一人、
VOCALOID一人の環境の方が幸せだった?

尋ねた言葉に、がくぽは躊躇いもなく
ゆるりと首を横に振り、瞳を閉じたまま、微笑む。


「拙者は、主殿の元に来られて、幸せで御座る」

「・・・そう。」

「ただ、たまには拙者も構って下され」

「・・・そうね、確かに。」


比較的に落ち着いているがくぽより、
手の掛かる他の子達に比率が傾いていたのは、確かかもしれない。


「手の掛からない子は損ね」


そう言って、がくぽの長い紫色の髪をゆっくりと撫でる。


「主殿に出会えた事を考えたら、これ以上に得な事は御座らぬよ」

「・・・なんでVOCALOIDって、こうキザな台詞が多いの?」

「拙者の気持ちが、主殿には信用ならぬと?」

「そうは言ってないけど・・・」


他の子たちの先例を見る限りは、そうとは思えないのが実際だが・・・


「まあ、良いか」


まだ冬の日も高い時刻。

時間は十分に残っている。


「ねえ、たまには二人だけで出掛けてみる?」


瞬間、輝いて見上げる翡翠色の瞳。


VOCALOIDの考えなんて自分には分からない――が、それでも


その瞳の意味することが分からない程、
自分もまだとぼけてはいないつもりだ。


「己の気持ちも、たまには素直に言ってみるもので御座るな・・・」


「たまにはと言わず、いつでも言ってくれていいのよ?」


がくぽはちょっと我が家では良い子すぎるわね、なんて笑って。

ほんのり照れた顔の彼は、綺麗な顔をしているのに、
可愛らしく見えてくる。


一応青年男性の容姿を持つ彼に対して、若干の失礼さは否めないが・・・


「さて、出掛けますか!
 ほら、がくぽ行くわよ、ボーっとしてたら折角の一日が終わっちゃうでしょ!」


そう、勢い良く立ち上がる。

姿勢良く正座をしていたがくぽも、スッと乱れなく立ち上がる。


「で、主殿、今日はいずこへ?」

「・・・・えーっと・・・」

「・・・主殿・・・」


どうしてそう、せっかちな・・・


呆れた様に言われて、言葉を詰まらせる。


「が、がくぽは?行きたいところないの?」

苦し紛れに尋ねると、彼はニッコリと
端正な顔立ちを微笑ませた。


「主殿が共におるのであれば、どこへでも」


「え〜?それズルイ・・・」


「主殿を独り占め出来るのなら、拙者は何処でも幸せで御座るよ」


・・・・。


これだから、VOCALOIDって奴は・・・


やっぱり考えている事なんて、微塵も分からない。


特に、我が家では比較的手が掛からなくて
なかなか会話の持てなかった彼の事なんて、尚の事。


でも・・・


「そう言えば先日、駅前に新しく雑貨屋が出来たと小耳に挟んだで御座るよ」

「よし、そこ行ってみよう!あとはそれから決めましょう!」

「主殿・・・」

「いいのよ、こういうのはその場のノリよ!
 ・・・それにしても、がくぽも意外と色んな情報リサーチしてるのね・・・」

「主殿の喜びそうな情報なら、いつでも切らさぬ様にしておるのでな」

「・・・本当にVOCALOIDってやつは・・・」

「うむ?」

「・・・何でもない・・・」



この日を境に、少しだけ――距離の縮まりそうな気がする。

何気ない日常の過ごし方