電車に揺られる、帰り道。


長い時間が掛かる割りに、暇潰しが出来るのは
たまたま持ち合わせていたミュージックプレイヤーくらいなもんで


いい加減立ってるのも疲れてきたな、早く地元に帰りたい、なんて
心の中でブツクサ文句を言うのは、もういつもの話で。


最近お気に入りの曲をリピートで聞きながら
これ、カイトに唄わせたいな、なんて思いながら


フと見やった車窓の先は、本当に偶然で


けれども偶然は、どうしようもなく自分を惹き付けた。



「うわぁ・・・」とか、小さく呟く声に反応する人は居ない。



そう言えば、電車に乗って暫くの間、果たして夕立だったのか
雨が一時降っていた、だからだろうか


雨上がりの空は、いやに綺麗で、眩しい


また見事にオレンジ色だなぁ、なんて
ぼんやり、その窓の外の風景を見つめた。


山とか高いビルが立体的な影絵になって高く聳える。


山の縁から、まだ黄金の太陽が気持ちばかり覗き見していた。


遠く、藍色から橙へとグラーデーションに染まっていく空の色とか、
その空の中で、不思議な真珠色に染まる雲の、少し掠れた様な形とか


何だか、昔に見た絵本みたいだ


何処か非現実的で、それだって言うのに、馬鹿みたいに綺麗なんだ



一瞬の時間が確かにコマ数を増やして『時間』を作り出す


ぼんやり見つめていた視線を、窓の外から引き剥がして
キョロキョロと、怪しいのを承知で周りを見渡す。


誰か、この景色に気付いた人が居ないかな、なんて


なんて事ない日常の一コマだけれども
それは確実に異色であり、きっと何か、素晴らしいもので


見ず知らずの人でもいい、それをこの一瞬に共有出来ていたなら


運命なんて馬鹿みたいな事をいう訳じゃない、けど


何だか素敵だな、とは、思う。


けれども周りの人は全くと言っていいほど、
窓の外の景色になんか気付いていない。


おしゃべりとか、携帯とか、居眠りとか、本だとか


皆、自分の世界に夢中だ、周りになんて興味が無い。


ひとつ溜め息をついて窓の外に視線を戻すと
一瞬だけの世界の煌きは、光を失い


其処にあるのは、ただ日常的な夜の景色でしかなくなってしまっていて


嗚呼、自分の周りに広がる小さな
けれども確かに意味のある一瞬を、人はこうして見逃していくんだ


見逃した事にすら気づかないまま、
人は時間を浪費する度に、確実に何かを見落としていってしまうんだ、なんて


無意味に寂しくなってしまったり


そんな、いつもの帰り道。



「ただいまーぁ」



疲れきった声で、いつもの挨拶。

リビングの方からは、タンタンタンと、リズミカルに野菜を刻む音。


カイトとの生活も、最早短いわけじゃない


けど、新婚夫婦の旦那さんが帰って来た時って
なんだかきっと、こういう気分。


リビングの戸を開けて再び声を掛ければ、
多分聞こえてなかったんだろう彼は、ハっとした様に
野菜を刻む手を止めて、顔を上げた。


「マスター、おかえりなさい!」


お疲れ様です、なんて

この短くは無い付き合いの中、彼は相変わらず言ってくれる。

アンタ、良いお嫁さんになれるね、なんて


自分が言う言葉じゃない。


「夕立、凄かったですけど大丈夫でした?」

「ギリギリねー、電車に乗った後だったから」


相変わらず悪運良いですね、マスター

何か言った?


軽い凄み、けれどもカイトはすまし顔。

こんなやり取りも、慣れたもんだ。

今更怒りもしない、日常の戯れの一つだろう。

って、これじゃあ新婚夫婦より熟年夫婦に近くなる。

そもそも夫婦じゃないだろう何て、誰かツッコミ入れる人は居ないのか。


カイトが今し方使ったばかりのまな板と包丁を、軽く水で濯ぐのを
ついでに手ぇ洗わせて、なんて割り込んで。


お行儀悪いですよー、とカイト。


お行儀良く躾けられてないもんーと、笑って返す。


キュッと、微かに軋む金属を捻って水を止めて
適当にタオルで水気を拭く。


時計の針は丁度7時を指している。


今日もあとは、ご飯を食べて、風呂にでも入って、ダラダラ過ごして、終わるのだ。


1日なんて、割と呆気ない。


「あ、そう言えばマスター」

「んー?」


鍋の中身を確認しながら、何気ない会話の様なカイトの声。

同じく何気ない様子で、立ったまま新聞のテレビ欄を見る。


今日は野球で、いつも見ているバラエティがお休みだ、
別に野球に興味があるわけじゃないから、この位の時期は面白みがないな、なんて
そんな事を考えながら。


カチャンと、カイトが引っ張り出したのだろう食器の音と
彼の声とが重なって、それはあくまでも、日常の会話だった。


「今日雨が上がった後、空がすごく綺麗だったんですよ」


思わず、顔を上げた。


カイトはニコリと笑いながら、見ました?なんて聞いてくる。


そんなカイトの表情を、どこか呆然としてみながら
何となく、新聞を置いた。

カイトのいるキッチンまで足を踏み込んで、カイトはきょとんとする。


「見たよ、私」

「え?」

「ちゃんと見たよ、空。綺麗だったね」

「そう、ですね。すごく綺麗でした」

「うん・・・・」



頷いたまま俯いた自分に、カイトは戸惑うように声を掛けて。


そんなカイトには答えないで、そのまま尋ね返す。


「ねえカイト」

「はい?」

「ギュってしても良い?」

「・・・・・・・はい?」


な、なんですか急に、と慌てた様子のカイトを差し置いて
どうやら本気らしい彼女の態度に、カイトは慌てて鍋を掛けていた火を消した。


コトコト喧しかったキッチンは、急に静かになる。


見計らうように、はカイトに宣言通り抱きついて
カイトも、それに応える様に抱きしめ返してくれる。


「どうしたんです?」

「んー・・・なんだかちょっとした虚しさを感じていた所だったのさ」

「あはは、なんですか、ソレ」

「何さー、真面目な話よーコレ。」


じゃれるように、ギュっとカイトの胸に額を押し付ける。

カイトは少し笑っているようだった。

だから、それに返すようにも笑った。


くすぐったい様なその感覚が、何処か心地良くて。


自分の周りに広がる小さな
けれども確かに意味のある一瞬を、人は見逃していくのに


偶然に見つけたその小さな意味のある一瞬は
確実にこうして、意味があるのだ。


その一瞬を誰かと共有出来ていたなら


運命なんて馬鹿みたいな事をいう訳じゃない、けど


何だか素敵だな、とは、思う。



「ありがと、大好きよ、カイト」

「俺、そんな事言ってもらえる様な事言ってないんで
 どうも腑に落ちないんですけど」

「私は大分納得してるけど?」

「俺は、してません」

「んー・・・それは困ったねぇ」


カイトの広い胸の中、くつくつと笑う。

カイトも、戯れるように笑い、その髪に小さく口付ける。


「それじゃあ、話をしようか」

「良いですよ、なんの話です?」

「今日見つけた、小さい幸せの話」


とりあえず、夕飯を食べながら、ね。


言ったに、それじゃあ、早く夕飯作らないとですね、とカイト。


しょうがない、手伝ってあげますか、なんて返す。


流し台の中で、積まれる食器が微かに音を立てる


見上げた青い瞳の奥に自分を映して、は笑った。


そんな、いつもの夜の1コマ







変わらない日常 に捧ぐ
それはあくまでも日常であり、ちょっとした非日常の何気ない幸福





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