時計の音が、規則的に秒針を刻む。


乱れる事無く響く音は、一巡りして。


たまにしか動かない長針と短針は、
円盤の上で真っ直ぐ一直線へと伸びた。


陽は大分伸びて、窓の外はまだまだ明るい。


それでも時間は時間なワケで、
心配になるものはなるのだ。


電話の音が、ひとつ、響く。


唐突に鳴り出したその音に、必要以上に驚いて
慌てて飛びつくように、けたたましく鳴り響く電話の受話器を受けた。


「は、はい、です」


如何にも慌てて取りました、と言うのが分かるような声音で
この家の名で名乗れば、小さな受話器の向こうからは、聞きなれた声が聞こえてくる。


『あ、もしもーし、カイトー?』

「・・・・マスター?」


向こう側から聞こえてくるマスターの声。

けれどもその周りは何だか賑やかで、
まだまだ回りに友人が大勢集っているらしい事が知れる



「まだ・・・・学校なんですか?」

『うん、ごめん、ちょっと課題が上がんなくてさ。
 学校でやってくから、多分帰りは遅くなると思う。』

「・・・・はい。」

『・・・・ごめんね、ご飯は、先に食べててくれて良いから。』

「分かりました、課題、頑張ってくださいね、マスター」

『ありがと、』

「あ、帰りは気をつけてくださいね、夜道に女性一人は危険ですから!」

『りょうかーい、それじゃあ、切るね』


言った彼女は、割とあっさりその電話を切った。


切断音が、虚しく鳴り響いている。


溜め息と共に受話器を置くと、部屋の中は急激に静かになった。


少し目を放した隙に、外は幾分か暗くなったようだった。


陽は伸びたとは言え、時間はあくまでも時間なのだ。



「最近多いな、マスター・・・」



思わず、ぼやく。


最近どうも彼女は忙しいらしくて、
此処頻繁に、今しがたの様な電話が掛かってくる。


彼女の本業は学生であって、
この時期には試験だなんだと忙しいのも分かるのだが


それでもやっぱり、寂しいものは寂しくて


寂しいけれども、言えば困らせるのも分かっているから
そんな事は言わないけれども


チラリと



既にテーブルに並べられる2人分の夕飯を見やる。


先に食べていていいとは言われたけれども、
食欲は一気に落ち込んでしまったようだ。


とてもではないけれど、一人でご飯をつつくにもなれなくて
ソファの上にゴロリと横になる。


不貞寝、という訳でもないけれど


胃の中が落ち込むような、重たい虚無感が、寂しさを増幅させていく。



「マスター、早く帰ってこないかな」



ポツリと呟いて。


何となく包み込んだまどろみに、素直に意識を委ねてみた。


































鍵の開く音で、目が覚めた。


フと、まだ翳む目で時計を見れば、時間はあれから一時間と少ししか経っていない。


あれ?とか首を傾げる内に、見慣れた姿がリビングに入ってきた。



「ただいまー。カイト、いるー?」

「お、おかえりなさい。あの、早かったですね」


課題を仕上げてから帰るなら、もっと遅くなるだろうと思っていた。


少なくとも1時間と少しで帰って来るなんて、
あの電話の後にすぐ帰宅しなければ、出来た事ではない。


見慣れた彼女は、苦笑いして自分の方へと歩み寄ってきた。



「元気ないみたいだったから、心配でさ」



課題やらないでそのまま帰って来ちゃった、と


肩を竦めては言う。


それから、そっと、カイトの額に手を当てて


ひんやりとした指先が、柔くてくすぐったい。



「・・・・うん、熱があるってワケではないんだね」



ホっとした様に言って、その言葉が、滲むようにゆっくりと心に染込む。


彼女がただ当たり前の様にそこにいる事が、
何だか馬鹿みたいに嬉しくて


不覚にも泣きそうになってしまった自分は
少なからず大袈裟ではあるけれど


それでも、それを堪えるのは中々困難な事だった。



自分の鞄をあさる彼女は、コンビニの袋を引っ張り出してきて。


その中には、いつもは『高いから』と買わないアイスが、いくつか。


キッチンの方に踵を返すと、それを冷凍庫に仕舞っていく。


そんな様子をぼんやりと眺めていたけれども
そっとソファのから降りて、彼女に続いてキッチンへと入ってみた。


背後に立つ自分に気付いたのか、
マスターは振り返りながら、照れ臭そうな笑みを浮かべた。


「いつも夕飯作ってくれたり、頑張ってくれてるからね」


たまには、ご褒美、なんて。


自分を仰ぎ見ながら言って。



そんな彼女をそっと背後から抱きしめると、
は驚いたように、身を固めた。


「え、あ、カ、カイト・・・・?」

「はい?」

「いやあの、はいじゃなくて・・・・」


どうしたの、ダッツがそんなに嬉しかった?



戸惑うようなその声が向かう先は、随分と素っ頓狂で


「違いますよ」


苦笑を含む声で返す。


クエスチョンマークが浮かんでいるのその頬に
そっと自らの頬を寄せて


「ありがとうございます、マスター」


言った言葉は、彼女に何処まで届いているのか


困ったような表情で固まったままのマスターには、
あんまり伝わって居なさそうだったけれど


「・・・・おかえりなさい」


改めて言った言葉に、彼女はようやく

ふっと身を緩めて、微笑んだようだった。


「うん、ただいま」


耳元で微かに聞こえた声は、何よりも温かかった。







Heureux Nuit
貴女が今、此処に居る。それだけで、こんなに幸せ








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