とうとうと、夜が更ける。


暗闇の中、カーテン越しの薄い光が降り注ぎ、
色のない影が浮かぶ。


外で降る雨の音を聞きながら、カイトは隣で眠る少女を見つめ
寝返りを打って、少女に背を向けた。


ゴソリと


衣擦れの音は、静かな闇に重たく響く。


夜は、まだ深い。


朝は遠く、一向に進んだ気のしない時計の音が恨めしい。


闇の中、目覚めて大分経った様に思ったが、
再び眠りに就く為の眠気の兆しは見られない。


目はしっかりと冴えてしまっていて、まだ、身体の芯は冷えていた。


小さく溜め息をついて、また寝返り。


その音に、再び顔を合わせる形になった少女は、
眉を顰めて、睫毛を振るわせた。


「・・・んー・・・?かい、と・・・・?」


呂律の回らないような声で、名前を呼ぶ。


そんな少女を、眉を下げて見つめた。



「すみません、起こしちゃいましたか?」

「んー・・・大丈夫」


言いながらも、は眠そうに目を擦る。

苦笑しながら、そんな彼女を見やった。


「どうかした?カイト」

「あ・・・いえ、なんでも」


大丈夫ですから、マスターは寝て下さい、と。


そっと髪を梳けば、んー・・・っとは唸って。


「人の事起こしたからには、
 カイトには事情を話す義務が発生するー・・・・」


だそうで。

呂律の回らない声でそんな事言われてもな、と、カイトは苦笑した。


「本当に、何でもないんですよ」

「・・・・・。」

「・・・ちょっと、怖い夢を、見たんです。」

「夢・・・?」


小首を傾げて、


カイト達も夢見るんだ、と呟いて。


一応は、と返事する。


「どんな夢?」


尋ねられて、少し言葉に詰まる。


多分、内容は夢によくある様な、現実味も無く何処か曖昧であり

そして、所々突拍子も無く、在り得ない展開になったり。



夢なんて、そんなものだ。


それでも――


「特別何が、とも・・・言えないんですけど・・・」


「うん。」


「冷静に考えれば、色々と在り得ない事になってるんですけど。」


「うん・・・・。」


「でも・・・・」


そこで、言葉を切って。


もう感覚的に遠くなっている夢を、思い出す。


「マスターが消える件が、すごく、怖くて・・・・」


ぼんやりとした夢の中で、そこだけが鮮明に甦る。


そして、身体の芯が、滲むように冷たく凍った。



言葉として吐き出すと、何だか急に照れくさくなってしまって、
苦笑いをして頬を掻く。


「怖い夢を見ると、一時的に子供返りするらしいですよ、」


いけませんね、これじゃあ。


そう言って、無言で見つめているに笑いかける。


は暫く何か言おうと口を開きかけて


やっぱり、止めたようだった。


代わりに、カイトの頭に手を伸ばして、
自分の方に力いっぱい引き寄せる。


「な・・・・っ!?」


ぎゅっと、自らの胸にカイトの頭を押し付けるに、
カイトは顔を赤くして言葉を詰まらせて。


は笑っているらしく、触れている胸は小刻みに揺れた。



「私が、何処に消えたって?」


「・・・・だから、夢の中の話、ですよ。」


「うん、分かってるって。」


「・・・・・あの、マスター?」


「んー?まあ、良いから良いから。」



顔を赤くして言うカイトに、はゆっくり彼の髪を梳いて。


柔い指先が、サラリと髪に触れる感触が、いやに心地良い。



「子供返りしてるなら、大人しく甘えときなさいって。」


我慢して寝返り打ったりしてないで、と笑う。


カイトは、口をへの字に曲げた。


「・・・・一体、いつから起きてたんです?マスター・・・」


「そんなに長い事起きてないわよ。
 ちょっとぼんやり夢現だっただけで。」


カラカラ笑うに、敵わないなあとか、溜め息をついて。


逡巡した後、自分の体よりもずっと線の細い彼女の背中に、手を回した。


「それじゃあ・・・・少しだけ」

「うん?」

「甘えても・・・良い、ですか?マスター」

「・・・・うん、良いよ」


今日くらいはね。


そう、優しく髪を梳きながら言う彼女。


その答えを聞きながら、眠気がゆっくりと、体を満たした。







消えないで、マイ・フェア・レディ
貴女がただ、此処にいる。それだけで僕は、こんなにも幸せで。








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