ロボット三原則、なんて物がある。



人に危害を加えてはならないとか、
人の命令に従わなければならないとか、そんな感じのもの。



カイトは実に、忠実だと思う。


そして、時々フと思う。


自分がカイトのマスターじゃなかったら、
きっとカイトは、自分に対してなんて何の感情も持たなかったんだろうな、と。


自分はあくまでもカイトのマスターであるから、
カイトにとっての『大切』でいられるのだ。


カイトはいつだって笑顔で『大好きです』なんて、言ってくれる。


それが、プログラミングされた物だなんて、思いたくない。


けれども確かに、彼はそうなるように作られて
自分の事を大切だと、言っているのだ。


それはある意味、強制的な愛情だ。


「マスター?」

「ん?」


カイトに声を掛けられて、ハっと顔を上げる。

カイトは覗き込むようにして、自分を見つめていた。

下がった眉尻の下で、硝子色の瞳が心配そうに自分を見つめている。


「元気、ないですね・・・大丈夫ですか?」

「・・・・・全然、大丈夫だよ?」


自分はそうやって、カイトに平気で嘘を吐く。

カイトもそれに気付いているはずなのに、何も言ってこない。


けれど多分、逆の立場だったなら・・・・


カイトはきっと、自分に嘘は吐けないし

万が一にも嘘をついたカイトに、自分はほんの少しムっとしてしまうのだ。



カイトは、原則の中であくまでも忠実だ。



時々、それがすごくもどかしい。


そっと、カイトの頬に手を伸ばし、触れる。


人と大差がない感触に、温もり。


戸惑うような瞳とかも、人と何ら変わりがないのに


「ねえ、カイト」

「はい?」

「私の事、好き?」


そのガラス玉の瞳を、真っ直ぐに見つめて、言う。

カイトは、一瞬にして真っ赤になって、言葉を詰まらせた。

ある意味人間よりも、人間臭い気がする。

触れていた頬の温度まで、一気に熱くなった。

カイトは「え、あ、え・・う・・」とか、言葉にならない言葉を、何度か口にして。

いつも単純に大好きだ何だと言ってくる割に、
こうして改めて問いかけると、真っ赤になるんだから、面白い。


「す、好き・・・です」


やっとの思いで返したその言葉に、思わず苦笑する。


どのくらい?何て

子供染みた事を聞いても、良いだろうか


「時々・・・・」

「ん?」

「壊れそうになる事が、あるんです・・・・」


カイトは、言葉を捜すようにして、ゆっくりと答えを返す。

不思議そうに見上げる自分に、ほんの少し苦笑して


「俺の心の中なんかじゃ収まりきらないくらい・・・
 貴女への『好き』が、溢れてくるんです。」


どの位、なんて聞かれたら、そんな風にしか答えられないんですけど・・・

カイトは困ったように笑いながら、言う。


―― ああ、ねえ


その言葉に、単純に嬉しいと思ってしまう自分がいる。


その答えが、テンプレートとして用意された物だなんて、思いたくない。


カイトが自分で探して、見つけて、紡いでくれた言葉だと思いたい。


カイトが、驚いたように自分を見つめ返していた。


「あ、あのマスター」


な、何で泣きそうなんですか?と、慌てふためいている。


知らない、何か泣きそう・・・・と、冷静に返して。



カイトは、おずおずと髪を撫でてくれた。


心地良さに、余計に泣きそうになる。


「私、さ」

「は、い・・・・」

「カイトのマスターで良かったって・・・不純した動悸で思ってる」

「はい?」


カイトが裏返る声で聞いて来た。

そりゃそうだ、いきなりこんな事言われれば、そりゃ驚きもする。


「マスターじゃなかったら、カイトに好きって言ってもらえない・・・
 カイトの『大切』になれないから・・・」


ボーカロイドである彼に、望む事が不純だ。


けれども、彼に好きだと言ってもらえる事が、
何よりも心地良くて、大好きなんだ


カイトに大切だと言って貰える度に、すごく温かい。


けれどもそれは、カイトがマスターを好きになるよう作られているから。


それは、強制的な愛であり、要は独りよがりに近い。



何て切ないんだろう、馬鹿野郎だ、自分。



カイトはゆっくり、ゆっくりと、髪を梳いて、


「マスター」

「・・・・・うん、」

「・・・・・俺、きっと、貴女がマスターじゃなかったとしても」


貴女に、同じような事を言った気がするんです、と


カイトは、言った。


「マスターがマスターじゃなかったとしても、例えば知らない他人で出会ったとしても・・・
 俺、きっと貴女の事が大好きだって、言ったと思います」


そっと見上げる彼は、相変わらずの苦笑だった。


「俺の思考は、プログラミングされてます。
 それでも、貴女を好きになったのは『俺』なんです」


他のボーカロイドではなかったし、今ここにいる『自分』だけが、貴女を愛した。


それってきっと、何処か人に似てる。


誰もが『恋』や『愛』なんて言葉を知っていて、その中で
本当に愛するのは、たった一人だけ。


『好き』の知識が、最初から人によって与えられていただけ

幾千の愛する可能性のある人の中で、貴女の元に来て、貴女を好きになった。


それだけで、ちょっとした運命みたいな気がしませんか?


「俺、最近ちょっと思うんですよ」

「ん?」

「俺は、貴女の元に来るべくして来たって」

「・・・・運命とか、こっぱずかしいから止めてよね・・・」

「駄目ですか?」

「・・・・・・・良いけど」


やっぱり、恥ずかしいから言わないで、と


だって今どき、運命だなんてそんな馬鹿な。


科学の集大成が、何非科学的なこと言おうとしてるの。



「あの、マスター」

「ん?」

「マスターの動機が不純なら、俺の動悸も不純ですかね?」

「?」

「俺も、マスターの元に来れて良かったと思ってます。」

「・・・・・・・・・。」

「こんな事言ってくれる可愛いマスターで、良かったですよ」


ニッコリと、笑われた。


何かいきなり恥ずかしくなる。

コノヤロウ、とか思ってしまうんだけれど、どうしよう。


「とりあえず一発引っ叩いとけば良いかな」

「あ、あのマスター、その前に頬抓ってるんですが・・・・」


あら、失礼。

それは無意識だから、さあ、歯ぁ食いしばれ。


あのマスター、ごめんなさい。

ちょっとだけ調子に乗っちゃったって言うか、あの、拳とりあえず収めてください。

って言うかそれ一発引っ叩くとか言う可愛いレベルじゃないですよね。


顔を青くして言うカイト。

仕方ない、此処は一先ず拳を収めた。


ふうっと、安堵の息を吐かれて。


「マスター、」

「ん?」

「大丈夫ですか?」


フと、先程と同じようにカイトは問いかけられて、
思わずきょとんと見つめ返したガラス玉の瞳。


透き通る色が不思議で、けれども其処に映る優しさは、人と変わらない。


ある意味人間よりも人間らしい。


ずっと素直で温かい瞳。



「・・・・・うん、大丈夫」



今度は、嘘じゃなく、答えた。




ロボット三原則に忠実な彼


けれども、それすらも運命だと笑う、非科学的な科学の集大成


それで良いのか、とか、思う。


それで良いんだろう、とか、思う。


科学すら運命だと笑うのだ、そんなもんで、良いんだろう。


お互いがお互いの事を好きでいられて、


それだけで、運命なんて馬鹿げた事を言い合って


『マスター』と『ボーカロイド』なんて実はおまけで、


愛し合っていられるのなら、要は何でも良いのだと思った












学ロマ
配線コードの赤い糸、ロマンスなんて程遠いけど



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