鳥の鳴き声が高く響く。

街の喧騒から、ほんの少し離れたここは、緑も花もそれなりにある。

静かな公園で、ベビーカーを押すお母さん達や
恋人たちのちょっとしたお散歩コースなんかに重宝されている。

砂場や滑り台なんかの遊具を設けられているのは、ごく一角のみで
基本的には森林公園の作りだ。


夏には噴水の涼しげな、御老人から子供まで利用する
割と賑わう、そんな公園。


別に何があると言う訳ではなかったのだけれど、
せっかく緑が艶やかに深く色めく季節に、あまり家に引き篭っているのも難か、と


たまには健康的に外に踏み出した次第だ。


普段不健康なのを取り戻すように、光が目一杯に体に降り注ぐ。


隣を歩くカイトの髪が、サラリと揺れて


透き通る空に、消えていってしまいそうだ。


ぼんやりカイトを見つめていたら、フと視線が合って、
ニッコリと微笑みかけてきた。


「緑は、目や身体の疲れを癒す色なんだろうですよ、マスター」

「それ、良く聞くけど本当なのかなぁ・・・」

「結構本当らしいですよ?」

「へえ、」


カイトからのプチ情報に、なんとなく辺りを見渡した公園は
もうすっかりと初夏の空気だ。


「普段パソコンと向き合っていて疲れてるでしょうから、
 今日はしっかり、身体を休めてくださいね」

「そしてリフレッシュしたのも束の間で、カイトの歌の練習が始まるわけか。」

「期待してますよ、マスター」

「あーもーネタに走っちゃおうかなー」

「ええ!?今回はちゃんと唄わせてくれる約束ですよっ」

「なんかめんどい・・・」

「約束は、守るから約束ですっ」


でしょ?と小首を傾げるカイト。

今回ばかりは、カイトの言い分が優勢らしい。

しょうがないなあ・・・と、回した首は、日頃の疲れを訴えるように
ゴキ!と、かなり良い音を響かせて。


「ちゃんと良い声で歌ってくれないと嫌だからね?」

「マスターの為なら」


カイトは、ニコリと微笑む。

昨夜遅くまで、上手く歌えなくて手こずって他の誰かしらー。


思ったけれども、止めておいた。


折角の天気で、気持ちの良い風だ。


わざわざ壊したりする必要も、ないだろう。


「楽しみにしてる」と言えば、「そうして下さい」と返って来た。

自分の気持ちを、きちんと汲み取ってくれたらしい。


良く伸びる、鳥の声。


毎年、この季節になると聞こえてくる。


もう、夏なんだなあ。


のんびりと、目を細めた。


「はっ!マスターっアイスクリーム屋さんを発見です!!」


森林浴という訳でもないけれど

マイナスイオンーとか思ってリラックスしていれば、カイトの少し興奮した声。


「お前にはムードっちゅうもんがないのか・・・・」


思わず言うも、カイトは聞いちゃいない。


「マスター、駄目ですか?」


長身のクセに、上目遣い。


おねだりモードが発動されましたっと・・・・


自分はどうも、これに弱い。


と、彼も知っているから達が悪い。


溜め息を、ひとつ。


給料日前で大分お軽くなっている財布から、千円札を一枚取り出した。


「私の分も買ってきて。チョコレートね。」

「やった!ありがとうございます、マスター!!」


目をキラキラさせて千円を受取るカイト。


速攻で、緑の中浮き立つピンクのワゴン車に走っていった。


そんな後姿を苦笑で見送って、ああ日に焼けそうだな、と
適当な木陰に入った。


木漏れ日がチラチラと揺れて、
自分と地面とに、歪な斑模様が出来上がる。


フと、目の前を通り過ぎるカップルが目に入った。


今日は初夏にしては暑い位の気温だと言うのに、
そんなものは関係ないと言わんばかりに、しっかりと手を絡めて歩いている。


・・・・・正直、ちょっと羨ましい。



視線を移して、ピンクのワゴンにうきうきと張り付くカイトを見やる。


ああまったく、お店のお姉さん困ってるじゃないの。


溜め息を吐いて、ぼんやりと、その背中を眺めていた。


――― 遠い、な


吐いた溜め息は、夏の空に似合わない。


手を繋いで歩いたりとか


元々が、そんな事を望める仲じゃない。


『マスター』と『ボーカロイド』


ある意味どの仲よりも近しくあり
けれども一定の距離において、絶対的に遠い。


カイトが、アイス屋さんのお姉さんと何か言葉を交わして

2つのアイスを受取ると、くるりと身を返して、コチラへと走ってくる。


あーあ、転んでも知らないぞ、っと。


危なっかしくも、アイスを差し出し近寄ってきたカイトを、苦笑で迎える。


「はい、マスター」

「ん、ありがと――って、あれ?ダブルにしたの?」

「スタンダードでダブルらしいんです。要チェックですね」



しかも、アイス一つ分の値段と変わらないんですよ!と、拳を握って言うカイト。

手の中にアイスには、1つのコーンに2つのフレーバーが乗っている。

色からして、ストロベリーとチョコレートかな。

色合いが少し可愛らしい。

確かに、これでアイス1つ分の値段なら、お得感はあるかもしれない。


「マスター、向こうの噴水に行って食べません?」

「ん?うん、良いよ」


涼しそうだし、まあ良いか、と。

頷くと、じゃあ行きましょう、とカイトはニッコリ微笑んできて。


「そう言えば、アイス屋のお姉さんと何話してたの?」

「え?ああ、デート楽しんでくださいねって言われたんで・・・・」


へらっと笑って言われた言葉に、前つんのめりになる。


人の事言えない、アイス落とす所だった・・・・・


「で、でーと・・・・!?」

「あれ、違うんですか?」


思わず立ち止まって声を裏返せば、
きょとんとして、逆に聞き返されてしまった。


いや、違うんですかってそんなあの・・・・


「俺、そうだと思ってたんで、
 『ありがとうございます』って答えてきちゃいましたよ?」


そうか、カイトはデートだと思ってたのか・・・・・

いや、そりゃ確かに・・・いや、でもデートか・・・・?


正直、傍から見て自分達がどう見えるのか、なんて思った事もなかった。


・・・・確かに、ちょっとしたデートスポットの公園で、
いい年の男女が2人並んで歩いてれば、そんな風に見えなくもないのか・・・?



それにしては、主な出費は自分のお財布からのみ、飛んでいくのだが・・・・・



まあ、この際そこの所は置いておくとして、だ。



「あの、カイト・・・」

「はい?」

「デート、で・・・良いの?」



なんと返すべきなのか、答えに困って結局の問いかけ。


カイトはニコリといつもの頬笑みで、「俺は嬉しいですよ?」だそうで。



「マスター、行かないんですか?」

「・・・・ん、行く」


止まっていた足を、再び踏み出す。

自分の足が、一歩前の砂を踏みしめるのと、「あ、そうだ」と
カイトの思いついたような声とが、丁度重なった。


首を傾げて見上げたカイトは、ハイっと手を差し出してきて。


「手、繋ぎましょ」

「・・・・・・へ」

「せっかくのデートなんですし。
 こういうのは、ムード、なんでしょ?」


なんだ、聞こえてたんだ。


アイスに夢中で聞こえてないかと思ったのに。


なんだか、今になって少し悔しくなったりする、けど・・・


「マスター?」

「・・・・・うん、」


差し出された手に、自分の手を重ねて。


あの恋人達みたいに、指を絡めて、歩いた。



―― ああ今度こそ、自分達は傍から見て、『デート』になってるだろう



自覚するのが遅いなんて、まあ今更の事で。



初夏



それにしても暑いはずの今日の気温の中、なるほど


繋いだ手の熱さは心地良いだけで、気にはならなかった




初夏、模様
(ああもう、体温上がってアイス溶けそう)

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