始まりの光3 |
どこかで、水滴の音がする。 地下の空気が肌に冷たい。 上で、ウィルと女性の話し声が聞こえる。 老熟した女性の声だ。 何処か穏やかで優しい、威厳ある声・・・・ おそらく、ミュゼットさんだろうな・・・・ 小さな空間に区切る鉄格子は重たく目の前に佇み 触れれば鉄の冷たさが無慈悲に伝わった。 溜息を、一つ。 どうして、騒ぎを止めようと前に出た自分が今、 こうして檻の中に入れられなければ成らないのか・・と。 セネルはまだ隣で気を失ったままだ。 そろそろと、一夜も明けるだろうに・・・ 事情ならウィルに話した。 それでも、何故か檻に入れられて・・・ もう一つ。 溜息を吐かざるを得ない。 もうこれで、何度目になるだろう・・・? そんな事を考えていると突然セネルが目を覚ます。 ガバリとその身を持ち上げて、寒い檻の中を見渡した。 「おはよう御座います」 一応、そんな言葉をかけておく。 セネルは、まさか人がいるとも思わなかったのだろう。 驚いた目でコチラを見た。 「お前・・・・」 「何処か痛む所とか無い? ウィルさん、手加減下手そうだから」 一応ファーストエイド掛けておいたけれども・・・ 尋ねれば、セネルは首を横に振った。 「そっか。なら、良いんだけど。」 なかなか目覚めなかったから、少し心配だったのだ。 そして、少し微笑んでから尋ねた。 「名前、聞いても良い?」 知っているけれども、一応怪しまれないために。 セネルは、一度考えた後 「・・・・セネル・クーリッジ。」 ぶっきらぼうに答えた。 「セネル・・・ 私は、 。」 「・・・・?」 尋ねられて、は首を傾げた後 あぁ、と思い当たって微笑んだ。 「この辺りでは聞かないでしょ? 名前は『』の方。だから、そう呼んで?」 「・・・・・・か。 此処は何処なんだ?」 確かめるように呟いた後、ハッとした様に尋ねる。 は嫌そうに溜息を吐いた。 「ウィルさんの家の地下室。」 「ウィルの!?」 「良い趣味だよねぇ・・・ 家に牢獄があるなんて・・・」 驚きの声を上げたセネルに、は嫌味を呟いて。 ふと、階下に下がってくる足音。 ウィルのものにしては、随分と淑やかだ。 セネルとが鉄格子の向こうを見ていると、 姿を現したのは、老熟した女性。 「お目覚めかしら?」 その声は、先ほど上の階でウィルと話をしていた・・・・ 「ミュゼットさん・・・」 やっぱり・・とが呟く。 ミュゼットは、鉄格子の中にいるセネルとを見て、 困ったように言った。 「ウィルさんももう少し手加減すれば良いのにね。 保安官として職務熱心なのは良いけど、 やり過ぎは考えものだわ。」 「嘘を仰られては困りますな。 マダム・ミュゼット。」 そのミュゼットの言葉に返したのは 聞き覚えある低い声。 同時に、階段の方から姿を現したのはやはり、 難しい顔をしたウィルだった。 「俺の本業は博物学者ですよ。 保安官を名乗ったことはありません」 「ここから出せ!!」 ウィルの姿を見て、怒りが再び込み上げてきたのだろう。 先ほどまで大人しかったセネルが、怒鳴って鉄格子を叩いた。 「その様子だと、まだ反省が足らんようだな。」 その様子に、ウィルが呆れた溜息を吐く。 「ねー・・・ なぁんで私まで入れられてるんですか・・・?」 セネルが鉄格子をガンガン叩く横でが尋ねる。 ウィルはその姿を捉えて難しい顔のまま捕らえた。 「騒ぎの中心に、お前もいたからだ」 「だかっら、巻き込まれただけだって 言ってるじゃないですか・・・」 何その曖昧な理由・・・ どんなに説明しても納得しないウィルに なんだか切なくなってきた。 そんな中、ミュゼットが鉄格子に近づく。 「事情は、ウィルさんとさんから聞いたわ。 ひとつ・・伺っても宜しいかしら?」 あくまで穏やかに、ミュゼットが聞く。 セネルも、その調子にやっと、耳を傾ける意を示した。 「セネルさんとシャーリィさんは どういったご関係なのかしら?」 「シャーリィは・・・・」 一旦、セネルが口ごもる。 それから、意を決したように口を開いた。 「シャーリィは俺の・・・妹だ」 この頃のセネルは、まだ シャーリィの事しか考えてないからなぁ・・・ 猪突猛進。 目の前しか見えてないから、焦りしか抱けない。 その間に、ミュゼットはセネルの答えに深く頷いていた。 「そう。 だったら、助けに行かないとね」 そして、ウィルに向かう。 「ウィルさん。 セネルさんを出して差し上げたら?」 その意外な言葉に、セネルとウィルの2人は目を見開く。 まさか、そんなにあっさりとその言葉が出てくるとは思わなかったのだ。 は、状況を知っているだけに大人しく聞いている。 「しかし・・・」 「セネルさんは一生懸命なだけよ。 焦ってしまうのも、仕方の無い事だわ。 妹が困っていれば、何があろうと、何処にいようと即座に駆けつける。 ソレが、お兄さんと言うものでしょう?」 そして、を見て再び。 「それに、さんも巻き込まれただけで こんな所に入れられてしまうのは、 気の毒と言うものじゃないかしら?」 ミュゼットの言葉に、が小声で 「そーだそーだ」とか呟く。 ウィルが軽くを見据えてから、溜息混じりに ミュゼットに言った。 「こいつ等がまた、 問題を起こしても知りませんよ」 「だっから・・ 私はなぁんにもしてないってのに・・・」 どうして先ほど出会ったばかりの少年と一蓮托生で考えられるのか・・ しかし、そんな事をしている間に、ウィルは鉄格子の鍵を開ける。 ソレとほぼ同時に、ミュゼットは言った。 「だったら、ウィルさんが付いて行ってあげたら?」 ウィルは少し、考える仕草を見せる。 「ご命令・・・ですか?」 「いいえ。提案よ。 でも、そう言えば・・・・」 ミュゼットが顎に手を添える。 ソレはいかにも考えてますと言った風で。 けれど明らかにその瞳は、初めからそうするつもりだったと言わんばかりに。 「例の元気なお嬢さんも、 モーゼスさんのところに向かったみたいね」 「クロエ・ヴァレンス嬢が・・・ですか?」 クロエ・ヴァレンス・・・・その名に、は覚えがあった。 「クロエ・ヴァレンスって、 この間、痴話喧嘩に入って行って男の方を 半殺しにして病院送りにしたっていう・・あの?」 鉄格子から出て尋ねる。 たまたま、話に出ていた場を目撃してしまったのだが・・ 想像していたよりも、酷かった・・・・ ミュゼットは頷いた。 「ええ。 お一人みたいだけど、大丈夫かしらね?」 その言葉に、ウィルがガクリと肩を落とした。 「オレは・・ガキのお守りですか・・・」 しかし、諦めたように首を振ると セネルのほうを向いた。 「仕方ない。 妹を取り戻すのを、手伝ってやる。 ついでの用事も出来た事だしな。」 「よかったわね。セネルさん」 無言のセネルに声を掛けると セネルも鉄格子から出てきて、口ごもるように言った。 「その・・・助かった。」 「どういたしまして。」 「も・・・悪かったな。 巻き込んで」 「ま、気にしなくて良いよ。」 やはり口篭ってだったが言われて、 はニコリと笑んで返した。 ウィルの家から出ると、日差しが眩しい。 「ん〜・・やっぱシャバは良いな〜っ!」 「それが16の女子の言う言葉か・・・」 「そんな16歳の女の子に 鉄格子ーなんて言う貴重体験をさせたのは何処の誰ー?」 ウィルの言葉に嫌味を返す。 その言葉に驚いていたのは誰でもない、セネルだ。 「お前・・16だったのか?」 「うん。 ・・・・あれ、見えなかった?」 「あいや、言われれば見えなくも無いんだが・・・・」 そう答えたセネルに、は納得したように言う。 「あー、よく言われる。年齢不詳だって。」 「ああ、そう、それだ。 なんて言うか、年上にも年下にも見える。」 セネルは何かスッキリした顔で手を叩いてを指差す。 そう言われるのは格別に珍しい事でもないから、 は笑って流した。 そこに、ウィルの家のドアが音を立てて開かれる。 「ウィルさん、地図をお忘れじゃなくて?」 「・・此れは失礼。」 ウィルは敬礼を一つしてから、 地図を持って現れたミュゼットの手から、少し古ぼけたソレを受け取った。 「いってらっしゃい、セネルさん。 シャーリィさんを連れて戻ったら、ぜひお茶をご一緒しましょう」 そう、セネルはニコリと見送られた。 「じゃ、私は此れでね」 「ぇ・・・」 に手を振られ、セネルが驚いたような声を上げる。 は苦笑していった。 「別に、驚く事でもないでしょ? 私は一緒に行くとは言ってないし・・・・ これから、仕事もあるからさ」 「仕事?」 「はこれでも、街の歌姫だ。 その事で、始めの頃カーチス殿と一悶着あってな。」 「『これでも』を強調するの、止めてくれません?」 変わりに答えたウィルの言い方に、 が気にくわなそうに返す。 一応、街のみんなには 『歌姫』一本としての職業で通っている。 セネルは意外そうにしながらも 「そうだったのか・・」と呟いて・・・ 「うん。だから、私は此処まで。 ガンバッテ妹さん、取り戻してきてね! お茶会には、是非私も呼んでくださいな♪」 「・・・・・あぁ。」 そう言ってもまた、 笑顔で2人を見送った。 「だって・・・まだ『声』は 時じゃないと告げているから・・・」 小さく見えなくなった背中にが呟いた言葉を聞いていたのは、 穏やかに街を過ぎ去る、潮風だけ・・・・ ― to be continue... ![]() 一先ずセネルとはお別れで、 次は、ジェイに文句を言いに行きます(ぇ ![]() |