白いエリカの彩る夜に
始まりの光7








海の上に、船が漂う。

セネルがエンジンの修理をしているだけの音が響いた。
この勝負、明らかにセネルの負け・・っていうか不可抗力なんだけど。


安堵の様な、悔しいような。


は、腕に当てたハンカチを一旦海水につけて
熱を冷やす。


「え・・っと、さ・・、ごめんね?」

「あー、気にしないでいいよ。
 たいした怪我じゃないし。」


爆発したエンジンの炎からノーマを庇ったは、軽傷を負って、
大して痛くも無いのだが、ノーマが心配そうにの腕に触れる。


「そうは言ってもさぁ・・・」


笑って言うに、それでもノーマは口を尖らせて、
は困ったな、と頬を掻くと、自分の腕に触れた。


「ファーストエイド」


柔らかな光が腕を包み、少しヒリヒリしていた腕の痛みが引く。

驚いたようなノーマに、が笑った。


「え・・・・・」


「ほら、これでもう大丈夫でしょ?」


「え――ーっ!!?
 って、爪術士だったの!!!?」



ノーマの高い声。
あれ?知らなかったの?と、
見れば、セネルも修理の手を止めて、驚いたようにコチラを見ている。


「え、セネルも?」


「いや・・・確かに腰に武器はつけていたが・・・
 まさかブレス系とは・・・・」


「あ、それちょっと違う。
 ブレス系も使えるし、アーツ系も大丈夫だよ」


言ったセネルをヒラリとかわせば、二人は顔を見合わせて驚いて、
は、少し愉快な気分になりながらも、ところでさ、とノーマに詰め寄った。


「若い男女が海の上に置き去り・・・。
 これって、恋が芽生える黄金パターンだと思わない?」

「あっ、だよねぇ!
 それで何も思わなきゃ男が廃るってか?」

悪戯心で言ってやれば、ノーマは面白いほど食らい付いてくる。
それから、2人でセネルを見やって口を揃えた。


「「いやあ〜、ケダモノ〜」」

「2人で変な想像して盛り上がるな!」

「・・・・和んだ?」

「和むか!!」

言ったら、怒鳴られた。
なんだよ、2人が人の事驚いた顔で見るから、
少しでも話し逸らそうと思ったのに。


「ちょっと、とそこのあなた、」


一人で口を尖らせたら、すっかり忘れていた声が遮る。
セネルとノーマの驚いた様子と、キャビンから出てくるハリエット。


「くだらない事言って、セネル君の邪魔しないでしょうだい」


「ハリエット!?」


「はいはい、ごめんね、ハティ」


驚くセネルを置いといて、はサラリと謝る。
ハリエットは小さな体を歩かせて、ノーマの元に行く。


「大体、なんで貴方まで乗ってるのよ。
 セネル君とだけでよかったのに。
 それに、だわ。どうして起こしてくれなかったの?」

「いやぁ、あまりにグッスリ寝てたもんで・・・・つい」


「セネセネ、、このクソガキ誰?
 スゲ〜ムカつくんだけど」


ハハハっと、が頭を掻きながら笑うと、
ノーマが顔を引きつらせながら尋ねる。

ハリエットは腰に手を当ててフフンっと笑った。


「口の利き方に気をつけることね。
 この船を借りられたのは、ハティとのお陰なんだから」


「ウソでしょ!?」「ウソだろ!?」


ノーマとセネルが声を揃えた。
ハリエットと並ぶを見比べる。


「お金を出したのはハティがしたの。
 私は、運転手とちょっと交渉しただけなんだけど」


「それでも、船を借りられたのは、のお陰だもの。
 一応・・・感謝はしてるんだから」


少し口を尖らせて照れたように言ったハリエットに少し微笑んで、
ノーマは、え・・・と、言葉を失ったように言った。


「それで、何が目的だ、ハリエット?」


セネルが、疑わしげに腕を組んで問う。
その視線から目を逸らし、「ソレは・・・」とハリエットは口篭る。


彼女はこれから、自分の目で確かめに行くのだ。

自分の母が死ぬ間際まで愛した、自分にとっては憎らしくさえある
自分の”父”と言う肩書きの男の元へ。


「こんな面倒な事をするからには、
 余程の理由があるんだろう?」


「まーま、人様の用事なんてどうでもいんじゃない?
 それよりもセネル。さっさとエンジン直さないと。
 アイツにボロ負けもいい所だよ?」


責めるような視線の間に割って入って、は言う。
ね?とセネルに言えばはっと思い出したようにエンジンに向き直った。


「・・・・・わかった。」


そのの言葉に、一瞬セネルは何かを言おうとしたが、
結局、諦めたように溜息と共に頷いた。
驚いたようにコチラを見ているハリエットの視線を交わしながら、
は大きく伸びをした。



「さって・・・対岸まであとどれ位掛かる事やら。」



その後、エンジンは応急処置の上、暫くは持つだろうというセネルの判断。
やっぱり、流石はマリントルーパーだ。



それから更にハリエットとノーマの口喧嘩を楽しみながら
15分の上を行く時間海を走って、着いたのは岩だらけの岸。



「結局、対岸に着いちゃったわけ?」


ハリエットが、岩場をキョロキョロと眺めながら呟く。


「そー言えば、ウィルッちとクーが話してたっけ。
 猛りの内海を越えた先にある湖に行くとか何とか。」


「この先に、湖があるって事か?」


「なんだったら、此処から先、案内しようか?」

ノーマの言葉に答えたセネルは疑わしげで、
その様子に言ったに、結局、またみんなの驚きの視線を受ける事になる。


、知ってるのか!?此処の事。」

「だって、言ったでしょ?対岸に用事があるって。
 土地勘には自信ないけど、まあ、結構来慣れてるし、此処」


だって此処、毎日の様にポッポ君たちに連れてこられる場所だし。
この辺りは、新鮮な魚介類が豊富なのだ。



「ふ〜ん。ま、が知ってるってんなら、安心だね。
 ようしっ!それじゃあ、早速、行ってみよー!!」



ノーマの指揮の元、一同は岩場を進みだす。



途中、出てきたプチフィンクスやフリーズベア、ガルドシャークなんかを
倒して進んでいった。


大して強くもない相手だし、にとっては、この辺の魔物は手馴れている。

空中戦の魔物が多いため、少しやりにくい物はあったが、
指して大きな傷も負う事無く岩場を進むことが出来た。

回復陣の辺りで休憩を取り、少し進んだ辺りに差し掛かると、
突然、キュキュ〜〜〜っ!!と言う何か聞きなれた声。


何事か、と全員が海辺を見やるのとほぼ同時に、
海から飛沫が上がり、何かが勢い良く飛び出してきた。


それは軽やかに陸に着地する。


「キュ。」

「って、ポッポ君!!?」


コンニチワ、の挨拶に片手を挙げる見慣れた黄色いモフモフ族に、
が目を見開き、思わず声を上げる。

ポッポは、その体をしなやかに横に曲げた。


「キュキュ〜?
 どうしてさんが此処に居るキュ?」

「私は、アイツに頼まれて・・・」


「なぁんか2人で話進めてるトコ悪いんだけどさぁ、
 2人、知り合いなワケ?」


ノーマの言葉に話が打ち切られ、ポッポは
忘れていたかのようにクルリと3人の方を向いた。


「モフモフ族のポッポだキュ。
 はじめましてだキュ。」


「ラッコが・・・・・」


自己紹介したモフモフに、ハリエットは唖然とした様子だ。
当然と言えば当然だが、ハリエットはモフモフを見るのがはじめてらしい。

セネルは腕を組み、ポッポを見つめている。


「キュッポ、ピッポの兄弟か?」


「末の弟だキュ。
 兄さんたちの事知ってるキュ?」


尋ねたポッポの様子に、思わずハリエットがカワイイ・・・とか呟いた。


「こんな所で、何してたの?」


がポッポに尋ねれば、ポッポは胸を張って答えた。


「ポッポ2世号の試運転をしていたんだキュ。
 でも、途中で沈んでしまって・・・」


「ポッポ2世号って?」


「ポッポが作った、水の中を走る乗り物だキュ」


「要は潜水艦だね。」


が言うと、ポッポは何かさも悔しそうに溜息を吐く。
あのポジティブなポッポにしては珍しい様子だ。



「せっかくうまくいってたのに、
 ヤギに襲われて台無しにされたキュ」


「って、ヤギにまた襲われたの!!?」


「ヤギ?」

「海に?」

「襲われた?」



主語と一致しない謎な言い回しに、3人は首を傾げるのだが、
ポッポは、壊された事に落ち込んでいるだけで

例のヤギにも『ディノゴードン』という名前が付いたのだが、
結局詳しい生態はわかっていないので、『ヤギ』と言うことで通っている。

なんと言うか、納得行かない。


「それはそれとして。皆さんこれからどうするキュ?」


「うわっ、ノリ軽!!」


「あー・・・ハハハ・・・・まあ、こういう子だから、ポッポ君は」


えええ!?とかその軽すぎるノリに驚くノーマに
が困ったように説明を入れてやる。

あ、やっぱりポッポはポッポだったか、と。

それが彼の、長所であり、短所とも呼べる場所だ。
でもまあ、くじけないのはいい事だけれど。


さんも一緒だし、出来ればポッポの事、
 モフモフ族の村まで送ってくれないキュ?」


ナイス返しだポッポ君!
心の中でガッツポーズを決める。

これなら、怪しまれもせずにモフモフの村まで、みんなを案内できる。

湖の先に案内して、その後、どうやってジェイの元に向かわせるかは、
実際の所、少し考えていたのだ。


この先に私の村があるから、と言っても、なんだか怪しまれそうだったし。
ノーマなんかからすれば、『こんな所に村があるなんて聞いたこと無い』とかなんとかの
切り替えしが来そうでもあったし。


しかし、自分がモフモフの知り合いであるという事と、
モフモフが同行して、この先にモフモフの村があるというなら、
事の運びは、が脳内シュミレーションしていたよりも、よっぽどスムーズにいく。


ポッポ達モフモフの皆は、そういう所に関しては、その容姿の愛らしさの為か、
あまり疑われるという事が無い。


結構、やるんだけどね、みんな。


は、モフモフのみんなと知り合いなのか?」


セネルに聞かれて、浮かれてトんでた意識を引きずり戻す。
は、うん、まあねと慌てて答えた。


「私の用事があるのは、そのモフモフの村なの。
 丁度良いし、送ってってくれると助かるんだけど」


「けど、ウィルたちが・・・」


「この先にあるのは、モフモフの村だけだよ。
 もうウィルさん達とも大分離れちゃったから、行き先もなんとも言えないし。
 もしかしたら、ウィルさんたち、モフモフの村にいるかもしれないよ?」


言ったら、盛大な溜息を付かれた。


「・・・モフモフの村はドコにあるんだ?」












岩場も少し行った所だろうか。
ハリエットがポッポをいたく気に入って話をしていた時だ。

唐突に、ノーマがまだ着かないのかと溜息をついた。
確かに、歩き始めて大分経つのに見えてこないその湖に
疲れるのは否めない。


「あとちょっとだよ」


足を投げ出して座り込むノーマに、の苦笑した答え。
その時、メ"〜〜っと、これまた聞きなれた声が聞こえる。

あれだ。


例の、あの声。


「ねえ、ノーマ。
 変な鳴き声、聞こえない?」


ハリエットが不安そうに、ポッポの服の裾をつかみながら問う。


「聞こえる。
 なんだか、ヤギみたいな・・・」

「ヤギ・・・?」


あー、これ間違いないな、と
セネルは振り返って、とポッポを見やった。


「確か、さっきポッポがヤギに襲われたって言ってたな」

「言ったキュ」

「そのヤギと言うのは・・・・」

「今鳴いてるのが、まさにそれだキュ。
 きっと、すぐ近くに居るキュ」


「ええっ!?だ、大丈夫なの!!?」


ポッポの言葉を聴いてうろたえるのはハリエットで、
は頭を掻く。


「うー・・・ん。
 まあ、ヤギとは名ばかりで実際は・・・・」


「ヤギごときで、何ビビってんのよ。
 これだからお子チャマは。」


「いや、だから」


「び、びびってなんかないわよ!」


「あの、ちょっと話・・・」


「たかがヤギくらい、どって事ないじゃん。
 どれどれ・・・・・」


「あっ!?」


ヤギの正体を教え様としているのに、
ハリエットとノーマは見事に言葉をぶった切ってくれて、
挙句、ノーマは声の方向へと走ってしまった。


「ちょ、ノーマ、危ないってば」

までぇ、またまたそんな大げさな・・・・」



おどけて見せた・・・つもりだったのだが、
その緑色のグロテスクな『ヤギ』は、水面から現われて、


「ぎょえ〜〜〜〜〜〜〜っ!!?」



「ヤギだキュ!!」



「ドコがヤギじゃ〜〜〜!!」



「メエメエ鳴いてるキュ」



「だから鳴き声に騙されたら生き残れないってば!」



「詐欺じゃあ〜〜〜〜〜〜っ!!!」




相変わらず、ポッポたちは変なところで純粋だ。




それでも明らかなヤギの戦闘態勢に、セネルは構え、も鉄扇を取り出し
倒れこんでいたノーマの腕を引き起こした。



「来るよ!!」


「う、うん!」



結局、あのヤギとの戦闘が始まったりした。










― to be continue...