白いエリカの彩る夜に
届かぬ手1








ハリエットが泣き疲れて眠った頃に、ジェイが階下から姿を現した。
にも垂れてすっかりと寝入っているハリエットを見ると
溜息をついて一緒に、ベッドに寝かせるのを手伝ってくれる。


ぶっちゃけ、大分驚いたり。



「あ、ありがとう、ジェイ。」


「風邪でも引かれたら、ウィルさんに怒られそうですしね」



言って、少し笑った。

確かに、あれであの人親馬鹿だから、
多分ハリエットの前では怒らないにしろ、後で鉄拳が飛びそうだ。

思わず納得して、笑ってしまった。


「話し終わったの?」


「ええ、まあ。
 成り行き上、僕もセネルさん達を手伝う事になりました。」


「ジェイが?
 今回は随分と肩入れするんだね、ジェイ」


「・・・まあ、貴重なメルネスの情報提供者ですしね。」


「あはは・・・それに、ピッポ君達にまでお願いされたらね?」


「・・・・聞こえてたんですか・・・・」


「うーん・・・ピッポ君とキュッポ君の声って
 高いからね。よく響くんだよ。」


答えると、ジェイは何の事も無さそうに
そうですか、と答えを返して・・・



「ああ、もちろん、さんにも手伝ってもらいますからね。」


「・・・・・・・・・え?」



・・・・マジで?



「当然でしょう。」


「あのー、私あくまでの家政婦であって
 助手とかじゃないんですけどね?」


「でも、弟子ですよね?僕の」


「まあ、そうなんだけどさ・・・・」


似たようなものじゃないですか。

ジェイは言うけれども、似てるか?ソレ・・・


「時間が限られてますからね。
 僕はセネルさん達よりも先に現地に向かいます。
 ・・・さんも、僕と一緒に来てもらいますよ。」


「うー・・・了解ッス」



ジェイの助手か・・・
こき使われそうだなぁ・・・・



溜息をつくと、ジェイは気にもせずに
出かけるための準備を始めた。













セネル達が来るまでの間は、現地の状況確認と
作戦を立てることが主だった。


どの場所に隠れれば死角となるか、
奇襲のタイミングポイントや逃走ルート。


ジェイに指示を受けて、あっちへこっちへと、実際に走りまわされて。


「や、やっぱり・・こき使われてる・・・」


全部が終わった頃には、大分息も上がっていた。



「相変わらず体力がありませんね、さん」


「最初に比べれば大分ついたのデスガ・・・」



貴方の体力が馬鹿みたいなんですヨ。


パーティメンバーからすれば無い方かもしれないけれども、
とりあえずごくごく一般人からみれば化け者ばりだ。



「今回は貴女にも動いてもらうんですから
 あまり頼りない処を見せないで下さいよ。」


「・・・って事は現在多少頼りにしてるって事?」


「まあ、あくまで多少は、です。」



全面的にはしてません。


言われたけれども、は笑う。


相変わらず、貴方は素直じゃないですね、と。


その言葉だけで、自分にはどれほどの褒め言葉となるのだから、
多分、要はそういう事なんだろう。


「・・・それよりも、さっさと逃走ルート、頭に叩き込んでくださいよ。」


「・・・私、頭に自信はないんですけど・・・」



差し出された毛細水道内の地図に顔を引き攣らせる。


大分入り組んでいて、どうにもしようがない。


それでも、無理矢理地図を渡されるので、
仕方ない、暗号の詰め合わせみたいな地図と睨めっこした。



暫くすればキュッポとポッポが、自分たちの準備を終らせて合流して、
また暫くすれば、セネルたちが現われる。

急いだように、走りこんできて合流すると、辺りをぐるりと見渡した。


見えるのは、細い道と、やはり所々に剥き出す、
この遺跡船特有の赤い壁。


そして、辺りを囲む岩、岩、岩。


確かに、奇襲をかけるには打って付けの場所だ。



「シャーリィさんを護送する部隊が、間も無く此処に差し掛かります。
 作戦の最終確認をしましょうか。」


ジェイが改めて作戦の確認を言い渡し、皆が頷いて見せた。
も、地図から顔を上げて話に耳を傾ける。



「初めに、ウィルさんとノーマさん。」


「うむ。」「ほ〜い」


「僕が合図したら、ありったけのブレスを、
 隊列の先頭にぶちかましてください。
 敵を足止めし、注意を前方に集中させるためです。」


「この辺りの場所でやると、下からはバッチリ死角で見えなくなるよー」


ジェイの説明の後に、実際にその場所に立って手を振ってみせる。


ウィルとノーマが分かったと頷くと、今度はキュッポ達モフモフ族へと指示を促す。


曰く、ウィル達が行動開始と同時に動けとのこと。


「あっちに潜んでいる仲間たちと、一斉に大声を上げれば良いんだキュ?」


視線をずらして対立するような向こう側の崖を見やれば、
モフモフ族の皆が手を振っている。


緊張感の無い愛くるしい姿に思わず和みそうになるが、
ポッポの『任せるキュ!』の言葉にハッとして、いかんいかんと頭を振る。


「そうしたら、いよいよ仕上げですね。
 セネルさん、クロエさん」

切立った崖のギリギリに立ち、一つの死角を指差す。


「お二人には予め、あの物陰に隠れていてもらいます。
 僕がシャーリィさんの近くに向かって、煙幕玉を投げつけます。
 お二人は、其れを合図に飛び出して、シャーリィさんの身柄を押さえてください。
 その後は毛細水道に入り、中の非常通路を使って逃走してください。」


「わかった。」「了解した。」」


そして、最期にに目を移す。


「逃走通路は、あらかじめさんが毛細水道内で待機していますから
 さんの指示に従ってください。
 ・・・さん、逃走ルートは頭に入りましたか?」


「オッケーバッチリ!いつでも来い!!」



その答えに、ジェイは満足そうに微笑んで。

クロエは、セネルと共に行動と言うことに
不服そうにソッポを向く。


そんな様子を見てか、
ジェイがあからさまに嫌そうな顔をした。


「本当に大丈夫ですか?不安だなあ。
 言っておくけど、お二人の連携が、成功の鍵を握ってるんですからね。」


「・・・セネル、クロエ。
 今は私情を持ち込んでる場合でも無いんじゃないの?
 喧嘩なら、あとで幾らでもできるんだからさ」


「・・・わかっている!」


宥めてみても、返ってきたのは荒々しい言葉だった。
思わず溜息をつく。


いい加減、仲直りでもすれば良いのに。


その時、一人のモフモフ族が走りこんできて、
キュッポ達に何事かを告げた。


「ジェイ、そろそろみたいだキュ!!」


「・・・だそうです。
 それじゃ皆さん、準備を!」


その言葉に、しっかりと頷いた。


「・・・さん。」


自分の持ち場へと行こうとした時、ジェイが足止めをする。


何?と振り返れば、ジェイがコソリと耳打ちをした。



「セネルさんとクロエさん。
 あの様子じゃちょっと心許ない・・・
 最悪の場合も、考える必要がありそうです。」


「それって・・・・」


「もしシャーリィさん救出に失敗した場合、
 連絡は貴女の仕事ですよ、さん」


「ええ!?
 連絡って・・・どうしろってのさ」


「コレですよ。」


言ってジェイは、自分の手首を見えやすいように顔の高さまで上げる。


キラリと、小さな貝殻が光った。


「あ、ジェミニシェル・・・・」


「ええ。もし、無事に出口までたどり着けたのなら
 ジェミニシェルを1度光らせてください。
 もし失敗した場合は2度。・・・・わかりましたね?」


「・・・・わかった。」



嫌な仕事だな・・・顔を顰めて口を一文字に引き結ぶ。


ジェイは一度、目を細めてその様子を見やり、
それからポンっと肩を叩いた。


首を傾げる。


また、コソリと耳打ち。



「信用してこの仕事を任せてるんですからね。
 ・・・・頼みましたよ。」



「・・・・」




ああもう。


もう一度、溜息をつく。


今度は、諦めに似た息。



「本当にアンタは・・・・・」



本当に君は、人をこき使うのが上手ですよ。




ジェイはニッコリと笑って、その背を送り出した。