白いエリカの彩る夜に
運命の再会8











森の中を駆け抜ける。

背後から時折聞こえる足音。

カッシェルが迫ってきている事を物語っていた。

森の中、ギリギリの体力で繰り広げられる
命を掛けた鬼ごっこ。

此処で掴まるわけにも行かない。

此処で殺されるわけには・・・


「・・・ぅっ・・・」


小さく呻く声が聞こえて
ウィルは、背に背負う少女の事を返り見た。


荒く浅い呼吸を繰り返す少女。


一体何が起きたのか、今現在にも分からなかった。


恐らく、誰にもわかっていない。


この中の誰にも、だ・・・・。










目の前に、トリプルカイツの2人が立ち伏せ
装置の中には、ステラと呼ばれた少女とシャーリィが。


伝説の通りだ。


彼女たちの髪は蒼く蒼く輝き、正に『輝く人』と呼ぶに相応しい姿だった。


一番手酷くやられたセネルは起き上がることすら出来ず、
自分達も、どうにかして床の上に膝をついてその様を見ているしか出来なかった。


も、中々まともに攻撃を受けたらしく傷が酷く、
クロエに支えてもらって膝をついている状況。



装置の中には、初めより水が注ぎ足され、
その中に海水が混ざっていたらしい。


シャーリィが水の中でもがき喉元を押さえる。



「そんなに苦しいか?メルネスの娘よ。
 ならば、死に物狂いでどうにかしてみせろ!」



ヴァーツラフは装置の前で腕を組み、傲慢に言い放つ。

けれども、シャーリィは苦しむだけだ。

その様子を見て、焦れたヴァーツラフが舌打ちをした。


「なるほど、自分一人では力も解放出来んか。
 ・・・なら、其処の人間共に手伝ってもらうとしよう。」

言い放つと、ヴァーツラフは踵を返し、シャーリィが目を見開く。

球体の中で、まるで訴えるように身を乗り出すが、
気付いていないわけではないだろうに、ヴァーツラフは気にも留めない。


スティングルとカッシェルが脇に控えると
ボロボロな一同を見渡し、言った。


「喜べ、お前たちはメルネスの解放の為に、一人ずつ死んで行くのだ。
 ・・・自らの目の前でこれだけの人間が死ねば
 メルネスの娘も、多少はやる気にもなろう。」



「やめて!」と、装置の中くぐもった声でシャーリィが叫ぶ。

しかしヴァーツラフは、聞こえないかのように「そうだな・・」と呟き、
スっと、一点を指差し冷酷に告げる。


「お前が良いだろう。
 先ほどから私に刃向かう目を向ける、お前が。」


先にいたのは、だった。

見れば、憎しみさえも携えた目で、ヴァーツラフを睨んでいる。


その目が、気に食わなかったのだ。


彼女を支えていたクロエを突き飛ばし、
の長い髪の毛を無造作に掴み上げる。


「・・・・っ」


苦痛に声も出ず、は顔を顰め
それでも、睨む事をやめない。

一体何がどうしたというのか、理解が出来なかった。

普段の彼女からは考えられないほど、ただ一途に
ヴァーツラフを睨み据えている。

分かっているとすれば、そのせいで、
彼女が今、殺されようとしている事だけだ。


ノーマが彼女の名を叫ぶ声が、無情に響き渡った。


「私に刃向った事を、後悔するといい。」


それは、シャーリィに向けてだったのか、に向けてだったのか。

言葉の向いた先は理解できなかった。


歩くこともままならないの髪を引き
床を引きずり歩く。


「っぁ・・・・!」


彼女の体の通った後に、紅い血の道が出来た。


!!
 っやめろ、ヴァーツラフ!!」


装置の前に連れて行かれたに叫ぶが、
目の前にはスティングルが立ち塞がり、その剣によって阻まれた。


シャーリィが、装置の目の前に近づいてくる
恐怖に首を横に振る。


ある程度まで近くに行ったヴァーツラフが、
を力の限りにに装置に叩き付けた。



ダン!!と、体が透明な球体にぶち当たり、
紅い血の筋が出来る。


「まずは、一人だ。」


横目で、恐怖に目を見開くシャーリィを楽しむかのよう見やって。

ヴァーツラフはの喉を片手で掴み上げた。


「っぐ・・・あ・・・!?」


の体は軽々と持ち上がり、地面から足が離れた。

酸素を求めて口が大きく開くが、求める物は得られず
もがき苦しむ。

その様を見てヴァーツラフが高らかと笑い・・・


ウィルが、手にするハンマーをギリっと強く握り締め、腰を浮かしかけた。


瞬間だった。


今まで、透明なただの球体だったソレが、
一瞬、水の壁となりゆらりと揺らいだ。

透明で硬質だったその球体に波紋が走り
中の水と一体になってとヴァーツラフの虚像を写す。


「なに!?」


ヴァーツラフでさえも、驚愕に目を見開いた。


水の塊となった透明な球体は、まるで求めるかのように
の体に纏わり付き、ヴァーツラフの手から強い力で奪うと
彼女の片腕を取り込んだ。



そして、まるでそうある事が合図であったかのように―・・・




球体の中、明滅していた黄金に光が
急激に早く、強くなった。


「シャーリィの力のせいか!?」


思わず声を上げ、シャーリィを見やる。


・・・だが、違う。


シャーリィ自身がまた、驚きに目を見開いているのだ。

何が起きているのか理解していないように、困惑の表情で、



「――ああああぁぁあぁああっ!!」


そして次の瞬間、驚愕に満ちたその場を切り裂いたのは
誰でもない、装置に片腕を囚われ戒められ、
グッタリとその場に倒れこんでいた、だった。


目を極限まで見開き、囚われた腕を引き抜こうともがき
囚われておらず自由な右手で、透明な球体に爪を立てる。


!?ねえ、どうしたの!!」

「一体、何が起きているんだ・・・!!」

「嬢ちゃん、しっかりせい!!」

!!」



断末魔の叫びが、一種静寂であるその場に狂気を振りまく。

球体に幾つもの血の筋が付き、
けれども腕が離れる事はなく左腕の付け根に血が滲む。


、やめるんだ!!」


けれども彼女は、首を横に振る。


「だ・・・め・・・・」


光がどんどんと急速になる中、が、
涙に濡れる目で、皆を捉えた。


「み・・な・・・ごめ・・・」


「!・・・そうだ・・・良いぞ、この反応だ!!
 この反応を、私は待っていたのだ!!
 遺跡船に眠る究極の兵器、とうとう手にする時が来た!!」



涙声で言ったその言葉の意味を理解するには、
今この場で、高らかと笑いを立てるヴァーツラフを理解するには

この場は余りに混沌としていて。

ただ、想像だけでも出来るのは―・・・


「お前の力か、此れは・・・」


言ってヴァーツラフは、の顎を掴み上を向かせた。


黄金の光が、明滅する。

速く、速く、速く―・・・


目も眩むほどに、強い光が


辺り一帯を、より強力な光が包み込み・・・



―― パリンッ



何かが割れる音がした。


一瞬のその光に目をやられ辺りを視界が捉えるようになるまで
少しの時間を要した。

徐々に状況を理解できるようになれば、
目の前の装置の透明部分が割れ、中の水は溢れ、
装置に繋がれていた2人の水の民は、装置の中、グッタリと倒れている。


そして、ほぼ囚われた左腕だけで膝を付いていたもまた、
透明な部分が割れた事により解放され、青い顔で倒れていた。


正直な所、此処からでは生きているかすらも分からない。


けれども、ヴァーツラフは悠然と、満足そうな笑みを湛え振り返ると
未だ目の前に聳えていたカッシェルとスティングルに、命じた。


「そいつ等全員を始末しろ。」

「かしこまりました。」

その命令を受け殺気立ったカッシェルとスティングル。

しかし、瞬間、装置の中から黄金の羽が現われ、
カッシェル、スティングル、ヴァーツラフまでもを、
光の鞭で打ち据えたかのように弾き倒した。


「むう!?」


そして、一対の光の羽が左右に分かれ別々の方向へと飛んでいく。


一方はセネルを包み込み、
もう一方は、気を失うを抱くように包み上げた。

2人の体が、黄金の球体に包まれ
その体をフワリと持ち上げる。


・・・クーリッジ!!?
 シャーリィ、何をする気だ!!」


困惑したまま、クロエが叫ぶ。


2人の体はフワリフワリと飛び、
やがて、装飾の一つかと思われた一つの突起の中へと姿を消した。


「セの字、嬢!!
 どこへ行ったんじゃあ!!?」


「あそこから脱出できるのではないか!?」


「そうだよ!きっとリッちゃん、
 あたしらに出口を教えてくれたんだ!!」


「よし、オレたちも続くぞ!!」


「シャーリィは!?」


叫び促したウィルに、クロエが振り返る。


「今は諦めろ!急げ!!」


そうして、一同は非常脱出経路から飛び出した。








そして今は、その脱出口の辿り着いた先であった
帰らずの森の中を、走り抜けている。


途中、自分たちを追いかけてきたカッシェルから逃げながら。
奴はセネルと、そしてあのシャーリィに起動させる事ができなかった
装置を起動させる事の出来た2人を捉えるつもりでいる。


ほぼ放心状態のセネルと、あれから高熱と酷い傷に見舞われ目覚めない


に癒しのブレスが効かない事が、もどかしくてしょうがない。

応急処置の手当ては済ましたが、それにしても
早くきちんとした手当てをしないと、命すらも危ない。


「だ〜も〜!次から次へと敵兵が・・!
 いい加減しつこいっての!!」


ノーマが地面に座り込み息を整えている。

この森に入って以来、ずっと全速力で駆けて来たのだから、
無理もないことだ。


「オウ、ここか!
 みんな、野営地はすぐそこじゃぞ!」


モーゼスが辺りを見回し陽気に言う。

皆の顔に、僅かに光が宿った。


「ほんとに?」

「野営地に着けば、一気に形勢逆転じゃ!
 嬢の手当ても出来るじゃろ!」


子分共と連携して敵兵を倒してやると、
モーゼスが拳を握る。


その時、ギートが野営地へ向けて低く唸った。

その唸りに、魔獣使いであるモーゼスが何か
ただならぬ物を感じ取ったらしい。

ハッとした様に、唐突に野営地の方へと駆け出し
仕方なく、ウィルを先陣にセネル達も続いた。


「何じゃこりゃあっ!!?」


恐らく此処が野営地だったのだろう場所には
人の気配など何処にもなかった。


荒らされたテント、血と火薬の匂い。


一目見ても、此処で争いがあったことが分かる。


「チャバ!みんな!!
 何処へ・・・何処へ行ったんじゃあ!!」

誰もいない事を理解しながらも、それでも現状を理解しがたいのか
モーゼスが駆け、大声を張る。


「あいつ等に・・・やられちゃったの・・・?」


ノーマが呟いた時だった。

森の奥地から足音が聞こえ、
ハッとした様に目を向ければ、仮面の男―スティングルが


「ほう、此処へ出たのか。
 つい最近も来た場所だ。」


また、つい先ほど自分達が来た方面からは
カッシェルが、兵を幾人も連れて追いついてきた。

完全に、道を阻まれていた。


モーゼスが、その言葉にハッとした様に振り返り
まさか・・・と言いたそうにその姿を捉える。


「此処にいたチンピラ共なら、全てオレが片付けた。
 将軍閣下のご命令でな。」


「!貴様アアアァァ!!!」


嘲るよう言われたその言葉に
モーゼスが目を見開き、吠えた。

カッシェルの元へと走り出し、我も忘れて武器を構える。


慌ててウィルがをノーマに預け、セネルと共に後を追い、
モーゼスの体を押さえつけた。


「どかんかいッ!!」


「ちょっと、ど〜すんの?
 挟まれちゃったよ〜!!」


自分よりも僅か背の高いを持て余し、
ノーマが慌てたように言う。

クロエが苦々しげに「おのれ・・・」と呟くと、
背後から気配が近寄った。


その気配を感じ取ったクロエが剣を構え振り向けば
スティングルが思案気にクロエの姿を見つめ、
静かに呟く。


「・・・ヴァレンス家のひとり娘が、大きくなったものだ。」

「!なん・・・だって・・・?」


それは、目の前の仮面の男から出てはならない発言だった。

この男からは出るはずのない発言だった。

クロエが目を剥くが、スティングルはあくまでも静かに言い放つ。

まるで、一瞬過ぎたクロエの思考を肯定するかのように。


「あの時はっきり言ったはずだ。
 剣を握れば容赦はしないと。」


「その台詞・・・間違いない・・・」


お前か・・・・!


クロエが指の色が変わるほどに剣を握り締めた。

ノーマが呆然と見つめる最中、スティングルはただ静かに
「決意の証と受取る」と、そう、言った。


「お前があの!
 腕に蛇の刺青をした剣士か!!」


「ちょっとクー!何の話してんの!!?」


「こうしてお前とまみえる事を、
 何年も、何年も待ちわびて来た・・・!
 ヴァレンス家の誇りにかけて・・・覚悟!!!」


ノーマの言葉にも答えず、ただ泣くのにも似た声で
クロエは叫びスティングルに切りかかった。


あまりに唐突な行動にノーマが慌てて止めるが
クロエは完全に我を失っている。

目の前の男しか見えていない。


「お前だけは・・・!お前だけは!!お前だけはっ!!!」

「クー!!!」

「ああああ!!」


2人の剣が同時に互いを切り、クロエが地に伏した。
しかしスティングルは僅かに腕を押さえるのみで。

ノーマが困惑してを地に寝かせクロエに近寄り
ウィルへと助けを求めた。

しかし、ウィルとセネルもまた、我を失うモーゼスに手を持て余し
どうにもする事が出来ない。


気を失うクロエと、我を失うモーゼス。


陣形が乱れ、状況が悪化の一途を辿る。


「ピコハン!!」


その時、『ぴこっ』とか言うその場にそぐわない軽い音が上から落ちてきた。

モーゼスの脳天にぶち当たり「のごぉ!!」とか何とか言って、モーゼスが頭を抱える。

ウィルとセネル、ノーマが、呆然とした様子で見つめていた。


・・・いや、あくまで『ぴこっ』だけども、仮にもブレスだし、割かし痛そうだったりするから。


「だあぁ・・・もう・・何でこうアンタ等は・・・世話が焼ける・・・」


フと、苦しそうに吐く息の声。

ハっと振り返れば、フラフラと覚束ない足取りで、
左腕はだらりと垂れ下がりながらも、右腕を真っ直ぐモーゼスへと向ける
先ほどまでは気を失っていたはずの


先ほどのピコハンが彼女の仕業である事は明らかだった。


「何さらすんじゃ!!」


「じゃかしい!!その頭ン中で逆上せてる血を
 少し降ろせこのバカ山賊!!」


――ピコッ


噛み付かんばかりの勢いを見せたモーゼスの脳天に、
2発目のピコハンが落下した。


「ふごぉ!!?」とモーゼス。


・・・うん、アレ、絶対に痛い。


が息を吐きながら、凛と通る声を上げた。


「・・・私たちはまだ、捨て身の作戦に出なきゃならない程、
 手は尽くしてないはずだよ。敵討ちならいつでも出来る。
 ここで無駄死にするよりは、よっぽど利口なはずだけど。」


嬢・・・ワレ・・・」


「此処で無駄死にする事が今のモーゼスの最良策なら
 私はアンタを一生軽蔑する!
 バカ山賊なんて軽口叩いてやらないわよ、アンタは
 仲間の敵も取れずに死んで行った、ただのバカだわ!!」


「っ!!」


瞳孔の開ききっていたモーゼスの瞳に、冷静さが戻ってくる。

同時に、は再び地に伏した。

崩れるように倒れこむのを、いち早くノーマが支える。

ウィルがハッとした様に、辺りを見回し、
唯一塞がれていない道を指し怒鳴った。


「あっちだ!行け!!早くせんか!!!」


「・・・・・ドチクショオオオォォ!!」


叫びを上げてモーゼスが走り出し、セネルがの体を背に背負うとその後を追った。

ウィルがカッシェルの足を止めるため
ハンマーを構え道に立ち塞がり、ノーマにクロエを連れて逃げるよう言う。

「っホラ、クー、立って!!」

「くっ・・・」


そして、2人もまた道を走り逃げるのを横目で見やる。

「仲間を助けるため、盾になる気か?
 貴様一人でどうにかなると思っているのか。」


「さてな・・ぬんっ!!」


ウィルの爪が光り、カッシェルとウィルとの間に
一際大きな稲妻が走り落ちる。

その隙を突き、ウィルもまた、皆が向かった方へと走った。



「・・・無理をするな、アイツも・・・」


木々の間を走り抜ける最中、ウィルが呟くように、言った。