ガラガラと、車のタイヤが地面を進むと共に体を振動が揺さぶる。

現在、一同はクルザンドの車にて護送されていた。

しかし、その指揮を取るのはヴァーツラフではない。

煌髪人の長であるマウリッツと言う男だった。

森の外に出てメラニィの部隊に絶命の危機に陥り、
森に逃げ帰った自分たちを襲うクルザンド兵から
彼ら水の民が救ってくれたのだった。


どうも、フェニモールが自分たちを助けてくれるよう頼んだらしい。


揺れる体を感じながら、モーゼスは息をついた。



隣で眠る一人の少女を見やる。


先ほど水の民がキチンとした手当てを施してくれたお陰で
今では彼女も多少楽そうにしている。

それでもが目覚める事はないし、
あの装置が捕らえていた左腕は、付け根の傷を境に色が変わっていた。


この傷は、暫く治らないかもしれないとの事だ。


先日の地底湖で折角セネルが水の底から拾い上げてくれたリボンは
今は壊れてしまい、彼女の髪は無造作に床に広がっている。

ヴァーツラフに乱暴に掴まれた辺りが少し乱れていて、
手を伸ばして、少し梳いてやった。


「あ〜!モーすけセクハラだぞ!!」

「じゃかしいわシャボン娘!」


いつもの調子のノーマの声が聞こえて、
いつもの通りにモーゼスは返すが、会話は、続かなかった。


色々な事が、頭の中を廻っていた。


自分の子分たちの事、の事、そして・・・

復活した、艦橋の事。



現在、遺跡船後方にあったはずの湖は、姿を消していた。


起動した装置を使いヴァーツラフが艦橋を復活させた。


・・・そのせいで、船全体が浮上し、湖が消えたのだろうという話だ。


湖の中央部に巨大な白い、塔の様な建物が聳え立っているのを
自分たちはこの目で見た。


どうやらその艦橋は、元創王国時代に島に偽装され、
最近では、が寝床としていたらしい。


艦橋を使えば、メルネス以外でもこの船を操れる。


この船に眠る兵器――蒼我砲


ヴァーツラフの真の狙いである遺跡船の主砲が
今回の事で艦橋とともに復活した。


ヴァーツラフの様に、その力を用いようとする者がいる。

その危険を理解していたからこその、あの偽装だった。


・・・・あの艦橋がヴァーツラフの手により復活したのだとしたら
それは恐らく、があの装置を起動させたからだ。


アレは、が望んでやったことじゃない。


それでも、彼女が自分を責めるであろう事は、
然程付き合いの長くない自分でも、想像のつくことだ。


水の民の拠点は、一見ただの木々が立ち並ぶだけの場に思え
実は結界によりそう見えているだけで、実際には、赤い建物が幾つも連なる
独特の小さな集落のような場だった。

ウリッツが手を高々と上げ
爪の先が僅かに光ると、唐突に開けた視界に驚くも、
マウリッツが村の中へと促すので、一同は、一歩と足を踏み入れた。


「マウリッツさん!!」


その時、高い少女の声がその名を呼び駆けて来て、
驚いた一同の前、覚束ない足取りの少女は―・・・


「うわあ!!?」


唐突に、すっ転んだ。








白いエリカの彩る夜に
動乱の大地1










ぼんやりと目が覚めると、見慣れない景色が飛び込んできた。
流石に瞬間的に何があったのかを理解するには頭は働いていなくて、
ぼうっとしながら、辺りを見渡した。

遺跡船にはよくある、紅い壁、天井。
其処に絵描かれる幾何学的な文様。

見やった隣のベッドにはセネルが眠っていて、
その向こうにノーマ、相向かいにクロエとモーゼス。

・・・ああ、此処、マウリッツの庵だ。

ぼんやりと其れを理解したら、一気に色々な事が甦ってきて
頭が急激に覚醒した。

ハッとして起き上がると、体に激痛が走る。


「いったぁ・・・何、また此れ・・・?」


最近、起きる度に体が痛い気がするの、気のせいかな・・・


しかも左腕は殆ど動かない。


思い出したあの装置に囚われた時の感覚に、ゾっと背筋が凍りつく。
右手の爪は、あの球体を引っ掻いていたせいかボロボロになっていた。


ファーストエイドをかけようとしたのだが
ブレスを掛けるための力が湧いてこない。


あー・・・これがTP切れってやつか。


今まで寝てたはずなのになんで回復してないのかなーとか
っていうかそもそもの所そんな切れる程ブレス使ったか?とか。
色々思いながらもフと、見やるとウィルの姿がない。

上の階から声が聞こえてくる事に気付いて、
一先ず其方へ行ってみようと、体の痛みに負けそうになりながら
ベッドから降りて歩き始めた。


上の階へ上がれば、テーブルを挟み、
一人の煌髪人とウィルが話していて、フラフラと階段を上ってきた
に気付くと、ウィルが驚いたように立ち上がった。


!目が覚めたのか・・・」

「ごめんなさい、ウィルさん。
 迷惑掛けちゃって・・・。」

「いや。それより、体は・・・」

「めちゃくちゃ痛いけど、とりあえずは。」


言って、情けない笑みを送った。


「あの、何があったのか説明してもらっても良いですか?」

「・・順を追って話そう。」

「君も、此方へ座ると良い。
 その体では、立っているのも大変だろう。」


フと、声を掛けられてそちらを見る。
ウィルと話していた、煌髪人の男性だ。

歳は大分いっているだろう、けれども、しゃんと伸びた背中と
その眼差しの中にある光の強さ、何処となく漂う威圧感が
辞さずとも、この人が只者でない事を継げる。


「煌髪人の長のマウリッツさんだ。
 我々を助けてくれた。」

怪訝そうにその男を見ているとウィルが説明をくれて、
嗚呼、この人が・・・と、はマウリッツを繁々と見やり、
やがて、「ありがとうございます」と、その向かいに腰掛けた。


ウィルの説明は、雪花の遺跡でが気を失った辺りから始まった。

光の羽に助けられた事や、帰らずの森でのこと、
その森を抜けた先に構えていたメラニィの部隊と復活した艦橋の事―・・・


「私・・・」


あの艦橋が復活したのは、恐らく自分のせいだ。
片腕をあの装置に捉えられた時、自分の中の何かが荒れ狂うのと同時に
何かが、あの装置に奪われていくのを感じた。

でも、何故・・・

何故、メルネスにしか解けないはずの封印を、自分が・・・?

水の民でも、無いと言うのに・・・


「・・・気に病むな。
 あれは・・・・お前のせいではない。」


「・・・・・。」


「元はと言えば、ヴァーツラフがこの遺跡船を支配しようとした、
 其れが原因だ。お前は・・・単に利用されただけに過ぎん。
 不可抗力だ。」


ウィルが、そう言って慰めてくれるのを聞いて、
心は晴れないけれども、ウィルに弱く笑みを送る。


「しかし、一体どうしたと言うのだ?」

「え?」

「雪花の遺跡での事だ。お前らしからない行動だった。」


一瞬、あの装置にとらわれた事かと思った。

けれども、どうも違うらしい。

ややあって、ヴァーツラフがこの中から一人殺すと言い出したときに
自分がヴァーツラフを酷い顔で睨んでいた事なのだと気付いた。

あれは・・・と、口を開く。


「・・・・悔しくて。」


「悔しい?」


「体を動かす事も出来なくて、シャーリィは私たちの為に
 封印を解くとか言い出すし・・・
 せめてもの抵抗だったんです、睨んでるのが。
 そうじゃないと私、気が折れてた。なんて無力なんだろうって。」


情けないんですけど。

最期にそう、付け加えて。

ウィルが溜息をついた。


「まあいい。
 ・・・それと、モーゼスを止めてくれた事には、礼を言おう。
 助かった。」


「いや、あれはもう何つーか、目が覚めたら
 皆さんピンチだったんで・・・」


咄嗟だったんで、ほぼ無意識と言うか・・・


あはは・・と、慌てて頭を掻いた。

だって、そんな事でお礼を言われたりしたら、申し訳なさ過ぎる。
自分が気を失っている間、一体どれだけ迷惑をかけたことやら・・・


「ところで、君。」

「あ、はい。」


唐突にマウリッツに名を呼ばれて、小首を傾げて目の前の男を見る。

マウリッツは、真っ直ぐにを見ていた。


「病み上がりの体に申し訳ないが、同盟が締結した際には、
 君にも軍隊に加わってもらおうと思う。」


「!!?な、なんで・・・!?
 ちょ、ウィルさん!だってセネル達は・・・」


「集団もあくまで個人の集まりと言う事だ。
 ・・・確かにお前は打たれ弱い面があるが、
 状況の理解力と適応力、勘の鋭さと、自らを規制出来る力は
 俺が今まで見てきた限りだが、充分備わっていると思っている。
 そして何より、お前のブレスの強力さは目を見張る物がある。
 特に癒しのブレスは著しい。」


「ウィル君も、こう言っているのでね。
 前線に・・とまでは無理でも、救護の班に加わってもらおうと思っている。」


「そんな・・・・」


納得が行かない。

なんでセネルたちが駄目で、自分だけが加わる事になる?

そんなの・・・


その時、階段の方から、ぞろぞろと、セネル達が現われる。
皆がみんな、真剣な面持ちだ。

しかし、を見ると、ハッとした表情に変わる。


!もう、傷は平気なのか?」

「う〜ん・・・オールオッケーとは言えないけどね」

「そうか・・・良かった」

「も〜!心配したんだからね!!!」

「あはは、ゴメンゴメン」

「っとに、一時はどうなるかと思ったわ。心配させよって」

「モーゼスも、ありがとー」


あはは、と笑いながら、それぞれの言葉を受止める。
色々な疑問とかでゴチャゴチャしてた心の中にポッと一つ、火が灯る。


「それで、どうしたのだ?」


尋ねるウィルに口火を切ったのは、セネルだった。


「俺たちを、同盟軍に加えてくれ。」


「私たちはレイナードの指示に従う。絶対、暴走はしない。」


「荷物運びじゃろうが、最前線突入じゃろうが、なんでもやっちゃる。」


「お願いいたしまする。」



それぞれが、そう言って言葉を連ねるのに、
ウィルは溜息を零すだけだ。


またその話か・・と。


けれども、セネル達も引かない。

強い決意を固めた表情で、まっすぐにウィルを見ている。


「一晩、みんなと話し合って決めた。頼む。」

「自分がやりたいこと、自分がなすべき事、そのけじめはつけてみせる。
 だから、お願いだ。」


しばらく、お互いその表情を見詰め合っていた。

セネルもウィルも、引かない。

ウィルが、首を振り溜息をつく。


「同盟が成立したわけでもないのに、気の早い連中だ。」


「それじゃあ・・・」


「お前達の希望は認められん。」


一同の顔が僅かに明るくなったが、しかしやはり、
ウィルの言葉に切って捨てられてしまう。


どうして!?とノーマが地団駄を踏みつつ言うと


「これから始まるのが戦争だからだ。
 戦争に情を差し込む余地はない。」


と、それだけを告げた。

もちろん、其れは事実だ。

これから起こるのは戦争で、その中には、恨みも憎しみも持ち込めるわけがなく
また、感情に流されて、不安要素のある者達を軍隊として認めるわけにはいかない。


・・・だったら、自分にだって不安要素があるのに・・・


その時、唐突に一人の水の民が走りこんできた。
息をせき切らし、切羽詰った表情でマウリッツに向かう。


「長、すぐに来て下さい。ワルターさん達が!!」

「ワルターがどうかしたのか?」