動乱の大地4 |
灯台の街から出る頃には、辺りはすっかりと薄暗くなっていた。 ジェイが、此度の戦争の参謀を引き受けてくれ、モフモフの村を出る頃に 書状を届けてない事を伝えたら、相当怒られた。 「同盟も組んでないのに参謀がどうの言っても仕方ないでしょう!!」 ・・・ご尤もだ。 それでもとりあえず、こうやってミュゼットさんに書状を届けて 明日に返事を待つのみとなっている。 導きの森は崩れてしまったが、今日はノーマ達も宿屋にはいないから、 恐らく、部屋は空いている事だろう。 森の皆は、ちゃんと逃げたかな。 向こうの山の麓がまだ僅かに茜色で、山はただの黒いシルエット。 朱から藍色へのグラデーションと相俟って 昔見た切り絵の絵本を髣髴とさせた。 「綺麗だねぇ・・・」 「・・・いつもと変わりない景色ですけどね。」 「うん。でも、私の世界じゃ此処まで綺麗な景色じゃないんだよ。」 「そうなんですか?」 「うん。あんま、空気が綺麗じゃないからねぇ」 言って、苦笑する。 この状況が、とにかく不思議だった。 自分は、あくまでも自分の事を明かさないつもりだったのに・・・ 「幾つか、質問させてもらっても?」 割れたティーカップを前に、手の平でジェイの温かさを感じながら ジェイは、そう尋ねてきた。 は、悪い事をした子供の様に縮こまりながら 顔を伏せたまま、頷く。 「まず、さんはいつ、この世界に?」 「・・ジェイと、初めてあった日。 チンピラからお財布盗ったの、見てたでしょ?」 あの時、とが言うと、ジェイは納得したようで、 「次に、あの鉄扇はどうしたんですか? あれだけ使い方が成っていなかったんですから、 元々持っていたというわけではないですよね? お金を手に入れる前から持っていたようですし・・・」 「わかんない。 気付いたら、バックの中に入ってたから」 これにも、ジェイは納得したようだ。 嗚呼、試されてるんだ。 は直感的に気付く。 予め答えは分かっている、もしくは想像付いている質問をして また答えをはぐらかすつもりじゃないか、試してるんだ。 ・・・まったく、どっちが信用してないんだよ、人の事。 「・・・此処まで来たら、誤魔化さないよ。 気にしないで、聞きたいこと聞いたら?」 「・・・・わかりました。」 苦笑して言ったら、驚いた顔はしていたが すぐに静かに頷いた。 「では、貴女がこの世界に来た理由は?」 「正確には、わからない。 友達と家にいたら急に地震が起きて飛ばされて来たから。 でも・・・」 「でも?」 「この世界に来てから・・ね。 誰の物か分からないんだけど、声がするんだ。 その声が、『我の声を聞き、光を導け』って。」 「光・・・ですか。」 「うん。」 これは、ジェイもよく分かっていないようだった。 当たり前だ。 自分だって、あの声のいう事が半分だってわかっていないんだから。 「・・・次に、貴女は何故、僕が不可視のジェイであると?」 「それは・・・・」 正直、言うべきなのかは迷った。 だって、自分はこの世界の物語を知っている、なんて この世界に住んでいる人たちに対する冒涜みたいなもんだ。 でも、だってさっき言ったばかりじゃないか。 此処まで来たら、誤魔化さないと―・・・ 「私の世界にね、よく似た物語があるんだ。 主人公は、セネルとシャーリィ。 遺跡船をめぐって展開される物語・・・」 「物語・・ですか。 此方は命を掛けてるんですけどね。」 「・・・ごめん。」 「貴女が謝る事でもないでしょう。」 次の質問に行きますよ、とジェイが言って 「それなら、貴女はその物語の結末を知っているんですか?」 は首を横に振った。 ウソじゃない。本当だ。 「私は、その物語の結末を見る前に、この世界に来たから。」 「と、いう事は 何処が物語の終末になるかはわからないにしろ 貴女は今の状況の進行を知っているわけですね?」 「知ってる・・・けど、知らないよ。」 ジェイが怪訝そうな顔をした。 そんな顔をされても、困ると言うのが正直なところで。 「私が知っている限りは、今は殆ど物語に忠実。 でも、できればその事は、聞かないで欲しいんだ・・・」 「・・・何故ですか?」 「だって、みんなは生きてるんでしょう?」 泣きそうになって、言った。 ジェイの手を、ギュッと強く握り返す。 左手には殆ど力が入らないけれども、それでも・・ 「始めてこの世界に来た時は、私も、この世界を『知っている物語の世界』としか思ってなかった。 ・・・でも、その物語に出てくる人も、出て来ない人もみんな、一生懸命自分を生きてて・・・ 変わらないんだよ、私がいた世界と、何も。 みんな、明日に不安を持ってて、でも、毎日を生きてるの。笑って、怒って、泣いて。」 この世界は平和ではないかもしれないけれども、 皆の笑顔が、時に胸が苦しくなる程に輝いていて。 だから、この世界はあくまでも、『似ている世界』。 元々『』なんて登場人物はいなかったし 自分がいることで、もう既に物語は壊れている。 此処は、ただの『世界』だ。 明日に不安を持って、何がどう転ぶのか分からなくて 毎日を、ただ懸命に生きる必要がある、ただの『世界』。 「・・・だから、私も、この世界で一生懸命生きようって決めたの。」 知っている知識には縋って生きない。 それはあくまでも『知識』に過ぎないから。 「トラップの解除とか、その位なら手伝うよ。 だってそれは、知識の応用でしょう?」 けれども、物語に直接的に関係する事は、口に出さない。 「私も、どう転ぶか分からない不安定な人生をこの世界で送るの。 たとえ其れが、物語と重なっていても、私は私を生きるの。 ・・・だから、私はこの世界の未来なんて知らない。 そもそも、皆が生きてる限り、この世界には『結末』はないんだもの。」 真っ直ぐと、ジェイを見て言った。 ジェイは驚いて目を見張っていたけれども、 すぐに目を伏せて、息をついた。 「本当に貴女は・・・ バカなんですか?頭が良いんですか?」 「うーん・・・根本的にはバカなんだと思うよ?」 「自分で言ってれば世話ないですね。」 「人様に言われるよりは腹立たしくないから良いの。」 言って笑ったら、ジェイも笑い返してくれた。 それだけで、心が温かくなるんだ、不思議な事に。 「・・・わかりましたよ。」 諦めたように、ジェイは言った。 「最期の質問です。」 「まだあるのー?」 「だから、最期ですよ。」 ジェイは立ち上がって机に向かうと、 唐突に、真っ白な紙と、ペンを差し出してきた。 不思議そうに首を傾げると、ジェイは言った。 「さんの名前は・・・ 貴方の世界の文字では、どう表記するんですか?」 受取った紙に久々に綴った自分の名前は、緊張で手が震えてしまって ちょっと、不恰好だった。 街灯が、一つ二つと灯り始める。 今日も、一日が終る。 リアルな切り絵の景色を眺めながら、ジェイは言った。 「・・・この世界にいれば、いつでも見られるものですけれどね。」 あと何回、こうやってこんな綺麗な景色が見られるんだろう。 ずっと続けばいいのに、と。 願わずには、いられなかった。 その日の夜、は季節はずれの暖炉を燃やした。 今日は中々蒸す日だったから暑かったけれども。 轟々と燃えて、火の爆ぜる音。 その中に、スクールバックから取り出した2冊の攻略本を、投げ入れた。 火が、蝕むように本を灰に変えていく。 「ごめんね、秋羅。」 このゲームを借りた友の名を呼びながら。 「でも、もうこの世界で、この本は要らないの。」 ゆっくりと溶ける様に消えていった攻略本を見届けて、 は部屋の窓を開けた。 熱気に火照った頬を夜風が攫うようにして、部屋の中へと舞い込んだ。 |