白いエリカの彩る夜に
動乱の大地8















夜が更けた。

との約束の時刻になった事を確認すると、
はゆっくりと布団から抜け出す。

見れば、セネルとクロエ、ついでにノーマとモーゼスもいない。

ああ、そう言えば。

今セネルとクロエは秘密の特訓中、ノーマとモーゼスは・・・覗きか。


―――・・私もちょっと覗きに行きたかったなー・・・なんて。


思うけれども、そうも言っていられないし、
自分からしても、皆が居ない方が好都合だ。


あの時、と共に外に出たは、けれども彼女から説明は貰えず。


『今は、ちょっと話すのに適してないんだ。
 ・・・夜になったら、場所を変えて話そう?


は、そう言っただけだった。


けれどもとりあえず、からしてみても
昼間の只中で誰かに聞かれたとしても困る事だし、
一先ずはそれで了承した。


「何処に行くんですか?さん。」


「うげっ・・・」


そっと地下の仮眠室から顔を覗かせれば、上から見下ろすジェイ。

悠然と立って、見下ろすと言おうか見下すと言おうか。


「・・・また随分な挨拶ですね、」


「いやあの・・スミマセン・・・」


引き攣った表情で睨まれては、流石に自分も誤魔化せない。

って言うか、軽く自分、この人に弱い気がする。


「それで?あとで話す、と言っていたことが
 まだ話してもらってないように思うんですが?」


「そ、そう言われても・・・
 私もこれから事情を聞きに行くんで何とも・・・」


「これから?」


怪訝そうな顔をするから、昼間のとの会話を教えれば
納得したように頷いてくれた。

そして・・・


「でしたら、僕も一緒に行かせてもらいます。」

「・・・・・はい?」


な、なんで?


「別に、後で話すというのなら問題も無いでしょう?
 むしろ、明日からは色々と動きが出て、そんな暇もなくなります。
 そちらの方が余計な手間も掛からないでしょう。」


「いや、そりゃそうなんだけど・・・」


困ったように頭を掻くけれども・・・


駄目だ、こっちはこっちで、もう付いてくる気満々だ。


こういう目をしてる時は、何を言っても聞かないんだから・・・

自分、ちょっと学習した。







が指定したのは、
庵を出て北東に行った先にある木々の密集区の中だった。

やれやれ、こんな所に抜け出したなんて知られれば、ウィルが黙っていないだろう。

・・・まあ、ジェイもいるしとりあえずは大丈夫か。


ー?いるー?」


眠る魔物を起こさないように小声で呼びかけて木々の間を進む。
前を行くジェイの背中を見失いそうになって、軽く危険だ。

フと、肌を包む空気の感じが変わった。

思わず足を止めると、ジェイが怪訝そうに振り返る。


「どうしました?さん。」

「ジェイ・・・気付かないの?」

「何をです?」

「・・・此処、あの庵と同じような感じがする・・・」


言って、今ではどうにか動かせるようになった左腕で
自らの右肩を抱いた。


最初マウリッツの庵で目が覚めた時は、
気付いた時にはもう中に入っていたせいもあってか気づかなかった。


けれども、2度目にあの庵に入ることとなって気付く。


あの、閉鎖された小部屋の様な空間。



「・・・此処、多分結界の中だ・・・。」


「僕には・・・何も感じませんけど・・・」



言ってジェイが辺りを見渡した。

その時、背後から小枝を踏む音が聞こえる。


驚いて振り返れば、木漏れぶ月明かりの下でと、そしてワルターが
木々の間を掻い潜り、此方へと来ていた。


「ああ、もう来てたんだ、。」


言って、はヘラリと笑う。


ジェイの事に気付くとほんの少し驚いたような顔をしたが、
目の前に立つ幼馴染は、それでも真っ直ぐにの事を見据えていた。


「・・・ジェイさん・・・だったっけ。
 が此処に連れてきたって事は、大丈夫なの?」

「うん。言うつもりなかったんだけど、ちょっとバレちゃって・・・。
 ワルターは――聞くまでもないか。知ってるもんね。」


ワルターは、答えの代わりに、僅かに顎を持ち上げた。

金の髪がさらりと揺れる。

先日の毛細水道で、彼は自分を真っ先に『異世界人だ』と言った。

彼には、隠す必要も何もない。


「そっか。じゃあ、順を追って話すね。」

「うん、よろしく。」


言って、軽く片手を上げた。

その様子に、が僅かに笑みを漏らす。

ああやっと、久しぶりに自分たちが会ったんだと実感した気がした。


「私が来たのは、結構最近の事だから・・・
 まずは、が消えてからの事を話すよ。」


言って、がワルターに目配せした。

ワルターが僅かに頷き、僅かにその手を振り上げる。


閉鎖した空間が、開けた。


は目を見開く。


目の前に、月明かりを遮る巨大な影が出来上がった。



「なんですか・・・?コレは・・・家?」



ジェイも、驚いた様にその影を見上げていた。


そう、家だ。確かに。


けれども、まさか。


見間違えようもない・・・


「な、なんで私ン家が、こんなトコあんの・・・?」

さんの家・・・これが!?」


の呟きにジェイが再び、月明かりに照らされる
この世界の文化とは明らかに様式の異なったその家を振り仰いだ。

父と母がの3歳になって少し経った頃に建てた一軒家。
元々住んでいた母方の祖父母の家から引っ越してきた―・・・


「い、いやいやいやちょっと待って待って。
 幾らなんでもコレはちょっと・・・
 ってか母さん達は?流石に家がないんじゃ・・・・」

「えっとね・・・
 この家は、が消えてから少しして無くなったの。
 、向こうじゃ行方不明って事になってて、学校とか、結構騒ぎなんだよ。
 おじさんとおばさんも心配してて・・・」


「・・・あの人たちが心配してんのは
 私の事じゃなくて、でかいニュースになって自分たちに
 火の子が掛かる事でしょ。」


吐き捨てる様に言ったら、ジェイが驚いて自分の方を見やった。

ああそっか。

ジェイは知らないんだっけか、ウチの事。

まあ特に話すことでもないだろうし、いいけれども。


は気まずそうに視線を逸らして
「うん・・まあそうなんだけど・・・」と口篭る。

いいから続けてよ、と促せば、は頷いた。


「色々と騒ぎになってる中・・・2週間しない位かな、
 今度はの家がなくなってね。
 おじさんとおばさんは・・・新しいマンションを買ったみたいだったけど・・・」


「ふーん・・・そういえば、私ウチで
 金目になりそうなものって見たことないや」

「・・・そう、なんですか?」

「うん。それだけ信用されてないって事なんだろうねー」


まったく、何処に隠してたんだか知らないけどさ。と

やっとの事で言葉を絞り出したらしいジェイは
そのの様子でまた絶句した。

・・・別に、ジェイの事情からすれば軽いもんなんだから
そんなありえないみたいな顔しなくても良いのに。


一人だったら、まあ学校とか地域内の騒ぎってくらいで、
 警察に捜索願を出してって、それ位だったんだけどね。」


が続ける。

捜索願を出してとは言え、特別事件性の見られない行方不明者に対して
今現在の警察が動いてくれる確立と言えば、中々低い。

家出なんて可能性も在るし、そもそも親があんなだから、
本気に捜索される事は、まず無いだろう。


しかも当の本人はこんな所で暮らしているんだから、まあ見つかるはずもない。


に継いで家まで失くなったってなったら
 もうオカルト騒ぎだの何だので大変で、テレビ局もすごかったよ。
 ・・・そんな騒ぎも一潮引いた頃に、私、どうしても気になって
 の家があった場所にね、行ってみたんだ。そしたら・・・」


の話からすると、家の敷地に足を踏み入れた途端、
唐突に、足元が抜けたのだという。


それは余りに唐突で、天が地に、地が天へと変わったのだそうだ。


ワケがわからない状態で、地面に勢いよく頭を打ち付けて、悶絶。


「うおおぉ・・・」とかなってたら、その現場を見ていた
ワルター初めとする水の民が、慌ててをマウリッツの元へと
連行したのだそうだ。

よくワルターが助ける気になったな・・と意外そうにその顔を見やれば
その視線を不快そうに振り切って、ソッポを向く。

むう・・・。


「マウリッツさんが言うには、異世界からの来訪者は
 0に近い確率だけれども、無いわけではないんだって。」


「・・・・うっそお!!?」


いやいやいや、え?何ですか?

そんな、其れって異世界トリップが別にフツーにありますよーと。

そう言う事ですか?え?



「・・・『世界』は巨大な一つの木の様なものだ。」



困惑してを見て、ジェイと視線を合わせしていると、
唐突に口を開いたのはワルターで、組んでいた腕を組み変えながら
淡々と、しかし何処か言い聞かすような口調で言う。



「大元にある世界を巨木の幹とし、其処から派生した枝葉の様な世界が
 幾重にも折り重なる様に存在する。過去や未来も其れに当たり、
 今居る世界と、お前達の居た世界も、同様だ。俺たちが存在する『世界』は
 巨木の端の、小さな枝葉の先端でしかない。」


「あー・・・平行世界ってヤツ・・・かな?」


ファンタジーなんかでよく出てくる。

が言うと、は「まあ、そんな様なもんなんだろうね」と
僅かに頷いて見せた。

同じ世界から来ているよく見知った彼女が、落ち着いてその話を理解している事が
逆に自分にも、話を言い聞かせる手助けとなった。


こんな話、普通だったらとてもじゃないが信じられない。


けれども、信じるしかないんだと言う、一種諦めにも似た気持ちにさせる。


「で、木って言うからには、その世界全体は、道管とか師管みたいなもので
 根本的なところは繋がってるらしいの。」


なんとなく分かる?と

かろうじて・・・とが難しい顔で答えると、は苦笑して続けた。


「その大きな木は、すっごく繊細で不安定な物なんだって。
 大きいから、バランスを保つのが大変なんだね。

 だから全体の安定を図っても、どうしても何処か不安定な場所が出てくるんだってさ。

 これは一種の病気みたいな物で、その不安定な場所から、道管に当たる『世界の管』に、
 成分――この場合で言うと、その世界の人とか物ね、そう言うのが溶け出しちゃうんだって。

 今回の場合は、とか私、あとはこの家。
 それが時空転移って言うのかな・・・そういう物の根本で、
 私たちの世界で言う所の『神隠し』とかに当たるみたいよ?」

「神隠しって・・またそんなオカルトな・・・・」


という事はつまり、自分は今現在神隠しに合っていると言うわけだ。


・・・なんだろう、この何かすごく納得できない感じ・・・


「しっかし、世界が大きな木って・・また壮絶だね。」

「ちょっと考えられないよね。」


腕を組んで言ったに、が困ったように笑った。


「一つ、お尋ねしても良いですか?さん。」


「ジェイさん・・・でしたっけ。
 私に答えられる事でしたら。」


ジェイが、少し猫を被った声で言って、が、小首を傾げる。


うーん・・・敬語コンビ。



「そう言った話を煌髪人から聞いたという事は
 つまり、貴女は異世界からの来訪者だと、初めから語ったという事ですか?」


「語ったって言うか・・・」


状況が状況だっただけに、誤魔化しようもなくて。


そう言ったに「うそ、私フツーに誤魔化しちゃった」とか言ったら


「だって、私ほど口上手くないもん

「ウソ言えウソを。」


少なくとも自分よりは口達者だぞ、コイツ。


「それにホラ、この家が先にこの世界に来てたって言ったでしょ?
 其れを、水の民の方々が、こうやって結界で隠してくれてたの。
 だから、話さずとも事情は分かってたーって言うか・・・
 不定期的に、そういう不安定な所が活発になる事があるんだって。
 不安定になるからって必ず私達みたいのが居るとは限らないけど。」


ああ、そうですか・・・


なんだか煮詰まってる気がする頭に手を当てると
軽く知恵熱でも出ている気がした。


フと、気付くとジェイがのほうを見上げている。


「何?」


「いえ・・・今、初めて僕の目の前に現れたのが
 貴女でよかったと思いましたよ。」


「は?」


「例え問いただした結果であれ、
 会って間もない頃に『異世界から来た』なんて言われたら
 多分、僕は貴女を頭の可笑しい人だと思ったでしょうね。」


「・・・うん、それは何ていうか至極全うな反応だと思うよ。」


多分、この人たちの反応が普通じゃないんだと思うのよ、うん。


「あー・・・まあ、うん。大体話はわかったよ。」


・・・ところでさ。


「ワルターは、なんでの事邪険に・・って言う言い方も悪いけど、
 他の人たちと違って、結構とか私に対しての反応、柔らかいよね。
 私を普通に扱う理由はとりあえず前に聞いたけど・・・
 私に似た奴が居るっての事でしょ?でも、は陸の民だし・・・・」


なんか納得行かないんだよね。

そう言うと、ワルターは当然とでも言うように鼻を鳴らした。


「気付いていないだけで、お前達は陸の民では無い。」


「・・・・は?」


まさか水の民だとでも言いたいのですか。

そんな事が許されると思ってるのですか。


「無論、水の民でもない。」


「・・・・?」


「お前達は、既にこの世界の理からは外れている。
 人でもなく、魔物でもない、言うのなら、虚像を映す影だ。」



が、顔を顰めた。


影・・・・?


『汝 偽りの影に選ばれし者』


頭の中で、あの声が幾重にもこだまして、頭の中を打ちつけた。



「影は何処にいても付きまとう。振り切ろうとするだけ無駄だ。
 お前達は、そういう存在だ。」


言われても、よく分からないのデスガ・・・


とにかく、水の民じゃないけれども陸の民でも無いから
まあ嫌う理由もありませんよと、そういう事か・・・?


「ワルターさん、これで優しい人なんだよ?
 私が転ぶとすぐに近寄ってきて・・まあ普段言葉少ない分
 なんかお小言ちょっと多いんだけどね。」


言って、は笑った。

その笑みに、は目を見開く。


けれども、すぐに、微笑んだ。


「・・・・そっか。」


は、この世界に来ても、ちゃんと笑えていた。


こんなに楽しそうに、うれしそうに、


・・・少し、幸せそうに。


「ワルター。」


「?」


の笑顔を守ってくれて、有難う。」


言ったら、ワルターは一瞬目を剥いて


「意味がわからんな。」


フイと、顔を背けてしまった。


うーん・・・どうも素直じゃない人が多すぎるな、この世界は。



「コルァシャボン娘!押すな!!」

「モーすけが邪魔で良く見えないんでしょーが!!」

「おいお前達、そんなに騒ぐと見つかる―・・・あ。」



唐突に茂みが動いて、声。

振り返って、固まった。


セネル、クロエ、ノーマにモーゼス。

加えてウィルとグリューネさん。


・・・・・皆さんお揃いで、そんな茂みで何やってんですカ。