動乱の大地9 |
「えー・・・改めまして異世界から来ました です。 前は極々一般的な女子学生でした。 現在は歌唄い兼ジェイの家で家政婦やってまーす」 やる気の無い声で、が言う。 現在、前線基地にて作戦決行まで空いた時間。 庵では、カカシ兵がぞろっといたりと 色々驚く事もあったわけだが・・・ 今は静かに、夜を待つ身だった。 昨夜、何故か一同お揃いで達を覗いて話を聞いていたセネル達は、 曰く 「いやー、セネセネ達の秘密特訓覗いてたら とジェージェーも、二人っきりで夜中に抜け出してんじゃん? こりゃー怪しいと思ってー」 「何が、何を、どういう風に怪しいと思ったんだ、え?」 「そりゃーやっぱ、あーんな事やこーんな事・・・」 「よし、ノーマ、ちょっと二人っきりで話をしようか。」 「ギャー!!ちょっなんであたしだけなのよ〜〜!!」 だそうで、もう夜も更けていたし仕方ない。 庵に戻りつつの道中で、結局は白状する事となった。 何から何までオール白状だ、チクショウ。 それでも、ジェイに止められて 自分の世界に、此処とよく似た話があると言うのだけは 言わないでおいた。 実際自分自身其れは言うつもりも無かったし、何ら問題は無い。 「でもさー、なんでってば、自分が異世界が来たーって黙ってたの? 結局、ジェージェーも最近まで知らなかったんでしょ?」 「ジェイにバレてからは、もうどうにでもなれな感じで 私は話しちゃっても良かったんだけどね・・・」 「今は色々と立て込んでいる大事な時期ですからね。 余計な混乱を起こしたくなかったんですよ。」 「とか言いつつ、 実はの秘密を独り占めしたいだけだったり・・・」 「何か言ってますか?」 ジェイに睨まれて、ノーマが不自然に視線を外す。 一体何の話だ、何の。 「ジェー坊にバレる前は、何で黙ってたんじゃ?」 モーゼスに尋ねられて、は唸る。 「まあ、会って早々そんな事言われても 『ああ、頭の可笑しい人なんですか』で終ってただろうし・・・」 言ったらジェイは、「まあ、そうでしょうね。」なんて 飄々と言っている。 ああ、言わなくてよかった。とか。 「俺は、案外信じられたかもしれないな。」 「へ?」 唐突に言われた言葉に驚いてセネルを見やる。 けれども、気付けばなんか皆、 結構セネルに同意っぽい顔で頷いていた。 何故!?とか思って困っていると、ノーマがむしろさー、と呑気な声を出す。 「出所が分かった分、納得できるかもしんない。」 「街へも唐突に現れたからな。」 「聞いた事の無い国の言葉で唄っていたし・・・」 「名前も変わっちょるしの。」 「謎が多すぎたんだよ、お前。」 そ、そんな皆さんで畳み掛けるように言わなくても!! どうなんだろうコレ、納得してもらったみたいだけど むしろこっちが納得できない感じ、すごく何だろう・・・・。 「・・・でもやっぱり、今だからこそ こうやってすんなり納得できたんだと思うよ?」 初っ端言われてたら、最終的には納得するかもしれないけれども やっぱり、不信感は強かったと思う。 「機会としてはちょうど良かった、と言う事なのかもな。」 クロエが言うと、皆、納得したみたいで僅かに頷いていた。 その時、パンパンと、場を閉める様に手を叩く音がする。 振り返れば、ひしゃげた眼鏡をかけたがニコリと笑って立っていて。 「お話が済んだなら、皆さん、早く休んだ方がいいですよ。 夜になったら、休みたくても休めないんですから。」 そうしてその場は、お開きになった。 余りに展開が唐突過ぎて付いていけないのって、私だけかな・・・。 今回の作戦は、いわば夜襲攻撃だった。 ヴァーツラフの本拠地は、元は湖であり 艦橋復活に伴い陸地となった、その中心部。 便宜上『艦橋前平原』と名の付いた場所。 断崖絶壁な地が続くため、船尾からの侵入は不可能。 よって、侵入経路を列岩地帯と湖の間にある 左右切立った崖となっている場所をとる事とした。 しかし、その周辺には、ヴァーツラフが前線基地を構えている。 この同盟軍がまず先にやることは、 その前線基地を攻略する事だった。 今ならまだ、敵方の警戒も比較的薄い。 その隙を突いて行動するとの事だった。 ・・・と言うのは大抵建前で、真の狙いは 艦橋にいる本隊を引きずり出し、決戦に持ち込む事。 その為にも、前線基地は派手に叩き、 ヴァーツラフを激怒させる必要があった。 そう言った面を見ても、この前線基地攻略は非常に重要だ。 セネル達は、独立遊撃隊30小隊の一員として、戦いに参加。 「腕の調子はどうですか?」 「ジェイ・・・。 うん、まだちょっと違和感はあるけど、もうほとんど大丈夫。」 パチリと僅かに薪の爆ぜる音を聞きながら 僅か緊張の面持ちで時を待っていたの元に、ジェイが歩み寄る。 が笑んで少し左腕を回して見せると ジェイは「そうですか」と微笑んだ。 腕の変色は全く変わっていないけれども、確かに、 触れただけで痛みに声を上げることは、もう無さそうだ。 ほんの少し、安堵の表情。 「さんには、今日は救護班に協力してもらいますが 恐らく決戦ではセネルさん達と共に行動してもらう事になると思います。 その為にも、出来るだけ調子を整えておいて下さいね。」 「りょうかい!」 笑って答えたけれども、いつもの声の調子が出せなかった。 「・・・本当に大丈夫ですか?」 「え?あ・・・ごめん。」 そんな様子に心配になったのか、ジェイが問う。 頭を掻いて謝るけれども、どうにも、体の震えは誤魔化せそうになかった。 「・・・さんの世界では、こういった争いはなかったんですか?」 「無いわけでは無かったよ。・・・でも、私の国では無かった、かな。 外国では結構抗争なんかもあるみたい。」 自分で言っておいてなんだけれども・・・と言う表情でジェイが此方を見ている。 「本当に?」とでも言いたそうな顔だ。 があはは・・と笑う。 「私の国・・・日本って言うんだけどね。戦争に負けて、多くの犠牲を伴って・・・ 間には結構色々な事があったんだけど、最終的には戦争を放棄したの。」 「戦争に負けて、戦争を放棄したんですか?」 凄いですね、とジェイが驚いた顔で言う。 けれども、何が『凄い』のかは、さっぱり分からない。 きっと国への忠誠心とか国への損害とか、そんなのが関係しているんだろう。 自分には、そう言った話は分からない。 学校の授業ではやるけれども、あくまでそれは知識であって、体験じゃない。 その当時の暮らしも知識としてしか知らないし、 それが実際どんな有様だったかなんて、実の所、想像だってつかない。 「幸せな国だったんでしょうね。」 「日本に生まれた時点でその人は既に勝ち組だ、なんて言われてたみたい。 ・・・でも、其れは其れで平和ボケしちゃって、 結構、性根腐った奴とかも多かったんだけどね。」 平和なんて、ずっと続けば其れが当たり前になってしまって。 より高い幸せを望む人間は愚かだけれど、それが人間だ。 「やっぱ、魔物相手とは全然違うね。 空気とか・・・ずっと一人で居たら、ちょっと怖くなっちゃって・・ 情けないけど・・・」 同い年で、けれども自分より少し背の低いジェイ。 ジェイは、このピンと張った空気の中でも 少しの怯えを見せることも無く、多少緊張の面持ちではあったけれども ごく自然体で其処に立っていた。 言う所、住む世界の違いって奴だろうか・・・。 「今更ですが・・・」 「ん?」 「本当にこの戦争、参加してよかったんですか?」 その唐突な物言いに、は怪訝そうに眉を顰める。 本当に、今更だ。 だって、もう戦争は始まっているようなもので、 『必要』だと、言われたのだ。 ウィルに、マウリッツに。 「ウィルさん達は気付いていないようでしたが、 僕は、貴女が人相手になると手加減している事を知っています。」 「!」 思わず目を剥いた。 今までも、何度か人間を相手に戦ったことはあった。 巧く、誤魔化していたつもりだったのに―・・・ 「派手なブレスを使って、誤魔化しては居ましたけれどね。 人を相手にしている所は数度程度しか見ていませんが、 致命傷を避けて攻撃しているのは、すぐにわかる。」 「・・・。」 「まさか、破滅的に命中率が低い・・・と言うわけでもないですよね?」 「・・・・あーもー・・・ ダメだ、ほんとにジェイには敵わない・・・」 降参の意で両手を軽く挙げると、ジェイは 「これでも貴女の師匠ですから」と笑った。 本当に、全体的にこのお師匠様には敵わない。 人を相手にした時に、身体が勝手に致命傷を避けてしまう、と言うのが実際だ。 殺らなきゃ殺られるのに、自分の手を染める事は余りに怖い。 自分も平和ボケした性根根性腐った野郎で、 人の死なんて、怖いと思ったこともなかった。 ただの動かなくなった人型の肉の塊。 死なんて深く考えた事もないし、生憎か幸いか、 祖父母は未だ健在だから、人の死に触れたこともなくて。 人の死は、あくまでも曖昧な、そんな印象でしかない。 けれども、自分たちは幼い頃から 何があっても人を殺すのはいけない事だと言われていて。 そして、それとは関係もなしに 人の意識がブツリと途切れる瞬間を、この世界で初めて目の当たりにした。 ・・・それは、考えていたよりもずっと重くて、恐ろしいことだった。 「・・・・マウリッツさんに、言われたの。」 ポツリと、が呟いた。 庵を出る少し前の事。 セネルたちとは違いノリ気ではないを、マウリッツは簡単に見抜いた。 そして、それを知った上で、話してきたのだ。 『君はウィル君の言う通り聡明なようだから、 恐らくは、自分一人が居るために戦争に勝てるなどとは、思わないはずだ』 『あはは・・流石にそんな大それた事は・・・』 『だろうな。君一人の存在で戦争の勝敗は前後するわけではない。 君が居ないからと言って、勝てる戦争には勝ち、同じくして負けもある。 何も変化はしないのだよ』 マウリッツの凛とした表情が、けれども穏やかに自分を見ていた。 この人は、本当に陸の民が憎いんだろうか。 全ての人類に粛清を求めようなんて、本当にそんな事を考えるような人なんだろうか。 そんな事を考えるくらいに、この人の表情は穏やかだった。 『だが、君、君は知っておくと良い。 君が居なくとも変わらないが、それでもこの戦争の中 君が居たから助かる命は百と言わずに居るはずだ。』 君はそれだけの力を持っていて、そして、その為の力を持っているのだと。 だから―・・・ 「ただぼんやり見てるなんて、出来ないの。 私は無力だけど―・・・でも、無力だからこそ、出来る事をやりたいんだ。」 言った声は、震えていた。 だって怖いものに変わりはないんだ。 だから、こんな風に震える身体も、止め様もない。 情けないけど、でも、やろうと決めた。 「・・・そうですか。」 その視線を正面に受けて、ジェイは静かに頷いた。 唐突にジェイに手を握られて、 驚いてその顔を見やるけれども、ジェイは何ら変わりなく自然体。 先ほどの会話の流れとでも言うように 僅かに空気の騒ぐ方角へと目を向けた。 「そろそろと、軍勢の集まる時間ですね。 さん、行きましょう。」 「え・・・あ、はい。」 状況理解能力、最近低下してんじゃないのかな。 そんな事を場違いにも思いながらも しっかりと繋がれた手の平に、震えは次第に収まって。 「・・・ジェイ、有難う。」 自分の手を引いて率先して前を歩く少し小さな背中が 今は凄く、頼もしく見えたりした。 「ちょっとちょっと! もしかしてもしかしなくても、ってば知ってたの!!?」 作戦決行を目前にして合流したセネル達に ノーマが真っ先にに聞いたのは其れで、正直理解に苦しんだ。 「え、あの、何が・・・」 「フェロボンよフェロボン!!と、あとレクサリアの聖皇様の事!! 何年も前からこの遺跡船に来てるって・・・!」 「・・・ああ、うん。」 その言葉に、やっとの事で言いたい事を理解する。 って言ったって、一応、ミュゼットさんに書状届けたの 自分とジェイだしさ。 あ、でもこの時点では、 まだ皆はミュゼットさんが聖皇陛下だって知らないのか。 ・・・でもまあ、フェロボンがレクサリアの近衛軍総司令だなんて 納得できないけど。すっっっっっっっごく納得できないけど!!! そうこうしている内、目の前に多くの兵が集結し列を成す。 人形兵士軍、煌髪人、そしてレクサリアの軍。 多いなんてもんじゃない。 ウチの学校の全校生徒集めても、数は全然足りていない。 戦争一つで、これだけ多くの人の命が掛かっている・・・ その事実に、ただ、圧倒された。 いつの間にやらフェロボンやマウリッツも 自分たちの立つ同盟軍の旗の立つ崖の上に集まり 既に、戦争が始まろうとしている事を知った。 「皆さん、日頃の秘密特訓の成果を実践する日がやってまいりました。」 イザベラの声が響く。 こうして見ると、この人たちもまともに見えたりするから、不思議だ。 「目標、ヴァーツラフ軍前線基地!」 「勇敢なる水の民の諸君。 今こそ我等の手に、メルネスを取り戻さん!!」 「いざ行かん、愛のために!! レーーーーーーーッツ!!同・盟・軍!!!」 ・・・・・・。 前言撤回だ馬鹿フェロボン!!! ウオオオォォォォオオオォオオォオオォオオ!! 幾人もの人間の声が重なり重なり雄叫びとなり、 夜闇を震わせる低い地鳴りとなる。 先遣隊が突入し入り口を掻き開き、剣と剣の交わる音。 途端に上がる、血の濃い匂い。 其処此処で、肉を掻き切る音。 「・・・此れが・・・戦争・・・・」 戦争は、夜闇に紛れてひっそりと、そして雄雄しく開始された。 |