白いエリカの彩る夜に
動乱の大地10










夜だというのに、空が明るい。

赤く赤く、禍々しい光を放っている。


「夜空があかーく光ってると、まるでお祭みたいねぇ」


グリューネさんはそんな事言ってのほほんとしていたけれども
としては、とてもではないがそんな心境にはなれなかった。


セネルたちがこの場所を出て暫く経つ。


救護テントの中は既に人が溢れ返っていて
血の匂いと薬品の臭いにむせ返りそうになる。


外の騒々しさに混ざって、呻き声が其処此処で立ち上る。


それでも、その人達の中にセネルたちの姿が無いのは
失礼ながらにも、救いとなることだった。


さん!こっちの人傷が深いんだ!!
 手当てを頼む!!」


「分かりました、今行きます!!」



ごめん、こっちも!出血が酷いの、急いで!!」


「すぐ行く!止血だけお願い!!」



救護班の人とに言われて、返事を返した。


この救護班の中で、ブレスが使える人間は僅かだった。

だからこそ、その少数に入るは、
休む暇もなくブレスを掛け続けていた。


今目の前に居る人のケガにブレスをかければ
痛みが引いたのか、安堵の息が聞こえて。


その人は、再び剣を握ると、前線へと飛び出していった。


あんなに傷付いてボロボロになっても、戦わなくちゃならないんだ。


「大丈夫ですか?
 すぐに手当てしますからね。」


新しい怪我人の前に座り、出来る限り明るい声で凛と話し掛ける。

その人の傷にブレスを掛ければ、前の人と同じく
すぐに自らの剣を掴んで飛び出していく。


理解できない、と言うのが正直なところだ。


自分は、こんなに傷付いてまで戦わなくちゃならない事なんて今まで無かった。


そんな必要も無かったし、そうまでして守りたい物とかプライドとか
そんなものだって、存在しなかった。


・・・けれども・・・



さん・・・あの・・・」


「!フェニモール!!
 どうしたの!?怪我でもした!!?」



救護テントにはいって来たツインテールに見知った姿に
一瞬、心臓が止まるかと言うくらいに驚いた。


けれどもフェニモールは慌てて「あ、そうじゃなくて・・・!」と否定して、
思わず、安堵に息を吐く。


「よかった・・・どうしたの?何かあった?」


「その・・・私にも、手伝える事、ありますか?
 あそこに立ってるじゃ不安で・・・私も何かしたいんです!」



そう訴えるフェニモールに、は僅かに驚いた。


「そりゃ、見ての通りやることなんか一杯あるけど・・」


大丈夫なの?とが問う。


むしろ彼女に救護が必要なんじゃないかと言うくらい
フェニモールの顔は真っ青に血の気が引いていた。


恐らくは、この血の臭いや深い傷に呻く人々と
そして、戦争の緊張のせいなんだろう。


「・・・・大丈夫です。やれます。」


彼女は、そう言って強い目で答えた。



瞬間的に、は悟る。

この子も、恐らく自分と同じなんだ。


『でも、無力だからこそ、出来る事をやりたいんだ』


同じなんだ、きっと。


「・・・わかった。こっちの人の止血お願い。
 薬が必要な場合は、奥の棚にあるから其れを使って。」


「わかりました。」


フェニモールが頷くその肩を、は叩いた。

さっき、ジェイが自分にしてくれたように。


大丈夫だよ、頑張ろうよって、伝わる様に。


フェニモールは驚いた顔で見上げていたけれども、
やがては、力強く頷いた。







しばらくして、救護の手が殆ど空くようになった頃、
ブレスを使い続けだったは、少し休むように言われてテントの外に出た。



「この戦いの結果如何で、今後の展開が決まる。
 何とか快勝したいものだ。」



マウリッツが、そう言って難しく唸る。


ああそうだ。
この戦争が終れば、今度の敵は、この人たちだ。


それでも、今はとてもじゃないけれども、
そんな事を考える余裕が無かった。


目の前の敵はすぐそこで、既に剣を抜いているのだ。



「ジェイ、様子は?」



尋ねれば、ジェイは難しい顔をした。


「中々上手くは行かないようです。」


「イザベラさん・・・」


「ヴァーツラフの配下には、実戦経験豊富な兵が揃っていますから。」


それって、それだけ多くの人の命を奪っているって事?


聞きそうになって、口を噤んだ。


命を張って戦っている人たちが居る。


そんな事、言ったらいけない。



「艦橋にいる本隊が、そろそろ此方の動きに反応するでしょうね。
 ・・・前線基地を落とす前に出てこられると、まずいな・・・」



一分一秒を争う攻防戦。

ほんの一瞬の遅れが、全ての作戦を狂わせる。


は手を強く握る。


大丈夫、大丈夫だ。


セネル達なら、絶対に大丈夫。


毛細水道でだって、そうやってシャーリィ達を励ましたじゃないか。


セネル達なら大丈夫。


強いんだから。

強い仲間が、一緒なんだから。



「・・・頑張って、みんな。」


カーチスが、カカシ部隊に歓声を上げているのが聞こえる中
自然、の手が祈るように組まれた。


怪我しないで、無事に・・・



「隊長の名はワルターだったな!
 フェロモン・ボンバーズにスカウトするか!
 ふはははははは!!」


・・・・・それはやめて。



フと、気付くとが隣に立っていた。

不安そうな表情でのほうを見ているが
その焦点は合っていない。



?大丈夫?」


「えっあ、うん。怪我人は全員手当てしたよ。」


「・・・じゃなくて、私が心配してんのはアンタの方。」


「あ、・・・・うん」


答えるけれども、覇気は無い

流石の自分だって、其処までは鈍くなかった。


「・・・ワルターなら、平気だって。カカシ部隊もあんだけ元気だしさ、
 隊長のワルターに何かあるわけが無いじゃん?アイツ強いんだし。」


此処で、自分まで弱気になってたら駄目だ。

もっと不安な気持ちになってるとかフェニモールとかが居る。


「フェニモールもホラ!そんな沈んだ顔しないでよ。
 前線基地突破したら、きっとみんなヘトヘトで帰ってくるよ?
 今の私達は言わば白衣の天使!
 穏やかな微笑で皆を迎え入れなくちゃなんないんだからね!!」

「何処がどう白衣の天使なんですか。」

「・・・心優しきナイチンゲールは不安を表に出しちゃいけないのよ!」

「可笑しいですね、ナイチンゲールは確か聡明な女性だったはずですが・・・」


・・・・・・・。



「ジェーーーイーーー!!
 さっきからアンタはなーにが言いたいのなーにが!!」


「いえいえ。ただ、何処かの誰かさんは
 天使だの聡明な女性だのと言う表現は”まったく”似合わないなあと。」


「ほー。誰ですか。何処の誰が似合わないんですか。
 言ってみーろーーやーーー」


「ほらその顔。とてもじゃありませんが天使ではないですね。
 白衣の般若辺りが妥当じゃないですか?」


「人の事貶すわりーごはいねーがーーー!!!」


さん、それは般若ではなくナマハゲです。」


「イザベラさんに冷静にツッコまれるとすっごい複雑!」


ねえちょっとそれどうなの!?

ベラ姉さんにツッコまれてんですけど!!


ギャーとかなってたらとフェニモールがくすくすと笑ってる。


少し元気出たみたいだけども、
すっごい複雑な気分なのどうしたら良いんだろう・・・


「あらぁ、ちゃんはとーっても可愛いわよぉ」


「グリューネさぁん!!
 そうだよね!般若とかナマハゲとか失礼だよね!!」


「ナマハゲちゃんもとーっても可愛いわよねぇ」


・・・・うん?


「般若ちゃんも、おねーさん好きだわぁ」


・・・・・・・・・。



其処は否定してよお姉さああぁぁあん!!!


その時、遠くのほうで雄叫びが上がった。


低い低い、地面の鳴る音。


ハッとして、見えもしないのに其方の方を仰ぐ。


中にモーゼス達の声が混ざって聞こえたのは、気のせいだろうか。


一人のレクサリアの兵士が走りこんでくる。

イザベラへ敬礼して、何事か伝えると、
彼女は、マウリッツの前へ傅いた。


「最終防衛線、突破しました。
 一番乗りは、独立遊撃隊所属、30小隊です。」


30小隊・・・・


「セネル達だ・・・」


が呆然と呟く


「流石兄弟、やるではないか!
 ふははははは!!」


カーチスが言って豪快に笑い、とフェニモールが手を取り合う。


「セネルちゃん達が無事で、良かったわぁ」


言うグリューネに、
フェニモールが戸惑いながらも微笑んで答えたのを聞いて

思わず、その場に座り込んだ。


「良かった・・・・」


本当に、良かった・・・・。



その横に、足音が近づいてきて手を差し出す。

見れば、ジェイが呆れたような笑いを漏らしながら此方を見ていた。


「本当に・・・大丈夫だと励ましながら
 一番心配してたのは、一体何処の誰ですか?」


「う、うるさいな・・・」


だって、心配だったんだからしょうがないじゃないか。


言い返そうと思ったけれども、止めておいた。

今は、セネル達が無事だという、それだけで良かった。


はジェイの手を借りて立ち上がると、
僅かに困ったような笑みを、彼へと向けた








この世界にナイチンゲールやらナマハゲやら般若が存在するのか
とか言う疑問はスルーの方向でお願いします(待