白いエリカの彩る夜に
動乱の大地13












「ふう・・・今どの辺かな?」


大分右側に回りこんで主戦場からは離れた頃に
皆で一旦影で足を止めて一先ずの息を整える。

戦場に飛び出してから此処まで、ずっと走り続けの戦い続けだ。

ジェイとの修行の甲斐あってか、とりあえず皆に付いていく事は出来ているが
それにしても、流石に息が上がって肺は痛んだ。


もしあの修行がなければ、自分は本当に
この人たちと別の次元を生きる事になっていたんだろう。


ウィルが半分来たか来ないか位だろうと推測を立てると
主戦場からは離れてるはずだが敵の数は多いとクロエ。


「くそっ、時間がないってのに」


「まあ、そう急かないで。焦ったら負けだよ、セネル」


「わかってる。」


が言うと、苦虫を噛み潰したようにしてセネルは答えた。


フと、クロエが気付いたように手を伸ばしての頬を擦った。


「さっき斬った時だな。返り血がすごいぞ、

「あ・・・マジで・・?」


あはは・・困ったなぁとが頭を掻いて言う。


「服にもちょ〜散ってんじゃん。
 結構イイトコ入っちゃったんだねぇ」


ノーマが言って、が僅かに俯いて「そうだね」と答えて。


「どうかしたのか?


どうにか息の整ったセネルが声を掛けた。


は緩く頭を振る。


手の中に甦る先ほどの感触に込み上げる吐気に、
我慢しろと自分を叱咤して、「大丈夫だって。もー心配し過ぎ!」と笑って返した。









「多少の不具合は構わん、さっさと動かせるようにしろ!」


「ワルターさん、そうイライラしないで。」


先ほどから水晶の周りをイライラした様子で歩き回るワルターに
が人形兵と向き合いながら苦笑して言う。

簡単にではあるが整備の仕方を教えてもらえば
元々手先が器用であるは、すぐにその操作を飲み込んだ。


複雑な造りの人形兵士ではあるけれども、
父が電子系の仕事に就いているからだろうか、自分にも
多少はその知識が詰まっていて、それが今、この場で自分を役立てていた。


「よし、君は終わり。次の子行きましょうね」

「・・・お前は、この状況がわかっていないのか」


「わかってますよ?
 でもホラ、不具合ばっかで戦場行ってすぐ帰ってきたら意味、ないですよねえ。
 行って帰ってくるだけだったら、ワルターさんもっと怒るだろうし」



それは困りますよねえ、とはのんびり笑う。


それでも手はしっかりと動いているのだから
文句を言うにも言い切れない。


ワルターが憮然とした様子で腕を組み
やはりまた、あっちへこっちへ行ったり来たりすると
フと気付いたように顔を持ち上げた。


ツと伝う汗を拭って不思議そうにも其方を見やれば
ツインテールの水の民が、人形兵を引き連れてコチラへと歩み寄ってくる。


「何の様だ、フェニモール」

「あ、あの、あたしにも、
 何かお手伝いできることがあれば・・・」

「お前に人形兵士の構造が理解できるのか。」


言ったフェニモールを冷たく切り離し、
フェニモールが酷く沈んだ顔で俯いた。


「いえ・・・」

「だったら、余計な口を挟むな。」


ごめんなさい・・・

そう呟くフェニモールの声がひどく泣きそうで・・・

はムッとして立ち上がる。


「えいやーズビシ!」


「!?」


唐突に後頭部に入ったチョップは、さほど痛くはないにしろ驚いて
慌てて振り返れば、がニーッコリと微笑って立っていた。

あ、なんか黒い。

いや、何がって言うわけではないんだけれども。

主に背後の辺り。



「言い方ってモンがあるでしょう、言い方ってモンが。
 フェニモールだって何かしらしたくて来てるんですから
 そんなに冷たくあしらったらモテませんよ、ワルターさん。」


・・・なんか前後の文が噛み合ってないぞ、とか。


思ったけれども言わせてもらえそうにない。雰囲気的に。


ワルターはグっと言葉に詰まり、ややあって
少し不器用にフェニモールの名を呼んだ。


「ここのみんなは、人形兵士の整備に追われ、ろくに休んでいない。
 食べるものでも持ってきてくれると、助かるんだが」


「あ、はい!今すぐ!!」


フェニモールの顔がパアっと輝き、一つ礼をする。

フとと目が合うと、は一つウィンクして
『頑張れ』の意味を込めて、ガッツポーズを返した。


フェニモールは微笑みお礼を言うとその場を走り去った。


いやいや、素直で可愛い娘さんだ、とか、その走り去る背中に思って。


・・・あれ?自分幾つだったけ?とか。


「・・・そんなんだから、誤解されちゃうんですよ」


「・・・なんの事だ。」


「あはは、まあそういうことです。
 私、人形兵の整備に戻りますね〜」



言ってはのほほんと歩き出して。

今は戦場を駆け回る幼馴染に思いを馳せる。

この世界に来てから、彼女は随分と変ったようだ。


見た目としてもほっそりとしたと言うのはあるが、そうでなくて―・・・



であることには変わりないけれども、
彼女も見知らぬ土地で思うところがあったんだろう。

少し疲れたようにも見え、大人びたようにも見え。

自分の知る頃よりも、ずっと明るく柔らかい性格にはなっていたが、
それでも迷う所があるのは、見ればすぐに分かった。


けれど、そんな彼女の強い決意もまた、わかっていた。


自分は、彼女の様にこの世界に来ても
爪術とか言う不思議な技は使えなかった。


だから、彼女の心を真に理解する事は出来ない。


出来ない、けれども―・・・


多少特殊な家庭環境だったにしろ、平和な国に育ったただの学生が
唐突にワケのわからない、しかもゲームによく似た世界に
放り出されて、当然の様に争いに巻き込まれて。


どんどんと、元いた世界の『普通』からは掛け離れていく自分たち―・・・



元の世界の事が忘れられる物ではないなら、
この気持ちはきっと、自分たちにしか分からないし、分かり得ない。

そこだけは、自分たちは変わらず共有者だった。


・・・」


彼女は困った事に、ちょっとばかり徹底した完璧主義者だ。

全ての事を、と言うわけではないけれど、自分で決めた事は徹底的にやり通す。

その強い決意の中に弱い心を見つける度に、彼女は其れを決して許さないだろう。

彼女はどんどん変っていく。

この世界の『普通』に変わって行く。

そうあろうと、彼女自身がしている。


―― どうか、彼女にこれ以上の苦しみが、無い様に―・・・


そっと組んだ手の平。


フと、足元に柔らかな布の感触を覚えた。

アレ?と思った頃には、自分の服が突っ張り・・・


「うわあ!!!」


自らの服の裾で、ハデにすっ転げた。


ああワルターさん、そんな明らかな溜め息吐かないで下さいよう・・・













「そろそろ出発するか」


一同の息が充分に整い、回復も済ませると同時に
ウィルがそう言って声を掛けて立ち上がった。


主戦場からは離れているはずなのだが、何やら少々騒がしい。


怪訝に思いつつも立ち上がれば、


「キューーーーーーーーー!!!」



戦場には似つかわしくない、けれども聞きなれた声が
遠くの方からフェードインしてきた。



見れば何故なんだかどういう訳なんだか、まるっこいふさふさのモフモフ族。


「キュ。」


いや、コンニチハじゃなくてですね。


「キュッポ君、ポッポ君!!?
 な、なんで・・・ジェイが来ちゃ駄目だって言ってたでしょ!!?」


絶対怒られるよコレ!!

さっきからのちょっとした騒がしさの元は
どうやら唐突なモフモフ族の加勢だったらしい。


「何やってんの?あんたら。」

「頑張ってるキュ」


ああソウデスカ。


じゃなくって!!


「ジェイに良いって言われたの!?」


いえいえそんなワケないですよね!?


どうしよう、どうしようとか思えば
唐突にまた2人は「キューーーーーーー!!」と焦った声を上げて。


そして慌てて走って逃げ出す。


その後を、クルザンドの兵たちが追って走って行った。


その後姿を、が半ば呆然として見ていれば
クロエが「いつのまにモフモフ族が同盟軍に加わったんだ?」とか尋ねてきて。


「加わってるわけがない!
 ジェイも知らないんだよ、じゃなかったら認めるワケないし!!」


が慌てたように言えば、モーゼスがニっと笑って
「こうしちゃおれんの」と腕を組む。


「とにかく兵に追われてたし、加勢しないと!!」


「よし、俺たちも続くぞ!!」


言うと、ウィルは頷いて。


一同は再び、走り出した。