動乱の大地18 |
先の仕掛けは簡単なもので、時折設置された機械を全て起動させるだけ。 その起動させる装置の場所も、がチョコチョコと覚えている限りで ジェイに小声で教えていけば、さして時間を取る事もなく、この階を突破できそうだった。 やがて、幾つかの扉を通り抜けた先の、パズルブースに入り込む。 ウンウンと唸りつつパズルを解くセネル達に助言をしつつ、フと、 がハッとして、ジェイに小声で話しかけた。 「ねえねえジェイ。」 「・・・どうしました?」 「・・・多分、この先にメラニィが・・・ 追いついてきてると思う。」 言うと、ジェイが目を見開く。 「・・・それは、貴女が言う所の『知識』ですか?」 「うー・・・ん・・・違う、とは、思うけどね。」 困ったように返すと、ジェイは多少怪訝そうな顔をして。 そして、どうにかパズルを解いて、 先に続く道を見出したセネル達に呼びかけた。 「・・・皆さん、一度此処で準備を改めましょう。」 「どうしたんだ?ジェイ、いきなり。」 唐突なジェイの申し出に、セネルが不思議そうに振り返る。 ジェイが事も無さそうに肩を竦めた。 「思ったよりも、時間を食いましたからね。 そろそろ、メラニィが追いついてきても不思議はありません。 もしもの場合は、今度こそ戦闘になるでしょうから。」 「念を入れておけ、と言う事だな。」 「はい。」 「・・・もっともだな。よし、では怪我をしているものは 俺かノーマ、にブレスを掛けてもらうように。 は、きちんと薬で体力の回復をしておけよ。」 「は〜い。」 ウィルやクロエの言葉に飄々と言ってのけるジェイに 苦笑しつつも、が答えて。 「それで?」 「へ?何が?」 「先の事は、言わないんじゃなかったんですか。」 小声で、ジェイが問う。 言われて、が頬を掻いた。 「んー・・・まあそうなんだけど・・・」 それはまあ、そうなんだけど。 「メラニィが追いついてきてるかも・・なんて事は まあ予測の範囲内ではあるだろうし・・・」 「確かに、全く予測不可、という事ではないですけどね。 それにしても、明らかに不自然です。」 「・・・やっぱり?」 戸惑うように言って、フとジェイの腕の傷が目に入る。 「ファーストエイド」 そっと呟けば、ジェイの身体を柔らかい光が包み込んで、その傷を癒す。 が微笑んで、納得のいかなそうなジェイに言った。 「ちょっとね、怖かったんだよ。」 「怖かった?」 「・・・私の今までの生活では考えられないくらいの人が、あそこでは死んでた。 全部・・・メラニィ一人によって殺されてた。 そしたらなんかさ、下手したら皆もああなっちゃうんじゃないかーって思っちゃって。」 「・・・そういう事、ですか。」 「うん・・・もしそうなった場合にさ、私はこの先にある事を知ってたのに 教えなかったから。そのための準備だって出来ただろうにって思うの、 すごく嫌だったんだよね。・・・保身行為で、申し訳ないんだけど。」 すればジェイは、肩を竦めて「いえ。」とか呟いて。 「まあ、例え保身行為であったとしても、 実を結べば多分『助かった』と言うしかないんですよ。」 そう言った彼に、は目を見開いた。 「おう、嬢。 ちょおワイにもブレスかけてくれんか」 「おっ、はいよー。 て言うかモーゼス!敵に突っ込んでいくから傷多いよ!!」 ジェイとの間に割って入ったモーゼスの、その傷の多さにが驚く。 「しかも上半身出してるから余計に増えるんだよ馬鹿!」 「馬鹿言うな!」 「阿呆!変態!うっわ、この辺の傷深っ!!」 なんか今ちょっと聞き捨てならない単語入ってなかったか!? ファーストエイドを何回か繰り返すにモーゼスが突っ込み、 背中の傷が深い辺りに平手喰らって悶絶して黙り込んだ。 そんな様子を、ジェイが「やれやれ」と息を吐いて見ていて。 「・・・自分の回復も忘れないで下さいよ、さん。」 「りょうかーい!」 言われたジェイの言葉に、は振り返りながら明るく答えた。 ダクトを通り抜けた先には、の言うとおり、メラニィが待っていた。 先ほど出し抜いた事に、相当腹を立てた様子で。 「やっと来たかい・・・」 怒りに声を震わせて、メラニィが呟く。 「やはり、先回りされたか・・・っ」 苦々しげにウィルの声。 それでも、事前の準備のお陰で、そこまで焦る必要もない。 「せっかく久しぶりに会えたのに、逃げるなんて連れないじゃないか。 もう少し、相手をして欲しいものだね。」 そして、そこまで抑えていた怒りが、唐突に全面に噴出した。 「コソコソ逃げてんじゃねえ!!!」 「やはり、こうなったら戦うしかないか・・・」 「トリプルカイツがなんじゃ! かかって来いやぁ!!」 「ガキが・・・!嘗めるな!!!」 瞬間、ファイアボールが一同を襲い、乱れた隊列の中央に フィアフルベアXが飛び込んできて、唸り爪を振り回す。 飛びのくように其れを避けて、ジェイの小刀が地面へと突き刺さって鈍く発光する。 地面から生えた氷樹に、メラニィとフィアフルベアが怯んだ隙に、 一同が隊列をどうにか取り戻した。 セネルとクロエが斬り込んで、ジェイとモーゼスがその支援に入る。 後方ではウィルとノーマのブレス。 はひたすらに、回復とサポートの役を担った。 「命の根源たる水よ 秘めたる力解放し 身を守る堅牢たる鎧となれ・・・バリア!」 背後からのファイアボールに体勢を取れなかったクロエの目の前に 透明な光の盾が出来上がり、火の塊を弾く。 「すまない、・・・!」 「いえいえ!」 言われて、が笑みで返した。 場はそれでも優勢だった。 問題はない。 既に、メラニィの足は崩れかけている。 フと、瞬間 何となく視界に入ったジェイの瞳が、鋭く光ったのが分かった。 獲物を狩る、瞳―・・・ ゾクリと、背筋に冷たいものが落ちていく。 ジェイのあんな目、見たことも無い。 重たく暗鬱で、何も映していない、ただの無を湛えた瞳―・・・ 「ぅ、ぁ・・・」 低く呻く。 自分が何か、焦っている事に気づいた。 「生命の水よ、氷となりて汝を留め置く水とて時には牙を剥く」 考える間も無く、はブレスを唱えていた。 セネルの攻撃で、一瞬、メラニィに隙が出来る。 ジェイの小刀が光って―・・・ 「アイスウォール! 」 ジェイの小刀のその切っ先がメラニィの喉元を抉るその直前、 その足元から映えた鋭い氷の切っ先が、その身体を突き上げた。 瞬間、あがる断末魔の悲鳴。 ジェイが、ハっと弾かれたようにを振り返る。 それだってのに、その驚かれた本人が一番驚いていて。 メラニィがそのままドサリと床に膝をついて、倒れ伏した。 「バ、バカな・・・ トリプルカイツの、このあたしが・・・」 途切れる声に漏れる息の音が、可笑しな音を立てている。 どんな手を使っても、この人はもう助からないと、その事だけは、わかった。 止めを刺したのは、だ。 「こんな・・・はずでは・・・」 言ったメラニィは、僅かに目が濡れていて、 何も無い虚空に手を伸ばしながら呟き、 「将軍・・閣下・・・申し、訳・・・・」 その呟きすらも最期まで続かずに、息絶えた。 パタリと、真っ白に血の気の引いた手が、足元に落ちる。 呆然とした気持ちで、其れを見つめていた。 まだ、この感覚には慣れない・・・ 「さん・・・・」 「え?」 動かないメラニィの事を見下ろしていると、ジェイが話しかけてきて、 怪訝そうな顔で、に近づいてくる。 「今のは、わざと・・・ですか?」 「わざとって・・・・」 「・・・いえ、なんでもありません。」 言ってジェイは、フイと顔を逸らしたけれど。 唐突に響いた靴の音に、一同がハッと視線を向ける。 走りこんできたのは、同盟軍の人間だった。 ジェイの表情も、僅かに解ける。 「あなた、いいところに。 司令部に伝令をお願いします。」 『トリプルカイツの一角、メラニィを撃破。独立遊撃隊 30小隊』 敬礼し、元の道を駆け戻った同盟軍の兵士を目で追って 「これで、仲間の士気も一気に高まるだろう」と、ジェイ。 外では未だ、戦争が続いている―・・・ 「その間にあたし等は、上へ向かってゴー!」 ノーマの言葉に頷く一同。 再び先に進みだした皆に、も付いていく。 背後から、突き刺さるようなジェイの視線に気付かないフリをするのは 少し大変だった。 最期の一撃―・・・ まるで、ジェイからトドメを奪うかのような・・・ 「やっぱり、知っているのと実際に見るのじゃ違う、よね・・・」 「ん?どったの?」 「あー、いやいや、こっちの話よ。」 思わず呟いた言葉に反応したノーマに笑って見せて。 ジェイの過去を知っていて、だから、もうジェイにそんな真似はさせたくないと、 思っていたのは、事実。 けれども、あの場で自分を突き動かしたのは―・・・ 「あんな目されたら・・・ね。」 「?」 あんな哀しい冷たい目で人を殺そうとしているジェイを見たら 考える間も無く体が動いてたって、それだけ。 |