白いエリカの彩る夜に
動乱の大地21













どうにかこうにか金網通路の罠を通り抜けて
キチンとした床に出れば、その先に控えるスティングルが
真っ先に目に入った。


「いたぞ、スティングルだ!!」


セネルが一番に声を発して、一同が其れに続き
こちらに背を向けたままのスティングルに走り寄る。


・・・この人は今、何を思って自分たちを待っていたんだろう。


「大人しくそこを通すなら、見逃してあげてもいいけど〜?」


ノーマが、珍しく挑発するような口調で言う。

スティングルはゆっくりと振り返り剣を抜く。
「覚悟は出来たか」と、まっすぐにクロエを見据えて。

その言葉の意味が理解できないのは、事情を知らない
ノーマ達で、「ちょっとそれ、あたし等の台詞・・」と
何処か不満そうな声さえ湛えて言う。


「我が覚悟、我が剣にて知れ・・・」


静かに呟いたクロエの声には、ただ強い覚悟のみが知れて、


「・・・よかろう。」

返したスティングルの声もまた、静かでしかなかった。

フと、その仮面に隠された瞳が、此方を静かに見据えている気がした。

は、精一杯にその見えない瞳を睨み返す。


この人も、大切なものを守る為だった。

それはわかる。

けれども、この人は・・・


自分の大切な物の為に、クロエの大切な物を、奪った。


「・・・毛細水道で言った事、私まだ、変わってません。」


例えどんな物の為だろうと、この人は、やっちゃいけない事をした。

それを覚悟と取るのには、あまりにも身勝手すぎる。


毛細水道での事を知らない皆は、首を傾げるだけだったが。


「・・・行くぞ。」


スティングルのその言葉に、ハッとして皆が武器を再び構え直した。



「轟霊斬!!」


スティングルの剣が横に薙ぎ、咄嗟の事にが弾き飛ばされる。

背中を強かに打ちつけ、一瞬、身体に影が落ちた。

ハッとして、身を僅かに捻る。

腕を僅かに裂いて、床に剣が突き立った。


「っ!」


ゾッと鳥肌が立ち、そのスティングルの背後に、クロエが迫った。

ヒュンっと風を切る音がして、スティングルが其れをかわし
の目の前から退く。

今が機会とばかりに、は立ち上がり、スティングルから間合いを取った。


「苦無!」


死角を巧く取り、ジェイの小刀がスティングルにぶち当たり僅かに呻く。


「ヴォルトアロー!!」


次の瞬間にはノーマのブレスが決まり、スティングルの上空から雷光の塊が落下した。

けれどもスティングルは倒れずに、再び剣を構え、クロエの横を駆け抜けると
真っ直ぐに目掛けて剣を振り下ろす。

寸での処で其れを避けて、僅かに髪が散った。


「っこいつ・・・・!」


明らかに、自分を狙ってきている・・・!!


そんなに、過去の事を指摘されたのが苦だったか?

後悔はしているとでも、言うんだろうか。


けれども、後悔ばかりで何が許される―・・・


「もっと正面から、正々堂々守りなさいよ・・・!!!」


大切なものを汚れた手で抱くつもりか、この人は・・・!


「サンダーブレード・・・!」


鉄扇が、真っ直ぐにスティングルに向かう。

の目の前に現れた電撃の剣が振り下ろされ、スティングルを薙いだ。


スティングルが吹っ飛び、前衛のセネルとクロエが畳み掛ける。


ヨロリと、スティングルが立ち上がり、身を守るように剣を構えた。

セネルが、拳を振り上げる。

ポツリと、スティングルが呟く声が聞こえた。


「死の構え 更待」


その言葉に、背筋を冷たいものが伝った。


「セネル、駄目!!それに攻撃しちゃ―・・・!!!」


の制止に、セネルがわずかに身を引いたが、遅かった。


スティングルの剣が閃き、セネルを攻撃が沙雨となって降り注ぐ。


それよりもが恐れていたのは、死の構えに付属する特殊効果―・・・


「セネル!!」


床に身を投げたセネルにが叫ぶ。


「う・・・痛っ―・・・」


セネルの僅かに呻く声が聞こえて、ホッと息をついた。


良かった、即死効果は、免れたらしい。



「傷つきし我等を包む 暁の謳歌に身を委ねん 響け 壮美なる旋律――リザレクション!」



が唄うよう詠唱をして、光が、を中心に広がった。


それぞれの身体を、ポウッと仄かに暖かい光が包み込む。


先ほど連続で技を喰らったセネルも、の回復に、その傷の殆どが無かった事になった。


スティングルの舌打ちの音。


「余所見をするな!!」


瞬間、ドウッという音と共に、クロエが体当たりも同然にスティングルに突っ込む。


その腹に、クロエの剣は突き立ち、引き抜かれると、その巨体が床に転がった。

風穴の開いたその脇腹を押さえ、呻きながらもスティングルは起き上がるが、
その喉元にはクロエの剣が向けられ、動きを制止させられる。


「・・・最期に言い残す事があれば、聞いてやろう」


肩で息をしながら、クロエが怒りを押さえ込む声で言った。

スティングルは無言のまま、ゆっくり、ゆっくりと後ずさり、
やがて、何か丸い床の上へと乗る。


それに、ハッとしたようにスティングルに迫る。


「おい、まさか逃げる気じゃないだろうな!?」


けれども、やはりその間合いを嫌うように、スティングルは後退りし、
遂には、クロエが怒りを露にした。


「お前・・・!人に覚悟を聞いておいて、自分はその態度か・・・!!!」


クロエの言い分は当然だ。


其れだというのに、男は立ち上がり
あくまでも真っ直ぐな視線で答えるのだ。


「これが、私の覚悟だ。」


「何・・・!?」


「そこの少女が何を知っているのかは知らない。
 だが、私はまだ、死ぬわけにはいかぬ・・・!!」


そう最期に叫ぶと、スティングルは、丸い床を思い切り蹴りつけた。
瞬間床は割れ、スティングルの身体は飲み込まれる。


非常脱出路の一つだろう。


慌てて駆け寄るも、床は既に閉まった後で、
クロエが苦々しげにその剣を振付けた。


「おのれ・・・!!!」


叫ぶと、クロエが堪らずに来た道を駆け戻ろうとする。


「クロエ!」「クー!」「クっちゃん!!」


3人の声が、重なって引き止めた。


・・・彼等は、共に行こうと気持ちを確かめた仲だ。

尚更、放っては置けないんだろう。


クロエがハッとして立ち止まり、どうすることも出来ずに呻く。

セネルが、そんな彼女に駆け寄った。


「クロエ・・・」


「クーリッジ・・・私は・・私は・・・!!」


そんな中でモーゼスが、クロエと仮面野郎が知り合いだったのか、とジェイに小声で問い
そうみたいですね、詳しい事情は僕も知りませんが、とジェイ。


「・・・どうやらさんは、ご存知のようですけれども。」


そう、問い詰めるかのようなジェイの瞳から逃れるように顔を逸らせば、
やれやれと言いたそうに、ジェイは息をついた。


「クーの探してた相手か・・・」


ノーマの呟きに、クロエが拳を強く握り締める。


「教えてくれ、クーリッジ・・・。私は何故、ここにいる!?」


その問いに、セネルは目を見開いたが、やがてそっと目を閉じて
まっすぐにクロエを見つめ返した。


「祖国の危機を、救うためだ。」


その言葉は、クロエの忘れかけていた目的を確実に思い出させた。

ハッとしたように顔を上げたクロエは、しばし呆然としたが
それでも尚、答えるように頷き返した。


「・・うん、そうだな。」


―― 此処に来たのは、両親の敵を討つためではない・・・


そして、再び皆を振り返る彼女は、いつもの毅然とした彼女だった。



「みんな、先へ進もう。」


「・・いいんだな?」


「今真っ先にやるべきなのは、ヴァーツラフの元に辿り着く事だ。
 祖国を守る為に。シャーリイとステラさんを助け出すために。」


クロエが前へと進み出る。

そんなクロエの態度を、皆が不思議そうに見守るが、
やがて振り返り、そっと胸に手を当てて敬礼を取り、真っ直ぐな声音で言った。


「私は騎士だ。位は失えど、心は誇り高き、ヴァレンス家の騎士だ。
 人を救う事、国を守る事。其れこそが騎士の本分だ!」


そのクロエの意思に、セネルはほんの少しだけ、表情を緩めた。


「・・と、言うわけだ。みんな、わかったな?」


「りょ〜かい!」


「おっけー。」


「ちょっと待てェ!ワイにはさっぱりわからんぞ!!」


待ったを入れるモーゼス。

けれども、思いがけずノーマが、優しい声音でそれを諭した。


「いつかクーが話してくれるよ。それまで待とう。」


「・・ああ、約束する。」


「って、言ってんだしさ。
 今は、仲間を信じてゴー!・・・でしょ?」



少しおどけた調子で言うと、クロエもようやく、微笑み返してくれた。


その姿は、真っ直ぐと伸びた背筋で、キリッと前を見据えて。

少しだけ、格好良くも見えたりして。


「よし、残るはヴァーツラフだけだ。あと一息だぞ!!」


ウィルの言葉に、頷いた。


これで残るは最後の砦。


ヴァーツラフ、のみ。