次の階層につくと、辺りは僅かに光を放つ、
まるで海の中を漂うかのような不思議な青い光の空間だった。


「この輝き・・・どうやら光っているのは、蒼我砲の砲身のようですね。」

「それって、準備がほぼ整ったって言う・・そういう事?」


冷静に分析するジェイに、の焦るような声。

その声に「おそらくは」と、僅かに緊張を孕む声音で頷く。


壁一面が透明なその不思議な部屋。


「遠くの方に山が見えるぞ。あれは・・・」

「空割山。我が国で一番高い山だ。山麓に、王都バルドガがある。」


その透明な壁から見られる、其の名の通り、空を割るような高さの山に
クロエが何処か誇らしげでもあるように説明をした。


「いよいよ大詰めってわけね。」

「さっさとヴァーツラフの野郎をぶっ倒すとしようかい!」

「うっし、こんな戦争、さっさと終わらせちゃおう!!」


が言うと、一同は深く頷いた。














白いエリカの彩る夜に
動乱の大地22













砲身が輝く。

蒼い蒼い光だ。

それがまるで、海が泣いているかのようで。


――― ・・・・・・。


いつもの『声』が、何かを叫んでいるのが聞こえた気がした。



「空割山が・・消えた・・・」


クロエの呆然とした呟き。

先ほど見えた空を割る山が、砕け散りその場より失くなった。


蒼我砲が、発射された。


自分たちの目の前で。

ほんの数秒、足りずに。


ノーマが、息を呑み口元を押さえる。

が奥歯を噛みしめて、俯いた。


空割山の麓には、王都があるのだと、先ほどクロエが語った。


―― 一体何人の人が、あそこで死んだ?


「そんな・・・此処まで、来たってのに・・・」


セネルが呆然と、そこに立ち尽くす。

視線の先には、透明な卵の様な球体に囚われる
シャーリィと、ステラの姿。

先ほどの蒼我砲を放つ為のエネルギーは、彼女達から搾取された。


蒼白い顔で、グッタリと、機械に吊るされている。



生きて、る・・・・?



セネルの膝が折れ、ヴァーツラフが笑う。

その姿を睨め付けるに、ヴァーツラフは鼻を鳴らした。


「どうやら、この間の事では懲りんらしいな、そこの女は。」


また、同じ目に遭いたいか?


煽るように言われて、あの雪花の遺跡での事を思い出しゾッと
背筋を冷たいものが走るが、それでも、睨む事だけはやめなかった。

今度は、己の不甲斐なさを嘆く為じゃない。

目の前の男の事を赦せない。

シャーリィの事、ステラの事、水の民の事。

今まで彼がなんとも思わずに奪った全ての命の事を、赦せなかった―・・・


「ウソだろ、おい!返事してくれよ!!」


セネルが、ステラとシャーリィの名を呼び、瞬間、
球体が唐突に光を放ち始め、機械音が辺りに充満する。

ハッとした様に、蒼我砲の操作パネルを弄っていた兵が声を上げた。


「娘2人から、生体反応!まだ生きています!!」


その言葉で、一同にまだ希望が灯った。


生きている、それだけで一体、どれほどの望みが出来ることか―・・・


「ほう、さすがメルネスの娘とその姉だ。しぶとさも、相当だな。」


感心したのが、蔑むのか、そんな声音でヴァーツラフが言い、
そして次の瞬間、蒼我砲第二波の指示を声高々に宣言した。


「やらせるかあっ!!!」


セネルが立ち上がり、叫んだ。

その言葉を合図とするかのように、全員が武器を構えた。


此処で、彼女たちを殺させてたまるか。


これ以上の犠牲を出して・・・なるものか。


「ヴァーツラフ・・・決着をつけてやる・・・!!」


瞬間、セネルが拳を振り上げた。



さん・・・!」


「ジェイ!?」



接近戦を得意とするジェイが、珍しくの目の前を動かない。

驚いたように彼を見れば、彼は視線だけを動かした。


そして、その真意について、気付く。



「・・・やってみる。」



重々しく、けれども強い意思を持って、が頷いた。




その答えを聞いた瞬間、ジェイの苦無がセネルの横を通り過ぎて当たり、
ソレをガードした死角を狙い、セネルの拳がヴァーツラフの腹を抉る。


「穿孔!」


モーゼスの槍が地中から真っ直ぐに飛び出し、間一髪で交わされたものの
瞬時に背後に回りこむクロエの剣が連続的にその身体を切り込んだ。


「ノーマ!グレイブを!!」


「おっけ〜!」


の指示に、ノーマが光の灯る爪先をヴァーツラフに向け
ヴァーツラフの足元から岩山が発生する。


「ウィルさん!」

「うむ!」


ソレと同じくを狙うようにして、ウィルの放つストーンブラストが
地面から石の飛礫を発生させた。


体勢の崩れるヴァーツラフに、セネルとクロエの前衛組みが追い討ちを掛けて、
が、間合いを見つつ回復を入れる。


「くっ・・・」


苦々しげに、ヴァーツラフが呻く。

大丈夫だ、いける。

人数とチームワークで、此方が勝っている。


二回目のリザレクションを掛けながら、一瞬過ぎた思考は
それでも焦る自分自身を、薄く滲むように冷静へと変えた。


「・・・行くよ・・・!」


セネルとクロエが畳み掛けるように連続して攻撃し、
其れをガードするためにヴァーツラフが組んだ腕。


そのせいで狭まる視界の死角を、は走り抜けた。



「何!!?」



ヴァーツラフが目を見開く。


そのの姿に気を取られて、隙が出来た。


「飛燕連脚・・!」

「グゥ・・ッ」


セネルの蹴りがまともに入り、ヴァーツラフが呻いた。


それを背後に聞きながら、は真っ直ぐにシャーリィ達の元に向う。

機械を操縦する兵士は、数にして6人。


一人で、出来るか―・・・



「な、なんだお前は・・ぐあ・・!?」



クルザンドの兵士がたじろぎつつも剣を構え、
けれども、がその一人の顎を思いっきり蹴り上げる。


その衝撃によろけ、脳への振動から体の自由が利かなくなった兵士の胴体を
突き飛ばし、他の兵士にぶつける。


それだけで2人の兵士が巻き込まれ、重たい鎧に体が覚束ずに倒れこむ。

其れを確認するよりも早く、は左の鉄扇で、また目の前の兵士の
腹を打ち込み、そのまま振り切る力で身体を回転させて、背後にいた兵士の
頭を、右の鉄扇で殴打した。


「ひっ・・・」


最後の一人は短く呻き、真っ直ぐに向けられたの鉄扇にたじろいで
一歩、一歩と後退り、やがては逃げ出した。


は息をつく。


足元で呻き声がして、もう少し眠っていてもらうために、
ピコハンを上から落とした。


―― 死人は、居なかった。




背後を振り返る。


ヴァーツラフの拳がセネルのどてっ腹を抉りこみ、吹き飛ばされる反動に
クロエが巻き込まれた。


がハッとして、ブレスを唱えようとする。


しかし、ヴァーツラフの腕にモーゼスの槍が突き刺さり、
ジェイの土乱が足元を崩すと、ジェイが叫んだ。



「余計なことは気にせず、そっちに集中してください!!」


は唇を噛むと、苦々しい表情で、けれども強く頷いた。


気絶する兵士を跨ぎ、操作のパネルに向う。


背後で、戦闘音。


クロエの叫び声。

重々しい、殴打の音。

肉の裂ける高い音。


ヴァーツラフが、呻く。



「・・・っ」



それらを無視するようにして、は操作パネルに触れた。

同時に、古刻語の文字が浮かび上がり、は表情を歪める。


この世界の言葉は、自分には読めない―・・・


下手に触って、もし蒼我砲が発射されてしまったら?


けれども、このままではシャーリィもステラも、死んでしまう。


そして次の瞬間、はハッとした。


読める文字が、ある。


それは、よく見慣れた文字だった。


「日本・・・語・・・?」


パネルに表示される文字に、一つだけ浮き立って見えたその文字は
自分の国で、一般的に使われているそれだった。


何故―?


その言葉が浮かんだ時に、背後でドウッと重たい物の倒れる音。

は、疑問を振り払った。



「っエネルギー充填を解除、蒼我砲の発射停止。」



が、表示されるコマンドを打ち込む。

フッと、隣の球体の中の光が、消えた。


同時に扉が開いて、2人の体が冷たい床に投げ出される。



「シャーリィ!ステラさん・・・!!」



が駆け寄れば、2人ともまだ息のあることに気付いて、ホッとした。


2人にリザレクションを掛けると、シャーリィの傷はすぐに回復したが
ステラの方は、ブレスが流れ出てしまうことに気付いた。



は、慌ててステラの横に膝を付く。



「樹木に流るる聖なる水よ、その力行使してここに癒しの力生み出さん――・・・」



爪の先がぽうっと暖かくなり、そこからステラに向けて、柔らかい光が流れる。


ほんの少しだけ、ステラの体から傷が消えた。


何回か繰り返せば、或いは・・・!!


しかし、ステラに向ける手の先に、何か冷たいものが触れた。



「ステラ・・・さん・・・?」


が、目を見開いた。

手に触れた冷たい其れは、ステラの、か細い指だった。

を止める様に、その手に触れている。



「だ、め・・・・」


「え・・・」


「貴女は・・影よ・・・。偽りの、影・・・。
 此処であまり力を使っては・・・だめ。」



うっすらと開いたその瞳。


優しい色を湛えるのに、儚く揺れて消えてしまいそうな蒼。


揺らいで、再び閉じてしまう。


「ステラさん・・・!!」


が叫ぶ。


ステラの言葉の意味が理解できずに、困惑した。


「貴女にとって・・・爪術は、契約よ。―・・・」


「え・・・・?」


彼女が言う言葉。

そして、彼女の呼ぶ自分の名前。


その両方とに驚いて、が言う。


「忘れ・・・ないで。
 貴女は、貴女よ。他の誰でも、無いわ・・・。
 忘れ、ない、で―・・・」


その、上手く噛み合わない会話に、が顔を顰める。


けれども、ここで彼女を助けなければ―・・・



――― ・・・・・!!!



「・・・・え?」



そんな瞬間、『声』が聞こえた。


叫んでいる。


今までに聞いた事がない位に叫び、
最早言語としてすら成り立っていない、雄叫びでしかなかった。


これは――怒りだ。


怒りに叫んでいる。


怒りと・・・そして含まれるのは、嘆きだ。


何かを自分に訴えている。


何を?


「・・・・っ声・・・が・・」


訴えている、此れは―・・・


体の中で、何かが荒れ狂う。

初めてブレスを使ったときと、同じだ。

体の中で、何かが猛り狂う。

満ち潮に、力の制御が聞かなくなるその感覚。


瞬間、軽い機械音と共に操作パネルに何かが打ち込まれている。

丁度、タイピングする時の様に。


その文字は、やはりに読める物だった。



  乙女は海の嘆きを聴き
  嘆きは誓いの言霊となり約束の地へと眠った
  乙女は光の先へと出向き、神の言葉で世界を創った


その、3行の文。


意味が、分からなかった。


その下に一つ、短い文が打ち込まれる。


『貴女にとって、爪術は、契約よ』


ステラの言葉が、頭を過ぎった。



「――ぁ・・・・」



瞬間、の中で何かが爆ぜた。


「だ、め・・・」


再びステラの声が聞こえ、はその身体を止めようとするが
肝心の身体は、言う事を聞いてはくれなかった。



ふらりと、が皆の方に近づいた。



ジェイがハッとした様にそれに気付く。


こちらは気にするなと叫んだが、には聞こえていないようだった。


代わりに唄うように流れる声は、先ほどパネルに表示された―・・・


「虚空に仇成す神々の咆哮・・・」


「・・・え?」


その、彼女の声音にジェイが目を剥いた。


彼女は、果たしてこんな声を出しただろうか・・・?


幾重にも響く、重く空気を震わせるような声。


様子が、可笑しい。



無防備のままこちらに近づいてきたに、
既に膝の折れかけていたヴァーツラフが気付いた。


ニィっと、口元を歪める。


ハッとした様にセネルが手を伸ばすが、僅かに届かない。


の足元に、くるりと蒼い円が描かれ、鈍く発光する。



「っ・・・!!」


「・・・祖なる蒼き大地に罪を知れ」


「これは・・・詠唱?
 しかし、一体何の・・・・」



ヴァーツラフが、の前に躍り出る。


振り上げられる、拳。


瞬間、の瞳が光を失った。


どこまでも冷たい、彼女には有り得ないその表情―・・・


ゾっと、ジェイの背筋を冷たい汗が伝った。


彼 女 は 、 誰 だ ・ ・ ・ ・ ?


「ディバインブラゼ」


言葉は、静かだった。


まるでその場にそぐわない。


静寂そのものだった。


けれどもその静寂は、制止した水面に確かに、波紋を広げた。



「・・・・・!!!!!」



誰の物とも知れない悲鳴が聞こえた。

それはもしかしたら、己が発したものだったのかもしれないが
音無き音を孕む光が見えない圧力と共に身体を包み、
それは音でもなんでもなく、ただの感覚としてそう捉えたに過ぎなかった。


世界が、光の静寂に包まれる。


それは、静寂した狂気だった。


咄嗟に閉じた瞳にすらも焼きつく光。


それが徐々に収束して瞳を開いても、残光が邪魔して
視界は非常に悪かった。


耳が、きんきんとやかましい音を立てている。


徐々に戻る視界では、冷たい瞳をした
そのの顔の寸でで拳を固め、動かないヴァーツラフ。


時間が、止まっていた。


誰もが、息すらせずにその制止した時間の中に立っていた。


ドサァ!!と、瞬間ヴァーツラフの膝が折れて床に雪崩れ込む。


その音に、ようやくハっと皆が我に戻り、状況を理解した。


慌ててジェイがを見るが、その当の本人が呆然として
目の前で倒れ伏したヴァーツラフを見下ろしている。


地に這い、ヴァーツラフが咳き込む。


同時にゴプっと込み上げるように血を吐いて、
が「うわ!!?」とか、驚いた様子で飛びずさった。


場違いとは知れども、ジェイはホッと息をつく。


其処にいたのは、いつもの彼女だった。


「あ、れ・・・?私・・・」


呆然としたような、彼女の声。

そして、次の瞬間には、モーゼスがいつもの雄叫びを上げた。


「ヒョオオォォッ!!ワイ等の大勝利じゃ!!!」


何が起こったのかまで状況は理解できていないが、
その雄叫びにようやく、目の前の事が現実として身体に沁みてくる。


「え?あ、あれ?は??」


訳が分からないという風な

わけが分からないのは、こちらの方だ。


「よ、よく分からないが、とにかく、勝ったんだな!?」

「あ、ああ。」


クロエの戸惑うような声に、頷くのはウィル。


が、ハッとした。



「っステラさん・・・!!」


横たわる彼女は、再び瞳を硬く閉じたまま、
身じろぎ一つせずに冷たい床に倒れていた。