覚醒2 |
袋の中を見てみれば、中に入っていたのは新しい服で。 「え、ちょ、今までの服は?」 慌てて尋ねれば、 「・・・返り血が酷かったですからね。」とのお答えだ。 それでも、時間は多少掛かるだろうが、今までの服も きちんと漂白すればまた使えるようにはなるだろう、との事で。 一先ずはその言葉に納得して、用意された服を着ることにした。 「うーん・・・相変わらずスカートが短い・・・・」 とりあえず、洋服を着てみて、一言。 今回渡された服は、相当着込むタイプのものだった。 オーバーに着るのは茶のチュニックで、袖が黒のシースルー素材の物。 腰を金細工のベルトで締めて、裾は、大きく斜めに切れていた。 その切れ目から、チュニックの下に着込んだグリーンのバルーンワンピースと、 同じくその下に着た黒のワンピースが裾を覗かせる。 バルーンワンピースの胸元には幾つかの宝石があしらわれていて、 それが、僅かに洋服に色みをさしていた。 髪を結び、以前ジェイに貰ったリボンをつけて、 首元にも、同じくリボンのチョーカーを付ける。 黒いオーバーのアームウォーマーを付ければ、シースルーの素材の下から 僅かに覗いて、防寒はしっかりしている物の涼しげで、これからの時期でも大丈夫そうだ。 手首にはいつも通り、ジェミニシェルのブレスレットを付けた。 「おまたせしましたー。」 こっちの世界での服装にも慣れてきて、なんかもう驚くでもなく部屋から出れば、 外で待っていたクロエ達が、軽く目を見開く。 「こりゃまた・・・随分趣向を変えたね、ジェージェー。」 ノーマが言えば、ジェイは肩を竦めた。 「腕の変色が治りきっていませんからね。 本人も気にしていたようですし、出来れば隠せた方が良いかと思いまして。」 「確かに、その格好なら目立たないな。」 「ちゅーか何でジェー坊が嬢の服のサイズ知っとるんじゃ・・・」 「情報を集めるのが、僕の本職ですから。」 「え、ちょっと待って、今の発言見逃せないんですけど。」 流石にジェイの発言に待ったを掛けるが、本人はさして気にしていない。 ・・・此処は自分も気にしない方がいいのかもしれない。色々と。 「でも、似合っているぞ、。」 「そ、そう・・・?」 「ど〜せなら髪型も変えればいーのに!」 「でも下ろすと髪の毛が邪魔になるし・・・」 「縛り方を変えてみるだけでも、充分変わると思うぞ?」 「え、い、いいよ、とりあえず今は」 女の子の会話になりそうだったクロエとノーマに言って、 「ほら、フェニモールが外で待ってるんじゃないの?」と言えば 「・・・やっば、すっかり忘れてた・・・!」とノーマ。 ・・・確かウィルの家でも忘れ去られてたから、これで二回目。 ちょっと、酷い。 「てゆ〜か!男共もなんか似合ってる〜とか、可愛い〜、とか こ〜気の効いた感想とかないわけ!?」 ノーマが、ボケッと見ているだけの男共に向かって言う。 ハッとした様にセネルが頭を掻きながら軽く視線を逸らして 「あ〜・・・その、歳相応には見えるんじゃないか・・・?」 「・・・ねえ、それって今まで相応に見えなかったって事?」 軽く傷付くんですけど。 「ワイは今までの方が目の保養になってエエがのう」 「・・・・今までそんな目で見てたのかモーゼス!!?」 最低だ、コイツ最低だこのバカ山賊・・・!! 「以前の服よりは動きやすそうで、俺は良いと思うがな。」 「う〜ん・・・機能の面だけで感想言われても、それはそれで複雑・・・」 っていうか、この男共は、もうちょっと気の聞いたこと言えないのかしらね、ほんとに・・・ フと、ノーマとクロエの視線がジェイに向く。 「な、なんです・・・?」 タジリとしてジェイが言えば、 「此処まできたら、次はジェージェーの感想っしょ?」との事で。 「え、選んだ人間に感想を聞く方が間違ってると思いませんか・・・」 そう言えば、前回は、モフモフの皆からのプレゼントという事で受取ったのだが、 今回のコレはジェイが選んでくれたのか。 ・・・・なんか、洋服やでジェイが女の子用の洋服選んだり買ったりしてる図・・・ ちょっと、想像できない・・・・。 「・・・似合わないと思うなら買って来ませんよ。」 暫くの間の後、みんなの注目に耐え切れず、 ジェイが憮然とした様子で、そう付け加えた。 「洋服、変えたんですね。」 似合ってます、と。 大分待たせた挙句に合流したフェニモールの素直な感想に 思わず両の手とって感動した、とかはちょっとした内緒話で。 とにかく、水の民の里へ向かおう、と、一同が歩みを進める。 吹き抜ける風に、色を濃くし始めた葉々が揺れた。 気付けば春が訪れて、もうすぐ夏が来ようとしている。 この世界に来て、季節は廻る。 自分は一体、どれだけ変わったのだろうか―・・・ 「Oh Sankofa , high in the heavens you soar. My soul is soon to follow you....」 水の民の里に向かう道中は、のんびりとしていて、 道端で綻んだ花を見て、何となく、が歌を口ずさむ。 こうやって歌を歌うのは、久しぶりだ。 口元から自然に零れた歌は、今の心境をことごとく現すようなもので、 ほんの少しだけ、泣きそうになったりもしたけれども・・・ 歌に乗せて自分の気持ちを吐き出せば、 春の風を目を閉じて感じるくらいの余裕は持てた。 本当は、数人で唄った方が、音の重なりが綺麗な歌なんだけどな。 少し、残念になる。 「素敵な歌ですね。」 少し後ろを歩いていたフェニモールが、微笑んで言う。 「ありがと、フェニモール」 その穏やかな笑みに自然に浮かんだ微笑を隠そうともせずに が振り返って言った。 五月の爽々とした緑が、よく似合う柔らかな笑みだった。 「ねーねー、前から気になってたんだけどさ、 のその歌って、何処の国の言葉?」 「んー?私の世界の言葉。」 だって私、この世界の言葉知らないし。 言うと、そりゃそうだ、とノーマ。 「でも、とても素敵な曲だというのは、 歌詞がわからなくてもよくわかる。」 「うん、結構好きなんだ、この歌」 それから、モーゼスが気になったのか、会話に参加してきた。 興味津々と言った感じで、身を乗り出してくる。 「嬢の世界の言葉ってのは、あれかの、あん時装置に出た・・・」 「あー、あれもそう。 私の国では文字で表記する時にひらがな、カタカナ、漢字、英語の 主に4つの言葉を使ってるんだ。日本語っていうの。」 「え、えーご・・・?にほん・・・」 説明したら、モーゼスは難しい顔になった。 そんな様子にはカラカラと笑って。 「よく考えてみたら、の世界の事は、何も知らないんだよな、俺たち。」 「今までは、そんな余裕もなかったしな。」 「ちょうど戦争の真っ只中だもんね、バレたの。」 セネルがぼやくように言えば、ウィルも頷く。 あはは・・・と、困ったように笑うは、「でも」と付け加えて。 「私だって、この世界の事はあんま知らないよ。 まあ、少し生活してきた分、多少は分かるけども・・・」 「折角だしさー、一段落着いたら、ジェージェーに こっちの世界の文字教えてもらいなよ!」 「僕がですか?」 ノーマの提案に、高みの見物を決め込んでいたジェイは唐突に引き合いに出されて、 しかもその内容が内容だけに、思い切り不服そうな色を孕んだ。 だってさー、と、ノーマ。 「だけ日誌つけないなんてズルイぞ!」 「え、理由それなの、マジで?」 「でも確かに。一緒に色々なところを回っているんだから も付けた方が良いとは思うな。」 「そーそー。それにさー、結構コレ、の話も出てきてんのよ。 読める様になったら結構楽しいって!」 「ゑ"!?な、なんで私の話っ!?」 「なんでって・・話題満載じゃん、なんて。」 話題満載じゃんって!マジですか、そんなにネタ豊富ですか私。 「しかし、ここで生活をするというのなら、 文字が読めんと不便だろう。」 「ま、まあ、そりゃ確かに・・・」 帰れるどうかもわかりませんからね。ええ。 「・・・ジェイ、お願いしても良い?」 「・・・・別に、構いませんが?」 ジェイなら教えるのも上手いだろう、と、 ノーマの言葉に従って、ジェイに尋ねれば、珍しく簡単にOKが出た。 しかし、「その代わり」と後に続く。 「交換条件です。」 「うわ、出た。」 なんか嫌な予感してたんだよ。 ジェイがこういう面倒ごとを簡単に引き受けるなんて・・・ 「さんの世界の言葉も、教えていただけますか?」 「・・・・あい?」 「嬢の国の言葉ぁ? ジェー坊、そがあな事知って、どがあするつもりじゃ。」 「いえ、どうもしませんよ? ただ、この世界のどの文化や生活様式ともまったく違う言葉や生活、 非常に興味深いと思いませんか。」 「それは・・・まあ。」 ジェイの言葉に、セネルが僅かに頷いて。 「確かに、の家と言っていたあの家を見ただけでも 俺たちの生活様式とはまったく違う事は、簡単に窺えるからな。 ・・・一体どんな生物が居るのか・・・非常に興味深い・・・」 「あ、ああああの、一応言っておきますけどウィルさん? 私の世界に魔物の類はいませんからね!?」 「・・・いないのか?」 「いません!」 何そのスッゴイ残念そうな感じ。 なんでそんなあからさまな溜め息吐くの。 フと、気付くとジェイを抜かす全員が、驚いたようにこちらを見ていて、 「何?」と首を傾げれば、いや・・・と、クロエが口火を切る。 「魔物が・・・いない? それは、の国には・・・という事か?」 「・・・いや、多分私の世界の何処を探しても 魔物なんて生物は居ないと思うよ・・・」 熊とか危ない生き物なら日本にもいるし 世界を見ればそりゃ危険な生き物はたくさん居るけども・・・ 少なくとも魔術みたいなものを使う生き物は居ないし ゲルウレスソードとかそんな可笑しな物は居ない。 言えば、皆は尚尚驚いた顔で。 まあ、こっちの人にしてみたら、それが当然の反応だろう。 『安全な場所など、何処にもない』 そんな考え方なのかもしれない。 「そう言えば、以前さんの国では『戦争がない』と言っていましたね。」 「あ、うん。日本は戦争放棄を憲法に掲げてるからね。 他の国では、戦争も紛争も絶えないけど・・・でも 何処に行っても、人を殺せば罪になるってのは・・・常識かな。」 「戦争が・・・ない?」 「ちょ、ちょお待てぇ。 そんなら嬢、ワレ、あの戦争は・・・」 「初めてでした、当然でしょう。」 呆れた様に、息を吐く。 今思えば、自分の居た世界、特に日本は、 何て『死』から遠い世界だったんだろう。 こんな風にして傷付いて、明日死ぬかもしれない我が身を思うことなんて 普通に生活していれば、全くと言っていいほどになかった。 ・・・・父さんと母さんも、こんな思い、絶対に知らなかった。 「・・・驚いたな。 それほど平穏な国にいたというのなら、 あの様な場所で、どれ程か取り乱しても可笑しくはない」 「今まであった『常識』から全く反した事をする・・・ 辛かったんじゃないか?。」 「まあ、全くって言ったら嘘だけど・・・足手まといには、なりたくなかったしね。 それに、私の世界は私の世界!今居るのは・・・この世界なんだし まあ、いつまでも引きずってたって、しょうがないでしょ。」 言って肩を竦めれば、本当に驚いたように息を呑む皆がいて。 「・・・世界を超えるという事は・・本当に、大変な事なんだな・・・」 クロエの言葉に、は苦笑した。 まあ、確かに。 ワケ分からない声が聞こえたり、今まで使えなかった物が使えたり それまでの生活や常識、知識を全て一変するそれは、考えも及ばなかったくらいに 苦しくて、大変な事ではあった。 ・・・でも・・・ 「案外、そうでもないよ」 「え?」 「一緒に居てくれる仲間が出来れば、そんなに大変じゃないよ」 だから、今の自分は、皆に同情とか、心配とかされなくちゃならない程には 全くと言っていいくらい、苦しくはないんだ。 「って、ワケでだ。 その交換条件、受けて立とうじゃないの、ジェイ!」 「では、交渉成立という事で。 ・・・言っておきますが、間違った知識は止めてくださいよ?」 「ぐっ・・・失敬な・・・!」 本当に可笑しな常識植え込んでやろうかしら・・・ 思ったけれども、仕返しに同じ事をされたら困るのはコッチだ。 言い返す言葉もなくなって、最終的には、皆に笑われることになった。 |