覚醒3 |
「着きました。 ここが、水の民の皆がいる場所です。」 そう言われた場所は、やはり水の豊かな場所で、 しかし、は言いようのない息苦しさを感じていた。 やはりここも、結界なのだろう。 何だかなあ・・・と頬をかく。 しかし、次の瞬間、頭上から何か影が降って来て。 「!」 同時に、少女の声が聞こえた。 ハッとして上を向けば、一人の少女と、その少女を抱きかかえる 黒い翼を持つ男―・・・ 「!!?・・・と、ワルター!!」 おまけのように付け足された男は、僅かに顔を顰めたが 地面に足をつけると、セネルが驚いたように呟く。 「ワルター・・・」 その呟きは、まるで無かったかのようにして、 ワルターは腕を組みフェニモールに向き合った。 「フェニモール、何故ここにいる・・・?」 「おに・・・セネルさん達を、シャーリィに会わせようと思って・・・」 遠慮がちに言われた言葉に、ワルターの目つきが鋭くなった。 首を横に振り、セネルたちへと向かう。 「ここは通さん。帰―・・・」 「、大丈夫?目が覚めたんだ、良かったあ。 もう全然目が覚めなくて心配してたんだから。」 「あ、あの、さん・・・?」 「え、何?あ、そうだ、あとでね、渡したい物があるのよ。 落ち着いたらでいいから会いに来てね。」 「・・・・・・・」 「え、何?」 一回目はに引き攣った顔で言われスルーし、 しかし二回目にワルターに名を呼ばれると、流石にも振り返る。 ワルターは、頭が痛いとでも言うように、米神を押さえた。 「・・・少し黙ってくれ。」 「え、何で―・・・・」 「いいから。」 「?」 言葉の節々に苦労が滲み出る。 「・・・あの、何かごめん・・・ご迷惑お掛けして・・・」 「全くだ・・・」 言いつつも、何と無く、ワルターに自分と同じものを感じ取った。 のお相手、ご苦労様です。 僅かに合った目線に、お互い何か通じるものがあった。 「・・・とにかく、此処は通さん。帰れ。」 改めて切り出したワルターにフェニモールが 「どうしてですか!」と詰め寄る。 「素性の知れない陸の民を、メルネスに近づけることはできない。」 「ひっど〜!素性が知れないって何さ!」 「一緒に戦った仲じゃっちゅうに、冷たいのうワの字」 「は、陸の民じゃないのにね?」 「あの、だからさん、場を読んで場を。」 KY発言多々ですから気を付けて下さいよちょっと。 ・・・ほら、ワルターに睨まれてるじゃないのよお嬢さん。 そんな異世界2人組を横目で見つつもスルーで、 ウィルがワルターに近づいた。 そして、堂々とハッキリした声音で、言う。 「源聖レクサリア皇国、聖皇陛下の親書お持ちした。 マウリッツどのにお取次ぎ願う。」 「・・・・。」 「ワルターさん。」 が、今度は穏やかな様子で、促すように声を掛けた。 ワルターは、そんなを横目で見やり、溜め息をつく。 そっと水場に近づくと、以前、の家の結界を解いた時の様に 自らの手を振りかざした。 途端、水場が僅かに発光し、水が引ける。 瞬間、辺りが眩しく輝いて、思わず目を腕で覆った。 「・・・俺に着いて来い。」 そのワルターの声音に、腕を退かせば、 其処には、遺跡船独特な発色の良い紅い色を湛えた建築物が広がっていた。 久々に顔を合わせたマウリッツは、まず最初にワルターの非礼を詫びて。 最近、招かれざる客が多いのだ、と、僅かに苦労の滲む声音で言った。 あんな騒ぎの後だ。 シャーリィを狙う人物が現われて、ワルターの立場上、 神経を尖らせてしまうのも無理は無いだろうとは苦笑して首を横に振った。 シャーリィも呼んでくれていたのだが、やはり今は会いにくい、と言うのが 彼女の本音のようで、「忙しいので今日は会えない」という伝言を 途中から室内に入って来たがマウリッツに告げた。 「もう、あの子ったら・・・!」 「あ、フェニモール、私も行くよ」 思わず呟いて場を駆け出したフェニモールに、 も同じくしてその後を追った。 水の民にお世話になっているは、フェニモールやシャーリィとも 打ち解けるまでにはなっているらしい。 「あ、。さっきも言ったけど、落ち着いたら会いに来てね!」 最後にそう言い残して、は部屋から出て行った。 近々、禊ぎと銘打った大事な儀式が執り行われる事。 ステラの死が、シャーリィのメルネスとしての自覚を促したのだろう事。 それだけ言うとマウリッツは、用意してくれた部屋に、自分たちを案内してくれた。 返書は、すぐに用意してくれるそうだ。 は、落ち着いたら自分のところに来てくれと言っていたが まあシャーリィの所に行っているなら、しばらくはあちらの都合がつかないだろうと、 は用意された部屋のベッドに腰を降ろして、ボーっとしていた。 特に何を考えるでもなく、ぼんやりと、部屋の中に設置された水槽を眺める。 「・・・。」 「ん?」 フと、気付くとセネルが目の前に立っていて。 「その・・・ちょっと良いか。」 「?うん、構わないけど。」 言って、セネルに呼び出しをくらった。 ノーマに茶化されたりなんだりしつつもセネルに着いて 里の奥の木の下に行く。 何の用だ?とか首を捻っていたら、 セネルは少し間をおいた後に口火を切った。 「その・・・もう、身体は平気なのか?」 「ん?ああ、平気平気。」 その唐突な言葉に僅かに思考が遅れてマヌケな声を出して、 すぐに、笑って腕を振って見せた。 その様子に、「そうか」と、セネルがわずかに笑う。 「は・・・水の民じゃないんだよな・・・」 「そのハズだよ? ワルター達の話を聞くに、陸の民でもないっぽいんだけどね。」 「・・・それなのに、遺跡船の装置を起動させたり出来るんだな・・・」 「・・・だね。よく、わかんないけどさ、私も」 湖の澄んだ水を眺めながら、が答えた。 本当に、何でまたこんな事になったんだろう。 力をなくした、というシャーリィ。 そのシャーリィの代わりの様に、望まずと装置に取り込まれる。 不思議な声を聞き、見たことも無いブレスを使い、そして・・・ 「なあ、」 「うぃ?」 「お前のその・・・・海水が駄目なのって、昔からか?」 「・・・・・・。」 は、首を横に振った。 ――まるでシャーリィの様に、海水に触れる度、僅かではあるが熱を出す。 その事が実際に起こったのもまだ数度、片手で足りるだけではあるのだが それでも、これだけ色々な事が重なってくると、あの発熱も やはりそのせい、としか言いようも無い。 僅かに自嘲的な色を含んで、が微笑った。 「多分、この世界に来てから・・・かな。」 なんでこんな事になったのか、自分が聞きたいくらいだ。 声が聞こえるようになったのも、爪術が使えるようになったのも。 この世界に来て、自分は可笑しくなってしまったみたいだ。 「・・・・そうか。」 セネルが呟くように、そう返答した。 僅かに、間が空く。 その無言の居心地の悪さに、僅かに身を捻れば セネルがクシャクシャと、少し乱暴に髪を撫でた。 「っう、わあ・・!? ちょ、セネル、何・・・・!?」 「あんま、無理はするなよ、。」 「は?」 「・・・・目が覚めてから、無理してるのがまる分かりだ。」 その言葉に、僅かに目を見開いた。 驚いたようにセネルを見れば、 「ステラの事に全く触れないのも、却って不自然だぞ」と。 困った笑いを見せられて、は思わず視線を逸らす。 そんな笑みを見せられても、こっちが困る。 「・・・ステラをあんな風にしたのは、ヴァーツラフだ。 ・・・・のせいじゃない。」 「結果的には同じじゃないかな。 私が居なければ、蒼我砲も撃たれなかったかもしれない。」 そんな仮定、意味が無い事もわかっている。 現にゲームの中では、自分が居なくたって蒼我砲は撃たれて、彼女は死んだ。 それでも実際は、『自分が居たから』蒼我砲は撃たれたのだ。 「・・・・言っとくけど、謝らないからね。」 「は?」 暫くの間の後、が言った。 セネルが少しマヌケな音を孕んで聞き返す。 は手摺に頬杖を付いて、 出来るだけ湖の水面が反射する光に意識を集中させて、言った。 「ステラさんを殺してごめんなさい・・なんて、さ。 言われたって、困るでしょ。」 「・・・まあな。」 「しかもセネルの事だから、言われたらぜーったいに許しちゃうだろうし。」 「否定はしないが・・・」 「っていうか出来ないでしょ。」 言って、くすくすと笑うに、セネルも少し情けない顔で笑い返した。 きっと、傍から見れば自分たちは、無理に笑いすぎていて痛々しいんだろう。 そんな笑みを、2人で浮かべて。 「・・・ありがとな。」 セネルは、言った。 その言葉に、目を見開いたに、セネルもまた湖に目を向けて言う。 初夏に近い薫りを含むの風が、その銀の髪を揺らして。 キラキラ光る湖は、何か素敵な宝石を、幾つも隠し持っているみたいに綺麗だった。 「シャーリィを助けてくれて・・・ありがとう。」 「あ、あれはみんなが・・・」 「ああ、シャーリィは、みんなで助けた。そして、も『みんな』の一人だ。 オレは・・・今回協力してくれた『みんな』に感謝してるし・・・ それはもちろん、にも、だ。」 そう言ったセネルの笑みに、まだ僅かに影が注しているのはわかったけれども それでも、この一瞬だけ。 湖に向けられたその視線の中に、 ステラの幻影が消えていることにも、は気付いた。 フと、湖に向けられていたその瞳が唐突に、 真っ直ぐな色のままの方を向いて、ガラにもなく心臓が飛び上がる。 「ほら、いつもみたいに笑えよ。 そうじゃないと、ノーマだって一緒にモーゼスの事をからかえないし、 ウィルだっていつもみたいに怒れないだろ? そうじゃなきゃクロエに泣き付くいつものパターンだって無くなるし、 ジェイに呆れられる事も無くなって・・・俺たちのペースが、おかしくなる。」 そう、言われて。 自分だって、まだ心の整理が付いてなくて、苦しいだろうに。 彼は、笑って。 ・・・も、少し困ったように、笑った。 「本当に、セネル達の方が年上なのに、世話が焼けるなぁ。」 「お前みたいに個性の強い奴が、ガラにも無い顔してるからだ。」 「こーんな極々一般的な女の子に向かって、失礼な。」 「嘘つけよ。」 「むー・・・」 少し拗ねたように口を尖らせれば、セネルは笑った。 もう、日が暮れた。 そろそろと、用意された部屋に戻った方がいいだろう。 それに、に会いに行かなくては。 「ねえ、セネル。そろそろ―・・・」 戻ろうよ。 そう言おうとした時、背後から足音が聞こえて、振り返る。 ジェイが、いた。 「ジェイ、どうしたんだ?」 セネルが問えば、ジェイが一枚の紙を差し出してきて。 ほぼ反射的にセネルはそれを受け取る。 「先ほど、部屋にセネルさん宛ての手紙が届きまして。 届けに着たんですよ。」 「・・・・フェニモールからだ。」 「何々、ラブレター?」 「アホか。」 ペシっと、少しふざけて言ったの額を軽く引っ叩いて、 ジェイから受け取ったその紙を、セネルは読み上げた。 「裏庭にお越しください。ただし、お一人で・・・・」 「裏庭って・・・ここじゃないの?」 「位置的に言ってそうでしょうね。」 言ってから、ああそうか、此処はシャーリィの・・・と気付いて。 流石に、これ以上からかう様な気持ちには、なれなかった。 「・・・じゃ、セネルはここで待ってたほうがいいね。 一人でって書いてあるし、私とジェイは先に戻ってるよ。」 「・・・すまない。」 「なーんでセネルが謝るかなぁ。」 言って、は笑った。 それから、行こ、ジェイ。と、2人で並んで歩き出して。 「あー、セネル。」 「何だ?」 「・・・・自分の気持ちには、正直に・・・ね。」 「?ああ。」 よく分かって無さそうな返事をするセネルに なんとも言えずには苦笑して。 今度こそジェイと一緒に、用意された部屋に戻るための道を辿った。 「何話してたんです?」 「んー・・・まあ、色々と。」 何となく答えれば、ジェイはそれ以上何も言ってこなかった。 暗闇の中、ジェイが僅かに先を歩く形になる。 シャーリィは、もうセネルに会ったかな。 セネルは、一体どんな気持ちでそれを受けるんだろう。 『シャーリィを助けてくれて・・・ありがとう』 そう言った時の笑みが、フっと、脳裏を掠める。 自分たちの部屋はもう目の前にあったけれども、 思わず、立ち止まった。 「・・・さん?」 気付いたジェイが、少し不審そうに呼びかける。 「・・・あー・・・・やっぱ・・・無理だ。」 「は?」 振り返ろうとしたジェイは制して、その肩に、額を乗せた。 「・・・・ごめん、ちょっとだけ・・・肩貸して。」 言ったに、ジェイが僅かに何か言おうと息を呑む音が聞こえたけれども・・・ 「・・・・さっさと泣き止んでくださいよ。」 最終的には、そう言っただけで、黙って肩を貸してくれた。 「・・・・ありがと」 シャーリィは今頃、どうしているだろう。 セネルはどんな答えを返しているんだろう。 自分はあんな優しい言葉を掛けてもらえる立場には、無いのに。 『あの2人を、助けてあげてね』 そう言って、散っていった光の羽。 ・・・セネルと一緒に、彼女に心を捕らわれ続けるわけにはいかない。 でも、彼女を忘れるわけには、いかない。 「・・・・・頑張るよ、私」 誰にでもなく、は呟いた。 私は私のやり方で、この罪を償おう。 ―― いつ誰が許してくれるのかは、分からないけれど・・・ |