泣き止んだは、僅かに目を腫らしていて、
それでも、友人に会いに行って来るから先に部屋に戻っていてくれと
そう言い置いて、また一人、違う場所へと向って行った。



自分は、その背を黙って見送った。



彼女が無理をしているのは、知っていた。

目覚めてからの彼女は、明らかに無理をして、
『いつも通り』を演じていて、それが逆に、不自然さを際立てていた。


それでも、彼女の事だから。


ステラの事について罪を感じているのだろうことは、すぐにわかった。


恐らくは、彼女の世界のゲームでも、彼女は同じ末路を辿ったのだろう。


は、彼女の最期を知っていた。


だからこそ、尚の事今回の事について罪を感じていた事は
今までの数ヶ月間を共にしてきて、容易に想像の付く事だった。


そうして、夜が深ける。


セネルが可笑しな様子で部屋に戻ってきても、彼女は戻ってくる気配が無くて、
「今までゆっくりと時間も取れなかったのだ、積もる話もあるのだろう」という
ウィルの話に、他のみんなは納得したようだったが―・・・


結局、ジェイは眠れなかった。


胸騒ぎ、と言ったら、多少大げさと取られるかもしれない。


きっとノーマに言えばからかわれるに違いないんだから、言葉には出来なかったけれども―・・・


夜が明けて、窓から朝日が差し込む。


朝日が赤みを消し色を落ち着かせる時刻になっても



は結局、戻っては来なかった。








白いエリカの彩る夜に
覚醒5












が倒れたぁ!!?」


朝一番にワルターから入って来た情報に、ノーマのあげた第一声は、それだった。

何でも、部屋の前に倒れているが見つけたのだとかで、
が付き添って、街の病院に搬送されたのだそうだ。


結局は病み上がりの身体に無理が祟ったのだ、と、誰も疑いはしなかった。


そして、その後に彼の口から発せられた、
「ヴァーツラフの残党が見つかった」と言う言葉に、自分たちも共に行動する事になった。



「ね〜ジェージェー、
 について、街に戻ってあげなくて良かったの?」


道中ノーマが聞いてくる。


「どういうことです?」


「だって、この世界じゃジェージェー以外
 頼れる人っていないんしょ?」


さんが付いててくれてると、ワルターさんも言っていたじゃないですか。」


「何じゃぃジェー坊も冷ったいのお。
 フツー惚れた女が倒れたっちゅーたらすぐにでも飛び出すじゃろーが。」


「本当にしつっこいですねモーゼスさん・・・そんなに言うなら
 モーゼスさんがすぐに飛び出してあげたら良いんじゃないですか?」



くだらない事言ってないでさっさと行きますよ。


言って、ノーマたちの前を歩く。


ノーマとモーゼスが背後で顔を見合わせるのは気配で分かったが
一々構ってもいられずに無視した。



よく考えてみれば、自分がセネル達と行動を共にするようになってから
初めての別行動だな、と思う。


彼女がセネル達と共に行動して、と言う事は今までずっとあった事だが
逆に、自分が彼等と共に居るのに彼女がいない、と言うのは初めてだった。


それは言うのであれば、自分が初めて経験する『彼女の世界の本来あるべき姿』であって、
初めて経験する、『の居ない皆』だった。


「モーすけがしっかりと、あたしの援護をしてくれないから!」

「十分にしとるじゃろうが!」

「じゃあ次から、あたしの盾もよろしく。」

「ふざけんな!」


ノーマとモーゼスがひたすらに馬鹿な話をして盛り上がっている。


けれども、ただそれだけで、
自分が知っている限りの盛り上がりは、見せなかった。


それだけ、今まで彼女がこのメンバーの中に馴染んでいたという事なんだろう。


何だかいまいちペースの可笑しい一同に、何と無く重たい息を吐き出すように
ついた溜め息は、思うよりも暗鬱な色を孕んでいた。











「・・・・・・っ」



波の音にが目を覚ますと、其処は見慣れない紅い遺跡の地面で、
頭が鈍く痛んで漏らしそうになった息は、布に吸い込まれていった。


身体の自由が利かない。

縛り付けられるロープのせいだ。



息が上手くつけない。

口元に巻かれる猿轡のせいだ。



昨夜から、記憶が定かではない。



昨日、の部屋に行こうとして―・・・・



「目が覚めたかね、君。」


「っ!!」



随分と低い位置にある視界に映った靴に、が目を見開く。


その声は、よく聞きなれたマウリッツのものだった。

其処まで来て、ようやく思い出す。


昨日の夜、ジェイと分かれての部屋に行こうと暗闇を歩いていて・・・・


背後から、誰かに襲われたことに。


結界に守られた、限られた者しか入れない場所で襲われたのなら
恐らくその襲った人物と言うのが水の民である事は容易に想像も付く。


そして、今の状況―・・・・


水の民が、まるでシャーリィを取り囲むかのように見つめている。


フと、フェニモールがこちらを気にするように見ていて落ち着かない様子で。


シャーリィはと言えば、海に向って
ひたすらに祈るかのように手を組んでいた。



これは・・・・



託宣の、儀式。



地面に転がされ、マウリッツに見下ろされながらも、は精一杯にマウリッツを睨む。



「・・・やはり、君は知って居るようだ。
 今行っているこの儀式が一体、何であるのかを。」



「・・・・・・・。」


君は、この世界の事はまるで知らなかった。
 ただの影の少女でしかなかった」


「・・・・・。」



『影』


また、出てきた。


最初にその単語を言ったのは、あの声だった。


次に、ワルター。


その後では、ステラが言った。


そして、今またマウリッツがその単語を呼ぶ。



「彼女は爪術も使えなければ、声も聞こえない、
 ただの不幸な影でしか無かったよ。『ハズレ』だ」


「・・・・・。」



「だから、この儀式が終わると同時に、陸の民への宣戦布告として
 彼女は殺す予定だったのだ。」


「!」



「今まで我々が受けてきた苦しみがそれで晴れるわけではないが、
 我等が同胞が無惨に殺され、そして弔う事すら出来なかったその恨みを
 まずは身近に居た彼女に、味わってもらうはずだった。」


「・・・・・。」



猿轡の下、思わず唇を噛みしめる。


陸の民でもなければ水の民でも無いと、ワルターは言っていた。


向けられる矛先は、見当違いもいいところだ。


そして多分、この老人も其れを知っている。


だから彼はを『不幸な影』と呼んだのだ。



「その彼女も、昨晩、友を置いて逃げ出したがね。」



結局は愚かな人間よ。


まるで蔑むかのように言って、マウリッツは哂った。


噛み締める唇が切れて、猿轡に血が滲んだ。




――― 我が、声を



「っ」



その時、またあの重々しい声が聞こえて、は顔を顰める。


別に、今更驚く事でもなかった。


その声は、この世界に来たときから常に聞こえ続けていて、
そして身体に馴染んでいく。


初めてブレスを使ったとき、見たことも無いブレスを使ったとき、
この声はいつでも聞こえていた。


正体は、間違えようも無い。



「君には聞こえているのかね、君。
 蒼我の、声が―・・・・」


「・・・・・・。」


「・・・逃げようなどと言う気は、起こさぬようにしてくれよ。
 大人しくしていれば、これ以上の危害は加えぬつもりなのだから。」



信じられるわけが無い。


先ほどの話を聞いて、目の前の奴等の言葉を信じようと思えるほど
自分は善良な人間には出来ていない。



精一杯に、目の前の男を睨んだ。



マウリッツは一つ、鼻で笑うと
すぐにに背を向けて、再び祈り続けるシャーリィに目を向けた。



―――― ジェイ・・・・


届いて、ジェイ。


ポゥッと、腕に付けたジェミニシェルに小さな明かりが燈る。

それは日の光の下、気付く者はいなかったけれども―・・・



―――― お願い、早く・・・・



早く来て、早く気付いて


また、手遅れになる前に―・・・・