ジェイ達は今し方来たばかりの道を戻っていた。

隠し砦にヴァーツラフの残党の姿など無く、あったのは
ただ水の民の無惨な拷問後と、それに関する人体実験の研究資料のみ。


つまりは、自分たちは水の民である彼等にしてやられたのだ。


本来の目的は恐らく、陸の民のしてきた無惨な仕打ちを見せ付ける事と
シャーリィから自分たちを遠ざける事。


なら、が倒れたというのは―・・・・


「ん?ジェー坊、何じゃ腕んトコが光っちょるぞ。」


「あっれ?それ、セネセネ達が持ってんのと同じ・・・?
 確か、がお揃いで持ってたよね?」



モーゼスに言われて、腕に付けたジェミニシェルが光ってる事に気付いた。


思わず、それを手に取る。



が目覚めた・・・という事か?」


「いえ・・・。」


恐らくは、違うだろう。


いや、勘違いならそれで良いのだ。


其方の方が、幾分だっていいのだ。


――けれども・・・・



「・・・今回ばかりは、誤魔化しようもありませんね。」


「え?」


「嫌な予感がしますよ。とても、ね。」



無事でいて下さいよ。


祈るように、輝き続けるジェミニシェルに呟いた。









白いエリカの彩る夜に
覚醒6














そいつ等は、唐突にやってきた。


シャーリィが祈りを捧げている、その最中。


鎧に刻まれた紋章が見えて、それがクロエの国の物である事はすぐにわかった。



聖ガドリアの騎士が、攻め込んできた。



の体が持ち上げられ、立たされる。


唐突な事でよろけ掛けて、
煌髪人の男がしっかりとバランスを取ってくれた。


「大丈夫か?」と普通に声を掛けられて、それを意外に思いながらもは、
ガドリアの、恐らく騎士の中でも位が高いのだろう人間を睨み据えた。


「お前が、メルネスことシャーリィか。」


傲慢と、ソイツが言う。


「だ、誰ですか、貴方たち・・・!?」


「我々水の民の神聖なる儀式を土足で踏みにじるとは。
 これが陸の民のやり方か・・・?」


すぐ横に立つマウリッツが、怒りに震える声音で言った。

の体を支える水の民の男も、怒りに唇を噛み、
恐らく無意識だろう、の肩を掴む指先に力が入り思わず顔を顰めた。


「相手が人なれば礼も尽くそうが、貴様等はそうではなかろう。」


その言葉には、流石のも目を見開いた。


人ではない・・・?



今こうして、自分の肩に触れている体温を知って、言っているのか


今こうして、彼等が感じている怒りを知って、言っているのか



思わず叫んでも、布に音を吸われるだけで「うー」とか「んー」とか
そんな音にしかならない。


クソッ、なんで猿轡なんか噛まされてんだよ自分・・・!



「メルネスことシャーリィ。
 クルザンド王統国と結託し、我が国に敵対した罪により、逮捕する。」


「!?」


「シャーリィを逮捕するですって・・・?」



フェニモールが、信じられないという風に、首を横に振る。


シャーリィとステラが蒼我砲を操っていたという証拠を掴んでいると
ガドリアの騎士団長は言い放ち、シャーリィは被害者だと、フェニモールは主張した。






「申し開きは、我が国の法廷でするが良い。」






言って、ガドリアの騎士達は剣を抜いた。


同時に、今まで脇で控えていた水の民たちが、シャーリィの前に立ち塞がる。


「皆さん・・・!?」


戸惑うように言うシャーリィに、水の民男が言った。


「長と共にお逃げください、メルネス様・・!」

「あなたは我々水の民の希望なのです・・・!さあ、お早く!!」

「お前も、さんも連れて早く・・・!」



最後の一人が、自分を支える男に向けて言い、男は頷き踵を返そうとするが
すぐに、ガドリアの騎士に行く手を阻まれて動けなくなった。



何で、自分まで助けようとするのかは謎だ。


けれども、少なくとも今、この場で自分が向うべき相手は・・・・


目の前の、ガドリアの騎士だけだ。



が首を振って何とか猿轡を取ろうとする。


「お、おい、何を・・・!」


「―――!!!」


ロープなんか取れなくても、自分にはブレスだってある。

この猿轡さえ、なんとかなれば・・・!



「抵抗する者はこの場で斬る。かかれっ!!」



騎士団長の声と共に、騎士達が動く。


「ぎゃあああぁぁあぁ!!」


同時に、水の民の身体に、ガドリアの刻印のなされる剣が突き立ち、
彼等の白を基調とする服が、瞬時に赤く染まる。


剣を引き抜くと血が飛沫となって散り、騎士の鎧を赤く染める。


「ひっ・・・・!」


フェニモールが低く呻き、その目の前で、また一人の男が突き刺され倒れる。

嘆くように口元を押さえた女に、団長が更に剣を向けた。



「女だろうと、容赦はしない。」


「やめて・・・!殺さないで・・・!!」


「っ!!」



其れは、ほんの一瞬の事。


騎士団長の剣が振り翳され、咄嗟の事に、シャーリィが飛び出す。


それを瞳に捕らえたフェニモールが、シャーリィに抱きつくように
身を剣にさらした。



断末魔の悲鳴が、上る。



血が、の頬を打った。


生暖かく、緩やかな頬のラインに沿って線を描く。

口元の近くまで落ちると、白い猿轡にツッと染込んでいった。




「え・・・・?」



シャーリィの、声。


フワリと、フェニモールの体が戸惑うように揺らぎ、シャーリィに凭れた。



「フェニモール・・・・?」


「シャー・・・リ・・・ィ・・・」


「うそ・・・・フェニモール・・・・っ!!?」



じわりと、彼女の身体に血が滲む。

それを見た瞬間、頭にカッと血が上った。



布に音を奪われながらも、が何事か叫ぶ。


「っ大人しくしろ・・・!!」


無駄と分かっていても、自由の利かない両手を振り回して
男に押さえつけられる身体を必死に捻った。



恐らくは、その弾み。




(・・・・取れた・・・!)



元々結び目が弱かったのだろう。


パツンっと、何か僅かに弾ける音と共に、猿轡が取れ
口元が自由になる。


「樹木に流るる聖なる水よ―・・・!!」



しかし瞬間、頭に重たい衝撃が走った。

の体が男の手を離れ再び地面に伏す。


目の前にカツンっと下りてきたのは、マウリッツの杖の先で、
マウリッツが手に持つ杖での後頭部を殴り倒したのだと
思考の停止しかけた頭が理解した。


後頭部がジンジンと熱く痛み、首筋に、何か生暖かい物が滑り落ちる。



「長・・・!?」


男が驚き、地面に手を付いてを覗き込む。


「・・・余計な真似はさせるな、押さえておくのだ。」


「っあんた・・・は・・・アンタは・・・・!!!
 同じ水の民でしょ・・!?フェニモールを、見殺しにする気・・・!!?」


「我等は一人の同族を気遣うより、やらねばならぬ事があるのだ。」


「ふざけんな・・・!!一人の同族も助けられずに
 一体何を助けようってのよ・・・」


「知った風な口を利くな、偽りの影が・・・!!」



「――――っ!!」


マウリッツの杖の振り上げられ、先端がの頬を裂いて地面に突き立った。


頬の薄い皮が切れ、紅い地面の上に、更に紅いものがじわりと滲んだ。



シャーリィが、誰かフェニモールを治してと、叫ぶ。


が地面を這うようにフェニモールに近づこうとすると、
先ほどまで自分の体を支えていた男が、其れを制した。


「っお前も・・・・!」

「・・・すまない・・・っ」

「放して・・・!
 私には、彼女を治せる力があるの・・・!あるんだよ・・・っ!!!」




何で、大事な時にいつも自分は、使えないんだ。


何で大事な時にばかり、いつも、いつも、いつも・・・・!!!!



「これは一体・・・・!!」



ワルターの声が振ってくる。


セネル達を隠し砦に置き終えて、戻ってきたんだ。


「おのれ・・陸の民共・・・!!」


「ワルター、お前も落ち着くのだ。」


「マウリッツ・・・!?何故とめる!!」


「何もせず状況を見守るのだ。願っても無い好機かもしれん。」


「何だと!?」



マウリッツのその言葉に、その場に居た全ての人間が見るに徹する。


「どうして誰も来てくれないの!?ねえ!!」


シャーリィの声だけが、虚しく通り過ぎる。

「ごめん、シャーリィ」と、フェニモールの声が弱々しく紡いだ。


「傍にいてあげるって・・・言ったのに・・・」


「フェニモール、大丈夫だよ。今治してあげるからね・・・?
 こんなの大した傷じゃないよ!絶対助かるから・・・。ね?」



シャーリィが一層その身体を抱く。

けれども、フェニモールは首を横に振って。


耳を貸して、と。


「あたしからの・・・最期の祝福・・・」


「そんな、やめてよ!
 最期だなんて、死んじゃうみたいに言わないで・・・!」


「早く・・・耳・・・。」



――― 幸せに、なりなさい。
    何が何でも、全力で、幸せになりなさい。





「・・・・フェニモール・・・・?」




彼女の手が、紅い地面の上に落ちる。


もっともっと濃い赤に、服を染めながら。


シャーリィの声にも、もう反応しない。



が、呆然とその様子を見ていた。



―― 自分は、何をしていた・・・?


ただこうして、見ているだけ。いつだって、そう。


―― 自分に、何が出来た・・・・?



彼女の傷を治す事も、目の前の男を殺す事も、出来た。きっと。





「無闇に抵抗するからこうなる。」


「・・・・っ!!!」




男の言葉に、頭の中で何かが爆ぜた。


それは、艦橋の時と同じ。


『声』が、叫んでいる。


「蒼き、海よ・・・・」



震える声が、紡ぐ。


ハッとした様に男の手が伸びるが、それを振り解く様に逃れ、



の声が数歩、早く届いた。



「穢れし魂 汝の名の下に裁かれん。罪深き者、悠久の地にて裁きを受けよ・・・!!」



ジャッジメント――・・・・!!


が、叫ぶように詠い上げた。


騎士団長が、その聞きなれないブレスに
怪訝そうな顔で振り返るその瞬間。


天空から、光の柱が降り注いだ。



「な、なん・・・うわ!!?」


幾つも、幾つも、天空から降り注ぐ光の柱に
騎士団が逃げ惑う。


その頭上を光が刺し、瞬間、体が膨張し弾け飛ぶ。


光を受けた騎士から順に人としての形を失くし、
それはただの細切れた紅い肉と、グロテスクな中身のみの物体になって
地面に落ちていった。


祭壇に集まるように引かれた白いラインを塗りつぶすように
地面が、赤く、赤く、染まっていく。



「ひ・・・っ」



やがて光の柱が消えると、生き残っていたらしい騎士団長が情けない声音で
短い叫び声をあげた。



「「声が・・・聞こえる・・・・」」


とシャーリィが、同時に言った。



声が聞こえる。


自分を呼ぶ声。


猛々しく、自分を呼ぶ。


―― 我が声を、我が恨みを、我が憎しみを、我が憂いを・・・・・



「・・・・・呼んでるのは―・・・」




自分か、シャーリィか・・・・?