白いエリカの彩る夜に
打ち捨てられた地で1












其処は、惨状だった。


地面は、今までの遺跡船とは違う、深い赤に染まり
所々に、ピンク色をしていたり、ドス黒い色をした何かが浮いている。


その真ん中で、とシャーリィとが立っていた。


その光景を見た一同が、息を呑む。



「っ・・・!?」



それは、有り得ない光景だった。

陸の民でも、水の民でもないと、以前言われていた少女。


その少女の体が、隣にいるシャーリィと同じように、蒼い輝きを放っていた。



「っさん・・・!!」



その光景を見ると同時に、ジェイは走り出していた。



その腕を引き、身体を引き寄せる。


腕の中に納まるその体が力なく崩れ、はっとした様子でジェイの事を捕らえた。



「・・・じぇ、い・・・?」


ゆっくりと、その表情が緩み、光も消えていく。


ほっと、ジェイが息を吐き出した。


そして、ポケットから出した小刀で、手の自由を奪っていたロープを切る。


ハラリとロープが落ちて、ようやく身体に自由が戻った。


頬に滲んでいた血を拭うと、僅かに顔を歪める。



嬢・・・!?何でワレがこんなトコに・・・」



モーゼスが驚く声を出し、は、まだ僅かに意識がぼんやりとしているのか
頭を軽く振っていた。


「何でって・・・昨日私・・・」



「シャーリィ・・・!!!」



記憶を辿り説明しようとするの声を、セネルが止めた。


そして、そのセネルの声に、ジェイがすぐ近くに居るシャーリィに視線をやり
呟くように、言った。


「この光り方・・・まさに『輝く人』・・・。」



「シャーリィ、一体どうしたんだ・・・!?」



尋ねるセネル。


すぐに、その足元に横たわるフェニモールの姿に気付いた。



「うそ・・・なんでフェモちゃん倒れてんの!?ねえ!!!」



はそっと目を瞑る。


ジェイに抱かれる中で、手を握り締めた。



自分は、また―・・・・



「フェニモールは死んだ・・・!
 貴様たち、陸の民のせいでな・・・!!」


「死んだ・・・フェニモールが・・・?」


「っ回復をさせなかったのは、あんた等水の民だ・・・・
 フェニモールを、シャーリィが目覚めるための道具に使ったのは
 アンタだ、マウリッツ・・・!!」


さん、どういう事です・・・っ
 っ落ち着いてください・・・!」


泣き叫ぶように言い放ち、殴りかかりそうな勢いで言う
ジェイが慌てて止めた。


クロエが怒りに、腰を抜かしていた騎士団長に詰め寄った。



「アレは一体どういう事だ・・!
 貴公等は、罪も無い人々を殺めたのか・・・!?」


「あいつ等は人ではない、化物だ!!
 先ほどのソイツや、あの光っている女を見れば分かるだろう!!」



にも向けられた矛先に、ジェイの腕の力が強くなる。

セネルが、低く唸るように男を見た。



「お前・・・今、なんて言った・・・?」


「フンっ怒ったのか?
 化物を化物と言って、何が悪い!」


「この野郎・・・・!」


「情けない・・・!
 それが正義の担い手たる騎士の言葉か・・・!」



しかし、騎士団長は平然として、クロエを指差した。

卑怯にも、わざわざ『ヴァレンス』の名を出して。



「クロエ・ヴァレンス!命令である!!
 メルネスことシャーリィを討ち取れぃ!!!」


「何だと・・・!?」



「私は国王陛下より全権を委任された。
 私の言葉は、陛下の言葉なるぞ・・・!!」



クロエの息を呑む音が、聞こえる。

騎士としての名と行いを重んじるクロエが、
仲間との狭間でゆれているのが手に取るように分かった。


ワルターが、何かを諦めるかのような目で冷たく見ていた。



「それが、貴様たちの本音か。
 セネル。貴様も内心では、メルネスを化物と思っているのだろう?」


「そんなハズあるか!」




言ったセネルは拳を握り、目の前にいた騎士団長を思い切り殴り飛ばした。


「ぎゃああ!」と、情けない声を出して、
の作り出した血溜まりの中へと身を沈める。


その情けない様に、ほんの僅かだがスッと晴れる心は感じたが
フェニモールを、多くの水の民を殺したこの男を、許せるはずも無い

こんな程度では、まだ、足りない――


これが、憎しみか。


水の民が、長年感じていた苦しみか


否、これより何倍もの―――


場違いな様に思うと、どうしようもなく泣きたくなって
それでも、マウリッツ達も、許せようもないのだ。


「これが、俺の答えだ。」


そうして、再びシャーリィに向き合い、語り掛け名を呼ぶ。


その瞬間、シャーリィから溢れていた光が収まった。


同時に、に聞こえていた蒼我の声も、止まる。


不自然なほどに、静寂だった。



「シャーリィ・・・?」



今まで黙っていたマウリッツが、笑う。

その笑いに、ジェイがゆっくりと距離をとるように、
を連れたまま後ずさった。


「ちょっと!そのイヤ〜な笑いは何!」


「託宣の儀式は成功した。新たなメルネスの誕生だ。
 ・・・もしもの時には使おうと思っていたが、
 必要は無かったようだな、偽りの影よ。」


言ってに向けられた視線の意味を、自分は知らない。



「目覚めよ!大いなる蒼我の代行者、
 我等が導き手たるメルネス!!!」


その瞬間、再びシャーリィが強い輝きを放ち、
その背後に、天使を思わせる光の翼が作られる。


蒼い、輝き。


いつかに見た、水の輝き。



「あれは・・・シャーリィの・・・テルクェス・・!?」


「これがメルネスの・・・本当に姿ですか・・・?」


「シャーリィ、力を取り戻したのか・・・?」



セネルが問うが、何も答えない。


同時に、一つの風が吹き、肌を何か圧迫感が通り過ぎた。


クロエが息を呑む。


「何だ、この威圧感は・・!?
 今までのシャーリィと、違いすぎる・・・!」



とうとうこの時が来たのだ、と。


マウリッツは高らかに言う。


水の民が四千年にわたり待ち望んでいた時が、来たのだと。



「・・・・ジェイ・・・」


「?」


「声が・・・聞こえない・・・・」


「え?」



腕の中のが、震える声で言う。


指先が白くなるほど、握り締めた手。


けれども、それに負けないくらいに、その顔は蒼白だった。



「蒼我の声・・・今までずっと、聞こえてたのに。
 この世界に来てから、ずっと・・・・
 なのに、聞こえない・・・もう私には・・・聞こえない・・・・」



さん・・・?何を言って・・・・」



「メルネスは既に、誕生したのだよ、君。
 もう君に語り掛ける必要は、無くなったのだ。」



所詮は偽りの影でしかなかったという事だ。


マウリッツの言葉。


次の瞬間、シャーリィが手を振り上げた。

同時に、ワルターの髪が青く輝き始める。


以前、毛細水道の中で見たのと同じ、輝く蒼。


そしてまた同じくして、マウリッツの髪が輝き始める。


「メルネスの目覚めにより、蒼我が活性化しているのだ。」

「それが我々にとって、この上ない祝福となる。」


ワルターがゆっくりと、構えを取る。


「今の貴様たちは、俺の敵ではない!」


言った瞬間、青い光が爆ぜた。

爆風が身体を飲み込み、見えない圧力に吹き飛ばされる。


「っぁ・・・!?」


それぞれが紅い地面の上に伏し、何が起こったのか、分かっていなかった。


「格の違いを思い知ったか」とワルターの声。



「セネル・・・ようやく、貴様を殺せる時が来た。」



ワルターが一歩、セネルに近づく。


「待て。」


冷たい声が、それを制した。

それがシャーリィの声だと理解するまでの時間が、必要だった。


シャーリィが祭壇を下り、ワルターの隣に立つ。



「シャーリィ・・・?」


セネルが呼ぶと、シャーリィは「その名で呼ぶな」と、冷たく言い放った。


「何だって?」


「私はメルネス。蒼我の声を聞き、その意思を代行する者。」


「シャーリィ、どうしたんだ?様子が変だぞ!?」


「その名で呼ぶなと言っている。」



そして一呼吸置くと、ゆっくりとセネルをその蒼い瞳に捕らえる。


何の感情も映していない、蒼い、瞳で。



「私はもはや、お前の妹を演じていた私ではない。」


「馬鹿な事を言うな!
 何があろうと、シャーリィはシャーリィだ・・!」


そういった瞬間。


シャーリィの表情がかすかに歪んだのを、は確かに見た。


けれども「黙れ」と、すぐにシャーリィは『メルネス』へと戻ってしまう。



そして、その言葉に僅かに『シャーリィ』を出した事を忌々しく思うかのように
シャーリィは手を振り上げ、瞬間、セネルを光の球体が包む。



「ぐああああぁあ!!」



球体が感電するかのように強い光を放って、セネルが叫んだ。


「っセネル・・・!」


が叫び、思わず近づくと、球体は消えた。


セネルが、血の広がる地面に膝を付き、倒れた。


「大丈夫!?っキュア・・・!」


その身体を抱き上げて、ブレスを掛ける。


セネルの体を光が包んで、傷を癒す。


暫く荒い呼吸を繰り返したセネルも、暫くすれば、すぐに楽な呼吸をするようになった。



「シャーリィ・・・あんた・・・・」



「オウ嬢ちゃん!家族に手を上げるたあ、どがあな了見じゃ!!
 そがあな事、許される思っちょるんか!!」


「シャーリィ、自分が何をしたか、分かっているのか・・・!!?」




クロエがセネルとに近づき、その身体を守るようにしながら言う。


けれどもシャーリィは、まるでその言葉が聞こえていないかのように
一同を見回すと、フっと、笑みを漏らした。


シャーリィではありえないような、冷たい笑み。



「お前たちに、蒼我の恩恵は必要ない。
 ・・・・返してもらおう。」



言った瞬間だった。


ジェイやクロエ、ノーマ、を抜く全員が、その場に一瞬で膝をついた。


「みんな!!?」


「・・・・やはり、お前からは取り上げる事ができぬか、偽りの影・・・。」


声を上げたに、忌々しそうにシャーリィが言う。

呟くように言われたその言葉に、が怪訝そうに顔を顰めるが
けれども、シャーリィは首を振って、再び、地に手を付く一同を見渡した。



「・・・・厚顔にも過去の過ちを忘れ、万物の霊長を気取る陸の民よ。
 蒼我の怒り、その身に受けよ・・・!!」



マウリッツが、今まで押し殺した怒り、憎しみを全て吐き出すような声音で言う。



「世界をあるべき姿に帰すこと。それが、蒼我の願い・・・・。」


「我々水の民は、蒼我の意思に従い、陸の民を粛清する・・・!!」


「自分たちの犯した罪の重さ、知るが良い・・・!」



セネルが息を呑み、ワルターが構えを取る。



「っ!!」



瞬間、の体が再び光を放ち始めた。



「え、ちょ、ええぇ!!?」



が自分の体を見回しながら、場にそぐわない間の抜けた声音を上げる。

光っている本人が一番戸惑う色を見せて慌てるのに、光は一向に収まる事無い。


思わずワルターもその足を止め、を見つめる。


その光は、シャーリィに負けないくらいに強い光で柱の様に立ち上り、
の頭上で、一抱え以上もなりそうな程に大きな羽を象った。


その羽は淡い桜色の光を放ち、ワルターとセネルとの間を駆け抜ける。


「何・・!?」


「これは・・テルクェス・・!?」


「・・・・えー・・・・」



ワルターの声に、がどうしようもない様な声を出した。


だって、なんで此処でテルクェスが自分から出てくるのかとか、
ワケがわからない事だらけで、どうにもなくなる。


自分に突っ込みどころが多すぎると、もう何処から突っ込んで良いのか
むしろ誰か突っ込んでくれないかとか、色々と。



「・・・僅かだが蒼我と同調した為に、魂が目覚めたか・・・?」

「どういう・・・・」



怪訝そうに、


けれども、今はそんな場合ではないと気付く。


「いーやもう、出るもん出ちゃったし使っちゃえ!!」


ヤケクソ気味に、が手を掲げた。


瞬間、巨大な光の羽が一瞬にして弾け、
一同の身体を、その弾けた破片の変形した桜色の球体が包み込む。


「っ!待て!!」


逃げようとしていると気付いてワルターが静止を掛けたが
瞬間、唐突に吹雪が吹き荒れた。


戸惑うようなワルターの声がするが、そんなものには構っていられない。


その吹雪の視界の悪さを利用して、が腕を振った。


その僅かな一瞬。


吹雪の不良好な視界の中で、メルネスとなったはずのシャーリィが
僅かに悲しそうな目で此方を見上げて。



―― それは、何かを懇願しているようにも見えた。



桜色の球体が宙を浮き、を、大事な仲間を抱きかかえるようにして
やがてゆっくりと、祭壇下の地面へと、足をつけた。