打ち捨てられた地で5 |
サラリとした、砂が舞う。 辺りには熱気が蒸していた。 周辺の調査を行い、数時間ほど。 一同が着いた場所は、蒸し暑い一つの建物だった。 セネルが、横に立つクロエを見て、クロエはそれに頷き返す。 無言のやり取りに含まれるそれは、確認だった。 恐らくは、『此処で間違いはないか』と言う。 同じようにして皆を見れば、やはり同じような意味合いで、頷き返された。 「本当に、みんな同じなんだな・・・。」 クロエが、やはり信じがたいという声音で呟いた。 「とにかく、ここを調べてみませんか?」 ジェイの言葉に、皆が頷く。 その中で一人、が手を上げた。 「あのさ、」 「ん?どうした、。」 「私、此処で待ってるよ。」 「!な、なんで・・・!!」 「これ以上は、足手まといだから。」 が、苦笑して言った。 此処まで辿り着くのに、幾つかの戦闘はあった。 けれど、鉄扇を用いても、 やはり爪術が無くては殆どダメージなど与えられるわけもなく、 自分を守りながら戦う皆は、いつも以上に傷だらけだ。 しかも今の自分では、それを治してあげる事も出来ない。 「皆の言葉、すっごく嬉しかった。それに私も、自分の足で真実を知りたい。 ・・・でも、これ以上私のせいで、みんなを傷だらけにも出来ないよ。」 言って、砂に塗れた段差の下を指差す。 「そこら辺に隠れて、皆が帰ってくるの待ってるから。」 この後は、グランゲートとの戦いが待っている。 自分が居たら、迷惑だ。 「・・・わかりました。」 「っジェイ!?」 「中に入れば、より強力な魔物が居る事も予測されます。 正直言って、これ以上の非戦闘要因の同行は、限界でしょう。」 「しかし、が魔物に襲われたら・・・!」 「そんなら、ワイが嬢と一緒に残っちゃる。」 モーゼスが言う。 驚く皆に、ニっと笑って。 「言うたじゃろ、嬢が危ないんじゃったらワイが守っちゃる!」 「で、でも・・・」 「ま〜、モーすけが抜けても、戦闘は特に問題ないけどね〜」 「どーゆー意味じゃ!」 「でも、ヘーキ?モーすけと2人っきりって 別の意味で相当心配だよ?」 「シャボン娘聞けェ!!」 コソコソと、ノーマがに耳打ちをする。 モーゼスが思い切り怒鳴れば、「事実じゃん」とか普通に言われて、 「まあ、確かに・・・」とセネル達にまで同意されては、モーゼスも言い返すに言い返せなかった。 「しかし、そうして貰えるなら正直助かる。 モーゼスも・・・もだ。」 「はい。」 ウィルの言葉に、は頷いた。 それでも正直、此処まで連れてきて貰えただけでも、満足と言えば満足だった。 爪術が使えなくなった時点で、 自分は置いてけぼりでも仕方ない人間だったから。 皆についていけない自分に悔しい気持ちはあったけれども、 此処に残る事に後悔はなかった。 皆に不要な怪我が無ければ、それで良い。 「・・・いいんだな?」 「うん。怪我しないように頑張って、みんな。 あ、戻ってきた時に一人欠けてたとかは止めてね。」 セネルの確認に、はもう一度頷いて、それからモーゼスに 「ごめんね、お願い」と、呟くように言った。 「うーん・・・」 ジェイが唸る。 とモーゼスが残る事になったのは、皆同意で良かった。 問題は、その火のモニュメントに入る為の通路を繋ぐ装置の 起動法が分からない、という事だった。 「何か分かったか?」 ウィルが問う。 ジェイが難しい顔をした。 「文字が書いてあるんですが、読めないんですよ。」 「学のない奴じゃの。」 「モーゼスさんにそんな事言われると、死にたくなりますね。」 「あー、ほらほら2人とも、喧嘩は無し!」 が間に入れば、2人とも不服そうにそっぽを向いた。 ああもうこいつ等は変わらんな、とか、少し呆れる。 ノーマが「どれ?」と装置に近づいて、やはり唸って首を捻った。 「こんな文字、見たことないや。 古刻語とも違うんだね。」 「・・・・もしかして、とは思いますが・・・」 「どうした?ジェイ。」 「さん、これ、読めませんか?」 「は?私?」 ジェイに名指しされて、驚いたように自らを指す。 ジェイは頷いて、言った。 「この文字、艦橋の操作パネルに表示された文字と似ているんですよ。」 「あ、言われてみればそ〜かも・・・」 「・・・ちょっと見せて。」 は、装置に近づいた。 其処に表示されるのは、確かに、に読める文字だった。 しかし、艦橋で見た物ほどクセは強くない。 あの時の文字は、最早別の文字の様にも見える ミミズさんの字だったから、ジェイも最初、判別が付かなかったのだろう。 「・・・読めるね。」 「何が書いてあります?」 「・・・なんだろう・・・何か、神話みたいな感じの。 装置の操作とは、関係無さそうだけど・・・」 「・・・一応、読んでみてもらえますか?」 「はいはい。」 言って、は操作盤に触れた。 表示される文字を、目で追う。 「凍てつく大地に火が燈り 乙女はその頭を垂れひたすら祈った 火はやがて燃え盛る海となり そして新たなる大地になった」 「・・・それだけですか?」 「う〜んと・・ちょっと待って。あと一文・・・ これ、詠唱みたい。」 「詠唱?何の・・・」 「・・・わかんない、見た事ない詠唱だけど・・・」 が困ったように呟く 「・・・これ、艦橋で見た文と良く似てる。」 「艦橋で?」 「うん。蒼我砲の解除してた時。こんな感じの、乙女が何とかって・・・・ その後に、詠唱の一文があって―・・・」 「・・・あの時の、見た事もないブレスですか・・・」 「うん。」 ジェイの問いに頷いた。 セネルが「あの時の・・・?」と口中で呟き、 やがてハッとした様に声を上げる。 「ヴァーツラフを倒した時の・・・!」 「あの、凄まじいブレスか・・・」 あの時の、光の爆ぜる圧力。 何が起きたのかすら、分からなかった。 「さん、読んでください。」 「っジェイ!?だが・・・」 「今のさんは爪術を使えません。 恐らく、問題は無いと思います。」 は、僅かに迷った。 あの時の記憶は、少し掠れている。 けれども、自分の体の自由が利かなくなった、 そしてその直後の、体の中で荒れ狂う、押さえの利かない力の爆発の その、恐怖だけは 憶えていた。 「・・・・一応、離れておいて。」 それでもは、真っ直ぐに仲間を見て言った。 ―― きっと、大丈夫 ジェイも言ったように、今の自分は爪術が使えないし、 何よりも、皆がここに居る事が、心強かった。 同時に、彼等を傷つけるかもしれない恐怖は、ずっと強かったけれども―・・・ の言葉は、同意と取った。 ジェイが頷いて、セネル達に目配せする。 セネルは一瞬、心配そうにの方を見やったが は微笑んで、肩を竦めてみせた。 「一応、ね。」 もしもの為に、と付け加えれば、セネルはほんの少しだけ難しい顔をして、 けれども僅かに、頷いて見せた。 皆が、それぞれ多少不安げな面を見せて、 細かい砂の山と、人工的な機械との境に立つ。 其れを確認して、は再び、操作盤に触れた。 「・・・行くよ。」 が、呟く。 体の中に、小波立つ力を感じる。 その時、爪がポウっと光を燈した。 「!!」 「炎の凪に惑う者よ」 凛と響く声。 謳うように、少し独特の韻を踏む。 「虚実の翼で空を舞え」 の足元に、まるでその様に油でも敷いたかのように クルリと紅い円が走る。 「イフリート・・・!」 瞬間、足元に描かれた円は発光し、 を中心として炎の柱が高々と立ち上った。 その中心で、は呆ける。 頬を熱風が撫で上げる。 その火柱の表面に、何故かフと、両親の姿が見えた気がして は僅かに目を見開いたが、次の瞬間には目の前にあるのは ただの火柱の表面でしかなかった。 は怪訝な顔をする。 「熱っ!!」 「す、すごい熱気だな・・・」 「しかし、は爪術が使えないはずでは・・・?」 火柱の外側から、そんな声がした。 恐らくはノーマとクロエ、ウィルだろう。 「まあ、とーっても、綺麗ねぇ。」 「姉さん、これもう綺麗ッちゅー域越えてる思うんじゃが・・・」 「モーゼス、言っても無駄だ。」 「セネルさんに同意しますよ。」 グリューネを筆頭にしたモーゼスとセネル、ジェイは 少し的外れな事を言っていた。 その緊張感の無い会話に、が苦笑する。 やがて柱は、閉じた空へ螺旋を描くように消えていき、 空からは赤いキラキラとした火の子の様な物が降り注いだ。 それはの身体にポウっと沁みるように消え、身体に一瞬熱が燈った。 が、驚いて自らの手に平を見やる。 其れでなくても熱い周辺が、更に熱を増していた。 「・・・さん、大丈夫ですか?」 「え?あ、ああ、私は平気。 皆は?とばっちり食ってない?」 「大丈夫だ。」 「けど、爪術、使える様になったの?」 皆が近づいてきながら話しかけて、ノーマの問いかけに は再び自分の手の平を見つめる。 「・・・ファイアボール!」 スッと、自分の目の前の何も無い所を目掛けて、 が指先を向けてブレスを唱える。 瞬間、その何も無い空間に、火の玉が落下した。 「!戻ったのか!?」 「・・・・・ちょっと待って。」 ウィルが上げた声に、が冷静にタンマをかけた。 それから、再び自分の手の平を見つめる。 ―― これは・・・ 「アイスニードル!」 再び、何も無い空間に向けてブレスを放つ。 今度は、何も起きなかった。 「な、なんでえ!?」 「・・・あー・・・やっぱり。」 「やっぱり・・?」 ノーマが上げた声と同時に、がとてつもなく嫌そうな声。 セネルが怪訝そうに聞くと、は肩を竦めた。 「炎系のブレスなら、使えると思う。」 「どういう事だ・・・?」 「そんなの、私が聞きたいよ・・・」 自分にだって、ワケが分からないのだ。 それでも、まだ炎のブレスだけでも、使えてホッとする。 先ほどの海岸での会話を、遅ればせながらにようやく理解した。 この世界で爪術を使えないことがどれだけ不安な事なのか。 そして同時に、気心知れた友の気持ちも。 皆が傷付く中で一人、守られているしか出来ない自分。 その不甲斐なさ、悲しさ、悔しさ。 ―― この時初めて、はの気持ちの、ほんの少しを垣間見た。 「炎のブレスか・・ さっきの爪術、特別な何かがあったのか?」 「どうでしょう・・・けど、こんな所に書かれているんですから 何かしらの意味があるととって良いんでしょうが・・・」 「少なくとも、現段階では何もないんだ。 今回の事とは、別件じゃないのか・・・・?」 セネルが、顎に手を当てて考え込むジェイに言う。 ジェイは少し心残りは有りそうだったが、肩を竦めて 「まあ、何かあるかもしれませんから、心には留めておきましょう」と それだけ言って、終わりにした。 「・・・・で、」 「ん?」 「結局皆、これどうすんの?」 が指差す、結局は繋がらない通路。 皆が、少し固まった。 |