白いエリカの彩る夜に
打ち捨てられた地で8












は、目の前の光景にしばし呆然としていた。

見れば、他の皆もさして変わらないような顔をしていて、
は改めて、辺りを見渡す。


風に煽られて水面が揺れる。

ちらりと、光を反射するそこから見える赤は
この遺跡船独特の、今では見慣れたそれだった。


「バカな、ここは・・・・」


「輝きの・・・泉・・・?」


ジェイの言葉を、が引き継いだ。


火のモニュメントの最深部まで辿り着くと、其処には4つめの光のオブジェがあって、
「映像だけでなく解説もつけて欲しい」なんてぼやきながらも
クロエとセネルがオブジェに触れた途端、自分たちは此処に立っていた。


「お水がと〜っても綺麗ねぇ」


グリューネが、相変わらず驚きも何もない様な声で言う。

何となく肩を落としながら「そうですね・・・」なんて答えて。


「瞬間移動したって事ですか・・・?」


「って、今までは映像だったのに、
 なんで唐突に瞬間移動になっちゃうわけ?」


「僕に聞かないで下さいよ。」



ちょっと可笑しい気がする、とが言えば、
困惑したような声でジェイに言われた。


確かに彼に聞いたって、
此処に居る誰もが状況を理解できていないのに分かるはずがない。




その時、セネルが唐突に「あれを見てみろ」と、泉の中央を指差した。


其処には鮮やかな色をした、滑らかな曲線を描くオブジェがあった。


「あれって・・・確か、壊れてなかったっけ?」

「ええ、確かに。
 壊れたり崩れたりしていた部分が、元通りになっていますね。」


が記憶を辿りながら怪訝そうに言うと、ジェイは頷いて同意した。

ぐるりと、視界を廻らせる。

湖の遺跡は元通りになっているけれども、何故だか、
記憶していたよりも酷く殺風景な物の様に思える。


「ねえ、周りの森の様子も変じゃない?」


何が違うのかと首を捻っていたにノーマが袖を引き言う。

ノーマに指差された先を見て、が「そっか、木だ」と手を打った。


「たくさんあったはずの大木が、すっかり消えているな。」


ウィルが、目の前にあった小さな木に近づきつつ言った。

この辺りは、確か一抱え以上もありそうな立派な幹をした木が
幾つも幾つも連なっていたはずだ。

けれども、目の前の木は明らかにひ弱で、まだまだ、
成長をしていこうとする盛りの様に見えた。


「・・・どうなってんだろ。」


が怪訝に呟く。

その時、見ていた木の横にちらりと、一人の少女が現れた。

「!」

皆、目を見開いた。

少女の唐突な登場にも勿論だが、その少女がよく見慣れて姿であった事に
皆一様にして驚いていた。


―― それは頼りなげに透ける、蒼い輝きの髪を持つ少女。


「シャーリィ!?」


セネルが名を呼び、一歩と、少女に歩み寄った。

瞬間少女はその場から消え、一瞬の内にして、ノーマの横に立っていた。


「何っ!?」


「リッちゃん、今、ど〜やって移動したの?」


ノーマが微妙に上ずる声で尋ねても、
シャーリィは何処か遠くを見つめていて、此方の声など聞こえていないようだ。


「実体じゃない・・・のかな・・・」


その透ける体と相俟って、が呟く。

それを聞いたウィルが「そうかもしれん・・だが・・」と
信じがたそうにその姿を見つめていた。


シャーリィが、静かに歩き出す。


「待ってくれ!」と、セネルがハッとした様にその後を追い、
更に続いて、クロエがその背を追った。


「あっちょっと!」


それ罠だったらどうすんのさ!

言うけれども、まあ2人の耳には全くもって届かない。

が、ジェイと視線を合わせる。

ジェイが、少し呆れた様に首を横に振った。


「僕達も、後を追いましょう。」


とは言え、シャーリィもセネルも、そしてクロエも、
遠く離れた場所に行った訳ではなかった。


泉の淵を辿るようにして歩き、また呆然と、泉を見つめている。


その更に向こうに、金の髪と蒼い瞳を持つ、皆一様にして白と青を基調とする
ゆったりとした服を身に纏った人々が数名、或いは数十名立っていた。


「アレ?あの人達、いつから其処に居た?」

「全然気付かんかったわ・・・」

「・・・・泣いてる・・・の・・・?」


が首を傾げて、目の前の水の民の男を覗き込む。

水の民の人々は、物音も気配も一切立てずただ其処に立っているだけで、
が結構近い位置で覗いても、特に驚くでもなければ退くでもなかった。


其々が其々、頭を垂れ項垂れていたり、口元を押さえて嘆いていたりと
何か戸惑うような表情をしている。


「どうなってんの・・・?」とが困惑して呟いた時、
セネルがシャーリィの名を呼んだ。


「シャーリィ、どうしたんだ。俺の声が聞こえないのか?」


セネルが困惑を隠しきれない声で問いかけ、恐る恐る歩みを縮める。

瞬間、頼りなく揺れていたシャーリィの姿は完璧にその場から消えてしまった。


「え、ちょ、シャーリィ!?」


驚いて辺りを見回すも、その姿はもう、何処にも見えない。


「嬢ちゃん、何処じゃ!」


モーゼスが遠く呼ぶようにして声を上げ、
皆が其々、何処へとも無しに足を踏み出した瞬間。


風が一陣、通り抜けた。


がハッと振り返る。


「あれだけ居た・・・水の民が・・・」


呆然とした呟きが、思わず零れた。


其処に立っていた数十の水の民が、一瞬に内に姿を消してしまっていた。

辺りを見渡しても、シャーリィと同じく何処にも居ない。


何が一体どうなってしまったのか、が皆を振り返ろうとすれば
視界がブラックアウトした。


一瞬、また何かぶっ倒れでもしたのかと思ったけれども、
それはどうやら違ったらしい。


明るい場所から唐突に暗い場所へと移された為の、視界の狭窄だった。


気付けば自分たちは、輝きの泉から、絵に描いたブラックホールの様な空間へと
再び移動をさせられていた。

暗闇なのに辺りは暗いわけではなく、緑や赤がぐるぐると渦巻いている。


「・・・見てると酔いそう・・・」


思わず顔を顰めて呟いた。

視線の先には、キラキラと輝き渦を巻くホールの様な物がある。


ジェイが、ハッと顔を上げた。

ホールの向こう側を指差して、声を上げる。


「見てください!向こうから何か、大きな物が・・・!」


「あー・・・何だろう、ものすんごく嫌な予感」


「あはは・・・あー・・・も?」


「ノーマも?」


「「・・・・ね。」」



ノーマと、2人ですんごく嫌そうな顔で声を合わせた。

瞬間、ジェイの指差した向こう側に、紅い点が見え始める。

点は物凄い速さで大きさを増し、輪郭をハッキリさせ、やがて完璧に姿を見せた。


「く、くじら・・・?」


が引き攣る声を出す。


それは確かに巨大なクジラのようにも見え、
しかしまさか、何故クジラが炎を纏って、こんな所にいるんだか―・・・


「これは・・・・ゲートではないか!!」


ウィルが、とはまた別の意味で引き攣った声を出した。

その表情を見れば、僅かに輝いている気がする。

・・・遺跡モード再来だ。


「何じゃとォ!?こいつがそうなんかい!!」

「まさか、ゲートと戦わなくてはいけないのか?」

「そんな残念そうな声出したって
 アチラさんは闘る気満々みたいですよ、ウィルさん」


だから諦めて下さいね、とが続けると、非常に残念そうに肩を落とした。

だからそんなしょぼくれたって、駄目なもんは駄目ですって。

まさかみすみすやられる訳にもいかないんだから。


一人、モーゼスがいきり立ち槍を構えて、吠えた。



「分かったぞォ!これこそ、ワイが聖爪術を手に入れる為の試練じゃな!!」


「モーゼスさんも、よく短絡的にその思考に結びつきますよね。」



ある意味、尊敬しますよ。

ジェイが皮肉って武器を構える。

モーゼスには、聞こえていない。


「猪さんには、今何を言ったって無駄みたいよ?」

「の、ようですね。」


ジェイが肩を竦めて答えた。


の鉄扇が、パサリと空を切って開かれる。


う〜ん・・・自分、ゲートにはあんま良い想い出がないんだけど・・・