「――――・・・。」 誰かが、知らない名前を呼んでいる。 知らない名前を呼ぶ誰かも、自分は知らない声だった。 けれどもその声は、何故だか自分に向けられて、 其処に籠められた甘ったるい感情に、困惑する。 その時また、悲しい旋律で奏でられるあの歌が、聞こえた。 |
打ち捨てられた地で10 |
目が覚めると、辺りはもう真っ暗で。 皆が、火を囲いながら何かを話していた。 ジェイの肩で眠ってしまった覚えがあるのだけれども どうやらその後、マットの上に横にしてもらったらしくて、 なんだか、立場が逆転してしまっていた。 不思議な夢を、見ていた。 知らない男性が出てくる、懐かしいような夢。 悲しい旋律で奏でられた愛の歌に、微笑む知らない男。 知らない名前を愛おしそうに呼んで、 けれども、その微笑を向ける先に自分が居る。 それは酷く間違っているはずなのに 自分は何も言えずに、歌を聴いて、男の姿を見ているしかなかった。 「あっ目ぇ覚めた!?」 が複雑な顔で物思いに耽っていると、気付いたらしいノーマが 真っ先に声を上げた。 その声に反応して、皆が此方を振り返る。 「あ・・・お、おそよう。」 「なんだそれは・・」 「遅いお目覚めこんにちは、の意。」 言ったら、ああそうかいと呆れられてしまった。 皆よりも休むのが遅かったから、目覚めるのも 皆に大分遅れを取っていたらしい。 ともすれば”お早”くないワケだし、『おそよう』でも あながち間違いではない様な気がするのだけれど・・・・ 「とりあえずも目覚めたし、飯にしないか?」 「・・・・ん?まさか待ってたわけ?」 「意図して待っていたわけでもないのですが 話し込んでいる内に、時間も大分経っていまして。」 「それに、作った人が居ないのに先に食べるのも 申し訳ない様な気がしてな。」 「寝坊した人なんだし、気にしなくて良いのに。」 「順番を取り違えているぞ、。」 ウィルが言った言葉に、が首を傾げる。 「俺たちの夕飯を用意してくれていたから、 寝坊したのだろう?・・・感謝する。」 「・・・・え・・っと・・・どう、いたしまし・・・て。 よ、よっし、そんじゃあ、とりあえず食べられる状態にしますか。」 何だかくすぐったい気持ちになりながらが頷いて 両手を突き上げて立ち上がった。 とりあえずは、スープをよそう為のお椀と・・・ ああ、あとパンを用意しないとか。 ブツブツ言いながら、端の方に纏めてあった荷物をあさって 必要な物を取り出して横に置いていく。 横に置いたものが、ひょいっと、誰かに持ち上げられた。 驚いて横を見ればクロエが、食器を片手に立っていて。 「準備くらい、手伝おう。」 「ありがとークロエ」 ニコリと笑って、答えた。 その時、更に横に一つ影が落ちてきて、驚いて振り返る。 今度は、白い服の少女だった。 「あー、。起きたんだ?」 「やあ。ちょうど良い所に来た。 ハイ、これ持ってってね。」 「うわぁ、嫌な時に来たぁ。」 現れたに早速頼みごとをすれば、は顔を顰めたけれども それはありふれた会話でのちょっとしたおふざけで、彼女は すんなりと、それを受取る。 が再び必要な物を取り出そうとして、ハッとした。 「あっしまった、! 割れ物はクロエに渡して―・・・遅かった・・・」 言ってから、ガクリと肩を落とした。 が、何かよく分からない言葉を発して、砂浜にダイブしている。 幸い、食器は砂の上で、割れる事はなかったけれども―・・・ 「・・・色々と凄まじいな・・彼女も。」 「クロエ、『も』ってどういう事よ、『も』って。」 ちょっとそこン所、きっちりばっちり説明してもらおうじゃないのよ。 カチャカチャと、食器の擦れる音がする。 最初は意外そうな顔での手料理を食べていた男陣も 今では極普通に、食事を進めている。 「いやあ、あんたい〜お嫁さんになれるね!」 「私の事より自分の心配なさいよ。」 花嫁修業してあげようか?とふざけてが言えば 「あたし将来は玉の輿に乗る!」とか、なんかよくある台詞を口にして。 「いや、無理だろ」と、見事に声を揃えられて、 「なんだと〜!」とノーマが怒鳴った。 「あ、ところでさ。 何をまた、ご飯食べ忘れるまで話し込んでたの?」 「――ああ、そうでした。」 ジェイに問えば、隣の彼は、口の中のパンを飲み下して手を打った。 皆が、笑い声を止めてジェイの方を見る。 「・・・さんが眠っていた所は、要約して説明しましょう。」 「お手数お掛けします。」 言ったに「まったくですよ」と、ちゃんと皮肉は返すだけ返して。 ジェイは、いつも通りの冷静な口調で説明をしてくれた。 まず、今の地上の状況。 今のところは戦争は開始されていないと言う事。 街の外はカカシ部隊の包囲を受けているが、それ以上の動きは無く、 そしてやはり、導きの森の魔物達が、引き続き街の外を守ってくれているらしい。 そして、あの火のモニュメントで見た映像についての皆 ――と言うよりは、ウィルとジェイによる見解。 曰く、『元創王国が誕生した時の様子』ではないか、と。 「そう言えば、最期に女の人の声が言ってたよね。 元創の歴史は、今日より紡がれん・・・とか・・・。」 「ええ、そう言った点も踏まえて、恐らくは間違いないかと。 しかし、さんが聞いたという歌については流石に 全く、見解を見出せないままです。」 「まあ、なんで元創王国の誕生に恋の歌が関係あるのかなんて 幾らなんでもワケわかんないよね。」 ジェイの言葉にが納得して、先を続けさせる。 海に浮かんでいた、あの白く四角い物体は、恐らく遺跡船の母体、 今居るこの場所こそが、その白く四角い物体の内部なのであろう事。 そして、恐らくその白く四角い物体は『船』であったのではないか、と。 その『船』に土を盛ったのは、 メルネスの力であることが可能性としては高いそうだ。 「俺は、『光跡翼』と言う言葉が気になった。」 ウィルが、記憶を手繰るようにしながらもそう呟く。 ジェイが、小さく頷いてみせる。 「『光跡翼』。 新しいキーワードですね。」 「な〜んか、ますます謎が増えちゃった感じ。」 ノーマが頭を掻きながら、僅かに嫌そうな声を発する。 気持ちは分からないでもない。 更にウィルは、「何故伝説の魔物であるゲートが現れたのか気になる」とも続けて。 ああ、魔物に興奮してた割りに、きちんと考察は入れてるのか、と ほんの少し、感心してみたりもした。 まあ、博物学者だもんね、元は。 「そりゃ、ワイに聖爪術を託すためじゃ。」 「・・・・・はいモーゼス、お口にチャック。」 「完璧子ども扱いだね・・・」 自信満々に腰に手を当てたモーゼスに、 が『お口にチャック』のジェスチャーをして。 ノーマが僅かに引き攣った声を出すと、ジェイがあからさまに溜め息をついた。 相変わらず、仲が悪いんだから・・・ いや、ある意味仲が良いからこんななのか? 「・・・俺たちが見たシャーリィ、 あれは・・・何だったんだ?」 「俺には、幻にしか見えなかった。」 「身体も透けてたしね・・・。 こっちの声にも、全く反応が無かったし。」 セネルの問いに答えたウィルに、は同意を示す。 反応が無いどころか、焦点すら此方に合わせようとしない。 あれが実体であったというには、余りに頼りない。 「それにしても・・・。」 ジェイが呆れるような、しかし何処かわざとらしく問いかけるような、 そんな声音を含んで、場を改めるように言った。 何処か演技掛かった動作で、クルリと辺りを見回す。 「煌髪人は物好きですよね。 新天地を求めるにしたって、陸ごと作るのは、やりすぎじゃないかと。」 「水の民だって、好きでわざわざあんな事をしたわけじゃないだろ。 住み慣れた故郷だって、きっとあったはずだ。」 セネルは、何処か必死に訴える。 そんなセネルを見てか、 今まで聞いていたグリューネが穏やかに口を挟んだ。 「セネルちゃんは、シャーリィちゃんの事、 本当に大切に思ってるのねぇ」 そのグリューネの言葉に、は反応を示す2人を見た。 クロエが、苦虫を噛み潰すような顔で僅かに俯き、 ジェイが、僅かに羨望とが混じる複雑な表情で遠い目をする。 「・・・問題は、なんでその故郷を離れて、 新たな大地を求める必要があったか、だね。」 その2人を見て、が僅かの間の後に 多少硬い声音を使って、改めて場に話を戻した。 その言葉に、の意図した通りに、皆の意識は再び会話へと戻ってくる。 ジェイが、頷いて見せた。 「ええ、その通りです。仮にセネルさんの言う通りだとして、 その点が、どうしても気になる。」 「水の民が故郷を捨てた『よほどの理由』―――か。 一体、何だったんだ・・・?」 セネルが、誰にでも無しに呟いた。 その時、タイミングを見て計ったかのような『声』 そして、その声が聞こえるのとほぼ同じタイミングで、 皆が皆、ハッとしたような顔になった。 「みんな、見たか?」 僅かに興奮したような、ウィルの声が問いかける。 皆がそれに答えるように、力強く頷いた。 「まるで、次見えた場所に行けと、後押しされたようだったぞ。」 「・・・誰かが、セネセネの問いかけに答えてくれたみたい。」 ノーマが呟けば、モーゼスが『誰かとは誰だ』と問いかけて。 フと、ジェイが此方を見ていることに気が付いた。 そしては、一瞬にしてその視線の意味を理解する。 「声は・・・聞こえたよ。 『氷のモニュメントにて』って。」 「そうですか・・・。」 の答えに、ジェイは納得したような、しきれない様な声で返した。 そして、自分たちは偶然ここに来たわけではないのかもしれない、と 自分自身、信じ切れていないような声で呟いた。 「恐らく、誰かに導かれたんです。」 「・・・珍しいね、ジェイがそう言う、 空想的にも聞こえるような事言うのって。」 「僕自身、あまり信じられませんがね。 けれども、そもそも信じられないような存在が、 今僕達の目の前に入るわけですし。」 「・・・それって私の事?」 確かに異世界から来たなんて、信じられないような話だけれども。 だからってそんな、珍獣を発見みたいな目で見なくたって・・・・ いや、『異世界人』なんて居たら見るか、そんな目で。 「しかし、一体誰が・・・・」 「正体はわかりません。 でもその誰かは、確実に僕達の傍に居る。僕達の話を聞いている。」 「なんかそれだけ聞くとストーカーみたいだけどね。」 「だが、確かにそう考えると、納得できる部分もある・・・」 ウィルが呟いたその瞬間、皆が四方を振り返った。 其々の背後を守るように背を合わせ、辺りに意識を集中する。 とグリューネだけが、その場に取り残されていた。 は、呆然とそれを見る。 ああそうだ。 だって、皆は自分に聞こえる声の正体も、『蒼我』の存在もまだ知らなくて、 その存在を知るために、此処にいるのだから。 ――自分は、皆が必死に手探りで掴み出そうとしているその答えを、知っている。 恐らく、自分がここで答えを提示すれば、簡単な事なんだろう。 けれども、それはやってはいけない事の様な気がした。 それは誰かに言われたから、とか、そう言うのではなくて。 提示された答えが必要なんじゃない、自分たちでそれを知る、その事自体に意味があるのだと 何となく、そう感じたから。 そして自分自身もまた、同じようにしてこの世界でこの世界なりの答えを掴むために 頑張らなくてはいけないような、そんな気がしたから。 だからは、手を握り締めて、口を堅く結んだ。 此処には、自分からの『答え』は、要らないんだ。 「相手の正体を見極めるまで、しばらく様子を見ることにしましょう。」 ジェイが小声で、自分たちにだけ聞こえるように呟く。 流石と言うべきか、唇に殆ど動きを見せずに皆にそれだけを伝えると、 その後は、ウィルが同意と言う形で受け継いだ。 「わかった。各自、警戒を怠るな。」 その言葉に皆が頷いたのを、ウィルが背後からの気配で察して。 フと、声が何か、笑っている気がした。 それは悪意や蔑みが含まれる、気分が悪い笑みではなくて、 何か微笑ましい物を見るような、子供の成長を見守る母親の様な笑み。 ――蒼我・・・・? ウィルが、パンッと手を叩いた。 「よし、今日はこの辺にしておこう。 もう夜になったことだし、出発は明朝とする。いいな?」 皆が、適当に返事をして手を上げる。 「・・・?」 「え?・・・あ、ごめん、何でもない。」 一人、驚いたように海に魅入ったに覗き込むようにセネルが言って、 は慌てて、手を振って見せた。 |