が昨日買い足した食材を使って、軽食を作る。

コッペパンがあったから、それにソーセージとレタスを挟んで
味付けは胡椒と、昨日の夜の内に作っておいたマヨネーズにしてみた。

お昼になったら、海でも見ながらみんなで食べれば良いや、と、
人数分より多めに作って、バスケットに入れる。


そろそろと皆が起き出すだろうから、
朝食もすぐに食べられるようにしておこうと、それぞれの皿を出す。


朝の陽射しが無いのが残念だけれども、今日はなんだか、
久々にのんびりとした朝で、は軽く歌を口ずさみながら
火に掛けたフライパンに卵を3つ入れる。


「・・・・?」

「あれ?セネルが一番に起きた。」


めずらしー、と意外そうに呟きながら、フライパンにフタをして
しばらく放置の体勢に入る。

じゅうじゅうと油の撥ねる音が、少しくぐもった調子で聞こえて、
昼食用のパンの前に作っておいたサンドウィッチを、皿に乗せてセネルに渡した。




「あんま寝られなかったとか?」

「そういうわけじゃない。」

「・・・歌、うるさかったとか?」


少し心配そうにが問う。

セネルは一瞬、面食らったような顔をして、
それから、フっと笑った。


「いいや。むしろ、気持ち良かった。」


向けられた、その柔らかい笑みに、が『うっ』と息を詰める。

それから、深呼吸して頭を軽く、横に振った。

いかんいかん。
この無意識のハニーフェイスに、様々な女が落とされていくのね。


危うくその一人になる所だった、と

、一人ブツブツ言う
セネルが不思議そうに首を傾げて。

それから、がそろそろ平気かな、と
僅かに膨れたような顔で呟いてフライパンの蓋を開ければ
セネルは、それを何となく視線で追いながら、言った。


「なあ、。」

「んー?」

「もう、唄わないのか?」

「・・・・はい?」

「あ、いや・・・・」


その思わぬ言葉に、が呆けたように顔を上げる。

今度はセネルが、慌てたように頭を掻いて視線を外した。

俺、寝ぼけてるのか・・?と、自分で呟きながら。

暫く、はボケッとしてセネルの事を見ていたが
やがて、目玉焼きが少し香ばしそうな色合いになってきたことに気づくと
慌てて思考を戻して。

やがて、少し笑って、言った。


「そうだなぁ。」

「ん?」

「・・・何の歌がいっか?」

「・・・・・・それじゃあ、明るい曲で」

「りょうかーい。」


閉ざされた空に、綺麗に響く高い歌声が一つ、響く。

セネルは瞳を閉じて、その歌を聴いていた。

また、慌しい一日が、始まる。









白いエリカの彩る夜に
打ち捨てられた地で11
















モフモフ3兄弟の発言により、地下空間では味気ないからと
自分たちも呼ぶことになった『静かの大地』。

聞こえるのは波音だけで、静か過ぎるその空間で、
はその所々掠れていたりするその文字を、
丁寧に指でなぞって読み上げる。



「無音なる雪花の風下に佇む乙女は涙を流し
 その雫は大地を凍てつかせた
 乙女の足は空を歩き寒冷える神の御許に仕えた」

「やはり、またその文章ですか・・・・」


ジェイが顎に手を添えて、難しい顔をして考え込む。

それも無理は無い事で、艦橋、火のモニュメントに続いて此処、
氷のモニュメントでもまた、よく分からない文章が文字を連ねているのだから。


「やはり、話を聞く限りでは神話のようだな。」


「けど、どうして神話がこんな所に書かれてるんだ・・・?」


「なんか意味があるのかも〜って思っちゃうじゃんね〜」


「ははは・・・これで意味なかったら切ないねぇ・・・」


けれども、意味もなく自分の世界の言葉がこんな所に
書かれているわけがない。・・・・・と、思う。


何にしても、これが書かれている意味も、書かれている内容の意味も
さっぱりわからないのが現状なのだ。


「今回、ブレスは?」

「ん、あるね。
 んじゃ、また皆下がっててもらえる?」

「おう、気ぃ付けぇよ、嬢」

「了解了解!」


軽く言いながら、手で後ろに下がって、とジェスチャーして
ある程度まで皆が下がると、は再び、装置の方へと向き直った。


白く佇む、の腰辺りまでしかない装置。


その装置の正面に彫られた文字は綺麗に整っていて、
はそっと視線を落とすと、その何行かに分けられた文字の
最下列を、歌うように読み上げる。


「隠然の霞を望む者 止水の光に身を曝せ――セルシウス・・・!!」


瞬間、の足元に描かれる白い陣。


淡く発光して、冷たい柱が立ち上る。


「って、うっわ、冷た!!」


柱の向こう側で、思わず身を引いただろうノーマが想像できる。

それに続いて、「冷たいわねぇ」と呑気なグリューネの声。


「今度は氷・・・ですか。」

「どうやらこのブレスは
 このモニュメントの名前に連動しているらしいな」


そんな冷静なウィルとジェイの考察はいつもの如くで、
その柱に一瞬、慣れ親しんだ祖母の顔が見えた気がして
は怪訝に眉を顰める。


そうしている間にも、祖母の顔はもう見えなくなってしまっていて


・・・どうも、昨日火のモニュメントで見た両親も
目の錯覚ではなかったようだ。


けれども、一体どうして、こんな所に両親やら祖母の姿が・・・?


よくわからん、と、思わず余裕然として腕を組んだその瞬間
冷たい青い柱はゆっくりと空へと昇っていき、やがて
青いキラキラとした雪の様になって、の肌へと染込んでいった。


体が凍えるような寒さに見舞われて、一瞬息を呑むが
次の瞬間には、その寒さは消えてしまう。


けれども、粟立つ肌は治っていなくて
やはり先ほどの寒さも、気のせいではないのだろう。



「いっきまーす、アイスニードル!!」



意味があるのだかないのだか分からない了承の後、
は、誰もいない空間を目掛けて、ブレスを放つ。


瞬間、空間で碧く煌くような光が一瞬瞬き
そしてその光から、鋭い氷の刃が発生した。


刃は特に行き場もなく、の指の延長線上にあった
木に、ストトトンッと、小気味良い音を立てて突き刺さる。


「あー・・・何だろこの無償に申し訳ない気分」


無闇に呼び出してごめんよアイスニードル。

次は戦闘で使うからさ。


よくわからない謝罪を、木に突き刺さった瞬間に
蒸発して消えていった氷の刃にしたりして。


「昨日は使えなかったブレスが、使える様になりましたね」

「これも、このモニュメントの名前に関係してるのか?」

「わかりません。けど、そう考える方が自然でしょうね」


腕組みをして、ジェイの考察。

自分ではよく分からない所で、
自分についての理解が進められていく。

なんとも不思議な気分だな、とか。


思って腕組みをしながら、遠巻きに傍観している自分は
とてもではないけれども他人事で

一応これ、自分に関係ある事話しているはずなんだよなぁ、とか
思ってしまう自分は、ちょっと罰当たりだ。


「そ〜いやさぁ、

「ん?」


そんな傍観者を決め込んでいると、ノーマが
肩を叩いて声を掛けてきて、振り返る。

自分より幾分か背の小さいノーマを見やると
ノーマは顎に人差し指を当てて、何か考えているような表情だった。

「昨日で、火属性のブレス、もう使えんでしょ?
 だったら、此処では後衛に回ってもい〜んじゃない?」


言われて、がきょとんとする。

ノーマは「だぁってさぁ」と、まだ扉が閉まっている
モニュメントの方を仰いだ。


「ここいらの魔物、明らかに氷属性じゃん?
 だったら、炎属性のブレスで対応出来んでしょ?」


も昨日ずっと変な感じだって言ってたしさぁ


そう言って自分の方を向き直るノーマ。


彼女なりに、自分の事を気遣ってくれているらしい。


いやぁもう、何この子、可愛いなぁとか、
ちょっと思考飛んで行きそうになったけれども、一先ず。


「いんやぁ、とりあえずは前衛の方でやってるよ、私」

「あん?どがあしたんじゃ、嬢」

なら、真っ先にそうすると言うかと思ったんだが・・・」


意外だ、とかなんとか、好き勝手に言って、クロエが腰に手を当てる。

コノヤロ・・・っとか思ったけれども、それはとりあえず置いておいて。

だってさ、と、で、少し拗ねたように口を尖らせる。


「後衛にいったって、回復は出来ないし、好きなブレス使えないし。
 だったら、前衛でボカスカやってる方が、下手に気ぃ使わなくて良いし。」


「ボカスカってお前・・・・」


呆れた様に言うセネルに、けれどもそれは結構事実で。

パッと思いついたブレスが使えないのは、
実は結構ストレスだったりするのだ。


「それに、ホラ。」

「ん?」

「あんま、前衛と後衛で変わってばっかりじゃ、
 みんなも迷惑でしょ?
 だから、静かの大地にいる間は、前衛でやってるよ」


言ったに、そんな事・・!とクロエは言ったが、
ジェイがそれを手で収めて、肩を竦めて見せた。


「まあ確かに、どちらかに統一してもらった方が
 僕達も楽ですからね。」


「でしょ?」


「ええ、という事ですので、しばらくは前衛でお願いしますよ」


「はいはーい」


ズバッと言ったジェイに、けれどもは気にしない。


こういう時は、ハッキリ言ってもらって、
自分の中で割り切ってしまう方が楽なのだ。


だから、こういう時のジェイの性格は、割と気持ち良い。


「んで、入り口は?やるの?ノーマ」

「あ、はいはーい!やるやる!」


ジェイの言葉で一先ず、会話を終了させてしまって
ノーマに問いかければ、ノーマは明るい調子で手を上げて
装置の前に進み出た。


一先ずは、この氷のモニュメントの中に入ってから、だ。