白いエリカの彩る夜に
打ち捨てられた地で14













ベースキャンプに戻ってきて倒れるように寝込み、
そして目覚めた後も、心は一向に晴れなくて。


皆が火を囲みながら談笑する中で、は1人
鍋の中身を少し掻き混ぜたりしながら、ぼんやりする。


頭の中で繰り返されるのは、あの不思議な映像を
目にする度に聞こえてくる切ない恋の歌。


不思議なものだ、最初は壊れたスピーカーから
聞こえてくるようなその音に気付かなかったけれども
改めて聞いてみればそれは――


「自分が歌ってんのと、そっくり。」


人が聞く声と、自分が耳にする声は違うのだという。

けれどもあの声は、自分の声の様に聞こえて仕方ないのだ。

それとも、あの姿を見てしまったから、
そんな錯覚を起こしているだけなのか・・・・?


「シャーリィさん達の居所が、ほぼ特定できました」


先程までモフモフの皆と話していたはずのジェイの声で
ハっと顔を上げた。


ジェイは、皆が囲む鍋の前に立ちながら、
一同をゆっくりと見渡している。


まず真っ先に声を上げたのはやはりセネルで
「どこだ!?」と、今にも飛び掛らん勢いで尋ねる。


「遺跡船の船尾にある、元創王国時代の王城です」


「もしかして、蜃気楼の宮殿!?」


そのジェイの答えを聞いたノーマが声を上げて
うわちゃ〜・・・と顔を顰めた。

その様子に、は首を傾げる。


「知ってるの?ノーマ」

「そりゃぁ知ってるよ!
 あたし等トレジャーハンターの間じゃ、ちょ〜有名!」

「何か、問題があるのか?」


怪訝そうにウィルが問う。

ノーマは難しそうに顔に手を当てて、うー・・と少し唸った。


「トレジャーハンターの間じゃ、
 難攻不落って言われてんだよね〜」

「そりゃまたなんで・・・・」

「あそこは、高い山と深い森に阻まれて、
 陸路での接近は不可能とされている遺跡なんですよ。」


の疑問に答えたのはジェイで、
ノーマは、そうそう、と頷いて見せた。


「姿は見えど近づけず。だから、蜃気楼ってね。」


ノーマの言葉に、なるほど・・・と納得して。

ジェイは、モフモフの皆に頼んで、潜入経路がないか探ってみます、と続けた。


「もっとも、今の僕たちじゃ、遺跡に辿り着いても歯が立ちませんが。」


最後に、そう難しい顔で付け加えて。

セネルは、シャーリィの事を思っているのだろうか、俯いて
砂浜に付く手の平が、きつく握られていた。

その様子をは複雑な思いで見つめ、
しかしジェイの、先程見た光景を振り返ろうと言う申し出に
そっと、頷いて答えた。


「煌髪人が故郷を捨てた理由、だったよね。」


が確認するように問えば、ジェイが頷き返す。


「ええ、あの映像からするに、
 どうやら戦争の事だったみたいですね。」

「人類との戦いに敗れ、大陸を追われた、と言うわけか」


煌髪人にしてみれば、過去の戦争もヴァーツラフの件も
等しく人類全体の罪なのかも知れん。


冷静に呟くウィルに、は苦々しそうに顔を歪め
同じような表情で、モーゼスは堪らず立ち上がった。


そげな考え方されたら、ワイら、なにも言えんじゃろが!!


荒げた声は、表情と寸分違わず苦々しげで
けれどもジェイは、それをあくまでも冷静な目で見やった。


「種族闘争は、やっかいなんですよ」

「じゃが・・・じゃが、現にワイ等と嬢は、上手くやっちょるじゃろ!」


唐突に、モーゼスにより話の中心に自らを持ってこられて
は驚いたように目を丸くする。

ジェイは、一瞬の方を見やる。


その視線が意図する事に気付いて、は小さく頷いた。


―― これから彼は、自分にとって、あまり嬉しくはない言葉を言うのだろう。


ジェイは、のその反応を確認し、それから、再びモーゼスに向き直った。


「それは、あくまでも僕たちが、さんの人となりを知っていたからです。
 もし街の人間や大陸に住む人々が、さんが異世界から来たと知ったら?
 恐らく、迫害する者の方が多いと思いますよ」


言い切ったジェイに、は一瞬視線を落とした。

彼の言う事は、事実だ。

自分はこの世界の人間ではない。

それは恐らく、彼ら以外の人間にとっては脅威なのだ。

けれども、実際にそれを突きつけられれば、正直きつい。


でもだからこそ、ジェイは、先もって視線で教えてくれた。

それは言葉とは裏腹の、無言の信頼みたいなものだ。


はギュっと、足元の砂を掴んで
けれどもすぐにまた、顔を持ち上げた。

ゆっくりとモーゼスを見やると、諭すように言う。


「ジェイの言う通り。私の方が特別な事例なんだよ。
 私だって皆だから信頼できるけど、他の人たちに
 私が異世界から来たって言えるのかって言われたら、正直無理だもん」


周りがどんな扱いになるのかなんて、目に見えている。

人は、異色に対して何処までも残酷になれる


―― どこまでだって、非情になれる



の視線に、モーゼスが僅かに身じろいだ。

やがて、溜まりかねたのかツイと逸らされた視線。

暫くの間の後に、ウィルが口を開いた。


「俺たちに戦争を見せた『誰か』も、それが言いたかったのだろうか?」

「あたし等が和解すんのは無理って事?」


何気なく言ったノーマの言葉に、セネルが反応した。

「そんな事はない!」と声を荒げ立ち上がった彼は、
唐突なその反応に驚いたように自分を見やる一同を見渡す。


「俺を見ろ、現に3年間、シャーリィとうまくやってきた。」


言ったセネルに、けれどもノーマとウィル、それにジェイが
複雑そうな表情を浮かべた。

もまた、そんな3人を不安そうに見つめる。


自分は彼らにとっては違う種族であり、
それは結局、変えようのない事実だ。


種族の問題になった時、彼らの反応は正直
自分にとって心苦しいのだ。


「確かに、違うところはある。
 だけど、最終的には、個人がどう思うかだろ?のことだって、そうだ。
 他の奴等にとってはは恐ろしい存在なのかもしれない。
 けど俺たちは、が信頼できる良い奴だって知ってる・・・・
 だから、こうやって一緒に居られるんだ」


お互いが歩み寄ろうとする姿勢があれば、絶対、何とかなる!


セネルは、言い切った。


フと、たまたま合った視線にが笑みを向けると、
セネルは一瞬驚いたような顔をして、慌てたように視線を逸らされた。


そんなセネルの反応に、は首を傾げたけれど
すぐに、そこに割って入るモーゼスの声に、打ち切られる。


曰く「心配すんな、セの字!」と


「例え今は喧嘩していようと、きっと仲直りできるはずじゃ!
 セの字と嬢ちゃんは、家族じゃからのう!」


喧嘩、なんて。

そんな言葉で収めて良いのかという程、
話のスケールは大きくなっていると言うのに。

モーゼスにかかれば、あくまでも兄妹喧嘩になってしまう。

モーゼスの凄い所だと思う。

セネルは、彼のそんな言葉に、ホっと表情を緩めた。


「家族、か・・・・・そうだな・・・・そうだよな・・・・・」



何度も、まるで自らに確かめるかのように
その言葉を繰り返して。


「・・・ここまで知ってしまった以上、
 どうしても、根本的なところが気になるな。」


フと、ウィルが漏らした呟きに、
ジェイが同意を示すように静かに頷く。

そして、確かめるようにセネルの方に視線を向ければ
セネルもまた、強く頷いて見せた。


「人類と水の民が、どうして、憎み合わないといけないんだ?」


その疑問を口にした瞬間


の頭の中に流れ込んでくる、いつもの声。


皆も同じく、そして幾度目かのソレに慣れたかのように
少しだけ目を見開いて、其々が視線を合わせた。


「むむ、見えた!見えました!!」

「雷のモニュメント・・・・か。」

「次に目指す場所が、決まったか」



の言葉に、ウィルが微かにに目を留めてから呟く。


そんな一同の様子を横目にしながら
ジェイは辺りを見渡した。


「”誰か”は、例によって僕達の話を聞いているようですね。」


鋭い瞳で辺りを観察し、発せられた言葉に
一同がハッとして、同じように辺りを見回した。

その中で、反応し損ねたは、ジェイと視線が合う。

スっと窺うように細められた瞳に、ウッ・・・と言葉を詰まらせて。


「ギーとん、何か気付いた事ないの?」


一応ギートも犬みたいなもんだし!と、尋ねたノーマに
当のギートは困ったように喉を鳴らすだけで。

駄目か・・・と肩を落としたノーマに、ジェイは
あくまでも静かな口調で口を開いた。


「多分、この近くには僕たち以外、誰も居ませんよ」


そう、確信を得たようなジェイの言葉に、
クロエは怪訝そうに眉を顰めて、「どういう事だ?」と問う。


ジェイは瞳を伏せって、けれどもその紫暗の瞳には
微かに戸惑いが揺れている。


それでも、一同の視線を一身に受けるジェイは
あくまでも普段どおりの面持ちで、顔を上げた。


「”誰か”の正体・・・僕には、何となく分かった気がします」


ジェイの発言に、クロエとノーマ、モーゼスの声が被った。

何れも、その正体を問うものだったが、ジェイは動じない。

それは・・・と口を開きかけ、フと、再びジェイと視線が合った。

思わず身を固めたに、ジェイは逡巡し。


やがてゆっくりと口を閉じると、瞳を閉じて
一度佇まいを直した。


「今は、言わないでおきましょう」


その見事な寸止めに、真っ先に反感を示したのはノーマで
「んだとう〜〜〜!?」と、思わず立ち上がり地団駄を踏む。

そんなノーマを呆れた視線で見やりながら
ジェイはいつも通り、ポケットに手を突っ込む。


「我ながら信じがたい答えなもので。
 確証を得てからお伝えしますよ。」


言って、あとは貝の口になったジェイ。


これはもう、何を聞いても無駄だろうな、とウィルは判断したのか
やれやれと一つ息をつくと、鍋を囲むように降ろしていた腰を持ち上げた。


「よし、今日のところはこれまでだ。」


言って切り上げようとするウィルに、「え!?」と盛大に声を上げたのは
どうした、と冷静に聞き返されるが、『どうした』じゃないってんだ。


「あ、明らかに突っ込まないのは可笑しいでしょ!」

「・・・・・まあ、それもそうですね」


言ったに、ジェイは少しの間の後、溜め息で頷いて。


「最後に見せられた映像のメルネスが
 さんと瓜二つだったことについて・・・・ですね?」


確かめるよう言われた言葉に、は頷いた。

ジェイは静かに溜め息をついて、
「本当に・・・・」と、何処か呆れすら含む声


「貴女、どんどん分からない存在になっていきますね」

「そ、そこまでハッキリ言われると傷付くって言うか・・・」


確かにその通りなんだけど、
そこはもうちょっとソフトに言って欲しいって言うか・・・

いや、コイツにそれを求めても無駄だな。


に”声”が聞こえんのって、あの人となんか、関係あんのかな」

「まったく無関係とも思えませんけどね。
 ソレとコレとを結びつけるのは、安易かもしれませんよ」

「増える謎の一つでしかない・・・って所だな」


結局は、話題として持ち上がっても、
分からない所が多すぎて手が付けられない。

たまたま似ていただけ、とするには安易過ぎるが
かと言って、の存在が一体何処に結び付けられるのか、
現段階では分かったものじゃない。


「今の段階では、幾らなんでも情報が少なすぎますね。」

「メルネスがにそっくりだった、という事しか分からないからな。」

「・・・・蒼我とメルネスに結びつきがあるのなら、
 今後、蒼我について調べていけば、その謎も解けるかもしれんな。」


ウィルの言葉は、あくまでも希望的観測ではあるが、
それでも、その言葉にも一理ある。

ジェイは頷いて、同意を示した。


「ええ。少なくとも、蒼我について調べ始めてから
 メルネスと言う言葉は必ず出てきました。ともすれば、あの女性が
 今後出てくることも、無い事ではないでしょう。
 今後の状況を見守る・・・という事で構いませんか、さん?」


確認するようなジェイの言葉に、は頷いた。

正直、そんな答えで納得できるかと言われれば、Noだ。

自分の存在に関わる事。

出来れば今すぐにだって知りたい。

けれども、実際には知る事は出来ないのだ。

それなら、今後に希望を持つしか望みはなくて
今はジェイの言葉に、頷くより他にないのだ。


「それでは、今後も同じく、煌髪人と蒼我について
 僕たちは調べていくわけですが―――」


の返答に、ジェイも小さく頷いて確認するかのように紡いだ言葉は
一度、考えるように途切れた。


それから、改めてセネルに向き直った彼は、
あくまでも真剣な瞳だった。


「人類と煌髪人が憎み会う理由・・・・
 知る覚悟は出来てますね、セネルさん?」

「・・・・・当然だろ」


セネルの言葉に、ジェイは僅かに口元に笑みを浮かべたが
その瞳が緩む事はなくて

彼はこの場で、最後まで”不可視のジェイ”としての彼だった。


「結構」


呟かれた言葉は重い響きを持っていて。


兄妹喧嘩ではまとめる事ができないほど、
事態は悪化しているのだと、改めて言われているようだった。









「嘆きを聴いた乙女は左の手を振り翳し
 罪の大地に雷光を落とした
 神の粛清を受けた大地は無に返った」

次の日、向かった先は雷のモニュメント

は、既に慣れた手つきで装置の文字を読み取り
皆が見守る中、唄うようにして読み上げる。


後ろに控える一同を振り返ると、
力強い頷きが返ってきて、は一度、息を吸い込んだ。


果たして、自分の存在を明らかにする手掛かりは、
此処にあるだろうか――?


微かに緊張の面持ちで、ゆっくりと、目の前の装置を見据えた。


「行くよ」


足元には、黄色い陣が描かれる


慣れてきたこの感覚を、受け入れる


そして、真っ直ぐに


まるで誰かに届けるかのように、それを歌い上げた。


「三途に通ずる封印の間 閃光爆ぜる地にて不帰と化せ――ヴォルト!!」