打ち捨てられた地で15 |
夜の海岸は、いつも以上に波の音が響く気がする。 遥か地平まで続くようにすら思えるこの海は 明かり一つも灯らずに暗闇で、静寂は、迫り来るように少し怖い。 何だか、違う世界に迷い込んだみたいだな、なんて思いながら。 まあ、当らずとも遠からず、 自分は現在、違う世界に迷い込んでいるわけなのだけれど。 岩場に座って、そんな波の音を聞きながら はゆっくりと、歌を唄う。 奏でるのは、この静かの大地に下りてから もう幾度と口ずさんだ歌だ。 「逢いたさ見たさに 怖さを忘れ 暗い夜道を ただ一人 逢いに来たのに なぜ出て逢わぬ 僕の呼ぶ声 忘れたか 貴郎の呼ぶ声 忘れはせぬが 出るに出られぬ 籠の鳥 籠の鳥でも 智恵ある鳥は 人目忍んで 逢いに来る 人目忍べば 世間の人は 怪しい女と 指ささん 怪しい女と 指さされても 誠心こめた 仲じゃもの 指をさされちゃ 困るよ私 だから私は 籠の鳥 世間の人よ 笑わば笑え 共に恋した 仲じゃもの 共に恋した 二人が仲も 今は逢うさえ ままならぬ―――」 そこで、歌は途切れてしまう。 まだ続きがあるのだろう事は分かるけれど、 自分は、その先を知らない。 ひとつひとつのモニュメントを進むたび 歌は少しずつ出来上がり、それでもまだ自分は その歌の意味を何一つだって分かっていなかった。 昼間、雷のモニュメントを調べてきた。 そこには、自分が何者何かの情報は 欠片もなかったのだけれど―― そこで見たのは、流れ星。 空から落ちてきた巨大な船の映像だった。 ―― 水の民は、宇宙からやって来た きっと皆は、そう思ってる。 けれども、自分はそれが違う事を、知っている。 持っている知識を無いものとするのはやはり難しくて 自分は結局、それを知っているのだ。 そして、だからこそ自分は――みんなと、違う 『煌髪人が異世界から来たと知って、僕は正直、怖いと思いました。 得体が知れないと言ってもいい』 いつも通り、見てきた映像を纏めている最中で言った、ジェイの言葉。 そして、その言葉に反応した、みんなの瞳 ――― 正直、きつかった。 「、」 フと、思いがけず呼ばれた名前に、ハっと顔を上げる。 見れば、夜の砂浜の上、セネルが立っていた。 先ほどのジェイとのやり取りのせいだろうか、酷く浮かない顔をしたまま、 此方に静かに歩み寄ってくる。 「セネル・・・・」 「戻ってくるのが、遅かったから・・・・」 「あはは、心配した?」 「まあな。」 「へ・・・・・?」 「モフモフの奴等と、が。」 おどけて言ってみせたのに、あまりの即答ぶりに破顔すれば、 セネルはその後に付け加えて。 ムーっと頬を膨らましてやれば、冗談だって、と 僅かに笑って、ポンっと頭に手を置かれた。 思いもかけなかったその行動に目を見開いたと、 それすらも気にした様子がないセネルと。 彼はそっとの頭から手を離すと、「隣良いか?」と 岩場の隣を指差す。 どうぞ、と答えれば、彼は寄り掛かる形で自分の隣に位置付いた。 静かな波の音が、ゆったりと響いている。 穏やかな気持ちでソレを聞きながら、しばらく2人、無言の時間が続いた。 「なあ、。」 「んー?」 「変なこと、聞いても良いか?」 「・・・別に良いけど?」 何?と、首を傾げる。 セネルは、海のほうを見つめながら口を開いた。 「最初この世界に来た時、どう思った?」 「・・・・水の民と私の心境が、同じとは限らないよ?」 言うと、セネルは僅かに肩を揺らした。 図星を突かれたのだろう、反応が正直だ。 確かに彼からしてみれば、『知らない世界から来た』と言った点で 自分と水の民は少なからず同じような存在なのだろう。 けれども、自分は予めこの世界の事を知っていたわけだし、 望んでこの世界に来たわけでもない。 決定的違いは、ここにおいてそれなりに重要だ。 それでもセネルは、「それでも、聞いておきたいんだ・・・」と、 掠れるような声で呟いて。 「・・・・そうだねぇ・・・・」 ポツリと、は言葉を落とす。 「ワケがわかんなかった。」 この世界に来た時の素直な感想は、それだ。 やっと自分の事を捉えたセネルは、微かに驚いたような顔で、 は思わず苦笑を返す。 「だって私、普段と同じように生活してるところ、 いきなり噴水広場にすっ飛ばされたんだよ?」 ただ、ごくごく普通にゲームのスイッチを入れただけ。 それすら、日常と変わらない行動だったはずなのに それが唐突に、日常から外れてしまったのだ。 冷たい噴水の飛沫を肌に受けながら、 思ったことはただただ『ワケが分からない』だった。 「んでその後すぐに、 うっかり怖いおにーさんに追いかけられるハメになってさあ」 「・・・何したんだよ、お前・・・・」 「え、えーっと・・・ ち、ちょっと肩口ぶつかっちゃってね、あはははは・・・・」 しかもその後、うっかり口を滑らせてしまった、なんて事は言える訳もなく、 けれども明らかに不振なの言動に、何かしらしでかしたのだろう事は いくらセネルにだって想像がついているだろう。 証拠に、思い切り重い溜息を吐かれてしまった。 ま、まあそれは良くって!と、の声が夜の黙に響く。 「まあお陰でお金手に入ったし? 結果オーライって言えばそうだったんだけど、 やっぱり次の日も怖い思いしたし・・・・・正直な所、 不安だったし怖かったし・・・・ちょっと、泣きたかったかな。」 それでも、泣いても仕方ないだろうと叱咤して、 両足突っ張って、雇い口を見つける為に歩いて。 今にして思えば、あのときの自分、よく頑張った、と褒めてやりたい。 「怖いだけ・・・だったか? やっぱり、にとってこの世界は。」 「最初はね。」 「そう、か・・・・」 「だって、皆普通に武器持って町闊歩してたりするんだよ? 私の世界じゃ、それだけで犯罪だっつーの。」 まったく・・・と呟いたけれども、ソレがこの世界では普通だから、 セネルが良く分からない顔をしているのも無理はない。 けれども、そのセネルたちが不思議そうな顔をするような 平穏な世界から、自分は確かにやって来たのだ。 「でもその内、ジェイに会ってさ・・・まあ、アレも最初 かなーり私に厳しかったけど・・・でも、良い人たちに出会って、 この世界も悪くないかなって、思えるようになって。 しかもその一部は、私が異世界から来たって知っても、納得しちゃうんだよ?」 まったく、信じられないよねーとか、笑うに セネルは少し照れたような、何とも言えない複雑な顔をしてそっぽを向く。 言っているのが自分達のことだと分かってくれたのだろう。 「生活様式が違うだけで、この世界も、私が今までいた世界とそう変わらないんだって、 そう思えるようになったのは、その辺りから。 この世界の中にもちゃんと良い人がいて、一生懸命生きてて、 何だ、問題ないじゃんって思えたのは、この世界の人たちと、 交流らしい交流が持てて、やっと・・・だったかな。」 それまでは、正味な話、 この世界は自分にとってやっぱり『ゲームの世界』だったし 外の世界は、先のチンピラみたいなのが多い『怖い世界』だった。 「まあ、そんな感じかな。 ね?あんま参考になんないでしょ?」 「そんな事ないさ。 それに、少し興味もあったしな、がこの世界に来た時のこと。」 「そうなの?」 「ああ、いつか聞いてみたいとは思ってた。」 今回聞けて良かったよ、と、セネルは笑う。 そっか、と、釣られるように笑みを返した。 それから、セネルは空を仰ぎ、ぼやくような声音で言う。 「昔の人たちは、水の民とそういった交流を、しなかったのか?」 「んー・・・・・でもさ、この遺跡船は突然空から落ちてきたんでしょ?」 最初から異世界から来たと大々的に宣言されたようなもんだ。 ともすれば、交流を図るにしろ、どうしても先入観は入る。 最初は小規模で収まっていたソレも、時が経てば大きな溝になってしまう。 「どうして、一緒に歩いていけなかったんだろうな・・・水の民と陸の民は・・・・」 こんなにも、俺たちと変わらないのに・・・・ 自らの手の平を見つめながら、小さく呟いたセネルを見やり、 は再び、海へと視線を戻した。 「ねえ、セネル。」 「ん?」 「これは凄く個人的な異世界人からの意見ね、」 「?」 「だから、あくまでも個人の言葉として聞いて欲しいんだけど・・・・」 最初に断りを入れたに、セネルは首を傾げ、 は、一つ一つ言葉を選ぶようにして、ゆっくりと音を繋ぐ。 「自分が今までいた世界とは全然常識違う世界に来たんだもん、 やっぱり不安で、怖くて、どうしようもないよ。 中には良い人もいるって、何となく分かってはいるんだけど、でもやっぱり、 最初にあんな事があったせいかな・・・・周りが敵ばっかみたいに思える事も ない事ではなかったよ、正直な話ね。」 「・・・・・ああ、」 「でも、だからこそ・・・・信じてくれた人がいた事、 本当に・・・・すっごく、心強かった。・・・・嬉しかったよ。」 「!」 自分と水の民とでは、全然境遇が違う。 けれども、信じてくれる人がいた事、信じられる人がいた事 それが心強くて嬉しかったのは、彼女――― シャーリィも同じだったのではないかと、それだけは、言える。 セネルが、自分を見つめているのは気付いた。 けれどもは、それを横顔で受け止めて受け流す。 「私さ、この世界に来て、大好きだって言える人たちが 信じられないくらいたくさん出来たんだよ。 ・・・・・・だから、もし本当に戦争が起こってしまうんだとしたら 私は、大好きな人たちを守る為にも、シャーリィと戦うって・・・・ そういう覚悟して、ここまで来たんだ。」 「・・・・・、」 「・・・・・でもさ、」 セネルが何か言おうとしたのを、静かにさえぎる形になった。 セネルの瞳が、微かに揺れる。 けれども、はなるべく感情を出さないように―― 抑えるようにして、言葉を紡ぐ。 ジェイに問われて、自分なりに出した答えは、それだった。 今だって、それは変わってない、けれど―――・・・・ 「ちゃんと・・・仲直り、出来ればいいね、セネル。 もしもの時は、私も容赦なくいくと思う。けど、 それだけは・・・・本当に、思ってるから。」 「・・・・・」 「今の状況だからこそ、シャーリィ・・・って言うか、水の民が 怖いと思うこそすれね、私別に、先の戦争で同盟組んだときに 水の民のこと、怖いとは思わなかったし」 大切な人と殺し合わなくちゃいけないかもしれない、 セネルだって、辛い境遇だ。 けれども、ジェイや他の皆だって、大切な人たちの命が掛かっている。 だからこそ、あの話し合いの場で、2人の会話が拗れたわけで、 だからこそ、難しい問題だと言うことは、もちろん分かっている。 けれども、きっと言える事は―――・・・・・ 「・・・・多分さ、何事もなく終わらせる事が出来るなら・・・・ みんな、シャーリィと戦わずに終わらせたいって、思ってる。 きっと・・・あんな事言ってたジェイだって、そうだよ。」 「・・・・わかってるんだ、が言うことも、他の皆が言うことも・・・・・ ジェイが言う事だって、分かってる・・・・・けど、俺は・・・・」 「うん。そんで、私たちも、セネルが言うこと、分かってるよ。 分かってて、それでも相容れないから、みんな真剣に悩んでるんだよね」 セネルが、静かに頷く。 は、努めて明るい声を出した。 セネルの肩を叩きながら、笑ってみせる。 「そんな焦って答え見つけようとしなくて平気だってば。 確かに、そんな悠長に考えられるほどの時間もないけど・・・・ まだ向かうべきモニュメントも一つ残ってるんだよ?」 その、蒼我からの答えを見てから答えを見つけても きっと遅くはないのだから。 「明日にはきっと・・・・みんながひとつになれるような答えが見つかるよ。 今わからないこと、今焦ったってしょうがないよ、セネル」 それは、どこか自分に言い聞かせているような言葉だった。 今わからないことを、今焦っても―――答えは結局、見つからないのだ。 だからこそ急く気持ちも、もちろん分かるけれど。 「さ、そろそろ戻ろっか、セネル。 いい加減長居しすぎちゃったよ。」 本当にたちに心配されてるね、なんて笑いながら、 岩場から身軽に降りる。 「、」 「ん?」 「・・・・・ありがとう。少し、楽になった。」 「・・・・・・うん、どういたしまして。」 笑顔で返してから、セネルも砂浜に降り立ち、 フと、彼は逡巡した後、問いかけた。 「なあ、」 「んー?」 「すごく個人的に聞きたいんだけど・・・・良いか?」 「構わないけど?」 なにー?と振り返るに、セネルはまっすぐに、彼女に問いかけた。 「もし・・・・もし、がいた元の世界に帰れる時が来たら・・・・ その時は・・・・どうするんだ?」 その問いかけに、は目を見開く。 そして、そっと瞳を伏せた。 「・・・・・・・帰りたくない・・・・・かな。」 ぽつり、呟いた。 セネルは、ハっとしたように自分を見つめる。 はほんの少し苦笑した。 「今、この世界にはもいるしね。 向こうの世界にはいないような、本当に大事だって思える仲間もいる。 私には・・・・向こうに帰る理由、見つかんないもん」 安心した?なんて、おどけて言ってみせる。 セネルは何か言おうとして口を開き、けれども結局 その言葉は飲み込んでしまったようで 最終的には「少しな、」とのお答えが帰ってきた。 風が、吹く。 夜の風だ、心地良い。 隣で歩くその銀髪をサラリと揺らして ああ、その悲しそうな顔まで、一緒に攫ってくれればいいのに。 夜はまだ、深い。 はそっと瞳を伏せて まだ遠い夜明けに、思いを馳せた。 |