打ち捨てられた地で19 |
皆と合流するために歩く道筋――と言っても 実際に歩いているのはジェイだけなのだが、それはまあ置いておいて。 最初は慣れずに身を固めていたも、しばらくし時が経てば 自然状況にも慣れてくるもので そっと、下からジェイを伺う。 普段は、自分より背の低い彼だから、下からこんな風に伺う視点は なんとも新鮮で、少し不思議だ。 自分の体を持ち上げる彼の腕はしっかりしていて、 ちゃんと男の子なんだなぁ、なんて、今更の様に思う。 あんな睫毛長いのに、 髪だってこんなに綺麗なくせに こんな整った顔立ちしてさ やっぱり男の子なんだな、なんて 思うと、何だか悔しくなってくる。 ムゥっと、思わず膨らませた頬に、ジェイは気付いていないだろう。 「・・・・・さん」 「へ!?え、あ、なに!?」 「・・・・・何ですか、その驚きよう・・・・」 「いえ別に・・・やましい事なんて考えてないですよ・・・・」 言うと、何考えてたんですか・・・・と、呆れたように言われる。 フと ちゃんといつもみたいなやり取りが出来ている事に気付いて、 何だか無性に嬉しくなる自分がいた。 「まあまあ、」と、微かに浮かぶ笑みに、ジェイは怪訝そうな顔をしたけれども まあ構いませんけど、と呟いて。 少し、間が空いた。 最近になって分かってきたのは、呼びかけの後に少し間が空くのは、 彼にとって、大事な話を切り出す時らしいと言う事。 現に今回も、次に口を開いた彼の表情は、 真面目以外の何者でもなかった。 「・・・・さん、」 「ん?」 「さんは・・・・・ 蒼我の正体を、知っていましたね?」 「んー・・・・・・」 率直に聞かれて、は曖昧な笑みを浮かべ けれどもそれが、肯定である事をジェイは分かっていて。 「怒ってる?言わなかった事」 「いいえ、貴女は異世界から来たと言った時に 初めから断りを入れていましたからね」 この世界の事、知っているけれど、知らないと だから、自分は何も言わないのだと、彼女は言っていたから。 そっか・・・と、は少しだけ安堵したかのように呟いた。 「正直、私も色々分からなくなってるからさ。 言わなかったって言うよりも、言えなかったの方が 少し、正しいかな」 テレビの前で、プレイヤーとして知った真実が、 何だかこの世界の真実の全てではない気がして 自分は彼に、その情報を提供することは出来なかった。 ジェイは少しの間の後に、別に構いませんよ、と それだけを答えた。 昨日の、夜の話。 寄せて返す海が、蒼我の正体。 信じがたい答えだったもので、と言っていたジェイは、当然だ。 それでも、自分に聞こえる声は間違いなく、蒼我の――― 海の、声なのだ。 「・・・・・ねえ、ジェイ」 「・・・・・・・・はい?」 「ジェイは、さ・・・・・・」 私の事、怖いかな。 言った言葉に、ジェイは少しだけ身を揺らし 答えるべき言葉に迷っている様子だった。 ジェイは何かを言おうと一度口を開いたが すぐに止めてしまい 暫くの間の後に、ジェイはほんの少しだけ息を吐き出して 遠く、向かうべき道筋をまっすぐに見つめた。 「昨日の夜、僕が言った事・・・・ですか」 「・・・・・うん。」 「貴女は別です、なんて、都合が良すぎますからね」 正直言って、怖いと思いましたよ。 ジェイの言葉に、は視線を落とした。 うん、と、掠れる声で頷いて。 「初めて聞いたとき、確かに納得はしました。 でも・・・・やはり、貴女の存在は怖かった。」 「そ・・・だよね」 「ええ、」 ・・・・・それも昔の話ですけどね そう、ぽつりと付け加えられた言葉に は顔を上げた。 ジェイは、何処か自分でも戸惑っているような瞳をして 自分を見つめ返していて そんな表情をされて、戸惑ってしまうのはコッチだ。 「付き合い、割と長くなりましたからね。 貴女が彼らを傷つけようだなんて思える性格じゃないことくらい 幾らなんでも分かってるつもりですよ。」 いつだって、全力でぶつかる彼らに答えるように 全力で笑って、泣いて、怒る彼女 彼女は精一杯に生きていて、自分は、そんな彼女を知っている。 フッと、自分を見下ろすように、微かに笑まれて 思いがけず高鳴った心臓に、自分自身が驚いた。 次の瞬間に、また道筋に持っていかれた視線に 思わず吐いた安堵の息。 見上げる形のジェイは、眉根を寄せていた。 「セネルさんの言っていたことも、間違いではないんですよ。 要は個人がどう思うか、と言う話です。けれど・・・・」 こればっかりは、そんな悠長な事言っていられないんだ・・・・と 苦々しく呟いたジェイの声。 微かに響いている機械音にすら、消されてしまいそうな声だったけれども 確かに聞こえたそれは、何故か痛々しくて。 「・・・・・ねえ、ジェイ。」 掛けた声は、正確には 掛けずにいられなかった、が正しいと思う。 「これから先・・・ 私自身のことについても、 水の民のことについても、どんな真実が待ち受けてたとしても、 私、絶対に皆に―――ジェイに、着いてくからね。」 目を見開いたジェイに、は小さく笑みを返す。 いっちばん最初に、約束したでしょ? の言葉に、首を傾げたジェイ。 「私は絶対に、ジェイの大切な物を傷つけない。」 言った瞳は、その言葉を最初に言ったあの時の様に真っ直ぐで 人口の緑を映して、不思議な色に揺れていた 「ジェイ、結構みんなの事好きみたいだし だから、もし私がみんなに害を成す存在だったとしても 絶対に皆を傷つけないし、その努力はしたいと思ってる」 自分が何者だったとしても、自分は皆に着いていくから 言い切ったは、フっと、少し哀しそうな瞳をして 彼の首に回していた腕に、ほんの少し力を込めて その胸に、頭を預けた。 「だからさ・・・・・」 もう少し・・・頼ってよ 呟くような声音で言ったに、ジェイは目を見開いて。 何か考えるような仕草をして見せた彼は けれども結局何も言わずに 先ほど、自分達が弾き飛ばされた地点に差し掛かる。 今度こそ、ジェイは器用にトラップの間を掻い潜り、 その先へと進んだ。 しばらく先に進んだその後に、ジェイは静かに、言う。 「・・・分かっているとは思いますが、僕は、危うい存在だと思うものを、 無条件に受け入れられる性格じゃありませんよ」 「うん、分かってる」 この先、自分の正体が明らかになった時 もし、彼らにとって害を成す存在だったなら ―― ジェイは躊躇いなく、自分を切り捨てるのだろう フと、思い出したのは、出会った頃の彼の瞳。 人を完全に拒絶し、信頼なんて欠片もない目。 彼が仲間になるその直前に一度見せたきり、 ジェイはもう、自分にそんな瞳は向けてこない。 もし・・・・・ もし、自分が 切り捨てられる事になったなら きっとまた、ジェイはあの瞳を向けるのだろうな。 そう思うと、無性に哀しくなる自分が居て、 自分は自分で思うよりもずっと、彼に縋っているみたいだ。 視線を落としたを、ジェイは見つめる。 「それでも―――」 言葉を続けたジェイに、はゆっくり、視線を上げて 怪訝そうなの瞳の先で、ジェイは 少し困ったような笑みで、自分を見つめていた。 「もしそんな時が来た時に、 受け入れられる努力を、したいとは思ってます。」 「へ?」 「まあ、場合によりけりでしょうけど」 肩を竦めて言ったジェイに、は 何処か呆然とした思いで彼を見上げていて 「此処に来る前、貴女に聞きましたよね」 「え?」 「一度言葉を交わしたことのある人間を手に掛けるのは・・・ 貴女が思って居るよりも、ずっと重い行為であると、 貴女にその覚悟があるのかどうか、」 言われて、思い出す。 時計台の前で、ジェイは確かに、自分に言った。 無理強いはしない、だから、嫌だというなら止めても良いと。 自分はそれに対して、首を横に振った。 この世界で大切なものが出来たから、自分も戦うと ジェイは、薄闇の下で、微かに笑って見せた。 「あの時の答え、信じさせてもらいますよ」 そのジェイの言葉が、果たしてどういう意味だったのか 飲み込むまで、しばらく長い時間を使った。 やがて、の表情に、安堵にも似た笑みが浮かぶのを見ると ジェイは、静かに足を止めた。 その先には、いつの間にやら、 皆が待っているであろう小部屋の入り口があった。 ジェイが静かに自分を見下ろしている。 も、そのジェイを見上げて、小さく頷いた。 ―――大丈夫 大丈夫、きっと、うまくやれる 自分の存在が、何者であっても もしもの時、シャーリィと戦う事になっても 人を殺すのは、まだ正直怖い それでも、きっと、大丈夫 この世界に来た時から、自分の目の前にある この小さく、けれどもいつだって頼もしかったその背中を 『もしも』の時にも、信じてやり抜こう この世界に来てから、幾度と無く助けてもらった その彼だけに苦しい思いをさせるなんて、女が廃るってんだ。 ジェイがそっと、扉に触れる 機械音を残して開いた扉の先を、 は静かに、見据えていた。 |