白い空間に飲み込まれて、 水の中を漂うような意識に、体を預ける 『我、今こそ光跡翼を用い、蒼我と一つにならん』 真っ直ぐに紡がれた声を聞いて、 は薄っすらと瞳を開いた。 見えるのは、ただ白いばかりの視界。 ―― アルジェ・・・・ フと、思いがけない声がして其方を振り向く。 透けるような茶の髪に、翡翠色の瞳の男が 哀しそうな瞳で自分を見つめていた。 聞き覚えのある声。 そうだ、いつも目覚めの時に、 自分じゃない自分の名前を呼ぶ、その人だ。 『忌まわしき大地を、この世から消し去ってくれる・・・・!』 聞こえる声は、憎しみを携えたメルネスのものだ。 白い意識の中に、色の付いた映像が流し込まれる。 水の底から出現する、高く聳える塔 そこから発せられる 眩い、目を焼くような閃光。 遺跡船を中心に広がる光に応える様に 海が、意思を持つ。 高く、高く、這い上がるような津波に 大地は言葉通り、『飲み込まれて』いく 意思を持ったかのような海に 大地の半分が、削られた。 フと、見やった先ほどの男は 哀しそうな瞳で、同じようにその映像を見つめていて ―― 死なないで・・・・・・ 握り締めた手が、白く震えているのが、分かった。 意識は再び、白に飲まれる。 白い意識に、男の姿も見えなくなった。 体を再び、意識に委ねる。 そっと、瞳を閉じた 『無念だ・・・・半分も残してしまうとは・・・・』 メルネスの、震えるような力ない声 『覚えておれ・・・・いつの日か必ず、次なるメルネスの手で・・・・っ』 苦々しげな声も、言葉尻は息の漏れる音に消えていく。 『溶ける・・・・我の意識が、溶けて消える』 そうして、今度は黒く塗りつぶされていく視界の中 彼女の呟く、酷く穏やかな声が、微かに聞こえた。 『ジャンティ・・・・・・・』 |
打ち捨てられた地で21 |
今までふわふわとしていた体に 急激にあるべき重力が掛かり、は思わず膝を突いた。 上がる息に、まだ意識はどこかぼんやりとしている。 「今の・・・・・」 微かに息に紛れる程度に発した声に、 気付いた人間はいない。 アルジェに、ジャンティ・・・・? あの2人の、名前だろうか 自分じゃない自分を呼ぶ男の声の主 その男が、悲しそうに見つめて、名を呼んだ女はメルネスで 何だったんだ、今のは・・・・・? 肩で息をして、呆然とするは 確かに、そこにいる皆と同じ反応であったけれども 一人、その原因は違っていることに、気付いていた。 きっとあの男と、メルネスの映像は、自分にしか見えていない。 証拠に、真っ先に口を開いたノーマの言葉は 白い空間の中、強烈に焼きつくように見せられた映像の話だった。 「海が・・・・・・」 呆然とした声音が、やがて興奮を交えた口調へと変わる。 「海が、大地を切り裂いてたよ! 生き物みたく、うねうね動いてた!!」 そのノーマの言葉に答えるように、 信じられないような声音で「あれが秘密兵器の威力なのか?」とクロエ。 横に立つジェイが、ハっとしたように顔を上げた。 そうか・・・・と、 確信を込めて、ポツリと紡がれた声に、皆がジェイの姿に注目した。 「・・・・『大沈下』だ」 その視線に応えるように、ジェイの瞳は鋭さを増す。 「わかりましたよ。僕達が見たのは、大沈下が起こった瞬間です!」 そうして、彼が紡いだ言葉に、皆が、息を呑むのが分かった。 が、混乱したように頭を抑えた。 「え、ええっと、ちょっと待って。 大沈下・・・って、確か・・・えーっと・・・・・」 「かつて世界の半分を海に沈めたとされる、伝説の災厄のことだ」 記憶の彼方に、その単語が飛んでしまっているに、 そっとフォローを入れてくれるクロエに感謝しつつ ウィルが、更にその後を引き継ぐ。 本当にあったのかどうか、これまで証拠はなかったのだと、 俄かには信じがたいような声音だった。 ジェイは、確信に満ちた瞳で頷き。 これでハッキリしましたね、と、セネルに向き直った。 「大沈下は実際にあった出来事で、やったのはメルネスと言う事です。 そして彼らは、今また同じ事を繰り返そうとしている!」 「!」 「セネルさん、いかがですか?」 その、追い詰めるような声音。 セネルが、苦々しげに息を詰める。 ジェイは、尚言い募ろうと、皆から背を向けて口を開く。 皆の顔を見て言えば、傷つくのは自分だから セネルも、ジェイも―――・・・・・ そんな2人を見ているのが、痛々しくて 思わず、はジェイの肩に手を置いた。 「・・・・何です?さん」 「・・・・・ここで話してても仕方ないよ。 一旦、ベースキャンプに戻ってから、詳しいことは話そう。ね?」 一体、この場で話を止めたのは、誰のためだったのか 分からないものの、ジェイは一度、セネルの方へと視線を投げて また静かに、視線を外した。 「いいでしょう。皆さんの的確な判断を、期待していますよ。」 言葉だけでは、随分と嫌な言い方をしてくれた。 けれども、すぐ隣にいた自分には、 彼のその表情が、どうしても目に入ってしまって。 「・・・・・・・・損な役処、一人で買わなくて良いのに、ジェイ」 セネルとクロエの会話に、皆が集中してるのを良い事に はポツリと、小声で言った。 ジェイは微かに肩を揺らす。 けれどもそれっきり、表情はツンと済ましてしまっている。 「何のことだか、分かりませんね。」 「静かの大地に来てからのジェイの事ですよ。」 あくまでも言い逃げようとしたジェイに、は尚言う。 ジェイはチラリと自分を横目で捉えて、 澄ました顔を、やがて諦めたように歪ませた。 「仕方ないじゃないですか」 「ん?」 「人の良い人が多すぎるんですよ、此処には・・・・」 「・・・・ジェイだって、人の事言えないのにさ」 軽く言うと、ジェイは小さくを睨んで けれどもは、軽く肩を竦めただけだった。 と、微かに皆の方が騒がしくなる。 状況を把握したのは、クロエの凛と高い声だった。 「クーリッジ、足元に碑版が。」 「!」 その言葉に、他の皆が驚いたように近づく。 けれども、ジェイだけは珍しく、その場から一切動かずに そちらの方に向きを変えただけで いつもなら真っ先に、石版を調べに行きそうな彼がそんな調子だから 何となく、もまた、その場から動けなかった。 「中心に描かれているのは遺跡船で、 周りの模様のようなものが、光か・・・・?」 クロエの石版の説明に、大体の事は掴めたのだろう。 ジェイは再びそっぽを向いた。 そのジェイの反応に、どうにもしようがなくて は、助けを求めるように、ウィルに視線を投げる。 ウィルはその視線を受けてくれたらしく 小さく頷いてから、皆に呼びかけてくれた。 「ひとまず、ベースキャンプに戻るぞ」 話は、そこに戻ってからだ、と ウィルの言葉に頷いた一同に、 は一先ず、ホっと息を吐いた。 |