打ち捨てられた地で22 |
その日、だるい体を引きずってベースキャンプに戻ると いつもの通り、迎えてくれたのは、モフモフの皆と の笑顔だった。 その笑みに辛うじて返事を返せたのはだけで、 他の皆は、だんまりとしたまま、気まずい空気が包んだ。 いつもなら、倒れこむように眠るにもかかわらず 今日は、その話し合いは間を置かずに行われた。 薄っすらと眠気が支配する頭は、けれども今日ばかりは、 その眠気に身を委ねる事が出来なかったのが実の所で それは、その場にいた一同、同じだったらしい。 グツグツと、皆の真ん中で煮え立つ鍋の中身は、 数日前に酷い色をしていた物とは思えない程で、 この数日、が少しずつ加えていた手直しで、大分良い味になった。 ただ、中で揺れている、蛇とも何とも付かない骨は いい加減取り除いた方が良いんだろうなぁとは思う。 ちなみに、そのよく分からない材料を放り込んだのはあくまでであって は、当初の肉の付いていたその生身の姿に 気持ちが悪くて手出しが出来なかったのだ。 それでも、その頃はまだ 皆の空気が、こんなギスギスと痛いものに変わるなんて、思ってもみなかった。 料理を口にして、美味しいと言ってくれたり、 「良い嫁になるねー」なんて、軽口叩いたりした時が なんだか、遠い昔の事みたいで、切なくなった。 「もし大沈下が起きたら、 大陸全部が、海に消えちゃうのかな」 少し前まで、皆の空気を和らげようとしていたノーマが 今では完全に、沈んだ声になりながら、最初に口を開いた。 前回と同規模なら、確実にそうなるだろうというジェイの答えに、 ウィルが苦々しそうに、蒼我砲の騒ぎではないな、と呟きを漏らす。 「蒼我砲は山を吹き飛ばすくらいですけど、 今度は、大陸全てが標的ですから」 「蒼我砲の時だって、散々驚いたってのにね・・・・」 ジェイの言葉に、同じくすっかり空気に飲まれてしまっているが呟いた。 あの時は、山が吹き飛ばされたというだけでも言葉を失ったのだ。 それが今では、山を吹き飛ばす『くらい』なんて 既に規模が尋常ではない。 「マウリッツの言う『陸の民の粛清』とは、 そういう意味だったのか・・・・」 「あたしらは陸がなきゃ、生きてけない。 沈められたら、お手上げだよ〜」 ノーマが、本当に困ったような声音で言った時、 微かに、ジェイが怪訝そうな顔になった。 その表情に気付いたのは自分だけだったようだが、 そのジェイの表情に小首を傾げる。 今のノーマの発言に、何か引っ掛かる所があっただろうか? けれどもその疑問も、 モーゼスの問いによって、上書きされてしまう。 「あの塔みたいなんが、『光跡翼』か?」 「でしょうね。 光跡翼こそ、敵の秘密兵器の正体です。」 そこで、セネルがピクリと反応を示した。 けれども、その事に誰も気付かない。 皆、先ほど見てきた映像の話し合いに夢中で、 ジェイが発した言葉の意味まで思考が行き届いていないのか はたまた、その言葉もを、無意識にも受け入れてしまっているのか―― 誰も、気にした様子は見せていない。 「大沈下を引き起こす装置か。」 「リッちゃん、本気なのかな・・・・」 「少なくとも、あんな兵器持ってられたら 本気じゃなくても脅威にしかならないよ・・・・」 眉を下げて膝を抱えたノーマに、 が、困ったような声で言った。 とにかく、とジェイが立ち上がる。 思えば、話し合いの中心にいるのって いつもジェイなんだよな、と、フと、唐突に気付く。 適役ではあるが、ジェイの性格上、どうしても損な役回りだと思う。 「敵の目的がハッキリしたのは、収穫です。 今までは、それすら曖昧でしたからね。」 そこまで紡いだ所で、ついに我慢しきれなくなった様子で、 「ちょっと待て、」とセネルが腰を上げた。 拳を握って、怒りを抑えるような声を出す。 「どうして水の民を、敵呼ばわりするんだ。 今までは、そんな言い方しなかっただろ。」 「状況を正確に認識するためには、 この方が良いと思いまして」 「あのな・・・・・みんな、本当にシャーリィが、 大沈下なんて起こすと思ってるのか?」 言って、見渡すように視線をめぐらせたセネルに、 けれども皆、計らずとも、セネルから視線を外していた。 「そんな事あるわけないだろ!!シャーリィだぞ?」 そして、その反応に傷ついたような顔をしたセネルは それでもまだ、みんなに説得を続けていた。 とは言え、それで納得しろ、と言う方が難しい話だ。 複雑な表情をする皆の代弁は、 例に倣って、ジェイがしてくれた。 「そう言われてもね。 ぼくたちは、シャーリィさんのこと、よく知りませんし。」 「だったら教えてやる。 シャーリィはな、虫一匹、殺せない性格なんだよ!」 大陸を沈めて人類を滅ぼすなんて、 そんな大それたこと、出来るはずがない!! セネルは、そう続ける。 けれども皆、気まずそうに逸らした視線を合わせようともしない。 思うように伝わらなかった事に、セネル自身苛立っているのだろう、 口調は、どんどんど荒くなっていった。 「おい、どうしたんだよ。 俺の言ってること、信用できないのか? 大丈夫だ、きっと何とかなる!」 「でも・・・・・・」 「っどうしてだよ!! 水の民が違う世界から来た?だから何だってんだ!! のときは、みんな上手くやれたじゃないか! それなのに、何で―――・・・・」 「っいい加減にしてくださいよ!」 その瞬間、苛立ちをぶつけるようにの名前を出したセネルの発言に 声を張り上げたジェイに、皆、驚いたように目を丸くした。 セネルでさえ、そのジェイの怒りに驚いたように 続けようとしていた言葉を飲み込んだ。 鋭い表情で、ジェイはセネルに詰め寄る。 「どうして大丈夫だなんて、言いきれるんです? シャーリィさんはあなたにとって、何なんですか!」 「何って・・・・」 言われて、セネルは確実に、傷ついたような目をした。 それと・・・と、付け加えるように言う。 「セネルさんは、さんと煌髪人を同系視しているようですけど それは大きな間違いですよ」 「なに?」 「僕達はあくまでも、『さん』という人がどんな性格で どういう人であるのか、知っていたから受け入れることが出来たんですよ。 さん本人が言っていたでしょう。 あくまで僕達だから異世界から来たと打ち明けられたのであって、 それ以外の街の人間には、とてもではないが言えないと。 どうしてだか、わかりますか?」 「・・・・・・・・・・。」 「街の人間は、さんに絶対的な信頼を置けるほど 身近な人間じゃないからですよ。例えさんがどんな人間であれ、 『よく知らない人間が異世界から来た』と言う事実が、 この人を脅威の人物として置き換えるからです。」 ジェイの声は、静かだ。 けれども、鋭い。 ジリジリと、追い詰めるような声。 暗に、この会話の中にの名前を出したことを、責めていた。 「僕たちが受け入れたのは、『異世界人』じゃない。『さん』だ。 僕達にとって、『シャーリィ』さんは『』さんではないんですよ」 「っシャーリィが・・・他人だって言いたいのか・・・・」 「ええ。少なくとも僕達にとってはね。」 そう、ジェイはごく当然のように言う。 「さて、話を戻しましょう」と、 何でもない事のような声音で、セネルから視線を外さない。 「それじゃあ、貴方にとって『シャーリィ』さんは、 一体何なんです?」 「それ、は・・・・」 「今更妹だ何て言わせませんよ。 現にシャーリィさんは、あなたに決別を宣言しているでしょう」 言葉を詰まらせて俯いたセネルに、咄嗟にジェイを 止めようとしたのは、クロエとモーゼスだった。 けれども、ジェイは止めない。 「兄妹ごっこの時期は、とっくに終わってるんだ!」と 鋭く言い放ったジェイに、耐えかねて立ち上がったのはモーゼスだった。 自分よりも低い位置にあるその襟首を掴み挙げて 先ほどの言葉に対する怒りを露にする。 「ワレェ・・・・・!! 物には言い方ってもんがあるじゃろが!!」 「言葉を選んでる場合じゃないでしょう。 大沈下が起こっても良いんですか?」 「っちょっと・・・!2人とも、止めなさい!!」 今にも手が出そうなモーゼスとジェイの間に すかさずが割って入る。 2人の体を無理やり引き剥がすと、 モーゼスが咎める様な視線を向けた。 「っ嬢・・・・!」 「皆頭冷やして!話し合いのはずでしょ? 感情的になってどうするのよ!!」 良いから座りなさい!と 鋭くが言って、座るよう指差す。 モーゼスは唇を噛んで、未だ怒りは収まらない様子だったが それでもどうにか押し込めて、の指差した先に胡坐をかいた。 「ジェイも、あんま挑発するような事、言わなくて良いから!」 「僕は事実を言ったまでですよ。」 「言葉選んでる場合じゃないのは事実だけど、 それで話し合いにならなかったら意味がないでしょ? 最低限の言葉は選んで!」 言われて、ジェイも納得したのかしていないのか 憮然とした表情で押し黙る。 一先ずの一発触発を抜けて、は小さく息を吐いた。 そこに、ハっとしたようにセネルが顔を上げる。 その顔は、苦しいながらに貼り付けたような、 明るさを装う表情だった。 「そうか・・・・・。 別に、悩む必要なんか、ないじゃないか。」 怪訝そうに、セネルの横に座るクロエが「どういうこと・・・・?」と問うのに セネルは、さも良い案を考え付いたと言う表情で、クロエに向かった。 「大沈下さえ、起こらなければ良いんだ。 それなら、誰も文句はないだろ?」 そうして、ゆっくりと一同を見渡したセネルは 強く拳を握って「シャーリィを説得する。」と、一言、そう言った。 「セネル・・・・それは・・・・・。」と、苦しげにセネルを諭そうとしたウィルに 「俺が話せば、きっとシャーリィは、分かってくれるはずだ!」とセネル。 呆れたように、ジェイは腕を組んで息を吐いた。 「あなたのその自信が、 どこから来るのか、知りたいですよ」 一回決別を宣言されているのに、 セネルの言葉に耳を傾ける保証が何処にある。 暗に問うのはジェイだ。 その言葉にセネルが答えようとした瞬間 一同は、ハっと顔を上げた。 サアァ・・・・と、柔らかく包み込むような光が、肌を撫でた。 視線を向ければ、此処から離れた場所から 溢れる様な光りが差し込んでいる。 「向こうの方が光ってるよ!?」 ノーマが、思わず立ち上がって言った。 何の光だ?と戸惑うようなウィルに、 グリューネが穏やかに、頬に手を添える。 「蒼我ちゃんが、わたくし達の事、呼んでいるみたいねぇ」 その言葉に、ハっとしたように その場にいた全員の視線が、自分へと集められる。 「・・・・・来いって・・・・言ってる」 が答えると、セネルは拳を握って明るい声を出した。 「きっと俺達を、 手助けしてくれるんだ!行ってみよう!!」 いつもなら、セネルの声に乗るはずのノーマの声が けれどもそこに掛からず、ウィルに意見を仰ぐ声になる。 ウィルも難しい顔をしていたが、結局は頷いて見せた。 「行くべきだろう。 このまま放っておく訳にもいかん。」 その言葉を受けて「それじゃあ、すぐに出発しましょうか。」と 言ったジェイにようやく、一同が頷いた。 重い体を引きずって、ベースキャンプを後にする。 鍋はまだ、取り除かれない残骸を残しながら煮え立っている。 なんだか、寂しいなと その光景を見て、思った。 |