海の音が遠くなり、また近くなる。 折角聖爪術を貰ってベースキャンプに戻ってきたのに 気分はちっとも晴れなかった。 ちらり セネルを横目で見て、またすぐに視線を外した。 空気が、行きの時よりもずっと、痛かった。 ベースキャンプに戻ってきて、 モフモフの皆と、は見当たらなかった。 ここ数日、ジェイやモフモフの皆曰くの 『天かける軌跡』を探すために、日々奔走していた。 自分達が帰ってきた気配を察したのだろう 背後で足音がして、ギートが走りこんでくる。 ベースキャンプ内に誰もいないのを好機としたのか ノーマが、慌てたようにわざとらしい伸びをした。 「さ〜て、ちょっくら散歩でもしてこよっと。 セネセネは、休憩してなよ。」 言いながら、ノーマは早々に退散していく。 それに続くように、他の皆も、 それぞれ適当に理由をつけて、そそくさと退散を始めた。 「久しぶりに、訓練でもするか。 クーリッジは、休憩していてくれ。」 「ギート!夕日に向かって競争じゃ! セの字は休んじょれ!」 「キュッポ達と話でもしようかな。 セネルさんは、休憩してください。」 「おほんっ。少し調査でもするか。 セネルは、よく休んでおけ。」 皆わざとらしいのは、果たしてそれ自体がわざとなのかなぁと呆れつつ はで、腰に手を当てて溜息を吐いた。 「皆も行っちゃったし、私もちょっと街まで買出しに行ってこようかな。 冗談抜きに、休んでおいた方が良いよ、セネル」 今日の夕飯になりそうなもの買って来るねーと も皆に続き、ヒラリと手を振って、ベースキャンプを後にした。 一人、静の大地を歩きながら、溜息を吐く。 皆バラバラだけれど、集合する場所は決めてある。 昇降機の前に集まるように、と ノーマから小声での伝達があったのだ。 セネルにだけ気を使うのには、勿論ワケありなワケで 「ねえ、セネル・・・ステラさんは―――」 もう、いないんだよ 心の中で、呟く。 セネルにだけ気を使うのには、勿論ワケがある。 セネルは――聖爪術が貰えなかったのだ |
打ち捨てられた地で24 |
「なんでぇ・・・・・?」 ノーマの声が、空しく響いた。 一同は、待った。 セネルにその合図が出るのを 皆と同じく、次はお前の番だと、爪が光るのを けれども、その合図は幾ら待っても出なかった。 誰もが信じられないような顔で、 セネルの事を見つめていた。 「セネル、お前・・・・・・。」 「何で・・・・・」 「何で爪が光らないんだ!?」 それぞれが思わず漏らした呟きは けれども、一番問いたかったのはセネル本人であって 彼は、焦ったような顔で自らの手の平を見つめる。 「わからない・・・・くそっ、どうして・・・・・!? 蒼我!悪い冗談はよせ!!」 セネルは、まるで見えもしない、 けれども確実に遠ざかるのが分かるその存在を追いかけるように 海の中に駆け込む。 掴めもしない存在に当たるように、海に手を突っ込んだ。 柔らかい砂が、掻き乱されて濁る。 「おい、待てよ!まさか俺だけ、 認めないってんじゃないだろうな!?」 蒼我は、答えない。 ジェイが、隣に立つ自分を見つめていた。 は、伏せた目で首を横に振る。 ―― 声は、確実に遠ざかっていた。 「そんなバカなことがあるか!! シャーリィを説得できるのは、俺だけだぞ!!」 「クーリッジ・・・・・」 「俺が行かなくちゃダメなんだ! 俺じゃないと、シャーリィは!!」 海の光は、にだけ聞こえる声に比例するように その輝きを徐々に失っていた。 その光が完全に消えるのを恐れるように セネルは一歩、二歩と、更に海の中を進む。 「待ってくれ蒼我!おい!!」 その瞬間 弾ける様にして、光は一瞬の閃光に紛れ、完全に消えた。 途方に暮れた様に、セネルは呆然と、その光景を見つめる。 「あ・・・・・・。」 完全に聞こえなくなったその声に、はきつく目を閉じた。 やっぱり、どうしても――― ここで、セネルは蒼我を拒んでしまうんだ ステラさんに、心の中でまだ縋っている。 過去の罪に、彼自身の持つ爪術に、後ろめたさを感じている。 自分は・・・・・ この事に対して、何か出来たのだろうか 本当は、セネルが絶望せずに済む方法を 示すことが出来たのだろうか。 だって、彼自身がその事に気付かなくちゃ どうにも出来ないじゃないか、なんて 何も出来なかった自分の、逃げ道なのだろうか 「ち、ちょっと・・・・・・」 「何でこうなるんじゃ・・・・・?」 「これは、予想外だったな」 「こんなことって・・・・・」 それぞれが口々に言う中で、 セネルが、どうする事も出来ない悔しさに、吠えた。 「何でだよ!何で俺だけ、こんな目に遭うんだ!! 俺の何がいけないって言うんだ!? 何が足りないって言うんだ!!?」 きつく迫るような視線は、ノーマに向けられ ノーマは戸惑うように口ごもる。 尚も回答を強く迫るセネルに、泣きそうな声で 「わかんないよ、そんなの!」と、強く拒否した。 続くように、クロエとモーゼスが、当方に暮れたように首を横に振る。 「時間がないってのに。 シャーリィを止めなくちゃいけないってのに!! 何でだよ!何でこうなるんだよ!!」 行き場のない怒りを容赦なくぶつけるセネルに 僅かに、は肩を揺らす。 フと、セネルと目が合って、思わず怯えた。 海から上がり、容赦なく掴まれた肩に、は顔を顰める。 「なあ、!!蒼我は・・・・何も言ってなかったのか!? 俺の何が悪いって、何も言わずに消えちまったのか、なあ!!?」 「っセネル・・・肩、痛・・・・・」 力の加減を忘れたように食い込む指の力に 反射で滲んだ涙を零すまいとしながら、セネルに訴える。 その弱弱しい訴えを聞いてようやく、セネルはハっとしたように手を離した。 自分自身の行動が信じられないように 傷ついたような目をしながら、を見つめた。 「・・・・す、すまない・・・・・・・」 咄嗟に述べられた謝罪に、は小さく大丈夫、と答え それから、痛みで微かに上がっていた息を悟られないように潜めてから セネルに首を横に振った。 「ごめん・・・・私は何も・・・・蒼我の声、聞こえなかった。」 「・・・・・・・・そう、か・・・・・・」 「・・・・・・・・・ごめん」 再び、述べるしかなかった謝罪の言葉は 果たして何に対してだったのか、わからない。 セネルの怒りがぶちまけられた空間は シン・・・・としていて、息苦しかった。 それでも、セネルの怒りは一旦引けて 今はただ、緩く落とされた肩口で、落ち込んでいるその姿が見受けられる。 はゆっくり、セネルの肩を叩くと 皆の方を振り返った。 「一旦、ベースキャンプの方に戻ろっか?」 「あ、ああ・・・・・そうだな。 今後の対応策も練らねばならん。」 みんなも、それで良いな?と、皆に意見を仰いだウィルに それぞれが、戸惑うような返事を返した。 昇降機まであとちょっと、という所で、 はフと、足を止めた。 「ジェイ・・・・」 わざわざ自分が来るのを待っていたのか、 いつもの様にポケットに手を突っ込んで立っているジェイがいた。 どうしたの?と尋ねた後 「いえ・・・・」と、微かに息に紛れさせて言う。 「もしかして、さんは知っていたんじゃないかと思いまして。」 「・・・・・何を?」 「セネルさんが一人、聖爪術をもらえない事を、です。」 ジェイに言われて、は計らずとも顔を強張らせる。 それだけで十分すぎるほどの答えに、 ジェイはゆっくりとこちらに歩みを進める。 「率直にお聞きしますけど、 セネルさん、これからどうなるのかわかります?」 「・・・・・クロエに一喝されて立ち直る。」 「聖爪術は?」 小さく頷くに、呆れたような溜息を吐いた。 「それなら、なんで貴女がそんな気に病む必要があるんですか」 「だって・・・・っ もしかしたら、もっとスムーズに聖爪術手に入れられるように 話を持っていけたかもしれないし、少なくとも セネルに必要ない疎外感与えただろうし・・・・・・」 「・・・・・本当に・・・・・どれだけお人好しなんですか、貴女は」 「お人好しで悪かったわねーっだ。」 ツンっと、いじけた様な顔をしてみせる。 ジェイは、そんなの表情に、笑っていた。 良いんじゃないですか、と、ジェイはポケットに手を突っ込んだまま 目の前にはもう、高く聳える昇降機が近くなっている。 「人の気持ちなんて、早々変えられるものじゃありませんよ。 大きい切っ掛けでもないと、吹っ切れるのは難しい。 あなたが知ってる未来のセネルさんにとって、クロエさんに 一喝される出来事は『大きな切っ掛け』だったんじゃないんですか」 「・・・・・・・う、ん・・・多分・・・・」 「適材適所、で良いんじゃないですか? 未来になるかもしれない出来事を貴女が知っているからと言って 起こるかもしれない哀しい出来事を全て回避しようなんて思わなくても。 迎えるべくして迎えた未来の中で、その人それぞれ・・・・・ 例え苦しくても、何かしらの得るものはあるでしょうしね」 最悪の結果にならないよう全力を尽くす 貴女が考えるのは、それだけで良いと思いますよ、とジェイ。 起こるかもしれない哀しい出来事を全て回避しようなんてしていたら きっと貴女の方が疲労で死にますよ、なんて言って来る。 「・・・・良いのかな」 それだけで・・・・・ 自分の全力でやるだけで、良いのかな は呟く。 「全力を尽くす以上の事なんて、何が出来るんです?」 逆に問いかけで返されて 少し返答としては可笑しかったけれど、は小さく頷いた。 心の荷が、少し解ける。 いつだって、いつだって、彼に助けられる。 どう返したら良いのかわからないくらいに、 たくさんの物を、彼から貰う。 「・・・・・・さん」 「ん?」 今回の事、全部が終わったら ジェイにたくさんお礼をしようと考えて歩いていたら ジェイに呼び止められて、進めていた足を止める。 「地のモニュメントで貰った言葉・・・・やっぱり、返させて下さい。」 風がふわりと吹いて、その黒い髪を揺らす。 リン・・・・と、鈴が儚く鳴り響いた。 「・・・・・・・・・え?」 意味が分からずに問い返せば、 ジェイの視線は地面へと縫い付けられた。 「もしもの時は・・・・貴女も戦うといった、あの言葉です」 言葉だけが、表情の窺えない彼から渡される。 それは、冷たくて哀しい感触だった。 「なん、で・・・・・・?一緒に戦うよ、私。 だって、何でジェイ一人で背負おうとすんの、可笑しいでしょ」 「言葉は・・・・とても嬉しかったです。 けど・・・・・これは、僕の我がままです。」 言われた言葉に、眉を潜める。 「もしもの時・・・・ 貴女に、シャーリィさんを手にかけてほしくないんですよ。」 持ち上げられたジェイの瞳は、哀しそうに揺れていて は思わず息を呑む。 言葉が、繋げられなかった 「貴女の覚悟は、ちゃんと受け取ったつもりです。 それでも聞いて欲しい・・・・これは、僕の我侭だ。 でも・・・・・・・」 ジェイの言葉は、哀しいほどまっすぐに、に向けられた。 現状、『もしも』になる可能性は高そうですからね、と 呆然としているに、ジェイは微笑む。 これ以上ないほどに、優しく もう、二の句を次がせないくらいに――・・・ 「貴女の手が、シャーリィさんの血で 汚れた所を見たくない・・・と言ったら、笑いますか?」 「ジェイ・・・・?」 「弟子は、師匠の言うことを素直に聞くものですよ。」 もしもの時は、僕一人でやります。 ですからどうか、 貴女は手を出さず、他の人達と一緒に、見ていて下さい。 ジェイの言葉は、冷たく体の中に落ちていった。 |