打ち捨てられた地で26 |
ザン・・・・と、一際高く鳴った波の音に はようやく、顔を上げた。 一体どれだけそうしていたのだろう 辺りはもう闇に包まれて仄暗く、風はすっかり冷たくなっていた。 涙の落ちた後が、頬で乾いて引き攣っていた。 岩場を降りてハンカチを海の水に浸けると 適当に絞って顔を拭く。 多少ベタつくのはこの際我慢だ いつまでも、顔に縦線作っている訳にもいかないのだから。 何処まで走ってきたのだろうと視線を張れば、 どうも、ジオグリフエリアをもう少し右に行った辺りのようだった。 頭はすっかり冷えたけれども かなりやる事やってきてしまったから、 どうにも戻るのが気まずくなって は再び岩場に腰掛けると フゥっと一つ、息を吐いた。 泣いて、喚いて、まあ、少しスッキリはした。 けれど、この後どうなんのかなーと思うと やはり気は滅入る。 セネルの事や クロエの事も 煌髪人に、シャーリィの事だってそうで それから、ジェイの事――― 一つ 砂を踏む、サラリとした足音が、聞こえた。 振り返ると、 夜目にも浮き立つ赤い髪が、ほんの少し気まずそうに立っている。 「モーゼス?」 出した声は、まだ少し、泣いた後の響きが残っていた。 情けないけれども、この際どうにも仕方ない。 泣いた後の気分は 自棄的なのか開き直っているのか、未だによく計れない。 仕方ないから、開き直ったことにして 「どうかした?」と問いかける。 モーゼスは、少しの間の後に 「隣、ええかの」と聞いてきた。 どうぞ、と、スペースを譲る。 モーゼスは、ドカリと遠慮もなしに その岩場へと腰掛けた。 「のう、嬢」 「んー?」 「ワレ、いつから気付いちょった?」 「何を?」 「ジェー坊のあの態度じゃ。」 見えもしない星を仰ぐように、 視線が空へと向けられる。 人工的な明かりがポツリ、ポツリと見えて 無性に、本物の空が恋しくなった。 「気付くも何も、最初っから。 私はジェイのあの態度、そうとしか見てなかったし。」 言うと、モーゼスは少し驚いたような顔をして 自分の方を見つめてきた。 首を傾げて見返すと、モーゼスは 感心したような声音で、息を吐いた。 「ワレは・・・・あれじゃの・・・ ようジェー坊の事見ちょるの。」 「んー・・・・って言うより、付き合い結構長いし。 性格は結構把握してきたかなーって言うかさ。」 「・・・・ワイはジェー坊がそがあな事考えちょったとは 少しも気付けんかった・・・・・」 「・・・・・・・・・。」 仰ぐ空は、閉じている。 塞ぎ目を目で追って、やがて、キリがないだろうその行為に 微かに笑って、視線を砂浜に落とす。 はそっと目を閉じて、 「良いんじゃない」と、呟いた。 「ジェイは、気付いて欲しくなかったんだもん。 気付かなかったなら、ジェイにとっては本望だったと思うよ」 「・・・・・そうかの。ワイは、 ジェー坊は気付いて欲しかったんと違うかと、思うんじゃが」 「そお? まあ、ジェイは難しい性格だし、本人じゃない私達が あれこれどうの言ってたって、分かんないと思うよ。」 ジェイが本当はどうしたかったのか、なんて それが本当に分かっているのは きっとジェイだけなのだから、自分達がどうのと言う話ではない。 モーゼスは、チラリとを盗み見る。 けれども、思いがけず視線がかち合ってしまって 慌てて視線を逸らして見せた。 「なんちゅーか、アレじゃの」 「んー?」 「嬢は、ワイによう大事な事を気付かせてくれるの。」 「なに?また突然・・・・・・」 予想外の事を言われて、 思わす破顔したに、けれどもモーゼスは 至極真面目な表情で、と向き合っていた。 思わず、も表情を微かに強張らせる。 空気が、なんか・・・・・・ 苦手な、感じだ。 これ以上進んだらいけないような 自分にも、人並み程度には経験のある、空気。 肌に絡む雰囲気は独特で、落ち着かない。 「あの、モーゼス・・・・」 「ワイはの、嬢。」 戸惑うように声を上げたに けれどもそれを許さないと言うように、 モーゼスが会話を推し進める。 どうしたら良いのか分からずに 見つめ返すモーゼスは、何故だか少し笑ってた。 「嬢が必要じゃ、思っちょったんじゃ。」 「必要って・・・・・」 「ジェー坊に言われりゃぁ癪じゃが、頭の出来は良くないからの。 ワイが突っ走った時に、ワレはワイをちゃんと止めてくれよる。 必要な存在じゃと、思っちょった」 そんな事を言われて、は言葉を失う。 いつの間にかそんな頼りにされていた事も知らなかったし そんな風に思われているなんて、思ってもみなかった。 モーゼスは笑う。 何処か、吹っ切れたような笑みだった。 「じゃが、もっと嬢が必要な奴がおったようじゃの。」 「え・・・・・」 モーゼスは、砂浜に足を着いた。 ポンッと、の頭に手を置くと 少し乱暴な手つきで、頭をグシャグシャと撫でた。 「う、わ、な、なに!?」と。 クカカっと、久々に聞く、彼の笑い声があった。 「ジェー坊の傍にいちゃれ、嬢。 ワレにも、ジェー坊にも、互いの存在が必要なんじゃろ。」 モーゼスに言われて、は目を見開く。 しどろもどろになりながら、 は両の手を不自然に宙に漂わせる。 「う、え、あ、あの、え、ちょ」 「クカカッ照れんな照れんな!」 「ち、違っ!!って言うかあの 好きとか嫌いとか、そういう話じゃないんだったら そうですねって頷けるんだけどね!?」 自分にとって、ジェイが必要な存在なのは事実だ。 この世界に来てからずっとあった背中に 自分は頼りきって生きている。 けれども、この場合で言われている意味とは どうにも違う気がしてならない。 モーゼスはつまらなそうに口を尖らせた。 「何じゃ、色気のない奴じゃの」 「い、今そんな話してる場合!?」 困ったような声で言うに、 モーゼスはやっぱり笑っている。 空気は一気に砕けたが、 恐らくはモーゼスが、意図して砕いてくれたものだと思う。 あの空気は確実に、飲み込まれていた。 今のは、一体どう捉えておけば良いのだろう・・・・? 「そろそろ戻るとするかの」と、モーゼスは 本格的に話の腰を浮かせた。 「ワレはどがあすんじゃ」 「あ、私は・・・・・」 「そういやワレ、さっき ジェー坊の隣がどうとか言うちょらんかったか?」 ありゃ一体・・・・と尋ねてきたモーゼス はどうしようかと悩んだ末に モーゼスに相談することを選んでみた。 話を聞き終えたモーゼスは、 口の中で何やら悪態付いていたが、にまでは聞こえない。 ズイっと、気にくわなそうに、モーゼスはに近づいた。 「そがあなもん、言い返しちゃれ! ジェー坊の我侭じゃ、聞いちゃる必要ないじゃろ!」 「うん・・・・そうだとは、思うんだけどね・・・」 何か、どうして良いか分かんなくなっちゃって は、いい加減困ったような笑みを浮かべた。 モーゼスは、腕を組んでの事を見やる。 普段は呆れた弄られキャラだけれども こうしていると確かに、彼は山賊の頭領であり、年上なのだ。 「それなら、ワレはどがあしたいんじゃ」 「え・・・・・」 「ジェー坊の気持ち抜きに、どがあしたいんじゃ」 「それは、勿論・・・ちゃんと ジェイに協力したいって・・・・・・」 「だったら、そうしたらええ。 ジェー坊に気ぃ使っちゃる必要なんぞ、これっぽっちもないじゃろ。」 モーゼスに、真っ直ぐ聞かれる。 どうして、自分がジェイの隣に立てない理由があるのだと。 真っ直ぐに、真っ直ぐに、聞かれたから、考える。 どうしてジェイの隣に立てないんだろうと考える。 ジェイは、自分の手がシャーリィの血で汚れるのは嫌だと そう、言っていた。 笑うかと聞かれたけれども まさか、冗談 自分だって、同じ理由で隣に立ちたいと言ったのに それで笑ったら、自分の気持ちも笑う事になる。 笑えるわけがない。 ――― ああ・・・・・ 「そっか、私・・・・・・・」 フと、今ようやく、単純なことに気付く。 同じ理由で、立ちたいんだ。 ジェイが、シャーリィを殺すかもしれない所なんて、見たくなくて ジェイだけが、そんな重たいものを背負うのが、嫌で。 なんだ、私・・・・・・ ジェイに遠慮する必要、ないんだ。 モーゼスが、口角を吊り上げて、笑った。 「のう、嬢。ワイはこれから、 ジェー坊に気持ち確かめに行こう思うんじゃが・・・・・」 どうしたい?と、暗に聞く。 は、まっすぐにモーゼスを見据えた。 「お前だけに、責任を負わせはしない。 これは、俺達全員で当たるべき問題だ。」 夜 ウィルと2人で話してるのをたまたま耳にして モーゼスは、その会話に割って入った。 「その通りじゃ。」と、ウィルの先の言葉に同意して 砂浜に座り込んでいたジェイに近づくと 真っ直ぐにその目を見つめた。 「ジェー坊、一つだけ聞かせえ」 「な、何ですか?」 その視線に、居心地が悪そうに身じろぎする。 モーゼスは、怖気も付かずに、ジェイに問うた。 「セの字のこと、好きか?」 その質問に、ジェイは面食らったようだったが、 やがては、「・・・嫌いな人と、一緒に行動するはず、ないでしょう」と そう答えを返して。 モーゼスはガッツポーズを決めた。 「ヨォォシ!それを聞いて安心したわ!! ウィの字!ワイも一緒じゃ。ワレらだけに、辛い思いはさせん!」 「モーゼスさん・・・・・」 「それと、ジェー坊。 嬢からの伝言じゃ」 ジェイが、微かにその名に反応した。 口元に、笑みを浮かべる。 『何が何でも、ジェイに付いてってやる! これは私の我がままだから、文句は言わせないよ 弟子の苦労は考えるものだよ、お師匠様』 ジェイは、その場から立ち上がる。 「っモーゼスさん、さんは――」 「・・・・嬢なら、向こうの海岸におったわ。」 モーゼスが教えた彼女の居場所に 礼を言う暇もなく、ジェイは駆け足でその場から離れた。 その、素早く遠ざかる背中を見つめながら、ウィルは問う。 「・・・・・良かったのか、モーゼス」 「ま、当人同士が必要としちょるのを引き裂くんも 悪趣味でしょうがないしの。野暮なこたぁしとうないんじゃ。」 恋愛感情として、それがあるのかは別にしても 今、お互いはお互いを必要としている それだけは、どうしようもなくある事実で その間には、どうしたって入れなくて 頭に両の手を添えながら、 人口の星空 を仰いだモーゼスに、ウィルは微かに笑んだ。 「男だな」 「おう、」 ウィルもまた、人の手によって創られた 満天の星空を、しばし見上げた。 |