白いエリカの彩る夜に
打ち捨てられた地で27














夜の風に、そろそろ気持ちも落ち着いた頃。

いい加減ベースキャンプに戻ろうかと
腰を上げた所で、駆けて来る足音に驚いた。


さん!」

「ジェイ・・・・どうしたの?そんな慌てて」



きょとんと聞けば、
どうしたじゃないですよ!とジェイ。


「どういうつもりですか」

「何が?」

「モーゼスさんへの伝言です」

「ああ、アレかぁ」


そのまんまの意味だよ


は、肩を竦めて笑う。


「だって、ジェイの言う我が侭は、
 私の我が侭と同じだから。」


だから、遠慮しないことにした。

言われて、ジェイは
「ですけど・・・っ」と不服を言うけれど

に、ビシっと、指を突きつけられる。


「だったらジェイは、私が
 ジェイ一人で全部背負うところなんか見たくない。
 私一人で始末つけるから、ジェイは手を出さないで。
 なんて言ったら、どうするよ」

「それは・・・・・」

「納得できる?」



尋ねた後、少し間が空いた。

けれども、その間の後

ジェイは、「出来るわけないでしょう・・・」と
掠れた声で、答えた。


そんなジェイの様子に、はしばし考える。


掛ける言葉が浮かんでこなくて
最終的に「ごめんね」と謝った
どうして謝るんですか、とジェイ


「なんとなく、悪い気がしたから。」

「なんですか、それ」


ジェイは、僅かに震える息を吐き出した後
平静を保つ瞳で、自分の方を真っ直ぐに見つめた。



「それだから、お人よしが過ぎるって言うんですよ、貴方達は・・・」

「あはは、その言葉、そっくりジェイに返してあげる。」



お人よしはどっち?


首を傾げて言う。


おどける様なその口調と表情に
ジェイの表情も、微かだが和らいだ。



フと、は今になって
すっかり忘れていたそれに気付く。


「あ、」と短く声を漏らすと、ジェイが怪訝そうな顔をした。


なんです?と問われたのに、
しばし悩んだが、まあ隠してもしょうがないだろうと、
ぽつりぽつりと話し始めた。


「ジェイ、アルジェとジャンティって聞いたことある?」

「アルジェに・・・ジャンティ?名前・・・ですか?」


問いかけに問いかけで返って来たと言うことは
ジェイも聞いた事がないらしい。


多分、と答えを返すと
ジェイは怪訝そうに眉を潜める。


「その名前が、何か?」

「うんー・・・・色々あってすっかり忘れてたんだけど・・・
 今日の映像の最後にね、男の人に会ったの」

「男?見た、ではなく、会った・・・・ですか」

「うん。
 あれは・・・・『会った』の方が近いと思う。」


漂うような意識空間

彼は確かに、そこに存在していたように思う。

一方的な映像ではなく
自分達は互いに『出会った』


そちらの方が、意味は近かった。



「その人がメルネスの事・・・・アルジェって呼んだの。
 死なないで、アルジェって。」



そして、それに答えるかのように
伏したメルネスは、恐らく彼だろう名前を呼んだのだ。


ジャンティと。



「しかもその人、多分煌髪人じゃないんだよね。
 茶髪に翡翠色の目。どう見ても、陸の民なんだよ。」



言うと、ジェイはますます額に縦線を作って
考え込んでしまった。


言わなかった事を怒られるかと思ったが
状況が状況だっただけに、ジェイも承知してくれたのだろう。


ジェイは考え込むばかりではあったが
特にを咎めなかった。


「・・・・少し、状況を整理しましょう」


流石に答えが掴めないのか
ジェイは難しい顔のまま、そう提案を挙げた。


だって、今まで幾つも挙げられてきた問題が掴めていない。


その提案に頷かない理由は、なかった。


ジェイは、いつも持ち歩いているのだろうか
ポケットから紙とペンを取り出して、書き物が出来る準備をする。

けれども「あ、」と、何かに気付いたようで
が不思議そうに首を傾げた。


さんは、この世界の文字が分からないんでしたね。」

「あ・・・・そっか。」


自分の事なのに、すっかり忘れている辺りが難だ。

けれども最近、この世界でも自分の読める文字に遭遇する事が多かったからか
すっかりその事は、頭から抜け落ちていた。


状況整理には書付は、割と重要だったりもして
仕方ない、もジェイから紙とペンを借りて、
お互い自分の文字で、それぞれメモを取ることとなった。


「本当に・・・落ち着いたら、
 この国の文字を教えた方が良さそうですね」


2人同じことを話すのに、
それぞれメモをとるその状況が、なんだか不思議で

ジェイは溜息と共に
いつだったかの提案を思い出したよう言った。


お願いします・・・と、その事に関しては頭が上がらない。


そう言えば、
こちらもジェイに向こうの言葉を教える約束だったのを思い出す。


しかしながら、ギブアンドテイクと言えばそうだけれども
此方の方が必要性に押されている分、若干力関係が歪だ。


それでも、彼に文字を教えてもらえる時は
果たして本当に来るのかな・・・なんて、微かな不安も、胸に積もった。


「良いですか、始めますよ」

「はーい」


ジェイの声に、気持ちを切り替えて返事をする。

今は、これからの不安よりも
目の前の紙とペンに集中する方が大事だった。


・ 何故は、水の民にしか使えないテルクェスが出せたのか

だけ爪術を取り上げられなかったのは、何故か

・ 何故は、メルネスにしか起動できない装置を起動させ、
  蒼我の声を聞くことが出来るのか

・ 煌髪人の呼ぶ『偽りの影』とは何か

・ モニュメントの装置に、の国の言葉で綴られる神話は何か

・ 同じく、その神話に添えられるブレスは何なのか

・ 不思議な光に触れる度、に聞こえる歌の意味は

・ 過去大沈下を起こしたメルネスと、が瓜二つなのは何故か

・ 陸の民であるジャンティとメルネスの関係は




「今挙げられるのは、この位ですか?」

「わー・・・結構あるね・・・・・」


げっそりと、が呟いた。

ジェイも、たった今自分の書き上げたそれと
難しい顔をして睨めっこしていた。


「とりあえず分かりそうなのは、
 ジャンティとメルネスの関係と、歌の事・・・・かなぁ」



呟いたに、怪訝そうなジェイ。


は寧ろ、ジェイのその反応の方に驚く。


ああ確かに彼は、こういった事に関して疎そうだけれども
それにしても、鈍い奴だなぁとか、思ってしまう。


「多分、恋人か・・・少なくとも、
 お互い好きではあったんだと思うよ、あの2人。」


きっと先代のメルネスもまた
セネルとシャーリィの様な状況だったのではないだろうか。


そして、そんな2人の気持ちや状況を歌ったのが
が不思議な光に触れる度に聞いた、あの歌。


あの状況で、あんな恋の歌が流れるのだ。


結び付けられる先は、恐らくそれだろう。


ジェイは低く唸った。

何処となく理解しがたいものではあるが
反論する理由も、特に見当たらないのだろう。


「あとの問題に関しては・・・
 『偽りの影』と言う言葉が鍵を握っている問題が、多そうですね」

「だ、ね・・・・・
 影、かぁ・・・・何なんだろ」



少なくとも、今自分たちの足元に浮き上がるそれとは違うのだろう。


うーん・・・と、難しい声で唸る。


影――光


陰陽の説


その、嘘の存在?



何のこっちゃ、と首を捻るばかりだ。




「何者・・・なんだろうなぁ・・・私って」



いつぞやかにジェイから言われたその言葉を
自分自身、心底不思議で呟いた。




その時、背後から光が差し込んだ。


ハっとしたように顔を上げる。


見れば、ベースキャンプの方角から
先ほど聖爪術を託されたときのような光が、眩く差し込んできていた。


「セネル・・・・?」


聖爪術を託されたのだろうか。


ジェイと、顔を見合わせる。


小さく頷き合うと、
は書き付けをポケットに放り込み
岩場から降りて砂浜に足を着いた。







「え・・・・・・・・?」


その瞬間、一瞬目の前が真っ白になった。


強い光に、闇に慣れていた瞳が眩んだのだ。



状況はジェイも同じようで、短い呻きが聞こえる



何事だ、と
は腕で目を覆って、薄っすらと目を明ける。



その途端、目を見開いた。



「ジェイ、これ・・・・・!」



ハっとして、光に目が慣れてきたはジェイを見やる。

ジェイもまた、驚いた様に、それを見つめていた。




夜の海岸



波音が寄せて返す静かな闇の中




強烈な光を放つキューブが、浮かんでいた。






















「ちょっとぉ〜!
 なになに、何があったの――ってうわっ眩し・・・!!」



先ほどまで2人きりだった海岸に
セネルを含めた他の仲間は、あっという間にやって来た。


少し遅れて、一緒に着いて来たのだろう
やモフモフ3兄弟も、急き込み追いついてくる。


そして、その闇に浮かぶ
光のキューブを目にすると、やジェイと同じように
目を見開いて立ち尽くす。



「これ・・・俺たちが今まで見てきた、あの光だ・・・・!」



セネルが、驚愕の声で言う。


今自分たちの目の前に会ったのは
確かに、今まで自分達が各モニュメントを巡って見てきた
あの光と同じなのだ。


それが今、目の前にある。


「お前達・・・一体何をしたのだ・・・・・?」


ウィルの呆然とした呟きに、
ジェイとは目を見合わせた。


の事についての謎解きだ、と短く答えたジェイ。


今までの経緯を、軽く説明する。


その間も、その光は眩い光で、
夜の闇に立つ自分達を不自然に照らしていた。



「先代のメルネスと・・・・・陸の民が?」



の立てた推測を含めてなされた説明に
信じられない、と言った顔で言ったのは、クロエだった。



は、目の前の光を見据える。



今までの光は全て
自分達の疑問に対する、蒼我の答えだった。


その光が今、自分達の目の前に現れた。



思い当たる事は、一つ。


その直前に、が呟いた疑問



―― 果たして自分は、何者であるのか



は、皆を振り仰ぐ。


緊張の面持ちと共に、頷きが返って来た。


この事が気になっていたのは、とジェイだけではなかったのだ。


は、強張る顔でジェイの名を呼んだ。


怪訝そうに、ジェイが片眉を顰める。


少し情けない笑みで、微笑んだ。



「一緒に、やってくれない・・・?」



その言葉に、ジェイは静かに頷いて返した。



2人で、光の前に立つ



眩く光り、微かに回転しているそれ。



ジェイと目を合わせ、頷く。



そっと、その光に触れた