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打ち捨てられた地で29 |
それから、装置を作り上げるまでには相当の月日を要した。 ある日文句を言ったジャンティには 陸地を離れたせいで部品が少ないんだ、と口を尖らされてしまった。 それでも確実に、彼らの手によって装置は完成に近づいていった。 最初の内は、大地を消滅させるための装置を作ると言って 実は別の、水の民に危害を加える装置を作っているのではないかと 水の民も勘繰っていた。 だが、そうした中で、ジャンティはあくまでも真摯に受け答えをし 結局は、その納得せざるを得ない説明に、水の民の方が引き下がっていった。 長い月日の中気付いたのは、水の民の中にも この船に残った陸の民の技術者達と話をする者が増えていったという事。 憎いはずの陸の民と、すぐ近くにいる、気の良い技術者の姿が 一致せずに戸惑っている水の民も、多くいるようだった。 ―― もしかしたら自分達は、こうして手を取り合う道も選べたのだろうか 顧みもしなかった選択肢に気付いた時には、 もう既に、装置は完成間近まで出来上がっていた。 「・・・・お前達は、どうして我等に協力する気になったんだ」 ある日、ジャンティに尋ねたことがある。 ジャンティは少しの間考えた後、「綺麗だったんだ、」と答えた。 「俺たちの星は、かなり技術が進んでたよ。 生活に不便は無かったし、正直、暮らしは楽だった。 ・・・けど、代わりに自然は、死んでた」 自分達の楽な暮らしと引き換えに、自然との共存を断ち切った。 けれども、それで人が生きられるわけもなしに やがて人々は、滅びる為の道を全力で駆け抜けていた。 そして、逃げ出したのだ。 この星に。 「この星について、これが――このまんまるい青い星が全て 海の青さだって知った時、本当に感動したんだ。 こんな綺麗な海、俺見たことなかった。」 ただ、綺麗だと思った。 この星で暮らせる事に、素直に喜びを感じた。 けれども程なくして、人々は争い始めた。 そして、以前の星と同じ 自然との共存を捨てる道を、進もうとしていた。 「此処に残った奴等は、それが許せなかった人間だよ。 そして、水の民の命を使う事を、良しとしなかった連中だ」 陸の民を許してくれと言うわけではないけれど それだけは、知っておいて欲しいかな、と ジャンティは少し笑った。 その笑みに、アルジェはどう返して良いのか、分からなくなっていた。 彼はどうも、この若さにして、技術者達の頂点らしく 水の民の頂点である自分とは、必然的に話す事が多かった。 けれどもその一件から後、 義務的な会話以外にも、話す事が多くなってきていた。 蒼我の憎しみの声を聞き、水の民の頂点に立つ者として 許されないと分かっていても、確実に惹かれていく思いがあった。 「ねえ、アルジェ」 「・・・・・なんだ」 「水の民には、誠名っていうのがあるんだって?」 誰か、水の民の人間から聞いたのだろう。 ジャンティは、増えていく私的な会話の中で、言った。 アルジェの誠名、教えて?と首を傾げたジャンティに アルジェは、微かに顔を俯けた。 「私の誠名は・・・・あまり好きじゃないんだ・・・・」 それは、水の民の誰にも言ったことのない本音だった。 水の民には、とてもじゃないが話すことの出来ない本音でもある。 彼が陸の民だからこそ、零せた本音だ。 「・・・・私の誠名は・・・メンツェスだ。 アルジェ・メンツェス。・・・・・・・指導者と言う意味だ。」 その言葉に、ジャンティは気付いたのだろう。 彼は聡い。 「アルジェ、君は・・・・・・」 其処まで言って、言葉を噤んだ。 そして、次に開いたとき、彼は悲しそうな顔だった。 「ねえ、アルジェ。 この船の・・・・最後の犠牲になるの、止めないかい?」 その言葉は、優しかった。 うっかり頷いてしまいそうになるほど。 だから、返した笑みは、泣きそうな顔だっただろう。 「馬鹿を言うな、ジャンティ・・・・・」 来たる大沈下の日 ジャンティは、ただ哀しそうな瞳で見つめるだけで もう、止めようとはしなかった。 本当は、止めて欲しかったのかもしれない。 けれど、止められなくて、心底ホっとしてたのは、事実だ。 装置―― 光跡翼までの道を登る。 カツン、と靴の裏が鳴るたび、心に冷たいものが注がれた。 装置の下では、幾人かの水の民と、この船を作り変えた技術者達。 静かに見下ろして、そっと瞳を閉じた。 「我、今こそ光跡翼を用い、蒼我と一つにならん」 自分の唇から零れ落ちるのは、 メルネスとして正当な憎しみの声。 陸の民は、憎い 愛した男は陸の民であったけれど やはり、憎いのだ―― 「忌まわしき大地を、この世から消し去ってくれる・・・・!」 だから、人類に粛清を 蒼我と、意思を一つにする その瞬間 泣きそうなその瞳と、目が合った 逢いたさ見たさに 怖さを忘れ 暗い夜道を ただ一人 逢いに来たのに なぜ出て逢わぬ 僕の呼ぶ声 忘れたか 貴郎の呼ぶ声 忘れはせぬが 出るに出られぬ 籠の鳥 籠の鳥でも 智恵ある鳥は 人目忍んで 逢いに来る 人目忍べば 世間の人は 怪しい女と 指ささん 怪しい女と 指さされても 誠心こめた 仲じゃもの 指をさされちゃ 困るよ私 だから私は 籠の鳥 世間の人よ 笑わば笑え 共に恋した 仲じゃもの 共に恋した 二人が仲も 今は逢うさえ ままならぬ 逢って話して 別れるときは いつか涙が おちてくる おちる涙は 真か嘘か 女ごころは わからない 嘘に涙は 出されぬものを ほんに悲しい 籠の鳥 一番最初に、唄ったその歌を 繰り返し 繰り返し 今に至るまで、何度も唄った 何度も 何度も それは時に、自分に言い聞かせるかのように―― 「――――ルジェ・・・・アルジェ・・・・・」 呼びかける声が、聞こえた。 暗い意識の中、漂う。 自分の意思は、確かにあの場で、蒼我に飲まれた それだと言うのに、手が、足が 体の全てが、自分に感覚を伝えてくる。 瞳を開けた先に、ジャンティがいた 泣きそうだった瞳は、今は完全に濡れていた。 「ジャン・・・ティ・・・」 呟く声は掠れていた。 何故生きていたのだろう 疑問は湧いた。 ジャンティは、自分の体を抱きしめる。 伝わるその熱が、全ての答えだった。 ―― 蒼我は、自分の迷いを知ってしまったのだろう だから、大陸は半分も残り、自分は、生きていた 「ねえ、アルジェ」 あの時のように、ジャンティは言う。 ただその声は、あの時と違って、震えていた。 「逃げよう、アルジェ」 その時、カツー・・・ンと、足音。 一つじゃない、幾つもだ。 ジャンティの肩越しに見えるのは、 それぞれ組として分かれる、数人の陸の民と水の民。 気付くのは、その組が全て、男女番いのペアだという事。 「・・・・ああ・・・・そうか・・・・・・」 自分以外にも、いたのだ。 憎い陸の民を、愛した者達が―――・・・・・ 誰も そこにいる誰も――水の民でさえ 頷いた自分を、責めるものはいなかった 「だが、ジャンティ・・・逃げるなんて、何処へ・・・・・」 何処へ行っても、自分達は追われてしまう。 ジャンティは、笑った。 「俺たちは、これでも一流の技術者だよ」 この船の内部には、もう一つ、海が存在すると言う。 「俺たちは、蒼我とは呼んでなかったけどね」 美しい自然に憧れて、この船の中に作り上げた不自然な自然 人工的な海であるから、その力はこの星の蒼我に比べ微弱となり 光跡翼を使うには、力が足りなかったと言う。 けれども、人工的な海であるからこそ、 その力は作った自分達が利用できる。 「この機械を使うには・・・恐らく、十分だ」 そう言って、ジャンティに連れられた先 ジャンティが見上げたのは、白い床に描かれる、 不思議なサークルだった。 「逃げる先は、こことは違う世界だ。 俺たちの世界は、無数の世界と繋がってる」 これは、その世界の一つへと繋げる、 世界の歪みを無理やり作り上げる装置なのだと、説明した。 陸の民が一人、走りこんできた。 ジャンティの前まで急き込み走ってきたその男に ジャンティは軽い笑みで声を掛ける。 「準備は終わったかい?」 「ああ、ちゃんと言われた通りに」 不思議そうな顔をしたアルジェに、ジャンティは笑みを掛けた。 「静かの大地に、この装置を起動させる為の暗号を 幾つか残してきたんだ。 ・・・・いつかの時代、俺達みたいな人が、新しい大地を欲するかもしれない」 その時の為に、道しるべになるように。 「まあ、俺たちの星の文字だから、 読める人間が現れるかは分からないけどね」 最後の言葉は、苦笑に紛れていた。 数人の陸の民と、水の民 そっと、静かに顔を見合わせる 頷くその仕草は、心なしか力強かった。 「行こうか、アルジェ」 君が、もしかしたら、その誠名を好きになれるかもしれない そんな、新しい世界へ 辺りが、微かに光に包まれた その後、滅びなかった大陸に絶望するも 船の残った技術者達の指導の下 水の民は遺跡船の上に元創王国を作り上げる。 しかしそれも、歳を経て指導できる技術者達が絶えると 元創王国は次第に衰退し やがて次のメルネスが生まれるまでの4000年の月日 水の民は、歴史から姿を消す事となった。 そして、先代メルネス達の逃げた先は――・・・・ 「私の・・・・世界・・・・・」 華楠が、微かに呟いた。 喉が、確かに音を振るわせる。 気付けばそこは、先ほどと同じ海岸だった。 辺りをグルリと見渡せば、 皆が皆、呆然としたような顔付きをしている。 「先代のメルネスが・・・・華楠達の世界に?」 呟いたウィルの声に、誰もが信じられないと言う顔をしていた。 でもさ、とノーマ。 「かーながした質問は、かーなは何者かって事っしょ? 今のがその答えって、どーいうこと?」 その至極真っ当な問いに、皆が閉口する。 波の音がやけに高らかと鳴り響く中、 ポツリと口を開いたのは、ジェイだった。 「影・・・・・」 「え?」 口元に手を当てて呟かれた言葉に、華楠は首を傾げる。 けれどもジェイは気にした様子もなく、次の瞬間、 どこか確信を持ったような瞳で、郁音の事を見つめていた。 「郁音さん、何か、聞いていませんか?」 「何かって・・・・」 「水の民が使う、『影』と言う言葉について」 その真っ直ぐな瞳を受けて、郁音は少しの間の後に 小さく頷きを返した。 華楠は、郁音のその返答に目を見開く。 今までその単語に頭を捻っていたと言うのに 身近に用意されていた答えに、信じられない気持ちになった。 「確かに、『大きな木の世界』の話と一緒に、影の話も聞きました。 けど・・・・華楠達が言う『偽りの影』の言葉までは・・・・」 「・・・・構いません。話してもらえますか?」 ジェイに促されて、郁音は静かに頷いた。 「『影』は・・・・言うなら、『半身』」 「半身・・・?」 怪訝そうに言ったのは、華楠だった。 確かに、それだけの説明ではわからない。 郁音が、頷いて先を続ける。 「世界は大きな木で、私達の世界は派生された並行世界。 その幹に当たる部分に、大元の世界があるって話は、したよね。」 「うん」 「スピリチュアル的な話になるんだけど、 私達の持ってる『魂』も、元の世界から派生したもの・・・らしいの。」 「魂が派生?」と、クロエが怪訝そうに呟く。 郁音が、少し慌てたように「だから、えっと・・・」と、少し口篭り始めるのを 華楠が深呼吸させる事で諌めた。 「えっと・・・元々の魂って言うのは、大元の世界の一つだけ、なんです。 それが、世界と同じように派生していく。つまり、大元の世界にいる人たちの魂を 派生した世界の人たちが兼用して使ってるんです。」 「ふむふむ・・・?」 「その魂を持つ人は、一つの世界に一人。それは本来、出会わないはずのものです。 でも、私達みたいに別の世界から訪れてしまう人がいると、一つの世界に 同じ魂を持つ人が2人現われる事になる。その1つの魂を持つ2人の関係を 陰と陽の理になぞらえ、切っても切れない関係として『影』と呼ぶそうです。」 「・・・・難しい話だな・・・。」 「と言うより、話が広大すぎて、私にはイマイチ・・・・」 セネルの言葉に同意するように、クロエは呆然とした様子で頷く。 モーゼスに至っては、何やら、既に頭から煙が噴出しているようだった。 「てー事は、かーなはその、先代メルネスの影ってー事?」 難しい顔をしてノーマが問う。 けれども華楠は、怪訝そうに眉根を寄せた。 影が、同じ魂を持つ二つの存在。 それだけだったのなら、確かに仮説としては 華楠がアルジェの影である、と言う話だ。 けれども水の民が呼ぶのは、ただの影ではない。 『偽りの影』 その言葉が付く。 影でありながら、影で無い存在? 「・・・・華楠さん、」 「ん?」 「輪廻転生・・・・と言う言葉、信じますか?」 「・・・・・・・・・・・は?」 ジェイの口から唐突に出てきた なんとも非現実的な言葉に、思わず華楠は素っ頓狂な声を上げた。 ジェイは嫌そうな顔をしながらも、 「要は生まれ変わりを信じるかって話ですよ」と、付け加える。 いや、それは勿論分かっているのだが・・・・・ 「な、なに?唐突に・・・・」 「これはあくまでも仮説ですし、正直なところ、 僕自身現実味がなさ過ぎて信じられません。けど・・・・・」 華楠さんは先代メルネスの生まれ変わり、と言うのは、突飛過ぎますか? ジェイの言葉に、 華楠はひたすらに、ポカーンと口を開けた。 生まれ変わり また、オカルトな単語が出てきた。 しかも、あのジェイの口から。 「な、なんでジェージェーってば、そう思う訳?」 同じような表情をしていた中で 辛うじて言葉を紡ぐことが出来たのは、ノーマだけのようだった。 その至極真っ当な問いかけに、ジェイも人差し指を立てて しかし何とも彼自身信じがたそうな声音で、言う。 「水の民は、華楠さんを『偽りの影』と呼んでいました。 それはつまり、影でありながら影でない存在――この世界に、 半身を持たない存在となります。 そして、先代のメルネス――この世界の住人だった彼女は、 華楠さんの世界へと逃げ延びた・・・・」 つまり、華楠たちの世界には、彼女と同じ魂を持つ存在――影が存在し 逆にこの世界には、彼女の影は存在しない。 「先ほど見た映像からすると、華楠さんの世界に逃げた水の民や陸の民は 何組かいたようですから、これだけでは、華楠さんが先代メルネスだ、と 特定するにはいたりませんね。けど・・・・」 「私は、蒼我の声も聞いてたし この遺跡船の機械も、起動させた・・・」 「はい。それが出来るのは『メルネス』という存在だけのはずですから。」 「だから華楠が先代メルネスの生まれ変わり、か・・・・ 確かに特定出来る現象を俺達はいくつか、 実際にこの目で見てきているしな・・・・」 そして実際 華楠と先代のメルネスは瓜二つと言うべき容姿をしていたのだ。 「けど、華楠がシャーリィと同じで 海に触れると体調を崩していたのは・・・?」 「・・・・この世界の海にとって、 華楠さんもまた、蒼我の意思を拒んだ裏切り者、という事なんでしょう。」 けれども彼女は『アルジェ』ではなく あくまでも『華楠』であって だからこそ、華楠は蒼我の声を聞き そしてその力をも使役した。 もしかしたら、蒼我も彼女に望みを託していたのかもしれない 自らの意思を拒んだ、現在のメルネスの代わりに、 先代のメルネスであるこの少女が、その意志を受け入れるのではないかと。 「そう仮定すると、確かに、華楠がテルクェスを出せた理由も 華楠がその爪術を取り上げられなかった事も・・・・ そして、この静かの大地で、その力が使えなくなった事にまで、説明が付くな。」 その仮定で、先ほど上げた疑問の大半に説明が付くのだ。 そして、その残りの疑問すらも、ジャンティ達が残した 世界と世界を繋ぐ為の装置を起動させる為の暗号だった、と言う答えが 先ほどの映像で示された。 「・・・・・・・・。」 華楠は、何とも言えない表情で、視線を落とす。 確かに、そうだとしたら、自分は果たして何者なのか、と言う その疑問の答えにはなる。 望海の祭壇で、マウリッツが言っていた シャーリィが駄目だった時には、自分を使おうとしていた、と言う その言葉の意味ですら、納得のいくものとなる。 けれども、それは、なんだか――― 「・・・・・のう、とりあえず、ベースキャンプまで戻った方がええんと違うか? 話し合いは、その後でも出来るじゃろ。」 黙りこくった華楠に、 モーゼスが提案として皆に投げかける。 その提案に首を横に振るものは、誰一人として、居なかった。 +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 記念すべき100話にして、全体的にネタバラシ。 自分でも良くわかんなくなってきたんだお・・・(・ω・`)← 今までの話の中で一番長い1話になりました。笑 メンツェスの誠名は古刻語を独自解釈して 『未来を導く→指導者』の発想をさせて頂きました。 古刻語難しいよ・・・orz |