始まりは?と聞かれると、少し困る。 思えば始まりなんか無かったように感じるし けれども、その全てが始まりであったようにも思う。 始まりは?と聞かれると、少し困る。 だって実は、まだ始まってすらいないんじゃないか、とか そんな風にも思ってしまうから ねえ、始まりはいつだったっけ いつを私達の始まりにしようか 君が決めて、いいよ さいしょのきせき その日の朝は、面倒な事に1限から授業が入っていて 2限から授業になる他の友人達よりも、一足先に学校に来ていた。 出来れば一時間目に授業を入れるのは 電車通学の自分からすれば御遠慮願いたいところだったのだが、 それが選択必修科目だというのなら、諦めるより他になくて とは言え、1限受けて、2限が空きの3限でまた授業、の流れは 正直、一時間半の空き時間が切ない。 何か履修しておけばよかったかなぁとか思いながら 一人、学生ホールのテーブルに突っ伏して、欠伸をかます。 今日は、あと2時間受ければ早々に帰れるわけだしと いつもより早起きしたせいで少し眠いのを我慢しながら とりあえず、例の空き時間を潰している。 3限は、青年心理学。 流石に心理コースだけあって、その科目を履修する友人は多い。 そこでようやく、友人全員が一箇所に集まれる時間が来るワケだ。 何となく取り出した携帯を、開いたり、閉じたり。 一時期はこの携帯も賑わっていたけれど、最近では 必要な連絡以外には、あまり使っていない。 あれも10代の若さゆえかなぁ・・・ 自分も20代だし・・・もう歳なのかなぁ・・・・ 今度は一つ溜め息をついて、開いて閉じてのローテーションだった携帯を 最終的にパタンと閉じて終わらせた。 と、ドン!と少し乱暴な音がして、肩を震わせる。 思わず顔を上げれば、そこには目にも鮮やかな青いパッケージ。 黄色と青の鮮やかな発色のロゴは、何処ぞやで見たことのある―― 「KAITO・・・・?」 何で目の前に、かの有名なボーカロイドの箱が?と 更に視線を上に向ければ、見えたのは3限から履修があるはずの 自分にとって重要な―― あー・・・ニコニコ仲間、だったりする、友人の姿。 ぶっちゃけ大学入ったらもうそう言う話で盛り上がれないだろ、とか 色々諦めちゃったりしてたわけで、 そんな中見つけた仲間は、重要だ。滅茶苦茶。 それにしても、時間にルーズな彼女が、 2限の始まったばかりのこの時間に目の前に居るのはなんとも不可思議で そして、このKAITOのパッケージ・・・ ああ、そういえば某密林で注文したとか言ってたっけ、とは思うものの そのKAITOの箱は、開いた形跡のないまっさらに綺麗なもの。 何だ何だ、もしかして自慢か?と朝の挨拶も交わさずに友人を見やれば 友人――は至極真面目な顔で、切り出した。 「、頼みがある。」 「は、はい?」 「しばらくこのKAITO預かって。」 「・・・・・は?」 何で?と怪訝そうに問うに、は唐突にテーブルに突っ伏した。 そして、蚊の泣くような声で言う。 「ウチのパソコン・・・CDドライブがぶっ壊れた・・・」 「はあ?」 「そんで修理に出したら、御臨終とか告げられて!! 私、家出て一人暮らしですよ!?それでなくても金掛けてもらってんのに 新しいパソコン買ってください、はいウン十万は言えんでしょ!!?」 「・・・・・・ああ、それでこの綺麗なパッケージ・・・・・」 「ザッツライト! そんな状態で目の前にインスト出来ないKAITOのパッケージがあるなんて!! 説明書読んだりとかしてとしても、インストできる物体が無くなったわけだし? エサを前にお預けされてるワンちゃんよ!!? も〜〜〜〜耐えらんない〜〜〜!!!」 うわああぁぁ・・と泣き真似なんだか本気なんだか謀れない彼女の声。 多分あくまでも真似のつもりだったのだろうが、 既に本気で泣きが入ってきている。 まあ、KAITOが届くの楽しみにしていた彼女だから まさかのCDドライブ破損でショックを受けるのも分かるが・・・・ 「なんだったら、悔しいけどインストして使っても良いからさあ」 「あんたね、私が音楽知識ゼロなの知ってて言ってるでしょ。」 「でも気になってるような事言ってたじゃん。 どーせ代金私持ちなんだし、使うだけ使ってみりゃ良いじゃない。」 「・・・・。」 その言葉は、確かに魅力的で。 自分がKAITOのパッケージを知っていたのだって、 何度か密林さんで手を伸ばしかけていたからで。 けれども約2万はするソフト。 音楽知識ゼロで、明らかに手を持て余すのが見えている自分には 相当な痛手の金額だ。 ・・・・けれども、その金額友人持ちで使って良い、と、なれば―― 「使って感想聞かせてくれるだけでも良いから、 んでたまにン家遊びに行って、弄らせて!!」 「・・・ああ、なるほど、そっちが狙いか。」 「だってこんな事頼めるの、アンタしかいないしさ・・・!」 は、顔の前でパン!と手を合わせた。 「だからお願い!人助けと思って・・・!!」 断る理由が、見つからなかった。 普段通学に使っているバックは、それでなくてもデカイ。 あまり幾つも荷物を持つのが好きでないから、と言う理由で 大きいバックを仕様しているのだが、そのデカさは 然程大きくもない自分の大学ではちょっとばかり有名なほど。 友人からは未だに「アンタ、それ何が入ってんの?」とか 言われる大きさだが、むしろソレを聞きたいのはコッチの方だったりもする。 そんなにたくさん持ち歩くつもりもなかったんだけど、な。 けれども、今日ばかりはバックが普段より随分と膨らんでいた。 流石にパソコンソフトのパッケージが一つ入っていれば、 大きいバックもより大きくなる。 家に付くなりバックをソファに下ろすと、 思わず遠慮の無い息を付いた。 「お、重かった・・・」 別に重さ自体はそんなに変わらなかったのだろうけれど 体積が大きくなった分気持ち的に重く感じてたりして。 ダイニングキッチンで、今日の夕食当番だった兄が 呆れた様子で出てきた。 肩まで伸ばしたダークレッドの髪を一つに縛る吊り目の兄に 使い込まれたエプロンは、ちょっとばかり不似合いだ。 「何か、いつもより体積デカくなってないか? お前のその鞄・・・。」 腰に手を当てて言う兄を仰ぐ。 今現在、この一軒家に住んでいるのは兄と自分だけだ。 別に何があるわけじゃない、父も母も健在だ。 ただ、父が仕事の関係で転勤になり、単身赴任はさせられない、と 母も着いて行く事になったというだけ。 私達2人は、地元から出たくないから残ると言って まだローンも残っているこの家で、長い留守番を預かっている。 「んー、ちょっとに頼まれ事してさあ」 「頼まれ事?」 うん、それがさあ、とソファに下ろした鞄のチャックを開く。 探す必要もなくドンと鞄の中を陣取るそれを取り出して 兄に見せるように顔の横に持ってきた。 「・・・・またマニアックなモンを持ってきたな、お前。」 「私に言うな私に。 のパソコンがぶっ壊れたんだって。 生殺しだから預かってくれって。」 「にしてもカイトかよ。 初音か鏡音にしてこいよなあ」 「だから私に言うなって。 ッていうかパッケージ見せただけで話が通じる兄弟が何か嫌。」 「なんだ、話が早くて良いだろうが。」 「違うの、何か気持ち的に痛いの、アンダスタン?」 言うけれども、知るか。のお答え。 自覚くらいあって欲しい、とか言うのは自分の我が侭なのだろうか。 何だか人様が聞いたら眉を顰めそうな会話に その自覚のない我が兄。 思わず、手に持ったKAITOを胸に抱きしめるようにして 溜め息をつきたい衝動に駆られたのをそっと堪えていると 兄が、自分の手からカイトを取り上げる。 あ、とか思う暇もなく兄はパッケージの箱を 引っ繰り返したりしながら検分しだした。 「なんだ、結局興味あるんじゃん。」 「まあ、この際可愛い女の子パッケージじゃないのは許してやろう。」 「だからその発言が嫌なんだっての。 っていうかやる気満々ですか。」 「お前がインスコしてもどうせ扱えないだろ」 「まあそうなんですけどー」 趣味で音楽に触れてる兄の方が扱えるのは目に見えてますけどー。 って言うか、からの使ってもいい発言を伝えてないのに 既に使う気満々のこの兄をどうしてくれよう。 さっきは耐えた溜め息を、今度こそを吐き出して フと、兄がパッケージを顔の横に当てたまま固まっていて 普段余裕綽々な顔をしている兄が、珍しく驚いたような顔をしている。 何だ?とか首を傾げたら、兄は至極真面目な顔で自分を見た。 「・・・・・妹よ、一つ問う。」 「はい?」 「このなんとも微妙な見た目をしているパッケージには あくまでもインストール用のCDと説明書諸々が入っている品なんだよな?」 「・・・・いや、分かんないけど一般的にはそうなんじゃないの?」 「だーよなぁ。」 言ってから、カシャカシャと顔の横にパッケージを付けたまま 上下に割と強くシェイクする。 おいおい、壊してくれるなよ、とか思ってみていたら 兄は唐突に「ちょっと開けてみろ」と、自分に放ってきた。 うわわっ!?と危うく落としそうになったそれを、ギリギリ受け取って。 「な、何?急に」 「いや、聞き間違いなら良いんだけどな。」 「?」 「まあ良いや、とりあえず開けてみろって。 どうせ使って良いんだろ?それ。」 「う、うん?」 まあ確かに、使って良いとは言われたんだけれども って言うか、だから何で彼女にそれを言われたと伝えてないのに 使っていいと言われた事前提になってるんだコノヤロウ。 それでも、兄の割りと真面目な表情に、 何なんだろう・・・と怪訝に思いながら、パッケージに手を掛けて、 そして一気に開いた。 と、同時に、待ってましたとばかりに転がり出てきた 明らかにパッケージには入らないだろう大きさの人。 ・・・・・・・人? 「め、目が廻るうぅ・・・・」 その人はフローリングの上に蹲って、 何だか知らないけどグルグルしている。 サラサラした髪の色は青。 着ている服は白くて長い裾で、首元にはちょっと季節はずれのマフラー。 暑くないのか?髪は地毛?っていうかコスプレ?? 蹲る青い髪のその人は目を回しているが 自分は自分で、頭の中がグルグルしている。 っていうか、待て。 何マジックだ、今の。 っていうか、誰だ、この人。 「・・・・のウソツキ。」 「・・・・・は?」 「CDと説明書以外にも入ってたじゃんか。」 「ちょ、待て兄貴、今そこ突っ込んでる場合じゃない!」 もっとこう、重要な所があるんじゃないかと思うんですが!! 「あー・・・何つーか、振り回してたら声聞こえたから・・・ 俺ついに未知の世界に足踏み入れたかと思ったんだけど 良かったな、声はちゃんと聞こえてたみたいだ!」 「違う!何か安心処違う!! って言うか今目の前に未知の生物が目を回してるんだけど それは足を踏み入れた事にはならないの!!?」 「・・・俺には何も見えん。」 「ちょっ現実逃避段階!!?」 せめて受け入れて! そして今この場をどうしたら良いのか道を示してお兄さん!! ツッコミ処が多すぎて、もうちょっとこれどうしてくれようとか思う。 とりあえず、ツッコミ過ぎて妙に頭は冷静になってはきたけれども 何かが違う、それは何かが違う気がするんだ、うん。 その時、フローリングで蹲って目をまわしていたその人が 唐突に自分の方を向いた。 ちょっと涙目になったその人は、 髪と同じ、ハッとする程透き通るような綺麗な青い目をしていて そんな目が、自分を真っ直ぐに捉えていて 思わず、固まる。 きょとんした顔のその人は、唐突に、ニッコリと笑った 「貴女が、俺のマスターですね」 「・・・・・・・・は?」 ま、ますたー・・・・ですか? その、何とも言われなれない単語に固まった 「はじめまして、」 「・・・・は、はじめ・・・まして。」 けれども、その男に尚の事ニッコリと笑みを向けられて、 思わず、ポカンとしたまま答えてしまった。 |