基本的に、自分はどういう状況下であっても
とりあえず、眠れないなんて事にはならない人間で


枕が替わろうが、友人の家だろうが、とりあえず平気。


よく言えば細かい事を気にしない性格。
言ってしまえば、まあ・・・大雑把なわけで。


けれども、だからと言って、だ。


まさか、同室に何処の誰とも分からない様な男を寝かせておいて
朝までグッスリお休みなさい、が出来るとは、流石に思わなかった。


・・・・自分、この先色々と注意した方が良いかもしれない。


ソロソロと、ベッドから身を乗り出して床を見る。


夢などではなく、その男はやはりそこに居て、
彼自身、やっぱり色々な事があって疲れたのだろうか、
大きい身体を小さく丸めて、まだグッスリと寝こけていた。


夢ではなかった事の落胆は、ほんの少しだけ。


ベッドの上で頬杖を付いて、その寝顔を見つめてみる。


―― 整った顔立ちが、あどけない顔で眠っている。


可愛い、とは、思う。


「まあ、しょうがない、か・・・」


夢じゃなかったんなら、仕方ないか。


この男が、何かしてくるとは自分も思えないし。


だからまあ、しょうがない、か。


フと、カイトが最初に着ていた、
こっちではコスプレにしか見えない服のまま眠っていた事に気付く。


「パジャマも、買って来ないとか。」


言って、頭の中の今日買うものリストに、パジャマを追加して
乱れていた掛け布団をきちんと掛け直してやった。


・・・・あたしゃ母親か。


時計を見やれば、まだ朝の7時。


休日にしては早起き過ぎる。

二度寝も決め込めるけれども、さて――







朝、そして






「マスタアアアァァアァアッ!!!」



騒々しく階段を降りてくる音と共に、勢い良く開くリビングの扉。

そしてほぼ泣き叫ぶようなその声に、
危うくフライパンを足の上に落とす所だった。

とりあえずIHの上に落下なら、大丈夫だろう。


「な、何事ですか・・・」


余りの勢いに引き攣った顔で、まだ寝乱れた格好のカイトを見やれば
カイトは見る見ると表情を歪め、最終的に「うわあぁ・・・!」と抱き付いてきた。


「ちょっななな何!!?何なの一体!!」


とりあえず抱きついてないで状況を理解させてくれ。

男性経験なんて雀の涙ほどもありゃしないんだから!と
唐突に抱き付かれて固まったまま思わず赤面していれば
カイトはより一層ギュウっと抱きついてきて。

男が女に、と言うよりは
小さな子供がお母さんにしがみ付いている感じだ。


「良かった・・・・」

「は、はい?」

「起きたら居なくなってたから・・・・
 何処かに行っちゃったのかと思いました・・。」

「・・・・私に起きるまで付き添ってろとでも言うのか君は・・・」

「そうじゃ、ないんですけども」


言葉に詰まりながらも、困ったように言うカイトは
やっぱり最初に抱いた感想と寸分変わらず『小さな子供』だったみたいだ。

それならそれで良いか、とは溜め息をついて
その大きな子供をあやすように背中を叩く。


「はいはい、何処にも行ってないから、とりあえず離れてね。
 じゃないとオムレツが黒い物体になる。」

「・・・・・・す、すみません!!」


言ってやれば、物凄い勢いで離れていくカイト。

その顔は僅かに赤くて、お前無意識の内に抱きついてたんかい、と
心中ツッコミを入れる。


とりあえず、カイトが離れたのを良い事に
フライパンの中身を廃棄物にしない為にも、さっさとIHのスイッチを落とす。


これで一先ず、朝の食料は一安心だ。


「あの、すみません・・・」

「ん?抱きついた事ならもう良いけど・・・」

「そ、そうじゃなくて、俺、寝坊したみたいで・・・・」

「寝坊って、まだ7時半だよ?
 今日は休日だし、むしろ早い方なんじゃ・・・」

「でもマスターより遅く起きるなんて・・・!」



そう言ったカイトの言葉に、はキョトンとした顔になる。

それから、唐突にカラカラと笑いだして、
今度はカイトが、キョトンとの事を見つめていた。


「何を言い出すのかと思ったら。
 あのね、我が家はそんな古めかしい仕来りみたいのはないんだから
 好きな時間に寝て、好きな時間に起きればいいよ。」

「でも・・!」

「それに、カイトだって昨日色んな事があって疲れたでしょ?
 ・・・こっちも驚いたけど、大変だったのはカイトだもんね。
 ・・・・・何かごめんね、私昨日、ちゃんと相手してあげられなくて。」


今になって思い返せば申し訳ない。

未だに信じ切れていない所はある。


けど昨日の、カイトの迷子の様な途方に暮れた顔を見ていれば、
恐らく嘘をついていないだろう事も、分かる。

けれども、自分が昨日した事と言えば、取り乱して、騒いで。

部屋は提供したけれど、さっさと一人眠ってしまった。

あの後カイトがどうしたのか、何て自分には分からないけれど
少なくとも知らない異性のいる部屋で、すぐに安眠できる奴なんて――


・・・・・・早々いたもんじゃ、ない。


カイトは「全然そんな事ないですよ」と、ニッコリ笑ってくれた。


・・・・うん。良い奴ではあるんだよね、きっと。

ボーカロイド云々は兎も角としても、
この男の事は信じても平気かな、とは思うのだ。


「あの、マスター。」

「ん?」

「お、おはようございます。」

「・・・・・お、おはよう。」


フと思い出したように言われた朝の挨拶は
本来交わされるべきタイミングよりも、ずっと遅いもので

言い合った後に思わず、2人で苦笑を浮かべてしまった。






「マスター。
 何か、手伝う事ありますか?」


何とか廃棄物を免れたオムレツを皿に盛っていると
寝乱れた服を直したカイトが、そう聞いてきた。


は少し考えてから、
とりあえずオムレツの乗った皿をテーブルに置いてもらうよう頼んだ。

対面式のキッチンの窓からオムレツの皿を渡せば、
カイトは身体を伸ばして、リビング側からそれを受取る。


「ねえ、カイトは料理とか出来るの?」

「あ、はい。一応は出来ますよ、家では良く作ってたんで。
 因みに得意料理は、おつまみとネギ料理です。」

「・・・・・シブいね」

「姉が飲兵衛の妹がネギ好きなんですよ。
 あっ、でも普通の料理も出来ますよ、家事は俺担当だったんです。」


言ったカイトは、困ったように笑う。


姉と妹って・・・・MEIKOとミクか・・・・


何か、不思議な感じだ。


迷子になる前のカイトの家って、どんなんだったんだろう。


っていうか家事担当って、完全に家政夫・・・・・・


「うん、まあそれなら合格。立派な日替わり要員だわ。」

「はい?」

「あー、ホラ、ウチって今、兄貴と私の2人だけでしょ?
 家事とか基本的に当番制なのよ。ウチで生活するって事は、
 やっぱりカイトにも家の事やって貰わなくちゃだろうし。」


言うと、カイトは納得したのか「ああ、そう言う事ですか」とニッコリした。


基本的に、平日朝ご飯については一日置きで順番が廻ってくる。
これは朝ご飯並びにお弁当当番になる。

ただし休日は、先に起きた方が朝食を作ること。

休日のお昼に兄妹が揃って居る場合は、朝ご飯を作らなかった方。

とは言え遊び人の兄が休日家に居る事なんて、滅多にないのだが・・・


平日の夕飯は、先に家に帰って来たほうが当番で
休日の夕飯は、また朝ご飯を作った方が担当。

結構アバウトな配役だが、幸いウチの兄妹は基本料理好きなので、
今のところどちらか一方に家事が偏った事はない。

その他にも、洗濯はお昼が担当した方がやる、とか
お風呂は最後に入った方が洗っておく、だとか。

家事関係は、大体の事が決まり事としてある。


「んで、今日は休日で、私が先に起きたから、私が朝ご飯。
 ついでに夕食も担当になって、お昼と洗濯は兄貴担当ね。」


家の事についてはこんな感じなんだけど、わかる?

が首を傾げる。


「えっと・・・・なんとなく。」


カイトは、少し自身無さそうに、そう答えた。

まあ、家の事はこれから覚えていけば良いね、と
は笑って、そうこうしている内に出来上がった
ボイルソーセージとサラダボールをカイトに渡した。


これで、あとはトーストを焼けば一先ず朝食は完成だ。


「マスター・・料理上手いんですね。」


フと、シミジミと言われたカイトの言葉にけっ躓きかける。


「な、なに?唐突に・・・・。」

「いや、ただ上手なんだなーと思って。」

「じ、上手も何も、料理と呼べるもの作ってないし・・・」


強いて言うならオムレツくらい?

それだって、よっぽどでなければ失敗なんてしないシロモノだ。

思わず言ったら、「そんな事ないですよ」と
またカイトはニコニコしている。


・・・・よく、わかんない奴。


その時、リビングの扉が開いて、寝ぼけ眼のが起きて来た。


長い髪をそのまま下ろして、ガリガリと頭を掻く。


おっさんか、アンタは・・・・


「おー、お前等の方が先に起きたか。」

「おーっす、おはよ兄貴ー。」

「おはよう御座います、さん」

「あー・・・はよ。
 昨日は大丈夫だったか、カイト。」

「はい?」

「俺の妹には襲われなかったかー?」


ニヤニヤと笑う兄に、カイトと自分が盛大にズッコケた。


な、ななな、な・・・・・っ!!?


「そ、そんな事する訳がないでしょーーーー!!!」


アンタじゃ有るまいし!!


「いやー、分からんじゃないか。
 なあ、カイト?・・・・・・お。」


起き抜けの一服をかまそうとしている兄が少し固まって、
何かと見やれば、カイトが、真っ赤な顔をしてフリーズしている。


・・・・・二十代前半の男にしては、随分ウブな反応だこと。



「あー、まあ何だ、うん。
 、学生の内は出来る限り自重しとけよ?」

「私に言うか!!?って言うか何の話だなんの!!」


力の限り怒鳴り散らせば、兄はカラカラ笑っていて


ああもう、朝から疲れるんだから・・・・



「ま、冗談はともかくと。オラ、カイト。」


言った途端、カイトの顔面に、何か黒い物体がぶち当たる。

カイトの反応からして痛くは無さそうだったが
「うわあ!!?」と驚いた様子の反応。


「今日買い物行くんだろ?
 その服じゃ目立つから、とりあえずな。
 まあ、すぐすぐにはそんなに買えんだろうから、
 しばらくは服は兼用になるだろうけどな。」

「ああ、なんだ洋服か。」

「あ、ありがとございます」

「おう。
 あー・・・、腹減った。メシ。」

「はーいはいはい。
 ったく、昨日から腹減ったしか言ってないんだから。」


そのうち太るぞーとか言えば、俺はまだ若いから平気だーとか何とか。


「生活習慣病は若くてもなるんだからねっ」

「だとさカイト、気を付けろよー?」

「ええっ!!?お、俺ですか!!」

「お前だお前!!」


ギャーギャーと騒いで、そんな事をしている内に焼けたトーストは
少し焦げてしまっていたけれど。


よく考えてみれば、こんな賑やかな食卓


久しぶり、だった。