もう、きみは・・・ この家に兄と2人だけになったのは、自分が 高校2年生の時の事で その頃は、兄も家に居る事が多かった。 流石に女の子一人家に残して遊んでも居られないし、 高三になれば、受験で色々大変だったりもするし。 親が近くに居ない今、 相談にのってやれるのは自分だけだろうから、と それに、お前は本当に色々危ないから、 ライフイベントで精神的に不安定になる時期に、一人にさせて置けない、と 結構まともな事を言っていたのだ。 けれども、自分が大学に入学してからは、色々と変わった。 兄も、もう大人みたいなもんなんだから、と家に居る事がなくなったし まあ、世の中一人暮らしを始める人が出てくる年代なのだから それはそれでごもっともなのだけれど 「あれ、マスター? コショウって何処にあるんですか?」 「あー、それソコ、一番はじっこの小さい引き出し。」 「・・・あ、ありましたありました。」 「んー、大体の調味料はそこだから、使うんだったらドウゾー」 「・・・あのー・・・マスター? 本当に味付け、俺に任せちゃっていいんですか?」 「良いんですよ。 あー、材料切るだけって結構楽ー。」 「俺は今日の夕飯の良し悪しが掛かってて怖いんですが・・・」 「大丈夫大丈夫、不味くても文句は言わないわよ。 ・・・・・・無言で訴えるから。」 「ちょっ、そっちの方がプレッシャーじゃないですか!」 「冗談だーって。 大丈夫、その手際のよさを信頼してるわ」 笑いながら言って、ニンジンを千切りにする。 これはサラダ用で、あと大根と大葉も同じように切って、 サッパリと青じそのドレッシングで和える。 こっちは自分の担当で、 本日のメインであるパスタはカイトの担当。 因みに賞味期限の近かった牛乳を使ってのミルクベースで、 冷凍のひき肉としいたけを始めとするきのこのパスタ。 お手軽だから自分でもよく作るのだが、カイトにも ちょっとしたこだわりがあるらしく、手際よく調味料を加えて ぱっぱと調理をこなしていく。 「・・・・マスター、」 「ん?」 「さんが家にいないのって、珍しくないんですか?」 「んー、休日はほぼ毎日いないよ。 だから、休日は大抵料理当番はナシでやってるかな。」 「・・・・寂しくありません?」 その一言に、大根を切ろうと伸ばしていた手を止める。 思わずカイトを見つめたに、慌てた様子で カイトは取り繕うよう、言葉を付け足した。 「ほら、あの、俺って兄弟多いじゃないですか、 だから何か、一人の食卓って、あんまり考えられなくて・・・」 大抵の時は、全員が揃っていた。 全員が揃わなくても一人になる事だけはなかった。 だから、この小さくはない家の中、一人で向かう食卓を考えると 自分の事でもないのに、どうしようもなく寂しくなる。 ・・・・・は、小さく溜め息をついた。 呆れられたかな、と窺うカイトに、 けれどもは、予想外に困ったような笑みを向けた。 「正直言うとね、すごく寂しいんだよね」 その言葉が、今まで溜め込んでいた物を吐き出すような響きをしていて、 カイトは、思わず調味の手を止める。 は、大根を切る手を再開させながら、視線を野菜にだけ向けていた。 「高校のときは、兄貴がいつも家にいたの。親はもう赴任しちゃってたけど、 心配だからって出来る限り、兄貴が家にいてくれてた。 やっぱり、誰も居ないよりも心強くてさ、その時は、寂しくなかったんだけど・・・ ・・・・・・でも、私ももう子供じゃないから、 これ以上兄貴に無理させるわけにも、いかないよね」 寂しい、なんて我が侭が許されるのは、高校までが最後かな、なんて 一人で漠然と、その境界線を引いていた。 そしてその境界線は、ある程度間違っていなくて、 それを境にして、兄は今まで我慢していたやりたい事を好きな様にやり始めた。 それはもう、も大人だからと言う、兄の信頼なのだろう。 正直、少し重いくらいだ。 は困ったように笑う。 それから、「ホラ、手ぇ休めてると焦げちゃうよ」と、 弱音を吐いた照れ隠しの様に、カイトを急かして。 「・・・・マスター」 「うん?」 「今日からは、俺が居ますからね」 「・・・・・・・・。」 「俺のマスターに、寂しい思いはさせられませんから。」 見上げたカイトは、ニッコリと笑う。 「・・・・・泣かないぞー。」 「はい?」 「泣くの嫌いなのよ、だからあんまり 泣きそうになる事言わないで頂戴。」 「そうですか?」 「・・・・・うん。」 「・・・・でも、マスター。 二十歳って、自分で思うほど大人でもないと思います。 まだまだ、わがまま言っても許される歳ですよ。」 「だーかーらーぁ、勘弁してってばこの鬼畜」 「だから鬼畜は止めて下さいってば」 「だったら止めて下さいって言ってる事を止めて下さいってば」 話が平行線になってきた・・・・ 苦笑しながら、切り終えた大根と人参、大葉をボウルに入れる。 冷蔵庫を開けてドレッシングを出そうとすると カイトに「あ、卵も取って貰って良いですか?」とついでに頼まれて 「はいカイト投げるよー」 「はい?ってうわわっ!!? ほ、本当に投げて来ないで下さいよ!」 卵ですよ!!?と慌てた様子でカイト。 ナイスキャッチー!と笑って。 思えば、同じ台所に立つ人が居るのも、久しぶりだ。 「・・・・・駄目だ。」 「はい?」 「何か、カイトに甘えそう・・・」 「?」 結構無理して我慢している――と言うか、背伸びしている自覚が有るから やたら甘やかされると、甘えたくなる。 カイト、ちょっと頼りないけどやっぱり、良いお兄ちゃんなんだよ・・・ 妹、と言う立場で育ってきた自分からすると すごく甘えたくなってしまうような存在なんだよ、 うわぁ、天敵。 「俺は、全然甘えてもらって良いですよ?」 「・・・カイトってさ、典型的なお兄ちゃん気質だよね。」 「マスターは結構典型的な妹気質だと思いますけど?」 「・・・・・我が侭かな、私・・・・・」 「っていうよりは、寂しがり屋の甘え上手?」 「前者は認めるけど後者は却下。」 「ええー?絶対そうですって。」 「甘え上手だったら、 素直にカイトの厚意に甘えております。」 「甘え上手じゃなかったら、 マスター相手に甘えても良いですよ、何て言えません」 クスクスと、カイトは笑う。 うう・・・こういう余裕のある所、家の兄を髣髴とさせる。 ・・・・やっぱり兄貴同士、こういう年下の扱い方は 似通う部分があるのかな・・・・ 「はい、出来ました。お皿はどうします?」 「あ、後ろの棚。 白い細長い奴あるでしょ?」 「えーっと・・・これですかね」 「うん、それそれ。ついでに その隣のガラスの器、2つ取ってくれる?こっちも完成ーっと。」 「あ、はい。 えーっと・・・これかな。」 「ん、正解。フォークはその下の引き出しね。 パスタ盛っちゃって良い?」 「あ、お願いします。 それじゃあ、こっちのサラダとフォーク、テーブルに出しちゃいますね」 「あ、よろしくー」 後ろ失礼しますね、と、フォークとサラダを持ったカイトが 身体を横にしながら背後を通り過ぎる。 自分も出来る限りシンクに身を付けるようにして避けて カイトを通りやすくする。 対面式キッチンのこの狭さは、少し難点だ。 それにしても、自分たち、以心伝心とは行かずとも たった1日で、かなり良いチームワークが出来ていると思う。 「さーって、カイトの料理の腕前拝見ーっと」 「だ、だからプレッシャー掛けないで下さいって!」 「何言ってんのさ、もう出来上がってるんだから プレッシャーも何もないでしょうに」 「うう・・・ありますよプレッシャー・・・ マスターに変なもの食べさせたら、俺切腹ものです・・・・」 「切腹って、いつの時代よアンタ・・・・ 大丈夫でしょ、食べられるものしか入れてないんだから。」 「・・・・いや、食べられるものを入れたはずなのに 何故か食べられないものになる子を知ってますから・・・・」 「・・・・・・。」 「ミクは・・・いい子なんですけど、恐ろしいですよ・・・・・」 ・・・・・・ねぎ娘は、料理が破滅的だそうです。 「はい、マスター」 「?」 「両手を合わせて、」 「え、ちょっと待ってよ、小学生じゃないんだから・・・」 「駄目ですよ?ちゃんと、今日の夕ご飯さんに 『有難う御座います、お命頂きます』って言ってあげないと。」 「しょ、小学校の先生かアンタは・・・・」 何だその夕ご飯さんって・・・・ 小さい子にするみたいに・・・って、ああそうか だからコイツ、典型的なお兄さん気質・・・ ・・・・・いや待て、これはもう既にお父さんなんじゃ・・・・・ 「マスター?」 「う・・・わ、分かったよ、やるよ、やれば良いんでしょうに・・・・」 くぅっと唇を噛んで、手を合わせる。 満足そうに笑うカイトに、何となく釈然としなくもないが。 「「・・・・いただきます。」」 久々に重なったその言葉は、 どうしようもなく、暖かく感じた。 |